第21話:一難は終わってからやってくる

 納刀する傍らで雷志はココロに横目をふいとやった。



「やった……なんとか倒しましたぁ! あ、肉じゃが太郎さんコメントありがとうございます! “よく頑張った!”――ありがとうございますぅぅ……!」


「……ふぅ」



 すっかり緊張の糸が溶けたらしく、へなへなとその場に力なく座り込む彼女は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに汚している。


 ただしとてもいい笑みを浮かべていて、涙ながらにリスナーのコメントを一つずつ捌くココロに雷志は小さな溜息をそっと吐く。


 そんな彼だが、表情かおにはうっすらではあるもののしっかりと優しい笑みが浮かんでいた。



「…………」



 ココロから視線を外した雷志は、周囲をきょろきょろと物色した。


 洞窟内とは相変わらず思えないぐらい、ここには自然が多い。


 それ以外で何か目新しいものがないか探したのは、呪物の存在を思い出したからに他ならない。



 ――ここが“だんじょん”って言うんだったら、必ずどこかにあるはず……。

 ――あるいは、もうすでに回収されているか……。

 ――可能性としては恐らく、こっちのが高いだろう。

 ――ここの禍鬼まがつきはそんなに強くなかったし。



 秘宝を守る番人の姿も特に見当たらず、となれば必然的に導かれる結論は一つのみ。


 ここにはもう、呪物という名の宝物は存在しない。


 そう結論づけた雷志は自嘲気味に小さく笑うと踵をくるりと返して――なんだあれは、とジッと目を凝らす。


 それは片隅でひっそりと、しかししっかりと己の存在を強く主張している。


 社だ、ただし今にも朽ちそうなぐらい腐敗と損傷具合がひどい。


 かつては立派であっただろう外観も今や、見る影もない。


 その扉をゆっくりと開けば、中には一振りの太刀が静かに鎮座していた。



「また太刀か……しかも」



 果たしてこれを、太刀と呼称してもよいものなのか。


 元来の形状フォルムからは程遠いそれを、雷志は訝し気に見やる。


 刃長はおよそ二尺八寸約85cmと長い。野太刀に部類されよう長さだが、驚くべきはそこにあらず。


 いったい何をどうすれば、かような刀身が生まれるのか。雷志はすこぶる本気で思った。


 活気あふれる真夏の空を連想させる紺碧色こんぺきいろに、刀身は鮫の如き細かな突起状に形成されている。


 わかりやすく例えれば、これは刃が非常に細かなのこぎりのような代物だと言えよう。


 また重ねも厚く、身幅についても成人男性の腕具合は優にあった。


 明らかに異質であるその太刀を、雷志は静かに納刀した。


 確かにこれもよい呪物なのだろう、が趣味嗜好に相反する物を持ち帰る気は彼にはさらさなく。


 であれあ、かの戦利品が向かうべきは自ずと絞られる。



狗房いぬふさ


「は、はい!」



 泣いたり笑ったりと、一人百面相をして忙しないココロに雷志はそっと太刀を差し出した。



「ほら」


「え? こ、これは……?」


「さっきあそこに祠があってな、それで見つけた。俺の趣味じゃないから、お前が持っていけばいい」


「えぇぇっ!? そ、そんな駄目ですよ雷志さん! だ、だって今回は――」


「俺は勝手に“だんじょん”に入って己の腕を試したかっただけ。一方でお前は初心者ながらも立派な“けぇちゅうばぁ”だ。だったらこれを手にする権利は当然、お前にある」


「で、でも……」


「とりあえずこれはお前が持っておけ。それからどうするかはお前の好きにすればいい――さてと。それじゃあもう禍鬼まがつきが出る気配もなさそうだし、さっさと外に出るか」


「あ、ま、待ってください雷志さん! あ、あのあの! 今日は本当に、いろいろとココロのために教えてくれてありがとうございました!」


「いや、特に何も教えてないが……」



 雷志がそう答えた途端、ココロが目を丸くした。


 きょとんとする彼女に、雷志もはて、と小首をひねる。


 彼にすれば本当に何かを手ほどきした憶えは微塵もなく、従って礼を言われることが不思議で仕方がなかった。


 そんな雷志をココロが怪訝な眼差しを送るのも、まぁ無理もない話であった。


 事実、禍鬼まがつきとの戦闘で彼はココロにいくつもアドバイスをしている。


 それだけでなく、彼女が経験を積めるようにと補助までこなしてみせた。


 ここまでやっておいて、特に何もしていないと真顔で言われれば誰もがココロと同じ反応を示そう。


 とは言え、雷志には本当にココロのために、という考えはこれっぽっちもなかった。


 つまり無自覚からのもので、いざ指摘されても本人のその自覚がないからココロの謝礼の言葉が不思議だったのだ。



「――、えっと……で、でもでも! 本当にありがとうございました!」


「まぁ、そういうことにしておくか」


「はい! あ、それじゃあ皆さん、今日の配信はここまで! 次は必ずココロ一人でも攻略できるように頑張っていくからチャンネル登録と高評価をしてもらえたらその、嬉しい……です」


