はじめの注意書き2 これまでのお話
<<未読の方用>>*小説家になろうより*
■31
「おい、待て待て、なんだそのダンジョンルール……って、あ、いや、そうか。服脱いであー、ちっ。お前たちにはまだわかんないか違いが!」
分かりますよ、私にはね。分からないのはキリカちゃんだけだと思います。はい。
でも、助かりました。
「わりぃわりぃ。しゃぁねぇ。ルールには従わないとな」
ローファスさんは部屋に戻ってシャツを着替えてきました。はい。
目に毒がなくなって一安心です。
「今日もうまそうだな」
全員揃ったところでいただきます。
あ、手を合わせるのは私だけですけどね。
「ローファスさんとブライスお兄ちゃんは食べちゃだめなの」
フォークを皿に伸ばしたところをキリカちゃんがびしっと止めにはいる。
「ああ、そういえば、料理を食べさせてもらう条件、クリアしてない」
カーツ君がポンっと手を叩いた。
「な、なにぃ?」
ローファスさんの顔が真っ青になる。
「目の前にこんなにおいしそうな飯があるのに、お預けなのか?そんなバカな……」
「お料理を手伝わないと食べちゃだめなの。ダンジョンルールみんなで協力するよ!」
キリカちゃんのダンジョンルールという言葉に、ローファスさんがテーブルに額を打ち付けた。
「あああっ!」
叫ばれてもなぁ……。
それにしても。ルール厳しいなぁ。
「ブライス兄ちゃんは、この肉取るのに協力してるしいいんじゃないか?」
カーツ君の言葉を聞いて、ローファスさんが小屋から飛び出した。
あれ?どこかへ行っちゃった。
わずか2分後息を切らしたローファスさんが戻ってきた。
「夕飯は、夕飯はこれを……」
目が血走っている。
手には、血をだらだらとたらした山鳥が3匹。
ちょっといろいろと突っ込みどころ満載なのですが……。
たった2分で山鳥3匹捕まえてくるとか!
血走った目が怖いとか!
いろいろ言いたいことはあるけれど……。
「床が汚れます!出て行ってくださいっ!」
山鳥から落ちる血、なんとかしろっ!
汚すのは簡単。掃除は大変!だからなるべく汚さないが主婦の掟だぞっ!
ちょっとイラっとしてドアを指さすと、ガーンという顔を顔面に張り付けてローファスさんが小屋の外へと出て行った。
「大丈夫ですよ。ユーリさん」
ブライス君がすっと歩み出て【浄化 床に付着した汚れよ消え去れ】と言うと、床がピカピカになった。
「す、すごい!ブライス君すごいよっ!」
手放しにほめたたえると、ブライス君が嬉しそうに笑った。
魔法すごい!絶対使えるようになりたい!
「なぁ、早く食べようぜ」
カーツ君の言葉に、ハッと我に返る。
そうだった。温かいうちに、おいしいうちに食べなければって、もうなんか結構冷めてきた……。大丈夫。まだ炊き立てご飯はあったかいです。
「ローファスさん、早く来てください。食べますよ」
外に声をかける。
「え?俺も食べていいのか?」
ローファスさんの目に光が戻る。
「精米してくれたのローファスさんですから」
「お、おう!そうだった、まずい麦を白くしたのは俺だった!キリカ、わかったか?ちゃんと俺も手伝ったんだぞ!」
にこにこ笑顔でテーブルに着くローファスさん。
「手伝いと、あとは皆と同じように料理用の火の魔法石も後で出してくださいね」
「お、おう、火の魔法石だな!100個でも200個でも出すぜ!」
そんなにいっぱい一度にいりません。
「今日のは薄切りにして焼いた肉か」
ローファスさんが早速豚肉の生姜焼き(猪だけど)をフォークにぶっさして食べた。
「うはーうめぇ!まずい麦と一緒に食べるとこの濃い目の味付けがまたたまらんな」
はいそうです。
私もフォークで豚肉と玉ねぎを口に運び、間をおかずにご飯も口に入れる。
うん。おいしい。
やっぱり生姜焼きはご飯と一緒に食べるのが最高です!そのための濃い目の味付け。
あ、違うな。キャベツの千切りと一緒に食べてもおいしいのです。ヘルシー生姜焼きに早変わり!
……。
それにしても、フォークで生姜焼きと千切りキャベツを一緒に口に入れるの難しい……。
箸が欲しい。箸が!
うぬぅっ。今すぐにでも森へ走り適当な木を取りに行きたい衝動を抑える。
食事中に席を立つなんてマナー違反。
「ああ、今日も体にしみ込む。体力が回復していく……ステータスオープン」
ローファスさんがステータスを確認する。
「相変わらずこのポーション料理すごいなぁ。ぐんぐんHPが回復していく。そうだ、これを繰り返せばあっという間にレベルアップできるんじゃないか?」
ローファスさんの言葉にブライス君が顔をしかめた。
「これっていうのはまさか、僕に魔法の訓練だと言いながらローファスさんに向けて攻撃魔法を連射させたことですか?僕の魔法の訓練じゃなくて、ローファスさんの対魔法訓練だったんじゃないですか?」
え?外でそんなことしてたの?
「いやいや、ブライスも実践訓練がつめていいだろう?素早く魔法を繰り出したり、相手の動きを予想して魔法を放ったりと、な?食事の後にもう一汗どうだ?」
にこやかに笑うローファスさん。
楽しそう、嬉しそう、訓練大好き、レベルアップうれしい、筋肉筋肉って声が聞こえてきた。
「残念ながら、僕のMPはもうほとんど残ってませんよ。ローファスさんはユーリさんの食事でHP回復するかもしれませんがね」
ブライス君の冷たい物言いにも動じず、ローファスさんはにこやかなままだ。
「おう、じゃぁ、コレ!」
ローファスさんがウエストポーチから小瓶を一つ出した。
「これ、上級MPポーションですよね。なんのつもりですか?」
ブライス君が冷たい視線をローファスさんに送る。
「なんのつもりって、これ飲めば、もう一回訓練が」
「ローファスさんには僕が大人に見えますか?これでもまだ肉体的には子供なんですけどね。上級ポーションを飲んでぶっ倒れたらどうするつもりです?」
肉体的に子供って……。
あれ?ローファスさんには実年齢明かしてるんだっけ?
って、違う、問題はそこじゃなくて、前にもポーションを子供に与えるには分量がどうのとか言ってたよね。
カフェインもそうだけど、もしかして薬みたいにもっとシビアなのかな。体重何キロなら薬は何ミリグラムみたいな感じで。
うん。
子供たちもそうだったな。体重が増えると薬の量も増える。
あれ?そうなってくると……体の小さい私はいくら大人だと言え、上級ポーションとか飲むの危険だったりするんじゃない?気を付けないといけない。
■32
「あー、そうだったぁ!頭の回転といい、魔力量といい、つい大人と間違えちまう!すまん、すまん。まだ初級ポーションしか飲めないか。くぅっ」
ローファスさんがブライス君の頭に手をのせてぐりぐりと撫で繰り回した。
「早く大きくなれっ!な!」
ブライス君がローファスさんの手を払いのける。
「もちろん、そのつもりです。早く成長したいですからね」
「うんうん、それで、上級MPポーション飲んで朝練がんばろうなぁ」
ニコニコ顔のローファスさんをブライス君が睨む。
「早く大きくなりたいのは、ローファスさんのためじゃありませんから」
と言って、ブライス君の目が私を映した。
いやいや、私のためにというなら、急がなくていいです。無理ですって!
「初級MPポーションじゃぁ、ブライスの魔力量と見合わないよなぁ……」
ローファスさんがウエストポーチから別の瓶を取り出して、何かを思いついたように私を見た。
「ユーリ、これで料理頼むわ」
は?
手渡された小瓶は、ポーションの瓶と同じ。ただ蓋の形が違う。
ポーションは丸いでっぱりのついた蓋。
手渡されたのは、四角いでっぱりのついた蓋だ。中の液体は黒い。
「なんですか、これ?」
受け取った瓶を目の前で振ってみる。
「初級のMPポーションだ。ここでとれるのは、体力……HPを回復させるポーションで、これは別のMPポーション畑でとれる魔力、MPを回復させるMPポーション」
へー。
MPポーションか!
ファンタジーだよ、本当、ファンタジー!
もしかしてMPポーションも調味料かな。黒というと……ソース?
もう一度目の前で瓶を振ってみる。
うーん、とろみはなさそうだ。ソースだったとしても、濃口や中農ソースではなくウスターソースか。
ソースかぁ。串カツにたっぷり付けて食べるとおいしいよねぇ。
ふはー。
あれ?カツって作れそうじゃない?豚肉はないけど猪肉あるし、パンがあるからパン粉も。ああ、卵がないか!
ちぇっ。
うん、でもいいや。キャベツにソースかけて食べるのもおいしいよね!ふふふ。
って、まって、ちょっと待って……。
「あの、これって、当たりですか?ハズレですか?」
ローファスさんが大きな手を私の頭の上にぽすんと乗せた。
おおう、これ、乙女がどっきりする頭ポンポン……ではなくて、そのままローファスさんが髪の毛が乱れるくらいぐりぐりと頭を撫でた。
完全に子供扱い!
っていうか、子供扱いするにしても、思春期だかなんだか通り過ぎたような年齢の女の子に対する態度じゃないぞっ!
「ハズレポーションなんて冒険者が持ち歩くわけないだろう」
はい、そうですね。
ってことは……。
「これ、飲めるような味?」
「もちろんだ」
ううう、そうか。
やっぱりか。ソースの線は消えた。消えたよ……。
「ハズレはまぁ、ポーションと一緒でとても飲めるようなものじゃないが、当たり初級MPポーションはうまいぞ。ポーションより子供が好きな味だと思うが、レベル10にならなければ魔法は使えないからな。子供が飲むことはほとんどない」
「おいしいの?キリカ飲んでみたい!」
キリカちゃんが目をキラキラさせてMPポーションの瓶を見た。
「ポーション7個分の価値だ。飲むか?」
ポーション7個分?ってことはパンが7個。2日半の食費だ。
「7個……」
キリカちゃんがんーと考え込んだ。
「我慢する」
っていうか、
「MPポーションを子供が飲んでも大丈夫なんですか?」
確か上級ポーションは子供が飲んじゃダメだとか中級ポーションも何本までしかダメだとかいろいろあったはず。もともとレベル10になってからっていうようなものでしょ?
「そのへんはポーションと変わらない。金持ち連中はお菓子代わりに子供に飲ませてることもあるしな」
ポーション7個分というと、700円ってことか。この手の平の収まるくらいの大きさの飲み物。んー、中身は100mlくらいかな。乳酸菌飲料が60mlだからそれ2つ分あるかないかくらい?それで700円って、うん。
躊躇する値段だよね。
金持ちの飲み物か……。
いったい、どんな味?
砂糖が高級品とか言ってたし、子供が飲みやすいとなると、黒糖系かな?
黒蜜とかだったら、何が作れるかな。んー。とりあえず煮詰めたら黒糖とかできるかな?
「まぁ、ダメでもともとだ。MPポーションでなんか作ってみてくれ。じゃぁ、行ってくるよ」
ローファスさんが、テーブルの上にMPポーションの瓶を5つほどだしてドアに足を運ぶ。
ダメ元といいつつ5つも置いていくってことは、なんかめちゃめちゃ何か作ること期待してない?
「じゃあ、夜に戻る」
手を上げてドアを開くローファスさん。
あ、待って待って。忘れるところだった。
「待ってください、ローファスさんっ!」
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「ん?なんだ?」
ローファスさんが振り返る。
急いで作っておいた肉巻くおにぎりの包みを持ってくる。
弁当箱が見当たらなかったので、大きな葉っぱでくるんで、それを布で包んだ。
一応ブライス君に毒とか葉っぱにないか尋ねたら、冒険者が野宿するとき皿代わりに使ったりもするから大丈夫だって聞いた。
冒険者の野宿かぁ。
現地で、木の実やキノコや山菜を採ったりするのかな?だとすると、畑以外で収穫できる物のことも教えてもらえるといいな。
私は、スーパーに並んでいた食べ物のことしかわからないから。山ぶどうは食べられるとか言われても、山ぶどうがどんなものなのかわからない。
そういえば、蛇イチゴは食べられるんだったっけ?毒なんだったっけ?
「これ、お弁当です!」
すっと、布包みをローファスさんに差し出す。
「は?」
ローファスさんが包みに視線を落として首を傾げた。
「おべん、とう?何だ?それ?」
「え?」
なんだって、えっと。これまたお弁当を差し出すのは求愛の印とかいう異世界ルールがあったりなんか……。
やばい。
そうだよね、日本だって、プロポーズの言葉に「君の作った味噌汁が毎朝飲みたい」みたいな食べ物がらみのものがあるもん。
……まぁ、味噌汁を毎朝飲みたい人がいるかどうかは分からないけれど。
主人は、月曜は味噌汁含め和食で一汁三菜、焼き魚含む。火曜は洋食で、味噌汁の代わりにスープ。サラダとハムエッグと生のフルーツ入りのヨーグルト。水曜は中華がゆを中心とした朝食。木曜は……。
うん、毎日決まっていたからとても楽だった。今日の朝ごはんは何にしようって悩まずに済んだから。でも土日は決まって無かったから困った。夏に朝食で冷製パスタを出したら「朝から胃腸の働きを弱める冷たい食事を出すとはどういうつもりだ!」って怒られたなぁ。
おっと、思わず現実逃避で回想してたよ。
えーっと、どうしよう。
助けを求めるように、キリカちゃんとカーツ君の顔を見る。ブライス君の顔はなんとなく怖くて見られなかった。
ん?
驚いている風じゃないよね。おんなじように首をかしげている?
「ねー、ユーリお姉ちゃん、おべとって何?」
え?
「何が入ってるんだ?」
えっと……。
そういえば、日本のようなお弁当の文化は海外にはないというのをどこかで見たような気もする。
弁当じゃなければ、なんていうの?
海外だって、ピクニックにサンドイッチとか持っていくよね?学校にランチ持っていくよね?
はー、よかった。お弁当を手渡すイコール求愛じゃなくて。単に弁当って単語が分からなかったんだ。
「中身は、肉巻きおにぎりです。朝食の残りで作ったんですが……えっと、お昼にでも食べてください?」
ローファスさんの目がきらりと、いや、ぎらりと光った。
「ああ、携帯食か!俺が食べてもいいんだな!そうだよな、小屋で携帯食は食べないもんな!」
携帯食?
うーん。持っていくんだから、携帯するわけだけど……。
弁当と携帯食はなんか違う……。
あ、もしかして……。弁当なんて動き回るには邪魔だし、なんか獣だかモンスターだかを匂いで寄せ付ける危険があったりとか?
冒険者……いえ、この世界の人たちは、軽くて腐りにくく持ち歩くのに便利なものしか携帯しない?
「ご、ごめんなさい!ローファスさん!私の世界、いえ、国ではお弁当って普通だったんですけど、その、邪魔になりますよね?山道歩くのにパンに比べて重量もあるし、匂いとかでなんか寄ってきてもまずいですよね!」
さっと両手を前に出す。
「じゃぁ、行ってくる!」
ローファスさんは私の手にぽんっとドライフルーツをいくつか載せてあっという間に姿を消した。
は、早い!
「なーなー、ユーリ姉ちゃん、俺もお弁当ほしい」
カーツ君が手をあげた。
「キリカも!」
キリカちゃんもつま先出しになって手をあげた。
「ローファスさんのおいて行ったのはクコの実ですね。携帯食の交換ということですか。でしたら、僕も何かと交換していただけませんか?」
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「交換?うんと、キリカ、お花摘んでくるよ!」
「待って、待って、ちゃんとみんなのお昼ご飯も用意してあるから!」
ドアから出ていこうとするキリカちゃんとカーツ君を引き止める。
「お昼ご飯じゃなくて、キリカもおべんとっていうのがいい」
「俺も!ローファスさんだけずるいっ!」
えっと、えーっと。
同じ肉巻きおにぎりんだけど……。
お弁当ってそんなに魅力的かな?
そういえば、遠足のお弁当とかすごく楽しみだったな。
お弁当のないこの世界でも、お弁当っていう単語が何か特別な響きを持っているのだろうか?いやいや、単に見たことのない珍しいものだと思うだけかな。
「そんなに、お弁当がいいの?」
3人がめいっぱい頷いた。
ブライス君、君もですか。こういうときだけしっかり子供のふるまいなんだね。
「じゃぁ、お弁当を作ります。お昼ご飯は、湖のほとりでみんなで食べましょう!」
「湖のほとり?」
ブライス君の頬がうっすらと赤くなった。
あ、ごめん。いやなもの思い出させちゃったね。悪気はないんだ。なんか、ピクニックしようと思っただけで。
「お弁当って、外に持って行って食べるご飯のことだからね?えっと、携帯食ともちょっと違って、うーんと……」
「お外で、携帯食じゃないご飯食べるなんて、貴族様みたいだね!すごぉい!」
貴族?
あれか?
庭にテーブルとかおいてお茶するみたいな?
いや違うか。
貴族の旅行は馬車何台も連なって、料理人も連れて行きみたいなそういうの?
……。はい、どちらもお弁当とは違います。
うー、むつかしい。異文化の、無いもの伝えるのって。
「とりあえず、今日も収穫始めましょうか。ノルマこなしたら、お弁当作るね。3人はローファスさんの取ってきた山鳥の処理をお願いできるかな?」
夜は鶏肉か。
何を作ろうかな。
醤油、酒、みりん、ジンジャーエール、酢。
塩があれば、塩振って焼き鳥もおいしそうなんだけどな。でも串がないか。炭もないし。うーん。
そもそも、どんな食感なんだろう?私の食べたことのある鳥といえば、おなじみの鶏。
主人と恋人時代に食べに行った、北京ダックはアヒルだよね。クリスマスには本物をと七面鳥も食べたっけ。
……。結婚してからは、外食は連れて行ってもらった記憶がない。それは私の手料理が好きだからなのかな?と思っていたけれど、もしかして……。お金がもったいなかったのかな?釣った魚に餌はやらないって言葉がふと頭をよぎった。
それから、そうそう、友達と旅行で行った稲荷神社の参道にスズメの丸焼きとか売ってたなぁ。食べる勇気はなかったけれど……。あと、そう、鴨南蛮食べたっけ。
うん、どちらにしても鳥は豚や牛よりも鶏に近い味だった。だからたぶん、鶏料理系なら大丈夫なはずだ。
おっと、考えるのはあとあと。
まずは玉ねぎ用意してと。
「確認、装備とステータスは」
ダンジョンルールは忘れず、装備をチェック。
服にほつれや穴がないか。武器に傷みはないか。
まぁ、武器といっても、午前中は玉ねぎと外した窓の板ですけども。
「ステータスオープン」
うん。いまだに項目がよくわからないので、レベルとMPとHPの確認。
攻撃力、防御力、俊敏性とかなんかいろいろ書いてあるけど、いろいろありすぎてじっくり見る気力が失せます。
ほ、ほら、説明書も、分厚いと読む気がなくなるあれよ、特に、さほど得意じゃない分野で、さらに興味も必要性もないと、見ないでしょ?
見ないよね?
分厚い説明書のほかに、電化製品でもなんでも数ページの簡単なやつもついてるから問題ないし。
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ひぎゃーっ!
黒い悪魔が!
ダメだ!やっぱり、やっぱり、慣れない!
