シーグラス

せなかか ゆい

第1話


             

「おいで。」

誰? どこに行くの?あ、またこの夢か。目を覚ます前の夢の中で、はっきりそう思ったのを覚えている。最近同じ夢を何度も見る。その中で、自分はいつも誰かとどこかに向かう。そこへ向かう道はわかるが、その先は眩しくて何も見えない。そしてそれが誰かも思い出せない。もう忘れよう、そう思っていたが、今日の夢は何かが違った。眩しさの中に青い光が差し込んでいて、記憶に強く残った。いかなければ、思い出さなければ、そんな気持ちで頭と胸がいっぱいになった。このままではおなかもすきやしないと思い、急ぎ足で家の裏口へ向かった。

その日は運よく家には誰もおらず,裏口のカギはあいていた。一応周囲を確認して裏口を出ると、雨を浴びてキラキラと光る雑草があたり一面に広がっていた。足に露をにじませながら、夢の通りに真っすぐ進んだ。

広い庭を抜けると、目の前に薄暗くてじめじめした狭い路地が見えた。その先には自分の倍くらいもある草が風に揺れていて、通るのをためらうほど気味が悪い。覚悟を決め、目を閉じてすぐに走り出した。コンクリートに浮かんだ雨水が固い足音と共に跳ね上がる。しばらく走ると、足に柔らかい感触が伝わった。路地裏を抜けたんだと思った瞬間、草たちがかさかさと体をくすぐりだした。その時、なぜか懐かしさが戻ってきたような気がした。懐かしいこの道、なんで思い出せなかったんだろう。

草道を抜けるとやさしい風が体をすり抜けていく。目を開けると、真っ白な景色の中に星形の青い花がパラパラと広がったように見えた。目の前に広がったのは、夢のように青い海だった。空に浮かぶ線香花火のような太陽が海や砂浜に光の粒を落とし、それは波に揺られ砂の上で踊っている。海を渡ってきた旅人たちは、君をすり抜け街へ向かう。この景色を何回も見た。でも今、この思い出の景色には君が欠けていた。君は覚えているのかな。暗くて狭い世界から僕を助けてくれたこと。毎日毎日、海へ連れて行ってくれたこと。まるで海のような大きな愛を注いでくれたこと。そして、君は知っているのかな。僕が今この景色を見て、君を思い出したこと。

強い風が体をすり抜け砂の上を走った。砂の下に隠されていた海の宝石たちは、キラキラと姿を現した。君が好きと言っていた海の宝石は、必要とされずに捨てられたガラスの破片から長い年月をかけて美しい宝石へと姿を変え、今もこの砂浜で輝いている。君が戻った時、今度は僕が君の嫌な思い出を削るよ。君がたくさんの愛や幸せで僕の嫌な思い出をシーグラスに変えてくれたみたいに。僕はそう言って、黄昏で赤く染まる道の上を家に向かって走った。静かな海には、僕の首輪についてる鈴と海の宝石がぶつかる音が響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シーグラス せなかか ゆい @miyu080777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る