「いや、なんで最後だけそんな気弱なんだよお前は……」


「だ、だってそのぉ……コ、ココロみたいなのがこんなお願いしちゃってもいいのかなぁって……」


「……お前の配信だから部外者の俺がどうこう言うつもりはないが。でも、もっと自信をもって言った方がいいんじゃないか? その方が、えっと……なんだ? “りすなぁ”だったか? も安心してお前のことを応援できるだろ」


「雷志さん……」


「まぁ、とりあえず俺からは頑張れとしか言いようがないな。それと、今日はそれなりに楽しめた――礼を言う」



 本音を吐露すれば少々物足りなさもあるが、と雷志は内心でそうもそりと呟いた。



「――、それで? いったい何をやってたのかなぁ? ちょっとサクヤに教えてほしいなぁ?」



 ダンジョンを出て早々に待っていたのは、新鮮な空気でも青々とした空でも、ましてやコンクリートジャングルでもない。


 笑顔こそ浮かべているものの彼女が怒っているのは一目瞭然であった。


 額に浮かぶ青筋がなによりもそうであると物語っている。



「困るのよねぇ、ウチの事務所に所属した以上好き勝手なことされるのは」



 まだ正式入った憶えはないのだが、と口走りそうになったのを雷志は辛うじて飲み込んだ。


 馬鹿正直に言及すれば、それは火に油を注ぐも同じ。


 後処理をすることを思えば自然に鎮火するのを待つのに限る。雷志はそう判断した。


 とにかくにも、彼の目前には怒りを露わにしたサクヤとカリンが仁王立ちしていた。


 不幸なのはココロであり、帝と大手事務所の社長の姿にはいたく驚いた様子だったのは言うまでもない。


 これは果たして何事か、と彼女の激しい狼狽っぷりも今回ばかりは頷ける。



「どどど、どうしてここに帝と……オ、【オウカレイメイプロダクション】の社長さんがいるんですかぁ!?」


「あなたの配信を偶然見たからよ。はじめまして、知ってると思うけどウチが【オウカレイメイプロダクション】の代表取締役、竜峰たつみねカリンよ」


「サクヤは、もう言わなくても大丈夫だよね?」


「ははは、はい! もちろんお二人のことは存じておりますぅ! あ、あのぉ……で、できれば後でサインを……」


「もちろんよ――で、話を戻すけど。いきなりコイツがどこかに行っちゃったから慌てて探してたのよ」


「そしたらたまたまSNSで、新人の君と突発的なコラボしてるってタレコミがあって急いできたってわけ――それで、雷志くん? サクヤに何か言うことがあるんじゃないかな?」


「ここの“だんじょん”にいた禍鬼まがつきは俺がいた無人島の奴よりも全然弱かったぞ」


「そりゃあ、ここは初心者クラスのダンジョンだし……って、そうじゃなくて! 勝手に危ないことをしたんだからまずはごめんなさいでしょうに!!」


「え? なんでお前に謝らないといけないんだ?」


「当たり前でしょ! まったくもう、雷志くんはもっと自分という人間がどれだけの価値があるかを考えてよね……」


「そういわれてもな。俺は俺だし」



 自分にそこまでの価値があるだろうか。


 雷志はこの時代の価値感覚について、どうもいまいち理解ができない。


 彼が今日に至るまでに体感した時間は、ほんの一カ月とちょっと。


 歴史に名を残すほどの偉業を立てたのであれば、自分の価値についてもまだ納得もできよう。


 罪人の首を斬る。やってきたことはこれのみで、他者に誇れるとはお世辞にも言えない。


 所詮自分は一介の人間にすぎない、と雷志はこう思っているのだがサクヤ達がそれを認めない。



「……とりあえず、これで俺も“だんじょん”に入ってもいいだろ?」


「駄目に決まってるでしょ。実力についてはもうわかったけど、その他についてがてんで駄目よ。とにかく研修は引き続きウチでするから、そのつもりでいなさい」


「えぇ……まだ他にも何かやらされるのか?」


「当然。K-tuberになるんだったら尚更ね」


「ちょっと! だから雷志くんはサクヤが面倒を見るからって言ってるじゃない!」


「本人がウチに来るって言ってるでしょうが! アンタもいい加減認知しなさいよ!」


「絶対やだ!」



 また始まったか、と雷志は深い溜息を吐いた。


 オロオロとするココロを手招き、顎で出入り口を差す。


 巻き込まれる前に退散するに限る。雷志はそう判断して、そそくさとココロを連れて路地裏を後にした。

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