なんだろう、魂に染み付いた恐怖心っていうか、嫌悪感は、そう簡単にはなくならない。
玉ねぎを置くと、すぐにわらわらとゴキスラがどこからともなく湧き出て集まってきた。
見ない、なるべく見ない
「せーの!」
板をかぶせみんなでドッスーン。
出てきたポーションに急いで触れる。
別の場所に玉ねぎを設置し、集まってくる間に出てきたポーションを運び出す……というのを、10回ほど繰り返す。
ポーションは一人10個と大量。本来は、5個でやめてレベルアップのためにこの方法は封印するつもりだったんだけど、ハズレポーションを確保しなくてはならないため回数を増やしたのです。
はー。精神的に疲れました。
「ハズレポーションの保存はどうしますか?」
当たりは各自部屋で管理している。ハズレは確かにどうするんだろう。これも平等に分けて各自管理?
いや、でも、長期にわたって大量に保存するとなればそういうわけにもいかないよね?
「食糧庫に入れとけばいいんじゃないか?」
カーツ君の意見にブライス君が少し考える様子を見せる。
「今はまだ価値が知れ渡ってませんから問題ないとは思いますが、万が一大量にハズレポーションを保管しているのを見られたら、どういうことか探りを入れられる危険もありますよね」
誰に見られるのかな?……各自の部屋は登録した本人しか入れないけど、小屋には誰でも入れる。誰がくるんだっ!
山賊か?盗賊か?盗人か?……怖っ!ブライス君がいなくなっても大丈夫なのかな……。ぶるぶる。
って、私が一番お姉さんというか大人なんだからカーツ君とキリカちゃんを守らなくちゃ!震えてる場合じゃない。
「空いてる部屋は?」
キリカちゃんの言葉にブライス君がああと、手を打った。
「確かにそれはいいかもしれませんね」
全員がモテるだけハズレポーションを抱えて小屋に入り一番奥の開いている部屋の前に移動する。
うん、何か運ぶ時の籠というか、入れ物いるね。両手で抱えると、少ししか運べないし、落としそうで怖い。
「じゃぁ、カードを」
いったん瓶を床に置いて、ブライス君が冒険者カードっていうんだろうか、カードを取り出した。
キリカちゃんやカーツ君も出す。
私も、首の紐を手繰り寄せて服の中からカードを取り出す。
「複数人で登録できるかどうかわかりませんがやってみましょう」
一斉にカードをドアにかざす。あっさりできましたはい。
なんかすごいな。このシステム。
部屋の中は、私の部屋同様、ベッドと机とタンスがある。
「増えていくなら棚か何か必要ですね」
「箱がいいんじゃね?ローファスさんがポーション運ぶときに箱にいれるじゃん、ああいうの」
カーツくんの言葉に頷く。
「そうだね。箱なら積み上げていけばいいし、ダンジョンから部屋まで運ぶのにも役立つよ」
「では、ローファスさんに箱を頼みましょう」
箱を頼むのか。お弁当箱もついでに用意してくれないかなぁー。
さて。午前の仕事を終え、お弁当の準備です。
とはいえ、肉巻きおにぎりはすでに作ってあるので、あとはどうしようかな?
ローファスさんが捕まえてきた山鳥は3羽なので3人で1羽ずつ加工するらしい。本当は私も見て覚えた方がいいんだけど……。罠を仕掛けて動物をとることはできるかもしれないけど、私とキリカちゃんとカーツ君の3人で生活してたら、鳥を捕まえるのは無理そうなのでまぁいいかな?
それに……。
「ユーリさんはお弁当をお願いします」
「ユーリ姉ちゃん、鳥は俺たちにまかせときな!」
「ユーリお姉ちゃん、お昼はおべんと持って湖ね」
という、お弁当に対するる期待値が……。
常温で日持ちする野菜は畑から収穫してキッチンの涼しい日陰に置いてある。
うーん。肉巻くおにぎりだけじゃ確かに野菜不足だ。
野菜。黄色いかぼちゃに、オレンジのニンジン、白いじゃが芋……。
「そうだ!キャラ弁作ろう!」
弁当文化もないこの世界に当然キャラ弁文化なんてない。初めて食べる弁当がキャラ弁だと誤解させちゃうかも?とは思ったけど、子供たちの喜ぶ顔が見たい。
っていうのは単なる言い訳。
私……。
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キャラ弁作ってみたかったの!
日本のかわいいあの子たちにキャラ弁を……いいえ、お弁当を作ってあげる機会はなかった。遠足も運動会も花見も、自分の子じゃないから……。お弁当を作ってあげるようなイベントには何一つとしてかかわれなかったから。
……。今頃どうしてるかな。
よし。
材料は少ないし、便利な型抜きみたいなものもないけど。それに、こっちの世界にはピカネズミや、キテネコみたいなキャラもない。
でも、作る。
お弁当箱はないので、深めの皿を使うことにする。スープなどを入れる皿だ。
肉巻きおにぎりを中心に据えて、じゃがいもニンジンかぼちゃを煮る。
煮てる間に、作れるかどうかわからないけれど醤油を煮詰めて水分を飛ばしていく。
夏休みの宿題で醤油から塩を取り出す実験みたいなのを昔見た気がする。本格的なものは醤油を燃やして有機物を炭にしてなんとかなんとかってやつ。小学生のものは、紙コップに醤油を少量入れて1週間ほど放置して水分を蒸発させようっていう簡単なもの。
塩が欲しい。でもない。
うまくいけば、醤油の水分を飛ばすと塩っぽいものができる。というより食べる醤油……固形醤油ができるのかな?焦げないように気を付けて。
何とか、かなり濃い醤油になった。あと一息で水分飛びそうだけど、焦がしそうでもある。
ん?
ちょうど、この濃い醤油、キャラ弁の顔とか書くのに使えそうじゃないかな?うん。よし。塩っぽくはないけど、これで十分だよね。
野菜が茹で上がる。
つぶしたりくりぬいたり、切ったり。包丁で星やハートの形を作るのは結構苦労した。
星とかハート、分かるかな?そうだ。ポーション瓶の形を作ってみようかな。えーっと。
悪戦苦闘して、なんとかキャラ弁4つ出来上がりです。
ふたもないので、平らな皿を上からかぶせる。それを4つかぶせて、使ってない部屋の枕カバーを引っぺがしてかぶせてぎゅっとふちっこを縛ってずれないようにする。
風呂敷みたいなのほしいな。
ピクニック籠みたいなのもないから、これ、どうやって湖まで運ぼうかな。
何かないかな?
食糧庫の壁には棚があり、いろいろな道具も置いてあったのを思い出して見に行く。うん、あった。何かを運ぶためのリュックみたいな形の袋。これでいいや。
それから、水筒替わりになりそうな大きな瓶を一つ。キッチンでよく洗って水を入れる。
コップもいるね。あとは箸じゃないや、フォーク。
持ち物はそれだけで大丈夫かな?
デザートもあるといいんだけどなぁ。
「ユーリお姉ちゃん、鳥の処理できたよ!来て来て!」
ドアがバターンと開いて、キリカちゃんが入ってきた。
「あのね、ご飯に使うお肉をどれにするか選んで。それ以外は干し肉にするから」
キリカちゃんに連れられて小屋の裏に足を運ぶ。この間猪を処理した場所だ。
すでに、羽など何かに使える素材と、食べられない部分と骨と肉に分けてあり、鳥の形はしていなかった。
一応、鳥の形があることを覚悟していたけれど見慣れた肉の状態で少しホッとする。吐かなくて済んだ。
「使う肉か……」
冷蔵庫があれば、冷凍庫があれば全部使うんだけどな。火を通せば今日と明日と2日は大丈夫なはず。夕飯分だけじゃなくて明日の分の肉。
えっと、今日はローファスさんも含め5人分。明日は……朝にはローファスさんとブライス君が出ていくから、3人分。
……一気に寂しくなるなぁ……。
「じゃぁ、カーツ、穴を掘ってそれを埋めてくれ。キリカは綺麗な羽根をより分けて。髪飾りなどの装飾品の材料として売れるからね」
ブライス君の指示に、カーツ君もキリカちゃんもてきぱきと動き出した。
「あ、まって、まって!骨!骨!骨!」
鶏じゃないからできるかわからないけれど、骨は捨てちゃもったいない。
結婚何年目だったかなぁ。一度だけ作ったことがある。
鶏ガラスープを。
スープの素じゃなくて骨から。
主人に褒めてもらいたくて「スープの素じゃなくてね、骨から煮込んで作ったんだよ」って。「へーすごいね」そういってもらえればよかった。
「ふぅーん。よっぽど暇なんだね」
違うよ。違う。キッチンタイマー使って、洗濯しながら、アイロンかけながら、掃除しながら、タイマーがなるたびに鍋に戻ったんだよ。いつもよりいっぱいがんばって動いて作ったんだよ。
ああ、思い出したくない記憶まで戻ってきた。
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今も暇があるわけじゃないけど、食材を無駄にするような生活をしてない。だから、作るよ!
鶏ガラスープ。ニンニクと生姜がないけど、臭み消しはネギと酒でもなんとかなるはずだ。たくさん見たレシピに、ニンニクや生姜を使わないレシピもあった。
ただやっぱり塩が無いのが痛い。こう考えると、料理のさしすせそって、砂糖、塩、酢、醤油、ソースっていうけど、必要度で考えればさしすせそじゃないよね。圧倒的に塩。醤油はない国があっても塩がない国はない。砂糖は贅沢品で食べられなくても問題ないけど塩は食べないとやばい。酢やソースは出番がかなり落ちる。
あ、違った。ソースじゃなくて味噌だ。
いっつも間違えるんだよね。
名古屋出身のスイちゃんにいつも叱られたなぁ。「味噌でしょ、味噌!そもそもソースより味噌の方が圧倒的に出番多いのになんで間違えるかなぁ?」って。
ふふふ。味噌の出番が圧倒的に多くはないけどね?名古屋にはマヨネーズみたいな容器に入った味噌があるらしい。で、マヨネーズみたいになんにでもかけて食べるんだって。
スイちゃんどうしてるかなぁ……。私と連絡取れなくなったら、心配してくれるよね……。
「骨?何に使うの?」
おっと。
「スープを作るのよ」
「えー。骨を食べるの?キリカ、硬くて食べられるかな」
キリカちゃんが骨を見て首を傾げた。
「ふふ、違うのよ、キリカちゃん。骨は食べなくて、スープに味をつけるために使うだけなの。ちょっと手間がかかるから、皆手伝ってくれる?」
下茹でしたら、骨をきれいに洗う必要がある。臭みをなくすために。それから骨を砕いて、沸騰しないように注意しながらアクをとりつつ、6時間煮込む。
夕飯までにできるかな?
じゃなくって、今日はキッチン近くから離れられなくなっちゃうか。どうしようかな。
いいや。せっかくだからポーション料理の研究に時間を使おう。夕飯の鶏料理もまだ考えてないし、そうそう、MPポーション渡されて何か作ってほしいって言われてたんだ。
あれ?結局MPポーションって何なんだろう?
まだ確認してなかった。
とりあえず下茹して水で洗う。えーっと、湖に言ってる間に血抜きしとこうか。水につけて置けばいいんだよね。
「さぁ、終わった。あとはお昼を食べてからにしましょう」
「やったぁ!お弁当!弁当!」
キリカちゃんがぴょんぴょんと飛び上がっている。
かわいい。子供って全身で喜びを表現するよね。
お弁当一式入れた袋を手に持つ。
「僕が持ちますよ」
私の手からブライス君が荷物を取り上げた。
うっわ、紳士!
見た目は中学生なのに。スマートすぎるよ。
「楽しみだなぁー。キリカね、冒険者になって今が一番わくわくしてるの」
「俺も。まさかこんな楽しみがあるなんて思ってなかった。毎日スライム倒してレベル上げるだけの生活だと思ってたから。それが、冒険者としての修行だと思ってた」
うっ。
ううう、ちょっと涙が出てくる。
日本だったらわがまま言って親に甘えて、それからいろいろ楽しいこといっぱいの毎日を過ごすような年齢なのに。
右手でキリカちゃん、左手でカーツ君の手を握る。
仲良く手をつないで歩いていく。
「えっとね、遠足のときは、歌を歌いながら歩いていくんだよ。えーっと、ランランラン」
確か皆で歩いているときに歌う歌があったよね。なんだったかな、やまを……?えーっと、まぁいいや!どうせ誰も知らないし!
適当に創作して歌う。簡単なフレーズ。
「今日は~たのしい~ピクニック~、おべんと持って~いきましょう~ランラランララ~」
われながら才能はない。
「今日は~たのしい~ピクニック~、おべんと持って~いきましょう~ランラランララ~」
それでも、繰り返し歌っているうちに楽しくなってきた。
「今日は~たのしい~」
「「ピクニック~」」
みんなが歌に参加。
もっともっと楽しくなってきた!
なんだか、私、すごく今幸せだよ。
湖のほとりに到着。
石とか適当に座る場所を鳴らして、4人で輪になり座る。
ブライス君から袋を受け取り、コップを取り出し水の入った瓶を取り出す。
キリカちゃんがコップひとつづつに水を継いでいく。
何をしてくれと言わなくても、こうして自然とお手伝いしてくれるかわいい子供たち。
「これがキリカちゃんの分ね。これがカーツ君。これがブライス君で、これが私。じゃぁみんなでお弁当食べましょう」
上から順にお弁当を配る。
私は両手を合わせていただきます。
「うわー、すごぃ、これ、これ、これキリカなの?」
ふたを開けたキリカちゃんが大きな声を出した。
「これは僕ですか?」
「じゃぁ、これは俺だな!」
「あんまり似てなかったね」
キャラ弁、考えた末、皆の姿を作った。
胴体が肉巻きおにぎり。顔にはじゃが芋。ニンジンの手足。
ブライス君の髪は金髪なのでじゃが芋ペースト、フォークで髪の筋を付けた。
赤毛のカーツ君はニンジンとかぼちゃを混ぜたペースト。キリカちゃんは薄茶なのでカボチャに少し醤油を混ぜた。
私は黒髪なので、カボチャの皮にしてみた。
煮詰めた醤油で顔を描く。
それから、ペーストにして丸めて団子にしたカボチャやじゃが芋に飾り切りした星型のニンジンやらカボチャの皮やらを乗せてある。
■38
「すごい、キリカ、人形もらったの初めてよ。うれしい。ずっと欲しかったの」
え?
「これ、食べずにとっておく!」
ちょっ、いや、うん。
「キリカちゃん、腐っちゃうから、食べようね?」
キリカちゃんが悲しそうな顔をした。
「腐っちゃうの?」
きゅーっと胸が締め付けられる。
なんで、私、こんなキャラ弁作っちゃったんだろう。バカバカっ!
「はー、うめぇ!キリカも早く食べてみろよ!」
カーツ君ががっつり顔の部分から口に入れてもぐもぐしている。
うん。煮詰めて塩分強くなった醤油でじゃが芋に顔書いてあるからね。おいしいよね。
そういえば、醤油味ポテチとかも売ってたな。あうのよね。醤油とじゃがいも。ああ、でもバターもあればもっと最高だったかも……。
キリカちゃんの目じりから涙が浮かんできた。
きゅぅーん。胸が締め付けられる。
そうだ!お弁当を入れてきた枕カバーを手に取る。
おしぼり芸が学生の時に流行った。おしぼりでいろいろ作って遊ぶのだ。
枕カバーでもできるだろうか?
くるくると丸めて折り曲げて入れ込んで……、できた!
「キリカちゃん、ほら、鳥さんよ、どうぞ」
キリカちゃんが枕カバーで即席に作った水鳥を見て目を輝かせた。
「わぁ、すごい」
糸とか針は小屋にあるだろうか。
冒険者として装備の点検をしているんだから、服に破れがあったらぬったりするんだよね?
あ、……だったら。
「ねぇ、ブライス君、装備点検して、服とかが破れていたらどうするの?着替えるの?直すの?」
「武器や防具などは武器屋や防具屋に修理を頼みますね。皮の鎧など自分で切れそうな紐などを交換したり、自分で直せそうなものは直しますよ。服は……店ではなくて、周りの直せる人がいればその人に依頼しますね。その時々で、宿屋のおかみさんだったり、パーティーメンバーだったり、ギルドで人を紹介してもらったり。簡単な繕い物ならパン1つくらいでやってもらえますよ」
「小屋では誰が直せるの?」
ブライス君が苦笑いする。
「うまくはありませんが僕が。まぁスライム相手にしているだけなのでめったに服が破れるようなこともありませんけど」
そうか。ブライス君にも苦手なことあるんだ。なんかなんでもできそうなイメージだったけど。ふふふ。
「っていうことは、冒険者として、ううん、冒険者でなくても縫物ができたほうがいいってことだよね?依頼するとまた契約だかなんだかで、パン一つとか必要だったりするわけでしょう?」
ボタンつけもズボンのすそ上げも、家族ならやってもらって当たり前なんだけどね。
「じゃぁ、キリカちゃん、立派な冒険者になるために夜にすこしだけ縫物の練習しようか?私が教えてあげるからね。人形を作ってあげる。キリカちゃんは人形の服を作る練習しましょう」
キリカちゃんの顔がぱっと輝いた。
「キリカに、人形?本当に?」
「立派なものは作れないけど、それでもいいならね」
キリカちゃんが小さな両手を広げて胸に飛び込んできた。
「ありがとう、あのね、キリカ、うれしいの。もう、悲しくないの、でもね、なんか、涙が……」
「えー、それ、いくらで教えてくれる?」
カーツ君が口を開く。
え?いくら?
「冒険者としての訓練の一つだから、お金なんていらないよ?ブライス君が動物のさばき方を教えるのにお金とったりしてないのと一緒よ?カーツ君やキリカちゃんが、私にダンジョンルールとか教えてくれるのと一緒よ?ねぇ、ブライス君、縫物も冒険者として必要なのよね?」
ブライスくんが目を細めた。
「ユーリさんは、本当に素晴らしい人ですね。裁縫もできるんですか」
いや、普通に家庭科の授業で習うから、基本的なことは誰でもできるよ。日本だったら。そんな尊敬のまなざしを向けられるようなことじゃないから!
「冒険者として必ず必要なことではありませんが、冒険者としてできた方がいいことには違いありません。カーツにも、そして僕にも教えてもらえますか」
「うん、もちろん」
あ!そうか。今は男子も家庭科普通にやるもんね。なんか女の子だから縫物をして、男の子だから縫物はしないみたいな思い込みがあった。……主人は女の仕事だろうって言ってたな。
■39
「さぁ、キリカちゃんもお弁当食べてね」
おいしい空気に素敵な景色。
かわいい子供たちとおいしいお弁当。
「えー、どこから食べようかな。お顔はだめなの。周りの丸いのから食べようかな。でもこの飾ってあるのかわいいし」
ふふふ。
キャラ弁作ってよかった。
「あー、うまかった!」
キリカちゃんが迷っている間に、カーツ君はすごい勢いで食べ終わっていた。
両手両足を広げて寝転がった。お腹を満足そうにさすっている。
食べてすぐ寝ると牛になるよって言葉が浮かんだけど黙ってる。普段いっぱい体を動かして生活してるんだもん。牛になんてなるわけがない。
「はー」
ブライス君が食べながらため息をついた。
「く、口に合わなかった?」
主人の不機嫌そうな顔を思い出す。
「いえ。とてもおいしいです。なぜ僕はレベルが10になってしまったのかと悔いていたところです。もう少し小屋にいたかったなと」
「ありがとう。そう思ってもらえただけですごく嬉しい。明日出発するときにお弁当用意するね!」
ほっ。
みんな喜んでくれた。
うれしい。
「キリカも、明日もお弁当食べたい!」
「俺も!」
「うん。もちろん作るよ。1つ作るのも3つ作るのも変わらないからね?」
明日はキャラ弁じゃなくて普通のお弁当にしようかな。サンドイッチ系でもいいかな?
