第41話 トナーズ
「これ、みんなに報告しておいてくれるかな。もし難しかったら、壁に貼っておくだけでもいいから……」
竜舎の入り口に松明が焚かれる頃、一人の騎士が巻紙を持ってやって来た。
周囲にはターク以外に誰もいない。戸惑いながらも受け取ると、青年は神妙な面持ちで説明を始めた。
「遠征から帰って来た人たちのリストだ。面会については後日、別紙で知らせるそうだから。……それじゃあ、頼むね」
騎士を見送ってから、タークはそっと紙を広げた。
リストを書いた人は、かなり慌てていたのだろう。手書きの文字はひどく乱れ、そのうち何ヵ所かはインクでグシャグシャに塗りつぶして書き直されていた。
走り書きされた文字は一見すると暗号のようにも見えるが、読めない訳ではない。タークは文字に目を落として、ゆっくりと心の中で読み上げる。
リストには、知らない名前ばかりが載っていた。
紙の左側にはドラゴン乗りの名前、右側には騎士の名前が閑散と並んでいる。あんなに大勢の学生が出陣したのに、この紙一枚に満たない人数しか帰還できなかったのだ。
仲間の帰りを楽しみにしていた人たちのことを思うと、タークの胸はギュッと握りつぶされるように痛んだ。
誰も松明を灯す気がなく、真っ暗になってしまった竜舎。暗闇のなか、人気のない通路を掃除するセロの孤独な背中が脳裏に浮かぶ。
いつも一緒にいるタークでさえ、あんなに落ち込んだセロの姿を見たのは、はじめてだった。
この一週間、セロはケリーたちが無事に帰って来ることを心の底から願っていた。後輩の前では、心配や不安を表に出すことはなかったが、セロが仲間を思う強い気持ちはタークにも伝わっていた。
物言わぬ名前に目を滑らせていたそのとき。タークの茶色い瞳が、とある名前でぴたりと止まった。見覚えのある名前に、彼の目が大きく見開かれる。
――ケリー・トナーズ
「ケリーさん……?」
タークの口から思わず声が漏れる。騎士の名簿の列に書かれた『ケリー・トナーズ』の文字を何度も読み直した。
字体は崩れているが、読み間違えるほどではない。名簿の八番目、そこにはケリー・トナーズ……そう書かれていた。
「ケリーさんは生きているんだ!早く、セロさんに知らせないと……!」
タークは慌てて駆け出したが、その足はすぐに止まってしまう。数秒もしない内に、彼は再び紙に目を落としていた。
ちょっと待って……そういえば、ケリーさんの苗字って……。
セロがケリーを苗字で呼ぶのを、タークは聞いたことがなかった。
学舎では自己紹介でもしない限り、相手のフルネームを知る機会はほとんどない。そのため、タークはセロの苗字を知らないし、セロも彼を「ターク」としか呼んだことがなかった。
ケリーとの関わりがなかったタークは、彼のフルネームを知る機会も、必要もなかったのだ。
「もし、この人がセロさんの知らない人だったら?」
きっと、彼は友達のケリーを思い出してしまうだろう。そうなれば、セロをもっと傷つけてしまうかも知れない。
「もし、この人が、ぼくたちの知ってるケリーさんだとしたら?」
セロはどれほど喜ぶだろう。また、二人が平和に過ごせる日常が戻ってくるかも知れない。
ケリーにちょっかいを出されて、迷惑そうに……でも、どこか楽しそうにしているセロの姿が色鮮やかに蘇る。
大好きな思い出に背中を押されて、タークは小さな一歩を踏み出していた。
大丈夫……ケリーさんは、きっと生きてる!
ケリーの生還を信じて、タークはセロのもとへ走った。
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