第38話 パレード

 ひときわ大きく打ち鳴らされた太鼓の音で、セロは我に返った。


 どれくらいの時間が経ってしまっただろう。過去にふけるあまり、パレードのことをすっかり忘れてしまっていた。


 焦って行列に目を向けると、先頭はすでに正門をくぐり抜けている。


 セロは慌てて友達を探し始めた。


 恐らく、先頭には立場のある騎士が選ばれているはずだ。ドラゴン乗りで例えるなら、ちょうどバドリックのような人たちだ。


 特待生であるクウェイは、先頭集団に入っている可能性もあるが……。もしかすると、後輩と別々になるのを嫌って、先頭へのお誘いを断っているかも知れない。


 クウェイの居場所はわからないが、ケリーとエダナなら後続の集団にいるだろう。


 どの騎士も鎧を着ているせいで、同じ人間に見える。乗り手を見て判断するのは難しいと感じたセロは、三列に並んで行進する馬たちを目で追った。


 ケリーとエダナの馬は、特徴的な毛色をしている。ケリーのグレイスターは灰色、エダナのヴェルーカは白と黒の牛柄だ。クウェイの馬は鹿毛で見分けが付きにくいが……先頭にいないとすれば、きっと二人のそばにいるはずだ。


 「セロさーん!」


 パレードの列が半分を過ぎようとしていたとき。突然、人の群れから見慣れた少年が飛び出した。


 栗色の髪はグシャグシャになり、額にはうっすらと汗をかいている。


 「こんな所にいたんですか!さっきから、ずっと探してたんですよ!はぐれちゃったときは、本当にどうしようかと思いました!」


 人混みに揉まれてヨレヨレになったタークは、やけにはしゃいだ様子だ。


 「どうした、何かあったのか?」


 タークはにっこり笑って頷いた。


 「さっき、あっちでケリーさんを見つけたんです!セロさん、もしかしたら見つけられなくて、困ってるんじゃないかなと思って」


 「それは助かるよ。それで、ケリーはどこにいるんだ?」


 タークは得意げに列の後方を指さす。彼が示す先には見間違えようのない、あの灰色の馬がいた。


 立派な物とは言えないが、学舎が用意した鎧に身を包んだグレイスターは、毛色も相まって鉄の馬みたいに勇ましい姿をしていた。


 背中に跨がる騎士も、いつもと違って凛々しい顔をしている。つい先日まで、人に砂をかけて喜んでいたとは思えない。


 「かっこいいですね!」


 タークが目を輝かせてふり返る。


 「そうだな……本当に」


 ケリーから目を離さずに呟いて、セロは目を細めた。


 「ああ……!ターク、あれを見てくれ」


 セロはタークの肩に手をおいて、ケリーの隣を見るよう目で促した。そこには、大きな馬に挟まれて意気揚々と歩むヴェルーカの姿があった。


 まるでエダナを守るかのように、彼女の両側にケリーとクウェイが並んでいる。微笑ましい光景に、セロは心がほわっと温まるのを感じた。


 「なんだか、お姫さまと王子さまみたいですね!」


 タークが楽しそうに笑った。


 これが最後ではないとわかっている。だが、セロは三人が揃っているこの景色を、しっかりと目に焼き付けようと思った。


 しばらく会えなくなるのは寂しいが、彼らが無事に帰って来ることを信じて待つ。


 それが、見送る者の努めである気がした。


 今回の目的は偵察なのだから。遠征軍はきっとすぐに戻って来て、ケリーの土産話を飽きるほど聞く羽目になるはずだ。


 『笑って見送ってくれ!』とは言われたが。こんなに大勢の人がいては、ケリーもこちらを見つけられないだろう。


 仕方がない……約束は彼らが帰還する日までお預けにするか。


 セロは心の中で呟いて、華やかな景色に目を通した。


 第一回大草原遠征のときは、もっと大規模なパレードだったのだろうか。


 聞いた話によると、四年前は今よりも大勢の戦士が出陣したというのだから……恐らくそうなのだろう。


 数年前の出来事なのに、今やその記録は紙切れ一つ残されていない。学舎の図書館にあった書物は、学生の目につかない場所に隠されてしまっている。


 できることなら、当時のパレードの様子を見てみたかった。心に浮かんだ残念な気持ちに蓋をして、セロはそっと行列から目をそらす。


 背後に気配を感じてふり返ると、いつの間にか周囲の状況が一変していた。彼らの後ろでは、鎧に身を包んだ学生とドラゴンが待機していた。


 遠征軍に選ばれたドラゴン乗りたちだ。その数は騎士と比べると、おまけ程度に感じる。


 そのとき、行進に合わせて打ち鳴らされていた太鼓に続いて、甲高いラッパの音がメロディーを奏で始めた。


 軽快な音色が、太鼓の単調な音に慣れた耳に響く。あちこちで湧いていた歓声が、一つの歌を歌い出した。


羽ばたきに祈り込め

そびえる山脈の頂へ

ベルホーンの母竜に

数多の鱗の輝きを

届けよ 我の誓い

哮れよ 子竜の咆哮


たてがみに風受けて

波打つ大草原の海原へ

囁く影の呼び声に

蹄 強く踏み鳴らせ

運べよ 騎士の誇り

響けよ 駿馬のいななき


友の声に導かれ

大地の果てへ 空の高みへ

永く眠れる大樹に

白い狼の夢幻を

歌えよ 君の歌

掲げよ 青金の勝旗


 第一回大草原遠征で初めて歌われたこの歌は、ジアン・オルティスとレイ・ホートモンドを中心に、当時の学生たちが協力して作り上げたものだ。


 ドラゴン乗りと騎士らしさが溢れるこの詩は、今でも特別な日には必ず歌われる。学生たちによって、大切に歌い継がれて来た歌は、戦士たちの士気を高めるだけでなく、パレードを盛り上げる要になっているのだ。

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