挟むもの……ハンバーグ?作れないかな?
塩コショウがないのが厳しいか。鶏肉なら照り焼きチキンバーガーとかどうだろうか?
街までの道のり途中で食べることはないだろうけれど、こうしてピクニックのようにどこかで落ち着いて食べるんじゃなければ、片手で食べられるものの方がいいよね。弁当箱もないし。
「ごちそうさまでした」
食べ終わった食器などを重ねて袋に入れる。
「ユーリお姉ちゃん、ありがとう。おいしかった!」
「うん、弁当最高だった!」
キリカちゃんとカーツくんはあれから終始ニコニコ。
「ありがとう。おいしそうに食べてもらえると私もうれしい。本当は何かデザートが用意できたらよかったんだけど……」
「デザート?」
ブライス君が驚いた顔をする。
え?何?
また何か、この世界ではデザートが弁当みたいになんか違う扱い?
「デザートは貴族や富豪の食すものだと思っていましたが、ユーリさんはもしや……」
「あー、やっぱりユーリ姉ちゃんの事情って、没落貴族ってやつか?」
いやいや、いやいやいやっ!
そうか。デザートってぜいたく品だ。
日本ではコンビニで手を伸ばせばパンより安く手に入るけれど。この世界ではそういうわけではないんだ。
「ち、違うよ。故郷ではフルーツとかちょっとしたものを食後に食べることが普通だったの。えっと、貴族じゃなくても……」
「なぁーんだ、デザートって、お菓子のことじゃなくて、果物のことか!だったら、今から探そう!」
探す?
カーツ君の提案にキリカちゃんが元気に手をあげた。
「うん、キリカも探す!」
「いいですね。今までは食事といえばパンとじゃがいもばかりで、気にもしていませんでしたが、ダンジョンの周りには実のなる木もあると思いますよ」
そうか!そうなんだ!
果物は果樹園って頭があったし、森の恵みというときのこやら山菜のイメージが強すぎたけれど、確かに探せばあるかもしれないよね!
「あった!」
キリカちゃんが真っ赤な小さな実のなった木を指さした。
「そういえば、そろそろ熟す時期でしたね」
サクランボよりも小さく、少し細長い形の真っ赤な実がたくさんなっている。
何の実なの?
「しっかり熟しているから甘いけれど、少し渋いよ。渋いの大丈夫かな?」
ブライス君が実を取り、キリカちゃんと私の手に載せてくれた。
パクン。
■40
キリカちゃんと同時に口に入れる。
甘い。フルーツ独特の、砂糖とは違う甘みだ。そして、口に渋みが残る。うん。
うーん。おいしいけど、後味が残念。
「いただきまーす」
カーツ君が手を伸ばして実を5つ6つ取って口に入れた。
「あまーい。うめー、しぶっ、にがっ。でもうめー!」
と、実に複雑に味わっている。
砂糖が高級品なこの世界では甘いは貴重だもんね。
「キリカも、もう一回食べる!」
キリカちゃんの身長では実に手が届かないので、真っ赤に熟しておいしそうなものをいくつか取って渡してあげる。
私も口に入れる。
なんか、時々失敗して買った後味の悪いリンゴを食べた時のようだ。
安さにつられて8コで400円とかで買ったら、渋みがあった。もちろん主人に出せるわけもなくて……。
あれ?そうだ。あの時のリンゴは、結局お菓子作りに使ったんだ。火を入れたら渋みも消えた。
火を入れたらこの実もおいしくならないかな?試してみよう。
「ちょっと料理に使えないか試してみるから、多めに持って帰っていいかな?」
真っ赤な実をつんで袋の中に入れていく。
「料理?果物を?」
目を丸くしてる。
そうか。料理に使わないのか。
うん、確かにメロンと生ハム一緒に食べるのを知ったときにはびっくりしたし、酢豚にパイナップル入っていたときもびっくりした。
「茱萸の実が料理になるのか?」
グミの実か!お菓子じゃなくてそういう木があるって聞いたことがある。これがそうなんだ!
「じゃぁ、あれは?もう少ししたら食べられるようになるけど、あの桑の実も料理になるのか?だったら、熟したらとってきてやるよ」
カーツ君が別の木を指さす。
桑の実!
桑って、蚕の餌ってイメージしかないけど、食べられる実がなるの?
視線を移すと、ベリーだ!ベリーっぽい形の小さな実がなってる!
「じゃぁ、あの木苺も、食べられるようになったら料理に使える?」
キリカちゃんがまた別の木を指さした。
木苺?
木苺まであるの?
楽しみ!
たっぷり茱萸の実を収穫して小屋に戻る。
「何か手伝える」
小屋に戻ると、キリカちゃんが期待に満ちた目で赤い実の山を見ている。
えーっと、何が作れるのかはまだ分からないんだよねぇ。
鶏肉料理も考えないとだし、鶏がらスープもそろそろ煮込み始めないと。
「また後で手伝ってもらいたいことあったらお願いするね!3人は午後の訓練がんばって!」
と送り出したものの、あれ?私、いつ訓練するの?レベル上げないといけないよね?
まぁいっか。1日くらい。だって、今日はブライス君最後の夕飯だもん。ちゃんとした料理出してあげたい。
カマドの鍋に水と割った鶏がら、臭みけしのネギと酒を入れて火をつける。水から温めて、それから沸騰しないように気を付けながらアクを取ればいい。6時間煮込むという手間はあるけれどレシピ的に複雑なことをするわけではない。
さて、次は鶏肉。
鶏肉に目を向けて、視界の端にMPポーションの瓶がうつった。
そうだったぁ!
MPポーション料理も考えないといけなかったんだ。
鶏肉に合う材料だといいな。
きゅぽんと蓋を開ける。
しゅわわー。
ああ、また炭酸。
匂いを嗅ぐ。少し手に取り舐める。
うっわー、これ、アレだ。まさかの、ジンジャーエールに続いて、炭酸飲料。
「コーラかぁ……」
料理に使おうと思うと、ジンジャーエールに近い使い方になるよね。
あ、生姜風味を足したくなくて甘みだけほしいときに使える?
コーラって手作りできたんだよね。なんとなく材料が気になって調べたら、手作りコーラのレシピが出てきたんだ。
シナモン バニラ クローブ カルダモン レモン 砂糖。
たぶんそれであってると思う。
今度はコップに少しMPポーションを注いで飲む。
うん、やっぱりか。
■41
市販のコーラよりももう少しスパイスの香りが強い。ジンジャーエールも生姜風味が強かった。
うーん、これだけスパイスの香りが強いのに、和食に合うかな?どうしよう……。
鍋の様子を見て、沸騰しそうなところで火を弱め、沸騰しそうでしない状態にする。微妙な調整も火の魔法石でちょちょいのちょいって、すごい便利。
アクを救い上げ、急いでダンジョンに行って声をかける。
「一人お手伝いお願いしていいかな?」
カーツ君が名乗りを上げた。
「こうしてアクが出てきたらすくって捨ててほしいの、ちょっと畑に行っている間、お願いしていい?」
「畑なら俺が行こうか?」
「うん、ありがとう。料理を考えながら、畑にある野菜を見たいから」
冷蔵庫の中身を見てメニューを考えるみたいなことを、畑になってる野菜を見てメニューを考えるってすごい贅沢な生活?
険しい岩を全身を使って登っていく。
はー、はー、場所がこんなところになければ贅沢な生活かもしれないけど……。これ、階段とか作ってもらえないかな……さすがに無理かぁ。
畑の大きな雑草はカーツ君がちょっとずつ抜いてくれているのでだいぶ野菜の姿が見やすくなった。
小さな雑草は、雑草じゃないものまで抜いてしまわないように一緒の時に一つづつ確認して作業することにしてある。
大きな雑草に関してはすでに教えた。あ、もちろん私の知ってる限りでだけど。
こっちの世界のっていうか、日本であまり見ないものはちょっと私にも分からない。特に葉っぱ見ただけじゃぁね。
ビーツの葉っぱとかがどうなってるかなんて私は知らないもん。って、失礼しました。実はビーツがよくわかりません。
なんかカラフルなカブ?
レインボービーツとかがあるって聞いたことはあるけれど。
うーん、どうもカーツ君たちもあんまり野菜とかに詳しくないみたいだし、一度街で八百屋さんとか見てみたいな。
あ、野菜以外の食糧も見たいし。
それには、もう少しお金溜まってからのほうがいいかな。流石に、見るだけになるのは辛い。
ポーション1つで100円って考えると、なんだかんだと現状1日に500円~1000円くらいだもんね。
香辛料類は高い貴族の物ってブライス君言っていた。でも、現代日本人からすると、せめて胡椒くらいはほしいよね。
ハズレポーションで胡椒汁とか出てこないかな。
うーん、胡椒の飲み物なんてなんかあったかなぁ?まったく思いつかない。
畑を見ながら歩いていくと水田に突き当たる。
「そういえば、この向こうは何があるのかな?」
水が溜まるところに稲が植えてあるって話だったけど。その奥はまだ見てなかった。
水田の避けてその向こうに行く。
ありゃ。
もう、これ、池じゃん。
なんかモネの池みたい。綺麗。
えっと、スイレンだったっけ。岐阜の関市にモネの絵画、「水連」に似た池があって話題になったよね。
あれ?
目の前の池に浮かぶ花をよく見る。
スイレンって水に浮かんでるように咲いてるんじゃなかったっけ?
浮かぶ花じゃなくて、突き出た花だ。もしかしてスイレンじゃない?
「蓮?」
水連じゃなくて、蓮だとしたら!
いや、いや、待って、えっと、どうやって確認しようか?
キョロキョロと見回し、葦だかなんだか乾燥して長い棒みたいなものを一つ拾って池に突きさしてみる。
水の深さは意外と浅い。それからずぶずぶと泥の中に沈んでいく。
うっ、水の部分が30センチ。泥が50センチくらい?
これ、入ったら足が抜けなくて大変になるやつだよね?
うん、なんとか手を伸ばしてチャレンジしてみよう。
上の服を脱ぐ。
着の身着のままここに来ちゃったから、着替えがないんだよね。だから汚すわけにいかない。
っていうか、そうか。街に出たら着替えとかも買わないといけないんだ。香辛料買うより先だなぁ。
お金、いっぱい貯めなくちゃ……。服っていくらくらいするんだろうか。
カーツくんやキリカちゃんは着替えどうしてるのかなぁ?
人形が欲しかったって言ってたキリカちゃん。女の子なら可愛い服も欲しいんじゃないかなぁ?
それとも、冒険者だから邪魔になる装飾がある服はいらないっていうかな?
むしろ防御力アップする服とかを欲しがるかな?
あー、ダメダメ!
洋服も作ってあげたいとか思っちゃった。
日本の子供たちにも作ってあげたかった。でも我慢してたんだ。
お母さんが選んで買ってくれた服を着てる子たちに、預かっているだけの私が手作りの服なんて着せるわけにはいかないもの。
カーツ君とキリカちゃんにも……作るの我慢しなくちゃだめなんだよね、きっと。
小さいけれど冒険者だもの。子ども扱いしちゃ失礼だ。
■42
ブルブルと気持ちを切り替えるために小さく頭を振る。
首からぶら下げた冒険者カードがキャミソールの上で揺れる。
おっと、これを落としたら大変だ。
脱いだ服の上にカードを置いてから、身を乗り出し池の中に手を突っ込む。
肩までぎりぎり手を突っ込み泥の中を漁る。
うーん、やっぱり無謀だったかなぁ。スコップみたいな、なんか柄の長い何かいるよな。
いや、もういっそロープを頼りに脱出できるようにして足から入った方が……。
と、思っていると手に固いものが触れた。
「あ!」
ぐっと握って引っ張り出す。
重い!いやいや、力いっぱい引っ張るけど、力負けするっ!
片手じゃ無理だ。両手を突っ込んで両手で引っ張る。
「へぶっ」
頭が池にダイブ。
げふ、げふ、げふっ。
水を少し飲んじゃったけど、でも、でも、でもっ!
「とったどーっ!」
と、思わず獲物を天に掲げてしまった。
「ははは。これ、水連じゃなくて蓮でしたよ!れんこんあったもん。ふふふ。れんこん……」
天ぷらにするとおいしいよねー。鶏ミンチをはさんで揚げるなんて最高じゃないかしら?
ちょうど鶏肉……、鶏じゃないけど、鳥の肉もあるし。
あ、でも、油がなかったっ!
ショック。菜の花とかあれば、菜種から油も作れるかな?
いや、でもまぁいいや。レンコン。何作ろうかな。
池の水で泥を洗い落とし、手をぶんぶんふって乾かしてからギルドカードを首にかけて服を着る。
コーラ味のMPポーションでレンコンを煮る?いやいや、ないない。
うーんと、えーっと。
レンコン持って岩場を慎重に降りていき、小屋の近くまで足を運んぶと、鶏ガラスープの香りがしてきた。
そうだった!鶏ガラスープ作ってたんだ!
ってことは、このレンコンは……。
うん。メニュー決まった。
「ただいまー、アク取りありがとうね!」
カーツ君はへへっと笑った。
「手伝うのは当たり前さ!お礼なんていらないよ」
うん。そうでした。働かざる者食うべからずでしたね。
でも……。
「当たり前のことでも、してもらったら嬉しいのは分かる?」
カーツ君が小さく首を傾ける。
「手伝ったんだから食べさせてもらえるのは当たり前って思う?それとも料理作ってもらえて嬉しいなって思う?」
「そりゃ、嬉しいっ!」
「うん。嬉しい気持ちをありがとうで伝えるの。カーツくんがお手伝いしてくれるの、食べさせてあげるんだから当たり前なんて私は思ってなくて、手伝ってもらえてうれしいし、感謝してるから。だから、ありがとう」
カーツ君のほっぺが少しピンクくなった。
「お、俺も、俺も手伝わせてくれてありがとう!」
え?
「これ、鳥の骨なのに、すんごくいい匂いがする。ゴミにしかならないのが食べ物になるの見てるのすごくワクワクして楽しいんだっ!」
ああ、うん。そうだね。
料理って楽しいよね。
「ふふ、そっか。よかった。お手伝いを楽しんでくれてありがとう」
お互いにありがとうありがとうって言うのがおかしくて思わずカーツ君と笑う。
「あー、なぁに?なぁに?楽しそう、キリカにも教えて?」
両手いっぱいにポーションの瓶をもったキリカちゃんが小屋に入ってきた。
手に荷物を持っても出入りができるように入り口のドアは開けっ放しだ。
「あのね、キリカちゃん夕飯はきっとおいしいものが食べられるよ?カーツ君が頑張ってくれたからね?」
「カーツお兄ちゃんが?」
キリカちゃんがちょっと驚いた声を出す。
「え?俺?」
カーツくんが焦った声を出す。
「楽しい気持ちで作った料理はおいしくなるからね?」
そっとカーツ君の頭をなでる。
「料理って楽しいの?キリカもやりたいなー」
■43
うーん、じゃぁ続きのアクとり手伝ってもらおうか?でもなぁ。まだ5歳くらいだよね。キリカちゃん。
火の魔法石で火は出てないけれど、鍋を触ったりひっくり返したりして火傷でもしたら大変だよ。
心配しすぎかな?
包丁の方が安全かな。指を切るかもしれないけど、鍋をひっくり返して大やけどよりはまだ軽傷で済むかな?
今度一緒にクッキーとか作れるといいなぁ。まずはお菓子だよね。一番楽しいもん。とはいえ製菓材料っぽいので何とかなるのって小麦粉だけかぁ。
うーん。
うどんとか?うどん打ちも楽しいよね?
塩がない……。ここでも……塩問題。
塩欲しい!
「おーい、キリカ、これも部屋に持って行ってくれ」
ブライス君が大量にポーションの瓶をテーブルの上に置いた。
使ってない部屋のシーツを引っぺがして半分に折り強度を高めたうえで風呂敷のように使っている。
ハズレポーションを運搬保管用の箱とか早急に欲しいね。
ブライス君がいなくなったら、幼いカーツ君とキリカちゃん、それにひ弱な私の3人になっちゃうから。
一輪車や、キャリーカートみたいなのがいるような気がする。
「あ、はーい!」
「俺も手伝うよ」
キリカちゃんとカーツくんがブライスくんの手伝いに行った。
さて、私は夕飯の続きと、MPポーション料理を考えないと。
あ、あと、今までは適当に……いや、目分量で料理してたけれどハズレポーションレシピを開発するならばきちんと記録をつけるべきだよね。
そうだ!
私以外が作っても効果があるか実験も必要だった!
キリカちゃんにはあとでアレを作ってもらおう!料理には違いない!
やることいっぱいで頭の中がごちゃごちゃだ。まずは……、アク取り!おっとその前に水が減ってきたので足す。
メモ取るための紙と筆記具持ってこなくちゃ。インクとつけペンかと思いきや、鉛筆みたいなのがあるんだよ。正し、全部芯。あ、チョークに近いのかな?先は斜めにカットして細くして使うところは鉛筆っぽいけど。
えーっと、今日の材料は……。
鶏ガラスープ
鳥の骨(何かの山鳥3羽分)
水(鍋に8割くらい、減ったら足していく)
あれ?鍋の大きさが違うともう駄目だ。山鳥だって、大きさが違うともう駄目だ……。ダチョウみたいな大きな鳥がいたら3羽とか入らないし。
……。水とかだいたい何リットルくらいって書いて分かるかな?
文字はなんかローファスさん日本語でも大丈夫とか言ってたけど……。単位も大丈夫なのかな?
そもそも、なんで日本語で大丈夫なんだろう?
ポーションレシピを広めるなら、共通の分量単位は必要だよね。
調味料の方はどうしようかな。ポーションの瓶は今のところサイズは一つしかない。
よし。大体目分量で、ポーション瓶の半分、四分の一、八分の一の量を基準にレシピにメモしよう。それなら共通認識できるよね?
瓶1本入れますとか、瓶4分の一入れますとか。10等分だとか奇数は分けにくいだろうから。
紙を細長く手でちぎる。ポーション瓶の液体の高さを印付けて、半分に折って、それをまた半分、さらに半分。
よし、これで八等分。印をつけて、それをポーションの瓶に貼ればメモリ付きの瓶のできあが……。
「テープないよね……糊もないけど、糊なら米で代用できるけど……」
瓶に米粒で紙を貼る?各家庭でそんなことするの?
っていうか、使い終わったら紙を張り替える?めんどくさいよね?
うーん。
そうだ。
木の板探してそれに張り付けた。定規みたいなの。これを当てて図ろう。もうちょっと便利にしたいけど今の私にはこれが精いっぱいだ。
えーっと、鶏がらスープの続き。
料理酒、ネギ、野菜くず。
あとで味を調えるための調味料はまた別。何味にするかなぁ。塩分は欲しいから結局醤油かぁ。
塩欲しい。塩。
それから、レンコンを使った一品。
えーっと、メインは鳥肉?野菜もたっぷり入れるから野菜?名前なんと付ければいいのかな?
