第3話:衝撃的事実
そうこうしている間に、いつしか少女の右手は剣を携えている。
それをなんの躊躇もなく構えた彼女に、雷志は一瞬だけ表情を強張らせるとすぐに冷静さを取り戻す。
この生娘はなにかとんでもない勘違いをしていないか、と雷志はそう疑問を抱いた。
さっきの言葉の意味については、さしもの雷志もさっぱりわからない。
そもそもここは日ノ本國であって母国語はもちろん日ノ本語だ。
日ノ本の人間だから、外来語を知るわけがない。
こと雷志に至っては、学ぼうという気さえまるで持ち合わせていなかった。
相変わらず、意味については不明なままだ。
だが、なんとなくではあるものの少女が何を言わんとしたかはわかる。
その証拠に彼女は剣を抜いている。
――“だんじょん”とか”ぼす”とか……。
――南蛮語をわざわざ用いるとか、よっぽどひけらかしたいのか。
――まぁ、そんなことはどうだっていい。
――いずれにせよ、こいつは敵だ。
――敵だということさえわかれば、後の情報はどうだっていい。
雷志も遅れて、腰の大刀をすらりと静かに抜き放つ。
誤解をされているから弁解する、という選択肢は
話が通じない相手ならば、それでもよかろう。
そう言った手合いにはどれだけ言葉を投げても無意味で、正しく馬の耳に念仏だ。
しかし少女は明らかに話ができる人間に部類される。
では、何故彼はコミュニケーションという人類だけに許された方法を用いようとしなかったのか?
答えは、雷志ならではの至ってシンプルなものにすぎなかった。
「一つ聞く。お前は、なんの罪を犯してここへ送られたんだ?」
「え? 罪……? 私、何も悪いことしてないんだけど!?」
「む? そうなのか? それじゃあ質問を変えよう――お前は、強いのか?」
次の瞬間、少女の顔がわずかに歪んだのを雷志は見逃さなかった。
どうやらさっきの一言が彼女の神経を逆なでしたらしい。
それまではまだ、穏やかな方であった剣気もたちまち鋭利さを帯びる。
なかなかいい殺気をしている、と雷志は少女に感心の息を胸中にてもらした。
「……私はこれでもかなり有名なダンジョン系配信者なの。これまでにも多くの~
「あーちょっといいか? 頼むからわけのわからない言葉を羅列するのだけはやめてくれ。本気で何を言ってるかさっぱりわからん――あ~……とりあえず、あれだ。お前は強い、ってことでいいんだろ?」
「…………」
「ちょうどここにいる鬼共には飽きてきたところなんだ。お前が強いというのならそれで結構――どれだけ強いか、この俺に見せてくれないか?」
「――、上等じゃない。だったらお望みどおりここで討伐してあげるわ!」
とん、と少女のその歩法は戦場には不釣り合いなぐらいとても軽やかなものであった。
傍から見やれば、これから本当に殺し合うのか、とそう尋ねてもおかしくないぐらい。
しかし実際は、何よりも迅くて尚且つ静謐すぎるものだった。
両者との距離はおよそ10m前後はあった。
それをたった一脚でほぼ0にまで縮小したのだから、雷志も少女の実力を素直に認知せばならない。
なかなか速いな、と雷志は冷静かつ強烈に喉元目掛け横薙ぎにされた白刃を思いっきり弾いた。
けたたましい金打音と共に、火花が激しくワッと四散する。
――生娘とばかり思っていたが……。
――いやはや、なかなかいい打ち込みをするじゃないか。
――良い師に恵まれたんだろう。
――そしてこいつ自身も、相当の修練を積んできたはず。
――ならこちらも、最大限の礼儀を尽くすのが筋ってもんだろう……!
