第30話 孤高の蛇

 ルディアは勝ち誇った顔で、タークに訊ねた。


 「君は、学舎にいた二人の英雄を知っているかな?」


 「ええっと、たしか……ジアンさんとレイさんでしたよね。魔界軍と戦って、この国を守ってくれていたんだよって、お母さんが話していました」


 ルディアはわざとらしく頷く。


 「そうそう。もし、君が単独行動に磨きをかけたいなら、英雄について書かれた本を読むといいよ……って言いたいところだけど、二大英雄のことを綴った本は、もう学舎には残っていないからなあ」


 「ルディア、すまな――」


 ルディアはセロを遮って、話を続ける。


 「ああっ、そう言えば。ジアンさんには弟がいてね。噂によると、その人もドラゴンの扱いに長けているそうだよ?騎士の英雄さんには、兄弟がいなかったそうだけど、同じドラゴン乗りの弟さんになら、話を聞けるんじゃないかな?まあ、お兄さんを遠征で亡くされているから、あまり触れられたくない話かも知れないけどねえ?」


 タークは両手をギュッと握りしめた。


 「英雄さんに弟さんがいるなんて、知りませんでした!それで、弟さんは今どこにいるんですか?」


 椅子の背もたれに体を預けて、ルディアはテーブルの下で足を組む。彼は肩をすくめると、困ったような顔をした。


 「さあね……?俺にはわからないかな。でも案外、君の近くにいるのかも知れないよ。だってほら、よく言うじゃないか。味方になりすました敵が、目の前にいるのに気がつかなかったって。弟さんも忙しいだろうからね。きっと、どこかで冷めたパンでも食べているんじゃないかな?」


 セロの手に握られていたパンが握り潰される。


 パンくずが制服の袖につくが、そんなことを気にしている余裕はなかった。


 「あくまでも……この話は噂だよ」


 ルディアの冷たい視線が、すーっと滑るようにセロに向けられる。


 にこりともせず、二人は狼と蛇のような目で睨み合っていた。


 前もって計画的に会話の内容を組み立てていたのか、それとも食堂に来てから思いついたのかはわからない。


 だが、ルディアは最初から、この話の流れに持っていくつもりだったようだ。


 やはり……ルディアに関わると、ろくなことがない。


 セロがタークと一緒にいるとき。ルディアは時折どこからともなく現れて、セロが知られたくないこと、話したくないことをギリギリの所まで明かす。


 そして、結末が明かされるかどうかの絶妙なタイミングで、さらっと片付けてしまうのだ。


 ルディアはいつも、セロが不利になる状態に持ち込んでは、焦る様子を見て楽しんでいる。


 今のところ、最悪の事態は免れているが……いい加減、悪趣味な悪戯をやめて欲しい。   


 ルディアの情報源が明確でない以上、下手に咎めることはできない。だが、彼のさじ加減一つでどうにでもなってしまう、この危険な遊びには付き合いきれない。


 注意するだけ無駄だということは、経験からして明らかだ。何を言おうと、ルディアは勝手な理屈で相手を丸め込んでしまう。


 ルディアとは極力、関わらないこと。


 それが、セロの出した結論だ。


 すぐ隣で先輩がいがみ合っていることも知らず、タークはぼんやりと考えにふけっているようだ。テーブルに頬杖をつく彼は、食堂の古い天井を見つめながら、楽しそうな笑みを浮かべている。


 「うーん……。それって、もしかして……」


 タークの口からこぼれた言葉に、セロははっと目を向けた。ルディアの冷酷な瞳が、獲物を捕らえる蛇のように細められる。


 タークは、のんびりと口を開いた。


 「英雄の弟さんって……もしかして、ルディアさんのことですか?」


 「えっ?」


 予想外の発言に、セロは思わずルディアを見つめた。ルディアも珍しく驚きを顕にしていたが、次の瞬間には鼻で笑って答えていた。


 「はんっ!君は面白いことを言うねえ?そんな訳ないじゃないか。俺には兄弟も姉妹もいない、生まれてからずっと一人さ」


 「あーあ……。ルディアさんが目の前にいるって言うから、もしかしたらって思ったのに」


 セロは食べかけのパンを置いて手を払う。パンくずが、パラパラと皿の上に落ちた。


 これ以上の長居は無用だ。


 「……ターク、そろそろ行くぞ」


 セロがトレイを持って席を立つと、タークは慌てて残りの食事を口に詰め込んだ。


 無理に飲み込もうとして喉に詰まったのか、彼は苦しそうに胸を叩き、水を飲んで流し込んでいる。


 「もう行くのか?」


 ルディアは顔を合わすことなく聞いた。


 「ああ。タークの午後の訓練に付き合わないと。それに、僕もまだ作業が終わっていないんだ。ルディアは訓練に出ないのか?」


 「今日は、朝からずっと飛び回っていたんでね。あとはのんびり、道具の手入れでもしておくさ」


 「そうか……それじゃあ、失礼するよ」


 食事を続けるルディアに背を向けて、セロは足早に立ち去る。


 残りをかっこんだタークが、大急ぎで追いかけた。


 「ちょ……ちょっとセロさん!待ってくださいよーっ!」

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