調味料はいつも通り目分量で使って、減った分がどれくらいかっていうのを定規で図ってメモすればいいよね。
じゃないと目分量の感がつかめないのと、途中で足したりもするだろうし。うん。以外と便利かも。使った量を後で確かめるだけってのは。
鍋のアクはもうあまり出なくなってきた。
■44
そうだ。ご飯も炊かなくちゃ。
おかずはあるのにご飯がないとか一度だけやったことがある。
正確にはご飯がないことは何度かあったけど、パンやパスタなどで代用できた。カレーライスの時に一度だけご飯が無くて……。
まだ料理初心者だったころだ。うわーどうしようって焦りまくっていたら、
「大丈夫。今日は別の物を食べよう。カレーは明日食べよう。一晩寝かせたカレーになるからもっとおいしくなるよ」
と主人が外食に連れて行ってくれた。
いや、当時は結婚してなかった。まだ婚約の段階だったかなぁ。
ここでの生活は外食する場所もないんだから、ご飯炊き忘れたら、パンかジャガイモ……。うん。食べる物があるんだから十分だ。贅沢は言わない。
ご飯を焚いている間に、使う野菜や肉を洗って切る。皮むきはピーラーがないから少し時間がかかる。
皮は鶏がらスープへ野菜くずとして追加。途中でいれても平気かなぁ?まぁいいか。もったいないもん。入れちゃえ入れちゃえ。
ご飯が炊けた。よし。
外に出てキリカちゃんの姿を探す。いたいた。大量のポーション瓶の仕分けをしている。
「キリカちゃん、料理手伝ってくれる?」
声をかけると、ぱぁっと嬉しそうな顔がこちらに向いた。
「うん。キリカ頑張るよ!」
私以外の人が作っても効果があるのか確かめるためだ。
「じゃぁ、まずご飯を握ります」
比較の対象となるため私も作る。作るのは前に作った焼きおにぎり!
これならキリカちゃんにもできるはずだし、私が作ったものとキリカちゃんが作った物と効果を比較しやすいよね?味の失敗もよほどのことがなければ大丈夫だと思うし。丸焦げとか醤油をつけすぎるとかしない限り。
小さな小さなキリカちゃんの手で握ったいびつな形のおにぎりが10個。私が握った三角のおにぎりが5個。
「キリカ、ユーリお姉ちゃんみたいに上手にできない……」
「ううん、はじめてにしては上手よ!それに、手の大きさも違うからね?これからどんどんうまくなるよ。それにね、私はキリカちゃんが作ったのがおいしそうですごく食べたいよ」
「本当?」
「うん。だって、自分で作るよりも誰かが私のために作ってくれたものって、それだけでおいしいんだよ?」
ふと、亡くなった母親の料理を思い出す。
……食べたいなぁ。って思っても、もう二度と食べられない。なんで、生きている間に料理を教えてもらわなかったんだろう。
なんどカレーを作っても、ママの作ったカレーの味にはならないんだよ……。
カレーかぁ。この世界にカレー粉はないよねぇ。スパイスを組み合わせてカレーを作るなんて無理だから、もう二度とカレーは食べられないかもなぁ。
「あのね、あのね、この一番上手に握れたの、ユーリお姉ちゃんに食べてほしいのっ!これよだ、これ!」
キリカちゃんが、鉄板の中央にのってるおにぎりを一つ指さした。
「ありがとう」
うれしい。自分で作った物、自分で食べたいだろうに。一番上手にできたのくれるって言うんだ。
「じゃぁ続きね。醤油……黒のハズレポーションを塗ります」
はけがないので、スプーンに少し出してそれを少しずつおにぎりに乗せ、スプーンの背で急いで広げる。
ところどころたくさんかかったりしているのはご愛敬。
キリカちゃんが必死に醤油と格闘している。可愛い。
キリカちゃんの頭の両サイドにぴよんと出ている髪の毛を撫でる。ん?触り心地が少し硬い?
この両サイドにぴよんと出てる髪は、何かで固めてこういう髪型にしてるのかな?
この世界のオシャレ?
「塗れた!次は、焼くんだよね?」
「そうだよ。オーブンに入れようね」
どこまで手伝っていいのか分からない。あまり手伝い過ぎると、キリカちゃんの作った料理じゃなくなる可能性がある。
なので、重たい鉄板をキリカちゃんが運び、オーブンに入れる。火加減は口頭で教えてキリカちゃんがオーブンの調整。
うん。もちろん、キリカちゃんはオーブンの前に張り付いてじっと中を見ている。
分かる。分かる。私も初めてクッキーを焼いた時はずっと焼けるまでオーブンの中見てたもの。
キリカちゃんがオーブンに張り付いている間に、鶏がらスープの仕上げと、鶏肉とレンコンの料理。
あ、使った調味料、メモメモ。
よし、できたー!
カーツ君とブライス君を呼びに行く。
二人はポーションの仕分けをしていた。ハズレポーションの数を確保するために午後も何度か玉ねぎ囮板で一網打尽作戦を実行しているみたいだ。
「ご飯だよー」
「待ってました!」
カーツ君が満面の笑みで立ち上がった。
「ではポーションを運んだら食堂へ行きますね。カーツも運んでからだぞ」
「お、おう!」
ブライス君がポーションの中から当たりポーションの瓶を5つ差し出した。
■45
「これ、ユーリさんの分です」
「え?だって、私はダンジョンに入ってないよ?」
「みんなで話し合ったんですよ。ユーリさんがダンジョンに入れないのは食事の支度をしているためでしょう。遊んでいるわけではなくて僕たちみんなのために働いているんだから、報酬があって当然だと思うんです」
報酬?
私はみんなに食べてほしくて作っているだけなのに……。
「レベル上げのために、個々に取った分は個々の物としますが、ユーリさんの考えた方法で取った物はみんなで分けようって決めたんです。食事も含めて、ダンジョンに入るために必要なことですから」
そうかな?食事はダンジョンに入らなくても必要だと思うけど……。
「専業主婦なんだから食事の準備なんて空気を吸うくらい当たり前のことだろう?褒めてもらうようなことじゃないだろ」
いつかの主人庫言葉が頭をよぎる。
「そうそう、ダンジョンルール、パーティーは協力すること!」
カーツ君が二カッと笑う。
「ですから、受け取ってください」
ブライス君が当たりポーションの瓶を私の手の上に乗せる。
おいしいって言って食べてもらえるだけで嬉しいのに。
ありがとうって言ってもらえるだけで幸せなのに。
食事の支度を働いているって言って、報酬をくれようとするなんて……。
ビックリしたけれど、ありがとう
「では、いただきます」
ローファスさんが来ていないけれど、子供たちに待たせるわけにはいかないので、先にいただくことにする。
フォークを伸ばした時に、一瞬動きが止まる。「主人を差し置いて先に食事する妻がどこにいる!」という主人の言葉を思い出した。
大丈夫。ローファスさんは主人ではないし、それに……一家の大黒柱でもない。家長でもない。うん。待たなければいけない理由はない。ううん、もし家長だったとしても、子供思いの人だもの。お腹がすいたまま帰りを待てなんて言わないはずだ。
「は、なんだこりゃ、酸っぱいぞ」
カーツ君が鶏肉を口に入れてびっくりした顔をしている。
「ええ、不思議な味ですが、おいしいですね」
ブライス君がピーマンを口に入れた。
「うわー、これ面白い。穴がポコポコ空いてる。キリカ、初めて見た」
「ふふ、それはレンコンというのよ。止血効果や、風邪の薬として昔は使われていたんですって。今でも咳がひどいときや下痢の時に汁を飲む人もいるのよ」
子供たちが苦しそうに咳をしているときに調べた知識だ。
「止血効果?野菜じゃなくて薬草の一種ですか?どうりで見たことがないはずですね」
え?薬草?
「ううん、違う違う、野菜だよ?畑からとってきたんだよ。どんな食べ物だって、多少は何か体にいい効果があるから、それで薬草に分類しちゃうと野菜がなくなっちゃうよ」
薬草っていうと漢方薬に使われるようなもっと薬として効果の高い植物たちのことじゃないのかな?
ああでも確か、漢方薬のいくつかには生姜が入ってるって聞いたことがある。食事に使うものも薬として使ってたりするんだよね。うーん、でもレンコンは……やっぱり野菜だよね?
「だけど、こんな穴空き野菜なんて見たことないぞ?」
「畑で育てられないからかな?」
あれ?畑で育たなくても野菜でいいのかな?ん?わけがわからなくなってきた。しかも泥の中だから、根菜類?芋類ではないよね?
「え?森に入って探してきたのですか?一人では危険です」
「すごい、シャクシャク音がするよ、この野菜。おもしろい。キリカ、レンコン好き。それにユーリお姉ちゃんの作った料理はどれもおいしくて大好き。このちょっと酸っぱくって甘いのおいしい」
ふふ。
「今回はね、鶏肉と野菜の甘酢あんかけを作ってみたの。ハズレポーションにせっかく酢もあるんだからと思って」
そう。
甘酢案は、酢と酒と醤油と砂糖で作れる。生姜が入ってもオッケーなので、ジンジャーエールを砂糖代わりに作れちゃいました。ちょいと水分が多くなっちゃったから、水分蒸発させるのが少し手間だったけどね。
一口サイズにカットした鶏肉、ピーマン、レンコン、ニンジンに火を通して、少しの鶏がらスープとハズレポーションの酢と醤油と当たりポーションで作った甘酢餡に絡めました。……餡じゃないけどね。片栗粉がなかったから。小麦粉も、なかったから。食糧庫にあるかと思ったらなかったの。粉じゃない小麦も。いわゆるまずい麦っていわれる米しかなかった。……あれ?米粉でもトロミってついたんだっけ?
とりあえず小麦は欲しい。ローファスさんに渡すほしいものリストに書き加えなくちゃ。
ちょいと絡み方が物足りないけれど、酸っぱすぎない酸っぱさと、砂糖の甘味。醤油の香り。うん、おいしい。
レンコンしゃっきしゃき。鶏じゃない鳥のお肉もふわっとおいしい。適度な歯ごたえもある。3種類の鳥が混じっているから、ちょうど胸肉みたいな肉とモモ肉みたいな肉、それからささみっぽい肉と味わえてラッキー。臭みも特にないし食べやすい。
「ふわぁー、すっごい。すっごい。このスープすごくおいしいの。ユーリお姉ちゃん、これ、骨のスープでしょう?」
「うわ!まじか!本当だ!肉が入ってなくてもうめぇ」
よかった。鶏がらスープはキリカちゃんにもカーツ君にも好評だ。
■46
私もスープを一口すくって飲む。
うん。鶏じゃないけれど、おいしい。
ブライス君がスープを口にして目を見開いた。
「これはすごい」
その時、バッターンと大きな音を立ててドアが開いた。
「ただいまー!腹減った、ごはーん!」
ローファスさんだ。
帰ってくるなりそのセリフ。まるでドラマの中の男子高生みたいでちょっとおかしかった。
「お手伝いしてないでしょ?」
キリカちゃんがすかさずローファスさんをびしっと指さした。
「いや、ほら、手伝った。これこれ。食材捕まえてきたから」
どっしんと、背中に背負っていた荷物をローファスさんがおろした。
「ぎゃっ!」
思わずかわいげのない悲鳴を上げてしまう。
荷物だと思っていた背中の塊は、小ぶりの猪だった。
「ローファスさん、食事中ですっ!外に出してください!」
死体を見ながら食事をする趣味はない!それに、毛とかなんかいろいろ舞い上がってご飯に入りそうだ。もう!
「あー、すまん……」
ローファスさんがすごすごと外に出ていった。
「食事のあと、処理しますね。カーツやキリカとユーリさんだけじゃまだむつかしいですよね」
ブライス君の言葉に素直にうなずく。
「ありがとう。そうだ、今度は豚骨スープにチャレンジしてみようかな?」
「豚骨スープ?」
猪の骨からもスープが作れたはずだ。なにかのお祭りで見た。豚骨ラーメンならぬ、猪骨ラーメンが売っているのを。
たぶん、基本的な作り方は鶏がらスープと同じだと思っていいよね?
ああ、でもまだ鶏がらスープもたくさん残ってる状態で、豚骨スープを作っても食べきれないか。冷蔵庫もないし。冷凍保存もできない。
明日になれば、私とカーツ君とキリカちゃんの3人になっちゃうんだし……。
「ううん、何でもない。またそのうちね」
「あー、腹減った」
ローファスさんが戻ってきた。
慌てて鍋からローファスさんの食事をよそってテーブルに置く。まだ温めなおさなくても十分温かい。
「はい、どうぞ。このスープはカーツ君が手伝ってくれたんですよ。だからとてもおいしくできました」
テーブルに器を置くやいなや、ローファスさんは器を両手で持ってごくごくとスープを飲みだした。
「うまい!おかわり!」
「え?あ、はい」
勢いで素直に器を受け取ってしまったけれど、ローファスさんは立ったまま飲んでた。注意しなくちゃ。お行儀が悪いです。
「カーツが手伝ったのか。うまいぞ。すごいなカーツ」
ローファスさんがニコニコ顔でカーツ君の頭をなでている。お行儀……まぁ、うん。今はいいや。
「へへっ。少し手伝っただけだけどな。ユーリ姉ちゃんがすごいんだよ」
言葉の内容とは裏腹に、カーツ君はとてもうれしそうな顔をしている。
「キリカも手伝ったのよ、これ、キリカが作ったの!ローファスさん食べて!」
キリカちゃんがローファスさんに焼きおにぎりを差し出した。
形が悪い焼きおにぎりだけれど、キリカちゃんが小さな手で一生懸命握ったものだ。
「すごいなキリカ、おいしそうだ」
あ
「待って!」
ローファスさんの手をがっつりつかんで食べようとするのを止める。
しまった。つい忘れいていた。
焼きおにぎりに使ったのは醤油。
醤油は確か守備力に補正値がつくんだったっけ。
ローファスさんが先に口にした鶏がらスープには幸い醤油は使っていない。
「効果を調べないと。私が作ってもキリカちゃんが作っても同じなのか」
「おお、そうか。ステータスオープン。お、スープの効果がさっそく出てるな。HPに補正値がついてる。回復スピードも速いなぁ」
料理酒とジンジャーエールの効果だ。
「じゃぁ、キリカ食べるぞ」
ローファスさんがキリカちゃんの作った焼きおにぎりを一口で食べた。大きな口。
いや、キリカちゃんの作った焼きおにぎりが小さいから?
「うまいなぁ。キリカは天才だ。もう一ついいか」
「えへへ。いっぱいあるから、どんどん食べていいよ」
キリカちゃんが焼きおにぎりをローファスさんに差し出した。
ふふ。
楽しそうな顔、うれしそうな顔、幸せそうな顔。
食事だけで、こんなに素敵な瞬間が生まれるなんて不思議。えへへ。私も楽しくてうれしくて幸せ。
■47
「うまい」
「キリカ、俺にもくれよ!このままじゃローファスさんが全部食っちまうっ!」
カーツ君がキリカちゃんに手を差し出す。
「ローファスさん、食べてばかりではなくて補正値の確認もお願いします」
ブライス君に言われてローファスさんがハッとなる。
「あ、ああ、そうだった。えーっと、さっきと違うところか」
ローファスさんが食べる手を止めて視線を上から下へと動かしている。
私たちには見えないけれど、ローファスさんにはステータス画面が見えているのだろう。
「黒のハズレポーション、醤油を使っているとすると、守備力に補正値がついているはずです」
はたして、キリカちゃんの作った焼きおにぎりでも、私が作った焼きおにぎりと同じ効果があるのか……。
あるのなら、ハズレポーションレシピの責任も重大だ。
ん?
まって?
もし、私にしかない能力なんてことだった場合はどうなるの?
あれ?それなら食堂とか営む?
だけど、食べてから効果がある時間はどれくらいだったっけ?
食べてダンジョンに移動するまでに効果切れちゃうよね?……とすると、食堂するとしたら、ダンジョンの入口とかで?
えっと、このポーション畑と言われてるところも一応ダンジョンなんだよね。でも、たぶん補正効果がある食べ物が必要なのは、初級……?ううん、ローファスさんが行くようなダンジョンは中級とか上級とか?
どこにあるの?……確か、ここから何日か移動した場所なんだよね……。
うーん、街からもずっと離れちゃうし、食材の入手とかどうしたらいいんだろうね?
畑とかあるのかな?
って、違う、違う!
私は食堂で料理作るんじゃなくて、冒険者になるんだ!レベルを上げて……。
あれ?レベル上げて、魔法が使えるようになったら、冒険者の副業として食堂してもいいかな?
うーん。
でも、誰にでもポーション料理が効果があるなら、私よりも腕の良いプロの料理人が作るようになるから、食堂を営むのはなかなか競争が激しくて難しいかもしれない。
日本だって、飲食店は競争が激しいんだもの。開店したかと思うと2,3年でつぶれちゃうところも多い。そう簡単に私にもできるかななんて考えない方がいい。
仕入れから原価計算、天候やそのほかの状況による売り上げ予想をして仕入れも計画しなくちゃいけないし。
そもそも、こちらの世界のこと、知らないことが多すぎる。
私の作る料理にはどうしても胡椒とかほしいなって感じることが多いけれど、胡椒はどうやら高級品のようだし。
そうすると、きっと使えない……。
うん、無理そう。食堂するならば、どこかの食堂で働きながらまずは食堂経営について勉強しなくちゃ。
って、そもそも資金が必要なんだよね。うん、やっぱり立派な冒険者になって、いっぱい働いてお金を貯めて、それから食堂で修行して……。
「あ、守備力の補正値が増えているぞ!」
ローファスさんの言葉に、もわもわと膨らんでいた夢の風船がパーンとはじけた。
そ、そうなんだ。
私だけってことじゃないんだね。だったら、ダンジョン前食堂とかは素人の私には無理かな……そもそも食材運搬の目途から立たないよねぇ。
「えーっと、どれくらい増えたんだこれ?」
ローファスさんが首をかしげている。
「ユーリさんの料理を食べた時は、倍に増えたと言っていましたよね?僕たちはユーリさんの料理でプラス10。今回、確認するべきでしたが、先にユーリさんの料理を食べてしまったのでキリカの料理でどれだけ補正値が付くか分からないんですが……。どうですか?ユーリさんの料理と比べて」
ブライス君が興奮気味にローファスさんに尋ねている。
「キリカの料理でも補正値が付くということは、自分で料理しても補正効果が得られるということになりますよね」
あ、そうか。自分で料理して自分で食べればいいのか。
ってことはダンジョン前食堂の必要性がますますないかも……。
「えっと、うーん、そうだなぁ」
ローファスさんが首をひねる。首をひねるながら、テーブルの上から鶏肉と野菜の甘酢餡かけをパクり。
「あー、それ俺の」
カーツ君が椅子から立ち上がって抗議する。
「まだあるからね?ローファスさんの甘酢餡かけをカーツ君のお皿に盛り付け、ついでにローファスさんの目の前に甘酢餡かけを置く。
「子供の食事を取り上げる大人がいますか!もうっ!」
「あー、すまんすまん。ちと確認したいことがあってな。えっと、ユーリの料理を食べた時にはちょうど倍くらいになるから、キリカの作ったものを食べたときの差の数字がえーっと、こーで、あーで」
……もしかして、ローファスさん数字関係弱いのかな?