剣を振るう雷志の顔は、いつになくとてもいい笑みを浮かべていた。
もっとも、彼の顔が示すその笑みは常人が思い描くものとは程遠くある。
例えるならば、彼のそれは鬼神の笑みである。
端正な顔立ちをしているだけに、雷志の不敵な笑みは真逆に凄烈な恐怖を対象に植え付ける。
事実、最初の立ち合いからあっという間に攻勢が逆転したことで少女の顔はひどく強張っている。
動きも徐々にぎこちなくなり、剣にも鋭さが損なわれていく。
「おいおいどうした? まさか、もう終わりってわけじゃあないよな?」
「な、なんなの……この人……!」
「……まぁ、女人だから所詮はこの程度か。あぁ、お前は頑張った方だと思うぞ?」
もはやこれ以上の立ち合いは不可能だろう。そう判断した雷志の剣が稲妻の化した。
目にも留まらぬ剣速による彼の太刀筋は、剣はおろか背後にあった岩壁をも両断する。
勝敗はついた。むろんどちらが勝者であるかは、あえて確認する必要もあるまい。
納刀する傍らで雷志は「さてと……」と、少女の方を見やった。
呆然と座り込んでいた少女だったが、程なくしてハッとすると共に恐怖でその顔をひどく歪める。
これから自身の身に何が降り注ぐか。どうやらそれを察したらしく、さっきまでの勢いはもはや皆無だった。
ここにいるのは牙なき小動物も同じ。
そんな相手を、雷志は斬り捨てる趣味嗜好を一切持ち合わせていない。
どうやら見込み違いだったらしい、と雷志は落胆の意をこめて深い溜息を吐いた。
「……さっさと行け」
「……え?」
「お前がどんな罪を犯してここに流されてきたかは俺は知らん。だが、悪いことは言わないからさっさとこの洞窟から出ていった方がいい。ここには恐ろしい鬼がうじゃうじゃといるからな」
「あ、ま、待って……ください!」
「なんだ? まだ俺に何か用でもあるのか?」
「あ、あなたは……何者なんですか?」
「……俺か? 俺は――って、まずは自分から名乗るのが筋だろう?」
「あ、そ、そうでした……ね。わ、私は桜木ミノルと言います」
「ミノル、か。いい名前だな――俺は
「や、山田……浅右衛門? それって……え? 昔首切り執行人してた人だった? 歴史上の人物? それ、本当なの!?」
「……おい、腕を見ながら話しかけて突然どうした?」
少女――桜木ミノルの突然の奇行に、雷志は眉間をしかめた。
よもやさっきのやり取りで気でも違えたか、と雷志はミノルの身を案じる。
言うまでもなく今回、雷志に非はまったくない。
最初に剣を抜き仕掛けたのはあくまでもミノルの方である。
そこで返り討ちにあったとしても責めるべきは彼ではなく、力量不足な己だ。
命はあれど精神に異常をきたしたところで、雷志にはどうすることもできない。
せいぜい、極力関わらぬようそっとしておく。触らぬ神に祟りなし、なのだ。
「えっと……じゃあ、俺はそろそろ住処に戻るから。お前もさっさとここを出るなり、新しい住処を作るなりして――」
「あ、あの! 雷志……さん。ちょっといいですか!?」
「……今度はなんなんだ? こっちはもうお前に用はないんだけど」
「雷志さん。あなたは……かつて仕えていた藩主の息子が不貞を侵し、それを裁いたけど殺人の罪として島流しに処された……というのは、あっていますか?」
「……ちょっと待て。どうしてお前がその話を知ってるんだ?」
「嘘でしょ……こんなことって。いやでも……」
「おい、ミノルとか言ったな。どうしてお前のような奴が知ってるんだ!? 他にもそのことを知っている者はいるのか!?」
「お、落ち着いてください! い、今から順を追って説明しますから……!」
「…………」
「ふぅ……まず、私自身も今この状況が信じられません。でも、これは紛れもない事実です。今からお話することは、雷志さん。あなたにとっておそらく衝撃的だとは思いますけど、どうか気をしっかりと持ってください」
「わかったから早く話してくれ」
「……雷志さん。あなたが島流しに処されてから、世界はもう数百年もの時が経っています」
「……は?」
ミノルの発した言葉に対し、雷志は素っ頓狂な声をもらした。
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