【完結】要らない私は消えます
かずき りり
第1話
ジュリー=アベラルドは帰宅の挨拶もそこそこに、突き飛ばされた。
「ほんとマナーの1つもロクに出来ないのね!さすが母親殺しね!13歳にもなってみっともない!」
そう言って義母であるナニーは私の背中を物差しで叩く。
「なんでアンタが王太子殿下の婚約者なわけ?本当目障り。とっとと消えてくれたら良いのに」
義母のとなりで私に軽蔑の眼差しを向けるのは義妹のガラテアは言うなり、わたくしの背中をつねった。
11歳という年齢だと、叩く力もそんなにないからか、ガラテアはつねったり紅茶をかけたりと、力技ではない事をしてくる。
「お母様、夜更かしはお肌に悪いわ、寝ましょう?」
「そうね、ガラテア。罰として明日の朝までに此処の掃除と片付け、朝食の仕込みもしておきなさい」
言って、ナニーは最後に強くわたくしの背中を叩くとガラテアと共に出て行った。
痛みで漏れる声を何とか我慢して良かった。あそこで声を出していたら、みっともないとか、淑女としてあるまじき行いだと言い、きっと更に叩かれていただろう。
今日は挨拶の仕方が悪いと殴られた。昨日は顔が公爵令嬢らしくないだっけ……。
使用人なんて誰も居ないし、居たところで助けてなんてくれない。
3歳の時、ナニーはガラテアを連れてアベラルド公爵家にやってきた。
それからは父や兄と接する事もなくなり、使用人も一緒になってわたくしを無視するようになった。
父や兄や使用人達にもわたくしは嫌われている。
母が……わたくしを産んだ為に命を落としたから。
だから、顔も合わせたくないのだと。
涙はもう枯れ果てた。
乾いた笑みを口元だけに浮かべ、背中の痛みを耐えながら部屋の掃除を終えると朝食の仕込みをするために調理場へ向かう。
明日は王太子殿下と月に一度お会いする日だったな……と考えながら。
◇
アルフレッド=ファルシネリ王太子は、わたくしの婚約者で5つ年上の現在18歳。
この婚約はわたくしが生まれる前から決められていた事。
おかげで物心つく前から毎日のように教育の為に王城へ通って、朝から晩までみっちり学んでいる。
最近は王妃様の仕事を手伝ったりもしているほどだ。
「待たせたな、ジュリー」
「大丈夫ですわ、アルフレッド様」
交流の為に月一度行われるお茶の時間。
最近はずっと時間通りに来てもらった事などない。
わたくしは、いつも王城へ来るとアルフレッド様が令嬢達に囲まれていたり談笑しているのを見かけている。
そして、楽しく話しているうちに時間を忘れてしまうのだろう……。
決して問い詰める事はしない。
だってこの婚約は政略でしかないのだから——。
「ジュリー?顔色が悪いようだが……」
席につくなり、アルフレッド様はそう言った。
昨夜は……というか常に寝不足の為か、毎日化粧で隈を隠すのにも必死だ。
勿論身支度を手伝ってくれるメイドなんてわたくしには居ない為、いつも自分で行っているが……。
「大丈夫ですわ」
貼り付けた仮面の笑顔でそう答えるも、アルフレッド様は苦虫を噛み締めたような顔をする。
「大丈夫なわけないだろう。今日は早めに終わって少し休め」
「わかりました。ありがとうございます」
笑顔を浮かべてそう答える。
きっとわたくしの顔を見ていたくないだけだろう。
お茶の時間を早く切り上げた所で、変わらず王城で勉強の時間になるだけだ。勉強が終われば公務の手伝い。
それをアルフレッド様が知らないわけないだろう。
—王太子殿下は浮気ばかりしているそうね—
—きっとアンタに魅力がないからね—
—生きてるだけで忌々しい—
ふいに義母の放った言葉が脳裏をよぎった。
家族に愛されていないわたくしが、人殺しのわたくしが、誰かに愛されるわけがない。
お茶を一杯だけ飲んで、アルフレッド様との時間は解散となった。
悲しいとも寂しいとも思わない、ただの義務のようなもの。
もしアルフレッド様に愛する人が出来た時は、素直にこの婚約を白紙に戻そう——。
そう簡単に思っていた。
この後の授業により、わたくしの命にまで関わる事になるとは知らずに。
◇
「自害……ですか?」
「そうです。それだけ貴方は重要な存在となるのです」
すでに王妃教育まで学んでいた私は、これから国の機密事項にまで食い込んでいく事になる。
その情報を外部に漏らす事は国家の存続に関わる為、許されない。
何かあった時は、その情報が外部へ漏れる前に自害しなさいと。
そして、毒を隠し持つ方法まで教わった。
(アルフレッド様が誰かを愛したとしても、婚約をなかった事には出来ないのね……)
渡された毒を眺めながら、そんな事を考えていた。
すでに逃げ道はなかったんだ。
愛される場所なんてなくて。
誰かが愛される姿を見て。
わたくしはいつでもどこででも邪魔な存在でしかなくて。
存在そのものが迷惑なのね。
「それを常に身につけて下さい」
戒めのように先生の声が脳に響く。
そう、常に身に付ける。監視のように。
そして安堵のように。
いつでも自分の命を絶てるように。
王家へ忠誠を誓うかの如く。
「わかりました」
そう言って身に付ける。
もう後戻りは出来ないのだという証のように——。
私が存在する意味は何なのだろう——。
「王太子殿下に相手されていない事が分かってないんじゃなくて?」
「お茶の時間も月1回だけですって!お情け程度ね」
「愛されてもいないのに縋り付いて。みっともないと思いません?」
目の前に居る令嬢達が様々な意見を口にしている。この方達はいつもアルフレッド様と談笑されている方達だ。
わたくしなんかよりもアルフレッド様の事を知っているし理解しているだろう。
縋り付いているわけでもない。
ただ生まれる前から婚約は決まっていて、3歳から今の生活をしていて——。
すでにこれが日常で、これが私の毎日で……それ以外を知らないだけ……。
自由な時間なんてない程に詰め込まれたスケジュール。
挙句、私自身がもう機密事項を覚えこまされた存在だ。
ガラテアは街へ行ったとか、遠くへ散歩に行ったとか言っていた気がするけど、それは楽しいものなの?
いえ、それより……楽しいという感情はどんなものなのかしら?
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