小屋では数字で困ったことはとりあえずなかったけど、それは簡単な数字だけだったからかな?
■48
冒険者養成学校はどうか分からないけれど、学校に通っていないキリカちゃんやカーツ君は計算とか学ぶ機会はないよなぁ……。うん。教えらっることがあれば教えよう。ハズレポーションを集めたらきっと何十どころか何百とかそういう数の計算も必要になってくるはずだ。1本いくらでそれを何本売ったらいくらになるかというのも……。
ポーションはパン1個という簡単な計算だ。ハズレポーションがどれくらいの価値で取引されるようになるかわからないけれど……。この子たちが騙されないように足し算と引き算と掛け算。
割り算は、まぁ、うん。いいや。計算が嫌いじゃないようなら教えよう。私は嫌い。特に余りがある割り算。
「そうだなぁ、ユーリの料理を食べた時に比べると、10分の一くらいの補正値効果かな」
え?
「十分の一、ですか?だとすると、僕らが食べたら補正値はプラス1になるんでしょうか……すぐに確認したいところですが、早くて夜中ですかね」
「私の作った料理の方が効果が高いんですか?」
私は驚いてるのに、他のみんなはたいして驚いている様子もない。
「まぁ、ユーリ以外が作ったとしてもある程度の効果は期待できると分かったんだ。すごいぞ」
「引き続き研究は必要ですね。効果の違いが、完成度によるものなのか、スキルレベルによるものなのか、それか生まれ持ったギフトによるものなのか……」
そういうことですか。
効果の違いはいくつもの理由が考えられるってことか。
そういえば、ローファスさんがブライス君の魔法をすごいと言っていたし。魔法とかそういう不思議な力には個人差があってしかるべきってことかぁ。
「そうですね、皆で焼きおにぎりを作りませんか?そして明日の朝、誰が作ったものがどれだけの効果があるのか確認しましょう」
ブライス君の提案に、みんなが頷いた。
「え?」
明日の朝も焼きおにぎり?
えっと、明日の朝はパン食べるつもりだったんだけど……。
まぁいいか。パンを使ったのは、お弁当にすれば。
人数がいる間に実験できることはした方がいいもんね。
「はぁー、うめぇなぁ。これ、酸っぱくて甘い料理初めて食べた」
ああそうか。砂糖も貴重だから甘いを料理に取り入れることってあんまりなさそうだもんね。
ローファスさんがそそくさと席を立ち、鍋からどっさりと皿に甘酢餡を盛り付けている。
思わず腰を浮かしてしまう。
お代わりなら、言ってくれれば私がよそうんだけどっ、っていうか、ごめんなさい食事中に席を立たせてしまって……。
と、ちょっとだけ手に汗がにじむ。
主人は一度テーブルに着くと食事が終わるまで席を立たなかった。醤油、マヨネーズ、お代わり、お茶、……必要としている物をタイミングよく出すのが私の、主婦の仕事だと言っていた。
預かった子供に食事を食べさせていて、主人の茶碗が空になっているのに気が付かなかったことがあった。
「子供を持つのは当分無理だな。子供の世話で、家事がおろそかになるようじゃな……」
凍り付くような声を思い出す。
だめ。ここでは逆に手を出しすぎてはダメなのだ。
自立した冒険者に必要以上の手助けは……。
私は彼らと同じ冒険者だ。皆、同じだけ働いている。
「キリカもおかわりー!」
「待ってくれよ、俺も、俺も、ローファスさん食べすぎだよっ!」
我先にと鍋に向かうみんな。
あ、これ、危ない。
「並んでください。順番です。それから、お代わりが欲しい人は私に言ってください!」
うん。別にこれは世話を焼くわけじゃないよ。危険だからね。みなの安全のため。
「じゃぁ、キリカちゃんどうぞ、次はカーツくんね。ローファスさんはもうおしまいです。さっきたくさん食べましたよね?」
ガーン。
いや違う。
ガガガーーーーーンッって擬音が聞こえそうな顔をローファスさんがした。
え、そこまでショックを受けること?
「ブライス君はお代わりいかがですか?」
声をかけるとブライス君が皿を持ってきた。
「ありがとうございます。いただきます。ユーリさんの料理は本当においしくていくらでも食べられます」
にこっと笑うブライス君。
「ありがとう」
顔から池にダイブしてレンコンを取ったかいがあったー。
……レンコンと言えば、これから先どうやってレンコン掘り出せばいいんだろう。
レンコンってじゃが芋みたいに長期保存できないんだよね……買ってきたら長くても2週間くらいしか保存できなかったはずだ。
って、それもラップにくるんだり冷蔵庫に入れたりしてだから……。
冷蔵庫もないと、何日持つのかなぁ。やっぱり食べたいときに収穫するしかないか……。
干しレンコンも長期保存は無理なんだよね……。
「うっ、ううっ」
何の声?
■49
顔をあげると、ローファスさんが小さくうなり声をあげながら、ブライス君の皿を凝視している。
……。
欲しいって顔が言っています。
いまだかつてこれほど食べたいものを必死で我慢している顔を見たことがありません……。
子供たちでさえ、一つだけだよ、って言えばちゃんと一つでおしまいができたのに……。
「ローファスさん、鶏がらスープはいかがですか?焼きおにぎりにかけて食べてもおいしいですよ?」
ちょっとした中華がゆ風っぽくなっておいしいのです。っていうよりは、中華風お茶漬け?
いや、焼きおにぎりは中華じゃないか。まあいい。
ローファスさんが深いさらに焼きおにぎりをいくつか入れて、ちょんとかまどの前に立った。
「ユーリ、お代わりお願いします」
あ。
うん。さっき、ちゃんと並んで、お代わりが欲しかったら私に言ってねと言った。
はい。
言いました。
……。
「ぷっ」
思わず吹き出す。
「どうしたんですか?ユーリさん」
「ううん、何でもないの」
ローファスさんもまるで幼稚園児みたいで。大人の男の人が……しっかりお金を稼げるエリートなのに……。
こんなに素直に言うことを聞いてくれるなんて……。
なんだか、ギャップが激しすぎて……。
それとも、ローファスさんくらいの筋肉隆々の体を維持するためには人の何倍も食べる必要があって、食べることに関しては人一倍必死なのかな?
でも、小屋には確かに子供たちのためにパンとじゃがいもが出てくる自販機みたいなのおいてあげてたけれど、食べることに人一倍必死な人のチョイスした食材には思えないけどなぁ。
……冷蔵庫が無いから、長期保存ができる食べ物となると選択肢が少ないのかな?
でも、干し肉とか、そういう携帯食は存在してるんだよね?
あー、もう冷蔵庫ほしい!冷蔵庫!
昔の冷蔵庫は氷を使っていたんだよね。その氷は氷屋さんで買ってたわけだよね。
……。
ブライス君に見せてもらった氷魔法を思い出す。
うん。決めた!
私の夢っていうか、当面の目標!
とにかくレベル10まで上げて、氷魔法を使えるようにする!そして、冷蔵庫を作るんだ!
あ!氷が作れるようになったら、塩を氷にかけたらアイスクリームも作れるんじゃない?
えへへ。
アイスクリームを食べた時のカーツ君とキリカちゃんの反応を想像して顔がほころぶ。
食べさせてあげたいなぁ。
がんばろう。へへ。
レベル10になるころには少しはお金たまってるかな。そうしたら、ちょっと高価でも砂糖と生クリームと卵と買うんだ。バニラもあるといいなぁ。
にまにま。
「キリカの作った焼きおにぎりおいしいな、そのまま食べてもうまいけど、カーツの手伝った鶏がらスープをかけて食べるともっとうまい」
ローファスさんの言葉に、キリカちゃんとカーツ君が嬉しそうに笑う。
「ローファスさんがとってきてくれた新鮮な鳥の肉があったから作れたんです」
鶏がらスープを飲む。
うん。鳥が無ければ絶対にこの味は出せなかったよ。
「そ、そうか?うん。そうだな!よし、食事を終えたら、また取ってくるぞ!」
「え?」
いや、ちょっと待って。戻ってきたとき、確か猪持ってきたよね?
肉ばっかりそんなにあったって、冷蔵庫がないし冷凍もできないんだから、どうするのよっ!
干し肉にするといっても、干しておく場所もそんなに確保できないよっ!
「いえ、あの、明日から私たち3人になりますし、また今度来た時にでも……」
月に1度は来ると言っていたから、それで十分だよね。
「そうか?遠慮することはないぞ?」
いいえ、遠慮します。遠慮させてください。
私とカーツ君とキリカちゃんだけになったら、さばくのも大変です。明日の朝にはブライス君はローファスさんと一緒にいなくなるって覚えてるのかな?
パクンと鶏肉を口に入れる。
臭みもない。しっかり血抜きとかしてくれたんだろうなぁ。内臓とかもどう処理するのかわかんないけど……。
「ブライス君が上手にさばいてくれたからおいしい」
ブライス君にお礼が言いたくて顔を見ると、ふっと頬が少し赤くなってた。
■50
え?いや、別に変なこと言ってないよね?
もしかして褒められ慣れてない?
それとも、実年齢28歳とか言っていたし、たぶん年下だと思っている私に上から目線的な言葉を言われて、お冠?
ごめんな。私、ブライス君が28歳といわれても全然ピンとこなくて、キリカちゃんやカーツ君と同じ扱いになっちゃって……。
しかも、私の方が、本当は年上なので余計に……。
「一日も早く立派な冒険者になって、すぐに迎えに来ます!」
ブライス君がごちそう様と立ち上がり、空になったお皿を手早く洗って片付けた。
迎え?
「ローファスさん、さぁ、特訓しましょう!僕のMPは全回復していますから!」
何?特訓?
「お、何だよ、いきなりやる気になったな。いいぞ。ははは。俺のHPもユーリの料理のおかげで全回復だ。それに俊敏性の補正値も倍だ!朝の俺よりも手ごわいと思え!」
ローファスさんは残りのご飯をかきこんで立ち上がる。
「ローファスさんダメよ、ちゃんと片付けのお手伝いしてからなの!働かざる者食うべからずなのよ!」
テーブルに食器を残したまま離れようとしたローファスさんをキリカちゃんが引き止めた。
「あ、うん、そうだったな、ブライス、ちょっと待っててくれ」
ローファスさんがいそいそと大きな体で小さなお皿を洗って片づけている。何だろうなぁ、その後ろ姿が、お芋を洗っているアライグマみたいで妙に愛嬌がある。
「ステータスオープン」
ローファスさんがお皿を洗っている間に、ブライス君がステイタスの確認をしている。
「醤油ポーションが守備力の補正値アップ、料理酒ポーションが攻撃力の補正値アップ、みりんポーションがHP補正値アップ。それぞれプラス10でしたね。そして、酢ポーションが俊敏性補正値アップ。これもプラス10になってます。ということは、ローファスさんは俊敏性の補正値が倍になっているということですね」
ローファスさんがニヤリと笑った。
「そうだ。倍だ。この靴の能力が倍になったということだ」
へー。靴で俊敏性が上がるんだ。あれかな、陸上選手が靴によって記録が変わるようなものなのかな?
タイムを1秒縮めるのですら大変なのに、1秒縮められる靴が2秒縮められるようになったらそりゃすごいよね。
ん?そういうことじゃないのかな?
二人が小屋を出て行ってすぐに、ドカーンドゴーンと朝よりも激しい音が聞こえてきた。
あれ?どうしてこうなった?
私とカーツ君とキリカちゃんの3人が食事を終えても、まだ外からの音は続いていた。
「ねぇ、特訓するとレベルが上がるの?」
私も特訓した方がいいのかな?
「そっか、ユーリ姉ちゃん何にも知らなかったんだよな。レベルは、日常生活でも少しずつ経験値がたまって上がることもある。大体成人するときに3とか4とかかな。レベルが上がると、次のレベルになるまで必要な経験値が増えるから、そっから先はなかなか上がらない。普通に生活していれば死ぬまでに5か6になっているかどうかだ」
え?
死ぬまでに5とか6?
「魔法が使えるのがレベル10だよね?ってことは、魔法が使えない……?」
「あのね、経験値はね、ダンジョンのモンスターをやっつけても増えるんだよ。強いモンスターを倒すといっぱい経験値が貰えるの。だから、うんと、冒険者はダンジョンでモンスターを倒してレベルを上げるんだよ」
そ、そうなのか!
私、ほとんどダンジョン入ってないよっ!このままじゃいつまでたってもレベル10なんて夢じゃんっ!
「ねぇ、じゃぁ、特訓するとどうなるの?」
カーツ君とキリカちゃんが声をそろえて答えた。
「「強くなる」」
強くなる?
「えーっと、レベルは?上がるのかな?経験値とかは?」
「うーん、まったく経験値が入らないわけじゃないと思うけど、モンスター倒すことに比べたらすごく小さいと思うよ」
分からない。
「じゃぁ、なんでローファスさんとブライス君は特訓してるの?」
またも、キリカちゃんとカーツ君が声をそろえて答えた。
「「強くなるため!」」
えーっと。私の質問の仕方が悪いのかな……。
「強くなるってどうするの?」
「うんと、強くなると、強いモンスターが倒せるようになるから、強いモンスターを倒すと経験値がいっぱいはいってレベルが上がって、もっと強くなる」
あ、やっとわかった。
そうか。強くなることでモンスターを倒しやすくなるんだ。同じレベル5の人間も、強い人と普通の人と弱い人がいるって話ね。分かった。
そりゃそうか。魔法が得意なブライス君といかにも肉体はっぽいローファスさんが同じレベルだったとしても同じ能力ってことはないよね。
そうか。特訓すると強くなる。
……よし。
私も特訓して、強くなっていっぱいモンスターを倒して、レベルを上げよう!
小屋を出て、二人の特訓に混ぜてもらおうと……。
■51
「うん、無理」
岩が普通に砕けてます。
魔法すごいです。いや、ローファスさんの剣技もすごいです。
っていうか……私、本当に冒険者としてやっていけるんだろうか……。
……レベル10になれるかな……。冷蔵庫の夢が……。
とぼとぼと小屋に戻ると、キリカちゃんとカーツ君が剣を手に立っていた。
うおうっ、二人とも特訓?!
「ローファスさんが捕まえてきた猪の処理をしようってキリカと話をしたんだ」
「あ、そうね。うん。明日からブライス君たちいなくなるから……」
よく見ると、カーツ君とキリカちゃんの手に握られていたのはナイフでした。ナイフ……。
ああ、包丁じゃなくてナイフを使うんだ。そっか。狩りにも使えてそのまま肉をさばくのにも使えるわけだもんね。冒険者は包丁を持ち歩くようなことないか。
今ならまだ教えてもらえる。
私も……うん、私もがんばらなくちゃ、
この間のとったメモを持ってキリカちゃんたちの後に続く。
「えーっと、血抜きは終わってるよね。つるしたまま皮をはぎ取るか……」
あれ?つるしてあると、ある程度身長がないと届かないよね?キリカちゃんとか無理だよ?
前回はブライス君主導だったから、メモ取るの必死で、直視も難しかったんだけど……。
キリカちゃんとカーツ君二人に任せるわけにはいかないと、がんばって両目を開いてみると、いきなり壁にぶち当たる。
……これ、一番身長があるの私だし、私が皮を剥ぐ作業しないと続きができない案件なのでは……。
無理だ。ごめん。
私には、まだ無理……。
主人の声が頭にこだまする。
ほらな。何が働けるだ。
……うっ。
情けない。
私がこの子たちにできることは料理を作るくらいって、本当に情けない。
……料理……。
じゃが芋もニンジンもリンゴも皮をむけるよ。イカだって上手だよ。鳥皮をはぐことだってできる。
でも猪の皮は……。
「ねー、ちょっとびっくりしたんだけどさ、トマトの皮向くときの方法と、動物の皮剥ぐときの方法一緒なんだよ」
突然大学時代の友達との会話を思い出した。
「トマトって湯むきするでしょ?動物の皮をはぐときも、お湯を使うんだってさ。肉が茹らない63度が適温らしいよ」
「63度だと茹らないってこと?」
「さぁ知らないけど。鳥の羽を抜くときは70度のお湯につけてから抜くとか言ってたし、まぁ温度はその辺適当なんじゃない?」
「っていうか、何でそんなこと知ってるの?」
「イマ彼がさぁ、マタギっていうの?あこがれててジビエ料理体験とかに行ったらしんだわ」
友達に見せられた写真には、台の上にでーんと置かれた獣と、それを前にピースしている彼氏が写っていた。
湯剥き……。
お湯をかけながら皮をはぐ……。
台の上なら、背の低いカーツ君やキリカちゃんにも手が届く。
「ブライス君、ローファスさん、手伝って!」
特訓中の二人に声をかける。
だけれど、お互いがお互いに意識を集中しているためか私の声が届かない。
「ブライス君、ローファスさんっ!」
声がかれるくらい声を張り上げるけれど、やはり届かない。距離がありすぎるのも原因かもしれないけど……。
あんまり近づくと、間違えてどーんとやられちゃいそうで怖くて近づけないんだよね。
キリカちゃんがすたすたと二人が特訓しているところへ向かって歩き出した。
「危ないよ、だめだよっ!」
あわてて後を追って止める。
「ローファスさん、ブライスお兄ちゃん、手伝わないとご飯抜きよ!」
キリカちゃんの言葉で、ローファスさんがぴたりと動きを留めた。
「て、手伝う!手伝うよ!何をすればいい?」
しゅんっと、まるで風のように素早い動きでキリカちゃんと私の前にローファスさんが来た。
「あ、ごめん。そうだったね。あとでさばく約束だったね」
ブライス君がつるされた猪を見て頭を下げた。
「あの、友達に教えてもらったこと試してみたいんだけど……」
「何だ?何をすればいい?」
「僕にできることならなんでも協力しますよ」
二人が先を競い合うようにして手伝おうとしてくれるのはありがたいけど……。圧がすごい。
二人とも、そんなにご飯抜きって言葉が響いたのか……。
■52
「じゃぁ、ローファスさんは台の上に血抜きした猪を置いてください」
「皮がまだだが、そのままでいいのか?」
こくんと頷く。
「それから、お湯がたくさんほしいんですけど」
「僕が出すよ」
ブライス君が魔法で出すと提案してくれたけれど、首を横に振った。便利だけど。
「これから先、私とキリカちゃんとカーツ君だけでもできる方法でやりたいので。どうしたらいいかな?カマドでお湯を沸かして運ぶしかないかな?」
お湯を運ぶのは結構大変そうだ。鍋じゃなくてバケツ……あ、あった。
猪の乗った台の横に大きめの木でできたバケツがありました。
「なんだ?お湯か?これ使え」
ローファスさんがポケットから何かガサガサと取り出してぽいっと投げてよこした。
「うわぁ!」
急に投げないでください!運動神経弱い子なので!
キャッチ!
したつもりでしたが、コトンと地面に落ちました。うえーん。だって、2つも同時に投げるんだもん。
地面に落ちた色のついた石を拾い上げる。
「火の魔法石?」
赤いのは見覚えのある火の魔法石のようだ。もう一つの青いのは?
「こうして使うんですよ」
ローファス君が私の手から青い石を手に取った。
「バケツを水で満たせ」
と、石に話しかけてからバケツに入れた。
すると、みるみる青い石から水があふれ出て、あっという間にバケツが水でいっぱいになった。
「あれは水の魔法石。そのあとに火の魔法石を入れたらいいよ。水を沸かせと言ってね」
うわー、すごい!なんか、すっごい便利!
「えーっと、バケツの水を63度に温めて」
ぽいっと火の魔法石をバケツに入れる。
「え?63度?何だそれ?」
いつの間にか来ていたカーツ君が首を傾げた。
ん?
もしかして温度の概念がない?
「えーっと、沸騰してなくて、触ると熱いけど飲むとぬるいようなお湯?」
「なるほど。ユーリさんの故郷では一言63度という便利な単語があるんですね」
ブライス君が頷いた。
「さぁ、お湯ができましたよ。この後どうするんですか?」
あ、そうだった!
「お湯をかけながら皮をはぐんです」
全体像は見ない。視線を集約して、手元、目に映るのはお湯そしてひしゃく。なんか茶色の毛が生えてるやつに馬車りとお湯をかける。お腹あたりかな。
……うっ。
ダメ、考えない。
「お湯をかけたところをか?」
ローファスさんがナイフを茶色の毛にあてた。
も、無理。
「ユーリお姉ちゃん大丈夫?お湯はキリカがやるね!」
キリカちゃんが私の手のひしゃくを持って代わりにお湯を汲んでかけ始めた。
「お?おい、ブライス、ちょっとお前もやってみろ、ほら、カーツも」
ローファスさんの手招きに応じ、ブライス君とカーツ君が動くのが視線の端に見えた。
「え?」
ブライスくんの声が聞こえた。
「だろ、格段に皮が剥ぎやすい」
ローファスさんの言葉に、やっとほっと息を吐く。
よかった。聞きかじりの知識だったけど、間違ってはいなかったんだ。
「うわー、本当だ。これなら俺でも一人でできそうだ」
カーツ君の声が聞こえる。
「キリカも手伝ってるもんっ!はい、次のお湯かけますよー」
キリカちゃんの声も聞こえる。
私、一人働いてない。ごめん。もう、目の前が真っ暗になってきた。
気持ちが悪い。また吐きそうだ。
慣れないと。いつまでも子供たちに頼りっきりで年長者の私が動物さばけないままじゃいけない。
ああ、吐く。
■53
そうだ、吐き気止めにシナモンがいいって聞いたことがある。
畑にシナモンっぽいものなかったよな。あれ?シナモンって、畑じゃないか。確か、木の皮だ。
なんの木だろう?匂いを嗅げば分かるかな?はいでみないと分からないかな?
シナモンがあったら、シナモンバタートーストがまず食べたい。
次にアップルパイ!
ああ、どれも砂糖がいる。バターもあるのかな?何かしらの動物の乳があればありそうだ。リンゴはどうだろう?
砂糖は贅沢品……はー。うん、その贅沢な砂糖を年に何回かは食べられるくらいがんばって働こう。
誕生日ケーキとか特別なときに砂糖なしは日本育ちの私にはきつい。……贅沢すぎるんだろうな、きっと。
上がってきた酸っぱいものを飲み込む。
メモをせめて。
皮を剥いでからの手順を、声を頼りにメモを確認し、足りない部分に書き足していく。
「ユーリ!すごいな!」
視界がぶおっと移動する。
ちょ、えええっ。
気が付けば、ローファスさんに高い高いされてた。
「おっ、おろしてくださいっ!」
この年で、高い高いされるとか、ありえない、ありえない!
っていうか、ローファスさんどんな力持ちですかっ!いくら私は日本人の中でも小柄で体重も軽いからって……。
顔が真っ赤になる。
恥ずかしすぎるっ。
「あー、すまん。いや、うん……」
つられたのかローファスさんの顔も赤くなる。
「いいなぁー」
地面に足が付くと、キリカちゃんの声が聞こえた。
「おお、キリカ、それ!」
キリカちゃんはあっと言うかに宙に浮いた。高い高いと上に持ち上げるだけじゃなくて、ローファスさんは上空に放り投げた。
うおっ!
「きゃははははっ」
キリカちゃんは楽しそう。
「お、カーツもどうだ?」
ローファスさんの言葉にカーツ君がぷいっと横を向いた。
「そんな子供じゃないよ」
「あはは、そうか、そうか!」
ローファスさんはそういいながらカーツ君も持ち上げて放り投げた。
げげっ、右手でキリカちゃん、左手でカーツ君をぽーんぽーんとアクロバティックに高い高いしてます。
いや、もう、高い高いじゃないよ……。人間ジャグリング……。
それにしてもキリカちゃんは放り上げられて上手にくるりくるりと回転している。まるで動きが猫みたいだ。
「遊んでないで、さっさと処理したいんですけどね」
ブライス君が人間ジャグリング中のローファスさんに冷たい言葉を浴びせた。
「あーすまん。いや、ユーリ、これすごいぞ。ギルドに報告して広めてもいいか?」
「はい、どうぞ」
高い高いの衝撃で吐き気が収まった。はー。今回は吐かずに済んだ。
うん、大丈夫。少しずつ慣れるしかない。焦ってもダメだ。
できない無理、絶対ダメだとか思わない。自分で限界決めちゃだめだ。できる。少しずつできるようになる。
「おい、あっさり許可してくれるのはいいが、レシピと違って使用料は取れないぞ?」
「はい。別に構いませんけど?っていうか、むしろギルドの報告すると使用料がかかるなら、報告せずにみんなに教えてあげた方がいいんじゃないですか?」
首をかしげる。
「え?」
ローファスさんが驚きの声を上げる。
「だって、皆の役に立つんでしょう?」
「あー、いや、うーん。ユーリはいい子だな」
頭を撫でられました。
まったく、ローファスさんにとって私は完全に子供ですね。実は同じ年だと知ったらどんな顔をするだろう。
ふふふ。いつか驚く顔が見てみたいかも。
「じゃぁ、こんなのはどうです?ローファスさん革袋持ってますよね?」
「ん?あるぞ。今は水入って無くて空だが」
ローファスさんが腰にぶら下げた革袋をブライス君に渡した。巾着っぽいものかと思っていたら、飲み口のついた水筒に使う袋のようだ。
ブライス君がバケツの中に入っていた水の魔法石と火の魔法石を革袋の中に入れた。
そして、ペンのようなものを取り出し革袋の表面に何かを書き出した。
「起動の声で以下の事柄を実行、解除の声で停止。水の魔法石は革袋の中を水で常に満たし続ける。火の魔法石は63度に水を温め続ける」
書いた場所がうっすらと光って見える。光るインク?ううん違う。すぐに光は消えて、まるで元の革袋に戻った。
■54
「はい、ローファスさん返します」
ローファスさんがあっけにとられてブライス君から差し出された革袋を受け取るのも忘れている。
「おまえ、魔法使えるようになって何日だ?まさか、付与魔法まで使えるようになったのか?」
付与魔法?
「どうでしょう。うまくいってればいいんですけどね」
ローファスさんがブライス君から革袋を受け取り「起動」と言った。そのとたんに、ぺしゃんこだった革袋が丸まると太った。中に水が満たされたのだろう。
「あったけぇな」
ローファスさんが口を開いて、地面にお湯を出しながらそっと触る。
「あー、これ、さっきと同じ感じだ。火傷するほど熱くはないけれど、ぬるくもない。口に入れるとぬるく感じて、あとなんだっけ?」
ブライス君がにっと笑った。
「このちょうどいい温度、63度というキーフレーズに対して使用料をとればいいんじゃないかな?」
「なるほどな。お湯の温度の調整は各自経験で覚えればできるようになる。持ち運びができて簡単に旅先でも捕まえた獣の加工が楽になる魔道具なら、多少高くてもある程度稼ぎのある冒険者なら間違いなく買うだろうな」
「毎日大量の処理をする食肉業者にも売れると思いますよ」
ブライス君の言葉に、ローファスさんが大きく頷いた。
「そう数は出ないかもしれないが、そういうことでいいか?」
どういうことなの?
よくわからないけど、損する人はいない?ならいいよね?
「はい」
「じゃぁ、えーっと無属性の魔法石持ってますか?できれば魔力充電式の」
充電式?電池みたいなの?無属性の魔法石って何?
もうさっぱり分からない。
ローファスさんがベルトについてたダイヤみたいな石を一つ外した。
「今はこれしかない」
「外しても大丈夫なんですか?そのベルト、何かしらの効果が付与してあるんじゃないんですか?」
「あー、俊敏性が20上がる程度の効果だ。そんなもん、ユーリの作った料理に比べたらへみたいな効果だ」
「俊敏性が20上がるって、金貨何十枚もするんですよね……」
金貨!きっと高い!
「それに、忘れてませんか?ユーリさんの作った料理の効果は時間がたつと切れるってこと」
「あ、そうだった。食べてから2時間くらいたつな。ステータスオープン、あ、切れてる。まだ腹減ってないんだけどな……思ったより切れるの早そうだな」
ローファスさんが頭を抱えた。
「おい、ブライス、やっぱりそれ返してくれ」
ローファスさんが出した手をぱしんとブライスくんがはじいた。
そして、左手の平に小指の爪ほどのサイズの無属性の魔法石を乗せ、右手でさっきのペンみたいなものを手にする。
「コピーで発動。呪文を魔力を練りこみながら押し当てられた物質にコピーして貼り付ける。コピー回数を記録。呪文:起動の声で以下の事柄を実行、解除の声で停止。水の魔法石は革袋の中を水で常に満たし続ける。火の魔法石は63度に水を温め続ける」
ブライス君が再びローファスさんに手を差し出した。
「実験したいので、革袋をください」
「お前、俺がそうほいほいお前の欲しがるものを持ってるわけないだろう」
ローファスさんが軽くブライス君をにらむ。
「キリカの貸してあげる。はいどうぞ、ブライスお兄ちゃん」
いつの間に小屋に取りに行っていたんだろうか?キリカちゃんが絶妙なタイミングでブライス君にローファスさんが持っていたものより一回り小さな革袋を差し出した。
「コピー。成功しているか確かめてくれるか?」
ブライス君がすぐにキリカちゃんに革袋を返す。
「えーっと、起動、だったっけ?あ、すごい、もうなんかあったかいお水でいっぱいになった!」
「よかった。どうやら成功みたいですね。はい、これどうぞ。ギルドへの報告と63度専売使用料の交渉もよろしくお願いします」
手の平に無属性の魔法石を戻されたローファスさんはまだ納得できない表情をしていた。
「冗談だろう、魔道具を作り出す魔道具なんて聞いたことがないぞ。いや、伝説に出てくるエルフ王とかそんなレベルの話だ。昨日今日魔法が使えるようになった人間が使えるわけがない」
あー。ブライス君、エルフの血が入ってるって言ってたし……エルフって魔法が得意な種族なんだっけ?
だったら、不思議じゃないのかなぁ。
「いやまぁさすがに今ので魔力すっからかんですよ」
「って、特訓で魔法ぶっ放した後で、あんな複雑な付与魔法って、どんだけ魔力持ってるんだって話なんだが……」
うーんと、ローファスさんがこめかみを抑えた。
「あ、すっからかんなら魔力回復の様子が分かっていいな。ユーリ、MPポーションを使った料理は」
あ。
「まだです。えっと……朝食にと思ってたので……」
レンコン料理に気持ちが言っていたとは言えない。ごめんなさい。忘れてました。
■55
朝食に作ろうと思っていたものは、焼きおにぎりの予定になったからお昼のお弁当用に回すつもりで。
朝は、何作ろう。考えてなかった……。コーラ料理、コーラ料理……。
しゅんとなってうなだれる。
「あ、いや、怒ってるわけじゃないぞ?朝食のつもりっていうと、早起きして作るつもりだったのか?それとも今から作るつもりだったのか?無理しなくていいんだぞ?」
ローファスさんが慌てた口調で話す。
「全然無理じゃないです!えっと、その、せっかくなので、そのお肉使えたらいいかなと思って?」
と、とりあえず言ってみた。焼きおにぎりで急きょメニュー変更しなくちゃいけなくなったとか言ったら、ローファスさん謝りそうだもん。
あ、ブライス君もカーツ君もキリカちゃんもきっとごめんなさいって言うかも。
料理は全然負担じゃないよって、皆がおいしいって食べてくれるのすごく嬉しいんだから、全然謝ってほしくない。
「そうか!肉待ちだったのか!それはすまん!おい、みんな急いで肉の処理するぞ!」
結局ローファスさんは謝った。いやだけど、全然ごめんって感じじゃなくて……。
「特訓の前に処理しておけばよかったなぁ、ブライス。明日は朝から肉が食べられる」
うれしそうです。
ほっ。よかった。
「俺、猪の肉で初めに作ってくれた柔らかいやつ食べたい!」
カーツ君が私の顔を見た。
「角煮?」
「キリカも、あれおいしかった」
そっか。でも、まだ料理の種類いっぱいあるんだけどな、一度出したものでいいのかな?
「角煮?柔らかいやつって、あれかぁ。うん、いいな、たくさん作ってくれ。お弁当にもほしい」
角煮を弁当に?
ええ、だって、朝が焼きおにぎりだから、もともと作ろうと思ってたMPポーション使ったやつをお昼のお弁当用にするつもりだったんだけど……。角煮とは合わないよ……?
「汁が出る系のものは、あまりお弁当に向いてないですよ?」
一応抵抗してみる。
まぁ実際密閉お弁当箱とかじゃないと、汁漏れるよね。授業中にぷぅーんと漂うよね。
あー、肉じゃがの汁が漏れてるなぁとか、隣の席の子のメニューも想像できたりするよね……。
そもそも、密閉お弁当箱どころか、お弁当箱すらないから、どうやって運ぶつもりだろうか。
「うお、そうか!おにぎりみたいに携帯に向かないのか!」
ローファスさんがまたもや、ガーンって顔してます。
うん、何だろう、表情が豊かですね。そして、分かりました。
この人「食いしん坊」です。「食いしん坊筋肉」です。食事制限プロテイン筋肉じゃありません。
「じゃぁ、干して水分飛ばしますか」
ブライス君の提案にカーツ君が大きな声で反対と叫んだ。
「干したら干し肉みたいに硬くなるんだろ?やだよっ!せっかく柔らかくておいしいのに」
「はは。カーツ、大丈夫だよ。カーツは小屋に残るんだから。柔らかいの食べられるよ。僕とローファスさんが持ち歩けるようにって提案だから」
ブライス君の言葉にカーツ君がほっとした顔を見せた。
一方ローファスさんは肩を落とした。
「干し肉かじるの飽きた……」
あーあ。せっかくブライス君の提案をばっさり否定しちゃいました。
ローファスさんって、食事のことになるとなんか途端に残念な人になるんですね。
「今回は保存ではなくて携帯が目的ですから、完全な干し肉じゃなくて、一夜干しでいいんじゃないですか」
う?一夜干しの干し肉?一夜干しっていうと干物を思い出すけど……。
干し肉の一夜干し?どんな感じなんだろう?
「ブライス君、一夜干しの干し肉って?」
「食べたことありませんか?そうですね、昨日処理した猪が一夜干しに近い状態になっていると思いますよ。少し持ってきますね」
持ってこられた肉は、アレだ。肉をお皿の上に放置してちょっとカピカピになった感じと言えばいいのか。柔らかいビーフジャーキーと言っていいのか……。うん、やわらかいビーフジャーキーのが近いかな。
これ、パンにはさんだらハンバーグじゃないけど、ハンバーガーみたいなのできるよね?ローストビーフサンドみたいな雰囲気のものができるかな?
味見してみよう。
目の前の一夜干し干し肉にぱくりとかじりつく。
「あ!」
ん?
ブライス君が小さな声を上げた。
食べちゃダメだった?
「うっ、」
お行儀悪く口から吐き出しそうだ……。ダメ。それ。飲み込まなくちゃ。ごっくんと。
■56
「大丈夫ですかユーリさん……僕の説明不足ですね。せめて塩味が付いていればよかったんですが……。保存だけを目的としていて、そのまま食べるには味は……」
はい。
肉臭いです。猪は豚に近いし臭みも少ないと思っていたけど、やっぱり酒で臭みを消したり、醤油や生姜などで味をつけないと癖があります。食べにくい。
でも、食感は分かった。うん。薄く切ってパンにはさむとおいしそうですよ。角煮の味付けでも大丈夫そうです。
「では、角煮を今から作ります。えっと、朝食べる分と、お弁当として一夜干しにする分、どれくらい作りましょう?」
「全部っ!」
ローファスさんがどーんと胸を叩いてどや顔しました。
は?
「えー、いくらローファスさんでも食べられないよぉ」
と、キリカちゃんが正論。
「ブライスが言っただろう?干し肉にするって。食べられなかった分は干し肉にすればいつでもあの味が……」
何?本気で全部って言ってます?
「待ってください、僕は一夜干しと言っただけですよ?ポーションを用いた肉を干し肉にして保存ができるかと言うのはまだ何もわかっていません」
うんうん。ブライス君のいう通り。
日本にいるときも、角煮の干し肉なんて聞いたことないよ。
「せっかくのユーリさんの料理を、失敗干し肉で無駄にするつもりですか?」
ローファスさんが黙った。
「あの、じゃぁ、こうしませんか?一番大きな鍋に入るだけ作ります。朝食べる分以外は干しましょう。一夜干しにすればお昼と夜と次の朝くらいは問題なく食べれると思いますから、好きなだけ持って行ってください。少しだけ干し肉にしたらどうなるか実験しましょう」
「あ、ああ、一番大きな鍋、うん、そうか。一度に煮るのは無理か、そうだな、分かった」
やっとローファスさんが納得したようだ。
というわけで、肉の形になってからは私の出番です。炊き出しにでも使われるくらい大きな鍋で料理するなんて初めてのことなので調味料の分量にちょっと不安がありますが……。いつも作る量の10倍……いや、20倍はあるかな……。調味料、ポーションはたくさんあるから大丈夫だと思うけど。あ、でも……。
「当たりポーションが足りないかな?」
ハズレポーションは皆の所有物だからいいけれど、当たりポーションだけは材料を出し合うっていうことになっていた。みんなに少しずつ出してもらわないと足りないよね。
あれ?まてよ?
どんなにたくさん食べたって、キリカちゃんの食べる量とローファスさんの食べる量って違うよね?
それなのに同じ本数のポーション出せってなんかすごい不公平じゃありませんこと?
まぁ肉の提供者と言われればそうなんだけど、でもみんな畑で収穫したり料理手伝ってくれたりいろいろしてくれてるからチャラだ。
うん。
「ローファスさん、料理に使うポーションが足りません。他の皆も平等に出し合っているんですけど……」
同じ数を出し合っているとは言わない。平等に出し合っている、これで嘘じゃないよね。
えっと、子供の茶碗と大人の茶碗だと何グラム違うんだったかな。あ、ローファスさんは大人でも普通より大食いだから、えーっと、何倍もらえばいいかな、と頭の中で計算を始めたところ、ローファスさんが小屋の外に出ていき、隣の倉庫から何やら持ってきた。
倉庫には、上級ダンジョンや中級ダンジョンから回収してきた荷物が置かれている。当然盗難防止の仕掛け付きだ。
「ほい」
どさっと大きな箱がテーブルの上に置かれた。
中身は、100本近くありそうなMPポーションだった。
「え?あの、」
私が言っているのはMPポーションじゃなくて、ポーションなんだけど。
箱の中身とローファスさんの顔を交互に見る。
「わりぃ。初級ポーションはここで回収する分で何とかしてくれ。初級ポーションの持ち合わせはねぇんだ」
「え?初級ポーションって、まさか、ここのダンジョンからしか出ないんですか?」
それなのに、この人数でこれだけの量しか確保できなくて大丈夫なんだろうか?
「いや、中級、上級ダンジョンでも出るが、金にならないから誰も回収しないんだ。持てる量にも限界があるからな」
そっか。
確かに、もっとお金になるの持ち帰った方がいいよね。
「さらに、俺は初級ポーションじゃぁ、ほとんど意味ねぇからなぁ。自分用に持ち歩いてるのは上級以上のものばかりだ。お前ら子供には飲ませられないものしかない」
ローファスさんのHP思い出す。うん。私なら初級でも十分役立つんですけどね……。まだトータルで15しかないので。飲むと1時間もすれば元気になれます。ううう、がんばってレベル上げなくちゃ。
あれ?でもMPポーションってポーションの何倍の値段って言ってたっけ?
いくら食べる量が多いっていっても、これだけのMPポーションと釣り合うポーションの量って
「ま、これだけあれば次に来る時までにMPポーション料理もいろいろ実験できるだろ?」
あ、そうか。そうでした。そういう役割もありました。
もう、考えないことにします。
■57
「あ、もしかして角煮には使えないか!MPポーション無いときに作ってたもんな……そうか。朝にはMPポーション料理試せるかと思ったが……」
ローファスさんが、両手で頭を抱えた。
「す、すまん、それでも俺は、角煮が食べたいんだっーーー!」
誰に向かっての謝罪なのか。
誰に向かっての主張なのか……。
両手で頭を押さえつけ、天に向かって主張しております。
神に対する懺悔かしら?って、この世界の宗教観は知りませんが。罪深き我を許したまえーみたいな風に見えて仕方ありません。
角煮が食べたいのが懺悔しなければならないほどの罪かどうかと言われるとねぇ。
でも、なんか早くMPポーション料理の効果を知らなくちゃという気持ちは伝わってきました。
はい。夕食に使わなくてごめんなさい。
えーっと、コーラだからね。MPポーションコーラ味だからね。私の記憶が間違っていなければ……。
「大丈夫ですよ?」
コーラで角煮レシピってかなりメジャーだったはずだ。ジンジャーエールの代わりにコーラにしても問題な……。
いや、日本のコーラよりもスパイシーだからちょっと問題出てくる?
生姜の臭み消しとしてジンジャーエール入れたいしなぁ。
あ、大量に作るし……。
「ポーションも、MPポーションも両方使いますから。両方とも効果があるといいですね」
にこっと笑う。
ローファスさんが固まった。
ブライス君も固まった。
え?
「ポーションとMPポーションの両方が上級並みに効果があったらそれって……」
「ああ、初級エリクサーだな」
ローファスさんとブライス君が小さな声でひそひそと何か言ってる。
「僕の考えが甘かったかもしれません。思った以上に、すごいことなのかも」
「そ、そうだな……秘密を漏らさない契約を先にしていて正解だった。こりゃ、ちゃんと研究してから公開しないと、確かに大変な騒ぎと混乱になる」
「ええ。特に、キリカとユーリさんの作ったものに効果の差があったこととか……まだ分からないことだらけですからね……」
分からないことだらけ。うん。
頷いて私も賛同する。
「そうですね。混ぜても大丈夫かとかも分かりませんし、それを干し肉にしたらどうなるかとかもわかりませんし……。干しておいしくなるといいんですけどねー」
切り干し大根、干しシイタケ、うん。どれも旨み成分が増えるんだよねぇ。
よりおいしくなる。干し肉はどうなのでしょうね。
さっき試食した一夜干しの干し肉の味を思い出す。
臭みをうまく消せれば、肉のうまみは増えて食べやすくなるんだろうか?
研究の必要がありそうです。
冷蔵庫のないこの世界で生き抜くには、保存食がおいしい必要は必須項目なのですっ!
肉を買いに行くんじゃなくて、狩りに行く世界じゃ……いつ入手できるのか分からないし……。
ローファスさんとブライス君が、いや、そういう問題じゃなくてとかなんとかもごもご言っていたけれど、大事だよっ!大問題なんだよっ!
まぁいいや。
とりあえず作るのが先。
でっかい鍋にどーんと角煮用に切った肉を放り込む。あ!ネギ!臭み消しのネギがない!
「ネギがありませんっ」
「俺、取ってくるよ!」
カーツ君が走っていった。
「待って、外はもう暗いから危ないよっ!
そう。肉の処理が終わったころにすっかり日が落ちたのです。
「ほら、これ持ってけ」
ローファスさんがぽいっと石をカーツ君に向かって放り投げた。
まったく、ローファスさんは手渡すって知らないのかしら。
……あ、はい。
カーツくんは上手にキャッチしました。取り落とす私のような人間を想定してないっていうわけですね。
「光れ」
カーツ君の手にあった石がぴかっと光った。
「うわー、すごい!」
「あれは光の魔法石ですよ。ほら、そこにあるのと同じ」
ブライス君が天井を指さした。
そういえば、小屋の中は外が暗くなっても明るい。日本では電気が当たり前だったから、さして疑問にも思わなかったけど……。
そうかぁ、火の魔法石のコンロに、光の魔法石の灯り……。魔法世界も便利です。
……なのに、なんで冷蔵庫ないかなぁ!
あ!水の魔法石があるんだから、水で冷やすタイプの冷蔵庫とか作れないのかな?
気化熱とか利用した……クーラーじゃなくて、冷風扇みたいなの。ってことは風か。水と風……。
うっ、だめだ。私の頭じゃ分からないや。
■58
コンロの一つにどーんとでっかい鍋。あ、かまどだけどね。もう一つにも鍋を置く。
どうせ煮込むなら、ついでに作ればいいって気が付いた。大事なのは鍋の前について、アクを取ることと、焦げないようにかき混ぜてタイミングを見て火からおろすことだもん。二つ一緒に作れる。問題ない。
てなわけで、片方に角煮。
もう一つの鍋は、たっぷり増えたMPポーションをふんだんに使ってあれを作ろうと思います。水分いっぱい飛ばせばコーラには砂糖がいっぱい入っているはずだから、砂糖替わりになるはずっ!
そしてコーラに入っているのは、シナモン バニラ クローブ カルダモン レモン。
うん。バニラ以外は材料一緒だから大丈夫だよね。バニラがどう作用するかは知らないけれど……うまくできると信じよう。
材料入れて、角煮の鍋に調味料を目分量で……入れては味見、入れては味見。
あ、メモ……いや、こんな大量に作るレシピの分量いるかな?……食堂で作ったりする?じゃぁ一応メモるか。
えーっと、瓶何本と、何メモリみたいな書き方になるな。
それからもう一つの小ぶりの鍋にはMPポーションを……正の字で足して行けばいいか。メモリいくつなんて微妙な調整しないよ。
さぁ。あとは焦げないように。
ぐつぐつ。
あくとり。
ぐつぐつ。
火加減調整。
ぐつぐつ。
うはー、甘い匂い。こっちだ。コーラ大量のため、匂いが甘い。
角煮、コーラ少なめにしておいてよかった。流石にバニラ風味の強い角煮は嫌かも。
ぐつぐつ。
とろんとろん。
はー、おいしそうです。
そういえば、味見で口に入れるとどうなるんだろう?
「ステータスオープン」
えっと、夕飯で食べたものの効き目は確かローファスさんがもうないって言ってたから、補正値そのほかは味見の段階で口に入れたものの効果だって分かるよね。
「あれ?」
補正値が付いてない。
HPは満タンだし、MPも満タンだから回復効果があるか分からないけれど……。
醤油も酒も使ったのに、守備力も攻撃力も補正値が付いてないよ?なんで?
MPポーションが打ち消しちゃった?
そういえば、そのまま飲んでも効果がないって言ってたけど、調理中の味見はそのまま飲んだ時と同じ扱い?
料理として完成してからしか効果がない?え?だとしたら完成度の低いものと高いものじゃ効果違う?
うっかり焦がしたりするとどうなるんだろう……?
分からないことだらけだよねぇ。本当。
まぁ、いいか。
さて、完成です。
あとは冷めると味がよくしみます……って、こんな大鍋、冷めるまでにどれだけ時間がかかるの?!
一夜干しにするって、冷めてから干して一夜干しになるの?しゃーない。鍋から引き揚げよう。
「ブライス君、干し肉にするにはどうすればいいですか?」
「ユーリさん、ありがとう。僕がやりますよ」
「いえ、やり方を覚えたいので教えてください」
ブライス君が、簡単ですよと、ざるのようなものに並べる方法と糸でくくってつるす方法を教えてくれた。
とにかく肉を風通しの良いところにおいで乾燥させればいいらしい。
「おお、ちょうどいい。こっちだこっち。干し肉作る場所作ったぞ」
ローファスさんが手招きする。
物干しざおみたいなのと、棚が倉庫の外に設置されていた。素早い。食に関する行動力がすごすぎる。
「で、干してる間に獣に食べられないように獣除けも設置してある。
物干しざおを取り囲むように干し草みたいなのをくくった石が置かれていた。獣が嫌う匂いだろうか。
「雨が降ったらどうしたらいいんですか?」
「倉庫に入れればいい」
「雨の日の倉庫の中って、湿度が高くて風通し悪そうですけど、大丈夫でしょうか?」
腐ったりカビたりしないかな……。
「あー、これがあるから大丈夫。
ローファスさんが、倉庫の壁を指でがつっと付いた。
……穴が開きました。はい。空手家でも、指で壁に穴をあけるの難しいと思います。
そこに、石を埋め込む。
赤じゃないから火の魔法石じゃないでしょ。
青じゃないから水の魔法石でもないでしょ。
黄じゃないから光の魔法石でもないでしょ。
緑は何だろう?
■59
「そよ風」
ローファスさんの合図で、無風だった倉庫の中に風が吹き始めた。
「風の魔法石だよ。停止」
停止の合図で風がやんだ。
す、すごい!
風の魔法石があるなら、風と水で冷蔵庫みたいな
「小さな魔法石だから、これで半日くらいかな。ここに予備おいておく」
え?たったの半日しか持たないの?じゃぁ、ずっと使わないといけない冷蔵庫とか無理だよね?
あー、残念。やっぱり魔法が使えるようになって氷を作る……!これしか冷蔵庫ゲットの道はなさそうです!
次の日になりました。
今日でブライス君が出ていくかと思うと、早くに目が覚めてしまったのですが……。
うん。感傷に浸るよりも、外から聞こえるドカンドコンという音が気になります。
米を洗って、水につける。このまま30分。
その間にこそっと外の様子を見に行く。
ぎゅおーんと大きな火の玉がファーズさんめがけて飛んでいく。
「う、うわぁっ、ドラゴンボートみたい!」
詳しい人には違うって言われそうだけど、私の知っているなんか火の玉みたいなの飛んでいくのがそれくらいしかない。
なんだったっけ、南の島の、えっと、大王の名前、えーっと、その名は?
亀、亀、えーっと。
「亀なんだったかなぁ……」
「ん?かめ?何それ?おいしい?」
へ?
気が付くと横にカーツ君が来ていた。
「おはようカーツくん」
「おはようユーリ姉ちゃん。なぁ、かめって何だ?」
えーっと、何と言われても……。
「故郷で子供向けのお話があって、ブライス君の使ってるあの魔法の名前がね、南の島の大王の名前なんだけど、それが亀なんとかだったと思うんだけど思い出せなくて……」
「へー、大王の名前がついてるんだ、かっこいいなぁ!」
うっ。
言えない。
南の島の大王がかっこいいというよりは陽気な感じの存在で……。ギャグマンガ寄りだった時代の笑いを産むためにつけられた技の名前だったなんて……。
目がね、きらっきらしてるの。
「いいなぁ、ブライス兄ちゃん。大王の名前が付いた魔法まで使えるんだ。すげー」
あああ、ごめんってば。
「で、ユーリ姉ちゃん、大王の名前思い出したか?」
……思い出さない方がよさそうだ。この世界で、亀なんとか派とか流行ったら私の心臓が耐えられない。
「ごめんね、思い出せないや……」
「そっか……」
しゅんっと思いっきりうなだれるカーツくん。
おおう、ごめんっ!
「思い出したら、教えてくれよな!」
うぐっ。
そんな会話をしていると、巨大な火の玉をよけたファーズさんが地面を蹴り垂直に4mくらい飛び上がった。
すごい!
そして、そのままグーにした手を突き出してブライス君に向かっていく。
「あ、あれ、アーンパー……」
おっと、行けない。
口を手で押さえる。
「何?アーンパー?」
かわいい子供たちと何度も見た、幼児向けアニメのね、キャラクターのね、必殺技なんだけど。
あの子たち元気かな。すぐにそのアニメは卒業してヒーロー物に夢中になってたね。今はそれも卒業して……何を見ているんだろう。頭を小さく振る。
きっと幸せになってるよ。略奪されたということにはショックだけれど……。ママは優しくて一生懸命で……。
主人の言う通り、彼女は私なんかよりもずっと素晴らしい人なんだろうなぁ……。
思い出を振り払い、目の前に目を向ける。
そこには幼児の見るアニメのキャラクターとは似ても似つかぬ筋肉もりもりのローファスさんがいる。
うん、いくら同じポーズをしたって、ローファスさんには似合わないよね。
「ねぇ、それは何?何?」
カーツ君がまたもや目をキラキラさせてこちらを見ている。
■60
「えっと、正義の味方の必殺技?」
嘘は言っていない。
「そっか!正義の味方、ローファスさんにぴったりだ!イケー、ローファスさんっ!アーンパーだ!」
ああああ、ああああ。気持ち的には吐血。
なんだかとってもパンが食べたくなってきました。
いろいろな具の入った菓子パンや総菜パン。
そうだ!今日はお弁当用に一夜干しの干し肉を挟んだパンを作るんだった。野菜も入れよう。レタスとか合うかな?
あ、レタスで角煮を巻いて食べてもおいしそうだし。畑にあったかなぁ?
「カーツ君、畑に行ってくるね。お米はそろそろ炊いてもいいころだと思うんだけど、頼んでもいいかな?火加減とか分かる?」
「もちろん!任せてよ!」
カーツ君がガッツポーズをして小屋に戻っていった。
二人の激しい訓練で、当たりの地面はぼこぼこ穴が開いてる。だけれど、なぜかダンジョンのある崖は無傷だ。
ダンジョンの入口が落石でふさがっちゃうといけないから避けてるのかな?
なんて見てたら、亀なんとかがダンジョンに向かって飛んで行った。
「あーっ!醤油ダンジョンが!」
いや、違う、初級ダンジョンでもないな、ポーション畑ダンジョンだっけ?
なんでもいい!ダンジョンがなくなっちゃったら、私、どこで働けばいいの?まだまだレベルが5歳児以下なのに!
それに、醤油が!みりんが!料理酒が!
と、思ったら、ダンジョン入口付近に衝突した火の玉はそのまま霧散した。
掻き消えた。
ダンジョン入口は無傷。
おや?
ダンジョンって、不思議存在?入口の岩山とかほかの岩と違う作り?
魔法で守られてるとかなにかあるのかな?
ファンタジーだぁ!でもよかった。
大地震が起きても、ダンジョン崩壊ってこともないんだね。この世界から醤油が消えてなくなる心配をしなくてもいいんだね!
よかったー。
よじよじと、畑へ続く岩場を上っていく。
あれ?もしかして、ダンジョンの上に位置する畑も不思議空間?
畑ではたと首を傾げた。
日本のスーパーは季節を問わずいろいろな野菜が売っているからあんまり疑問にも思わなかったけど……。
この畑って、旬を無視して、いろいろな季節の野菜が食べごろになってません?
それとも単に、この世界の野菜は私の知っているものに似てるけど、ちょっと違うのかな?
「まぁ、いっか。おいしく食べられる野菜がいっぱい、それ大事」
えーっと、レタス、レタス。
「あった!」
たまになってるレタス発見です。食べごろの一つを取って、それから何か使えそうなものを物色。
大根、これ、辛い大根かな?甘い大根かな?サラダにできるかな?
あ、サラダにしたとして何かけて食べる?ドレッシング?……マヨネーズの材料もないし、ドレッシングにしてもサラダ油とかほしいなぁ。いいや。また今度。もし辛い大根だったら煮た方がいいしね。
レタスとトマトを持って岩場を後ろ剥きで降りていく。
しまったな。背負い籠みたいなの無いと辛い。
降りていくと、ローファスさんとブライス君の特訓は終わっていた。
あけ放たれた小屋から声が聞こえてくる。
「あのね、ご飯はね、熱いの。ちょっと覚まさないとおてて火傷するのよ!ちゃんと手を洗ってから、お水をつけてにぎるのよ」
キリカちゃんの声が聞こえてくる。
そっと邪魔しないように小屋の中をのぞくと、ローファスさんが背中を丸めてキリカちゃんの指導に従いご飯をお皿に移しているところだった。
そうだ。今日は皆で焼きおにぎりを作って、ハズレポーションの効果が歩かないか確かめるんだった。
「だめなの、ローファスさん、そんなにご飯つぶしちゃったら硬くなるのよ」
キリカちゃんが立派な先生役だ。
「あ、そうだな、なんか粒の姿が見えない」
粒の姿が見えない?それ、もう団子……。団子は団子で美味しいんだよね。
「うわー、手にいっぱい米粒がっ」
「カーツお兄ちゃん、ちゃんと手にお水をつけてからって言ったでしょう?」
「あ、忘れてた!」
「おいブライス、お前上手だな」
「いえ、ユーリさんのように三角にはなりません……どうすれば三角になるんでしょう?」
「ほら、キリカ一つできたの!」
ふふふ、楽しそう。
主人とは一緒に料理することなんてなかったなぁ。男子厨房に入らずって考えだったから……。
■61
「あ、ユーリお姉ちゃん、見て見て!キリカね、昨日より上手になったでしょ?」
キリカちゃんの握ったおにぎりは、昨日よりもしっかりと固まっていた。昨日はご飯がばらばらと崩れそうな部分が多かったけれど。
「うん、上手になったねぇ!私の分も作ってくれるとうれしいな」
「いいよ!キリカ、ユーリお姉ちゃんの分も作るね!」
みんなが焼きおにぎりを作っている間に、ブライス君とローファスさんのお弁当を作る。
……本当に、二人ともいなくなっちゃうんだ……。
寂しい。
……。
うん、寂しくなんかない。
カーツ君とキリカちゃんもいるんだし、それに、ブライス君もファーズさんも、一生会えないわけでも私たちを捨てていくわけでもなくて、仕事があるんだから。そう、うん。
単身赴任の夫が月に1度帰ってくるみたいなものだよね?
「うわぁっ!」
何考えてるんだろう。
違う、違う!
単身赴任の夫って……。何考えてるの、私!ローファスさんもブライス君も夫じゃないから!
えっと、違う、月に一度帰ってくるのはえーっと、えーっと、新聞の集金とか?
「どうしたんですか?ユーリさん?」
声を上げた私を心配してブライス君が顔をのぞいた。
こんなきれいな顔をした少年が新聞の集金のわけはありませんね。はい。
「なんでもないの。えっと、昨日干した一夜干し取ってくるね!」
薄切り角煮の一夜干しを取りに行く。
薄切りにしてパンにはさみやすい形にしてあるから、もうすでに四角くない。でも角煮でいいのかな?ん?
そういえば薄切り肉をくるくる巻いて束にして作る短時間角煮レシピみたいなのもあったからいいのかな?
と、別のことを考えて気持ちを落ち着かせる。
あ、そうだ。下宿屋の女将さんと、下宿を巣立っていった子供たちってどうかな。
月に一度は顔を見せてくれるって、うん、そんな関係?
そっか。小屋が下宿屋なら……私、冒険者兼下宿屋の女将さんみたいな小屋の管理人っていうのもいいなぁ。
きっと、ブライス君のようにレベルが10になって出ていく子供たちがいる一方、レベルを上げるために新しくやってくる子供たちもいるはずだ。
大人がいた方が絶対にいい。
っていうのは、私が過保護すぎるのかな……。
それにしても、なんだか楽しい。
何もできないって言われてた私が、今は「何ができるかな」「何をしようかな」って将来のこといろいろ考えてるなんて。
まずはレベルを10まで上げて、冒険者って名乗れるようになって……。
食堂で働くのもいい。下宿屋で働くのもいい。ローファスさんに頼んで小屋の管理人にしてもらうっていうのもいいかも。それか、冒険者としていくつか仕事をこなして、自分に合う仕事を見つけることだってできるはず。
だって、レベル10になれば魔法が使えるようになるんだもん。魔法が使えるようになったら、できることが増えたら、やりたいことも増えるかもしれない。
「大丈夫、だよね、これ?」
昨日ブライス君にもらって食べた一夜干しの干し肉の味を思い出す。
吐き出さずに飲み込むのがやっとの肉臭い味だった。
角煮として味付けしてから干したわけだけど……臭みが味付けに勝ってるなんてことなよね?
もしそうだとしたら、パンにはさんでお弁当にするのは考え直さないといけない。
一番小さい角煮の干し肉を手に取って、口をあーんと開ける。
……口に入れない。
味見だけなんだから、もっと小さくてもいい。
どうしても昨日のあれを思い出して躊躇しちゃう。
小さな角煮干しを、さらにちぎって小指の爪程度の大きさにして口に入れる。
「ぱくん」
あっ!
ちぎった残りを口に入れて、肉を噛む。
「おいしい」
味が凝縮されてる。噛めば噛むだけ旨みが出てくる感じだ。スルメの角煮版って言えばいいだろうか?ぎゅぅーって噛むたびにうまい!
これはいい。あ、でもちょっとハンバーガーっぽいものにはならなさそうだなぁ。サンドイッチ系の方が食べやすそうだ。
パンも丸いのを半分に切って使うんじゃなくて、薄切りにしよう。
そこに、レタス、角煮干し、レタス、角煮干し、レタスと、何層かにしてたっぷり挟んで……。おいしそう。
むふふんふーんと鼻歌交じりに小屋に戻る。
「ローファスさん、ブライス君、お弁当にパンを使うので自販機でパン出してねー」
ポーション1つ入れると出てくる例のアレ。
「お弁当はパンか」
ローファスさんがうなだれた。
え?何で?
■62
「パンは嫌いですか?」
だったら仕方がないというか、この世界でパンが嫌いだったら生き辛いだろうなぁ……。かわいそうに……。
「いや、嫌いではないが、ユーリの作ったお弁当を食べられると思っていただけに、その……。いや、角煮の一夜干しがあるだけでも十分なんだが、えっとなぁ……」
あれ?
「パンのお弁当って見たことないですか?」
我ながら馬鹿な質問をしてしまった。携帯食はあってもお弁当を知らなかった人たちに、パンのお弁当を見たことがあるかと聞くほど愚かな話はない。見たことないに決まている。
キリカちゃんが首を傾げた。
「パンのお弁当ってあるの?キリカ食べてみたい!」
「俺も、俺も!今度はパンが顔になるのか?」
キリカちゃんとカーツ君の言葉にローファスさんが今度は首を傾げた。
「顔ってなんだ?」
「えっとね、ユーリお姉ちゃんがね、昨日作ってくれたお弁当はキリカのお顔だったのよ」
「そうそう、で、俺のは俺の顔だったんだぜ!」
二人の説明に、ローファスさんが再び首をかしげる。
まぁ、その説明では分からないよね……。
「はい、ユーリさん。パンを取ってきました。お願いします」
「ああ、ありがとう、ブライスくん」
ブライス君が持ってきたパンは3つ。1つがソフトボールくらいの大きさがあるけれど、こんなに食べられるのかな?
パンをまずは6枚に切る。両端の面積の少ないところはサンドイッチにしにくいのでもう一つの方に使うためによけて置く。
パンは軽く焼いてサクサクにした方がおいしそうなので、オーブンに並べて入れて1分半ほど。
きつね色がほんわりとついたところで取り出す。
「え?なんでパンを焼いてるんだ?焼きおにぎりも、そのままでもう食べれるのにまた焼いてたし、ユーリの故郷の料理って変なことするな?」
ローファスさんがびっくりした顔をしてる。
確かにすでに焼いて出来上がったパンをもう一度焼くって、日本じゃトーストとか当たり前だったから気にもしなかったけど。アンパンやメロンパンはあんまりやる人はいないか。そのまま食べるね、確かに。
でも、メロンパンもトースターで焼くと、外がカリカリ中はふんわりほかほかで、とてもおいしく食べられるんだよね。
ああ、メロンパン食べたいなぁ。
「ああー、何するんですかっ!それは僕のですよ?」
ローファスさんが焼きあがったパンを一つ取って口に入れた。
サクッっと、パンに歯を立てたおいしそうな音が響いた。
「!」
ローファスさんの目が輝く。
「ローファスさん、だから、僕のパンだと!」
ローファスさんがあっという間に1枚食べ終え、もう一つ手を伸ばした。
それをブライス君が止めにかかる。
「ブライス、お前も食ってみろ、すごいぞ、なんで、切って焼いただけなのに、こんなに味が変わるんだ?」
ローファスさんにパンを口に突っ込まれ、ブライス君が仕方なさそうに咀嚼。
「ユーリさん、素晴らしいです。パンはこう、ちぎって食べる物、温めたいときはスープにでも浸すものだと思っていましたが……切って、焼く、それだけでまるで別の食べ物のようです」
ブライスくんの目も輝いた。
え?なんか、さすがに、たったこれだけでこんなに褒められるのっていたたまれないんだけど……。
そっか。この世界じゃぁ、丸いパンをちぎって食べるのが普通で、食パン的な切って完成させるパンっていうのはないんだ。確かに、丸いパンはそのまま焼けばいいけど、食パンだと型がいるもんね。
そういえば、パンの歴史は五千年以上あるけど、食パンの歴史は2~300年くらいしかないって聞いたことがあるかも。クロワッサンが100年くらいで、なんとロールパンは歴史が浅くて50年くらい前にやっと作られたとか。
誰から聞いたんだったかなぁ?スーパーのパン売り場に貼ってあったんだっけなぁ?とにかく、食パンの形の薄く切ったパンっていうのが無いと言うのは分かった。
でも、切込み入れて具を挟んだりしないのかな?サンドイッチの名前の由来になった話が残っているくらいだからパンにおかずを挟んで食べるのも、一般的になったのはずいぶん歴史が浅い?
んー。まぁいいや。こっちの世界の普通の食べ方を知らない方が、日本の普通で過ごせる。
だってもし、こっちではこうして食べるのが普通を知っちゃうと……郷に入っては郷に従えってなっちゃうもん。
「物を知らないと思われたくない」とか、「人と違うことをして仲間外れになりたくない」とかいろいろ考えちゃって。
女がでしゃばるな!偉そうに意見を言うな!みっともない!
っていう主人の言葉を思い出す。
偉そうに言ったつもりはなかったんだけれど……私の言い方が悪かったのかな。どういう言い方をすればみっともなくないのか、私には難しくて……。主人に何かを言うことが怖くなったんだ。
「って、ユーリさんの料理がおいしいのと、ローファスさんが僕のパンを食べるのは別の話ですよっ!」
「すまん、すまん、ちゃんと返すから!」
あ、そういえば、目の前ではせっかく焼いたパンをすっかり食べられてしまったんだ。
「だめですよ、ローファスさん。いくら返すつもりでも、人のものを勝手に食べたりしては!食べ物の恨みは恐ろしいって聞いたことないですか?ちゃんとブライス君に謝って、今度からは許可をもらってから食べてくださいっ!」
あれ?
■63
私……。
主人にはあれほど言いたいことが言えなかったのに、ローファスさんには言いたい放題言えてる?
何でだろう?
「いやー、うまそうな匂いがしたから、つい!」
ローファスさんが頭をかく。
「ついじゃありませんっ!ブライス君のパンというのも問題ですけど、料理の途中で食べるのはつまみ食いっていうんですよっ!つまみ食いもダメだって、言われてませんか?あんまりお行儀が悪いと、もうご飯作ってあげませんからっ!」
あれ?あれれ?すごく生意気で偉そうなこと、口からすらすらーって出ちゃった。
「うわわ、ごめんなさい、すまん、許してくれ、えっと、ブライス、悪かった。謝る。それからユーリ、今度からつまみ食いはしません。あ、したくなったら、食べたいですって言う、な?それから、えーっと、うーんと、また猪取ってくるから!」
「ぷっ」
わかった。ローファスさん、ご飯に関してはまるで子供みたいだからだ。食べ盛りの子供みたいだから、私……。
つい、子供に言うように言葉が出ちゃう。
「はい。今度からはそうしてください。それから、お弁当作るためにパンを持ってきてくださいね!」
「すぐに!」
ローファスさんが自販機に駆けていった。
あれ?そういえば、初級ポーション持ってなかったんじゃないっけ?
「はい、これキリカの分なの」
「これは俺の!」
え?
キリカちゃんとカーツくんがパンを持ってきた。
二人は小屋に残るから私の分と合わせて後で作ろうと思ってたんだけど……。
キリカちゃんとカーツ君がジーと見ている。
「焼いたパンが食べてみたいの?」
二人がこくんと頷いた。
もちろん、いくらでもトーストくらいしますよっ!
すぐにね!待っててよ!
おっと、だめ、行けない。かわいい顔につい、言いなりになってしまうところだった。
ダメダメ。
「じゃぁ、後でね。二人とも焼きおにぎり作ってたよね?せっかく作ったのに、お腹がいっぱいで食べられないといけないからね?」
「分かった」
「じゃぁ、お昼んときまで我慢する」
我慢……う、うん。ごめんね。我慢させちゃって。しょぼん。
もうっ!小さなキリカちゃんやカーツ君さえ我慢ができるってのに、目の前のローファスさんは、なんでパンを両手にいっぱいかかえてショックを受けた顔して固まってるんでしょうね?
「つまみ食いばかりしてたら、お弁当が作れませんっ!」
って言葉でやっと諦めてくれた。
で、両手いっぱいのパン、初級ポーションが無くて上級ポーションを入れたらいっぱい出てきたんだって。
お弁当で食べられる分だけにしてくださいって言ったら、自販機の中に戻していた。
そういえば、もともとあの自販機の中身の供給者ってローファスさんなんだっけ……。それでもローファスさんもポーションで買うんだ。
とかなんとか考えつつ、パンを切って、焼いて、レタス角煮干レタス角煮干レタスのせて、パンをのせる。
ブライス君が3つ。ローファスさんが8つ……のパンを使って、合計22個作りました。
で、残しておいた端っこの部分はさっきよりも長い時間焼いて、ラスクみたいにサクサクカリカリの状態にしてから、昨日コーラで作ったジャムを挟みます。
ふふふ、コーラとグミの実で作ったスパイスジャム。
これ、すごくおいしくてびっくりなの。
グミの渋みは火を通すことでほとんど感じないし、コーラで甘く甘くなった。
前からずっとスパイスジャムって気になってたんだよね。
レシピを何度も見て暗記してた。カルダモン、シナモン、クローブ……。コーラの原料とほぼ同じだから、コーラで代用できないかなぁとちょっと考えたこともあった。
なんで作らなかったかというと、カルダモンがちょっと高かったから。作ってみたなっていう好奇心を満たすだけのために買うには、ちょっと高級すぎるお値段だったんだ。
無駄遣いをしたと主人に言われると思うと、買えなかった。
MPポーションはコーラ味だったけど、やっぱりスパイス風味の強いコーラだったから、チャンス到来!
まさか、長年の夢というほど大げさじゃないけれど、ずっと作って見たかったスパイスジャムを異世界で作れるなんて思ってもみなかったよ。
コーラには、あとバニラが入っているので少しだけ私の知っているスパイスジャムとは出来上がりの味は違うんだろうけど……。
昨日出来上がったスパイスジャムを一口食べて絶句したよ。
おいしいの!
好き嫌いはあると思うんだ。
シナモンシュガーが好きな人は好きだと思う。シナモンシュガーのジャム版みたいな感じ。すぅーっと薫り高いスパイスが鼻にぬけてすっきりしていて、で、甘くておいしいの。なんていえばいいのかなぁ……。
出来上がったスパイスジャムサンドラスクを試食したい気持ちになったけれど、だめだめ。
■64
このパンはブライス君とローファスさんのものだからね。
お昼に私はキリカちゃんとカーツ君と一緒に食べるんだから。
あとは大きな葉っぱにくるんで布で包めば完成ね。
「うわー、すごいの。パンじゃないみたい」
キリカちゃんが来た。
「お昼に一緒に作ろうね」
「うんっ!キリカね、お料理大好きなのっ!焼きおにぎりも上手にできたよ!」
キリカちゃんに手を引かれてテーブルに着く。
皆はすでに着席していて、目の前に形が不揃いの焼きおにぎりの乗った皿があった。
「では、ステータスオープン、醤油を使った焼きおにぎりは防御力アップの効果があるはずです。いただきましょう」
ブライス君が焼きおにぎりを食べる。
「ステータスオープン」
続いてカーツ君、ローファスさん、キリカちゃんもそれぞれが自分で作った焼きおにぎりを食べた。
「上がっていますが、+1ですね。効果はユーリさんの10分の一です」
ローファスさんとカーツ君が頷いた。
「俺もだー」
「あー、キリカね、プラス2になったよ」
「え?プラス2?キリカの作った焼きおにぎりを食べてもいいですか?」
ブライス君がキリカちゃんの焼きおにぎりを食べる。
「確かに、プラス2ですね……。昨日はローファスさんが1割程度の上昇だと言っていたのは、間違いだった?」
「間違いじゃないぞ、確かに1割だった。もしかして、キリカだけが作るのが2回目だからじゃないのか?」
「もしかして、スキルレベルかなんか上がった?繰り返し作れば効果の高い料理が作れるってことか?」
へー。そうなんだ。
「本当?じゃぁ、キリカもっといっぱい料理作るんだ!ユーリお姉ちゃん教えてね!」
「ええ。もちろんよ。働かざる者食うべからずだからね。一緒に料理作りましょうね」
「俺も、俺も料理する!」
「そうだね。カーツくんも一緒に料理しようね」
目の前には、4人が作った焼きおにぎりが一つづつおいてある。
私のためにみんなが作ってくれたんだ。
「じゃぁ、私もいただくね。ステータスオープン、あ!」
「あ?どうした?」
えーっと、いろいろな項目にプラス補正値とかついてる。
「もう、防御力はプラス8になってる……」
なんで?
何か食べたっけ?
「あ!角煮の一夜干しが、どんな味なのか確認のために一口食べたんだ!」
つまみ食いはいけませんといっておきながら、恥ずかしい。忘れてた。
でも、あれはどんな料理に合わせればいいのか考えるための味見だから仕方ないよね。
「え?角煮ではプラス10になるはずじゃ……それがプラス8?」
ブライス君が席を立ち、一夜干しの角煮を一つ手にして食べた。
「確かにプラス8ですね」
それから、今度はたっぷりと味が染みた角煮を鍋から一つ取り、食べた。
「プラス10です……この違いはいったい?」
ブライス君が考え込んだ。
「え?一夜干しにしちゃうと効果が落ちるの?時間がたったからじゃないよね?時間なら鍋の角煮も同じだけ時間がたったんだもん。違いと言えば、干して水分が飛んだくらい?」
ローファスさんも席を立ち、鍋から熱々の角煮を皿に載せる。
あれ?ローファスさんにしては、盛り方が少ないなと思ったら、皿をカーツ君の前に置いた。
それから、次にキリカちゃんの前。
「まぁ、まずは食べようぜ。謎が多いのなんて今に始まったことじゃないんだ。その一夜干ししたのも、さらに干したらどうなるかも確認しないと何とも言えないしな。明日になったらプラス6になってるかもしれない。逆に10日たっても1年たってもプラス8のままなら、すごいぞ。保存ができるんだからな」
「そうですね、すごいこと、ですね……」
ブライス君の視線が、宙を見ている。ステータス画面を見ているのだろう。
「初級ポーションと初級MPポーションを使ったとは思えない速さで、HPもMPも回復している。そんな食べ物が欲しいときにすぐに手に入って食べられるのなら……本当にすごいことです」
「だなぁ。ポーションってなんだかんだ言ってかさばるから持っていける量にも限りがあるけど、干し肉一つかじればこんだけの効果があるんだからなぁ……持ち運べる量も格段と増える」
というブライス君とローファスさんの話に、カーツ君が水を差した。
「ダメみたいだよ、今食べたら、プラス7しか効果ない。このままのスピードで効果が落ちるんなら、無理だよね?」
ふっとブライス君とローファスさんが笑った。
「そう、うまい話はないか」
「そうですね。料理は出来立てがおいしいのと同じかもしれませんね。出来立ての状態から離れると効果がなくなっていくとか……」
「ということは、出来立てのおいしい状態を長い時間保存できれば効果は続くってことかな?」
うーん。じゃぁ、やっぱり冷蔵個があれば!冷凍保存できたら!
他に何か保存方法なかったっけ?
■65
「そうだ、ローファスさん、風魔法石って、空気を抜くこともできないですか?」
「空気?なんだ?」
えっと、空気が何か?えーっと、この見えないけど、あるもので……。
「なんていうのか、こう、ふーっと」
口からふーっと息を吐き出す。
「口の中の空気……風の元?を出すような?」
「できるんじゃないか?な、ブライス?」
「ええ」
そうか、そうなんだ。
そういえば、水の温度の単位、63度っていうのも、この世界では言葉はなかったけれど意味は魔法石には通用した。
「なるべく密閉できる容器と風の魔法石くださいっ!」
ローファスさんに言ってみる。
「ああ、いいぞ。ちょっと待ってろ」
ローファスさんが立ち上がり私の頭を撫でて小屋を出ていき、数分で戻ってきた。
「どれだけ必要だ?」
大小さまざまな蓋つきの壺みたいなのをもっている。
「一つ、これでいいです。あの、実験なんで……」
成功の保証などない。
壺をしっかり洗い、角煮を3つほど入れる。
「中の空気を外に出して真空状態を保って」
と、風魔法にお願いして壺に入れてから蓋をする。
「さっきも言っていたが空気ってなんだ?真空状態って?」
「成功したら説明します」
と、逃げる。
そう、真空パックとか、真空保存ができないかなってちょっと思ったの。
だけど、風魔法が風その物じゃなくて、空気を動かすという力があるかどうかも分からない。空気を動かす力であるなら、真空状態という命令もこなせるはずだ。
……たぶん。
大きく空気を動かすわけじゃないから、風の魔法石が長持ちしてくれるといいけど……。干し肉を作るために小屋の中に風を送るのは半日ほどで石の力がなくなるっていってたけど……。
って、電池と違うのかな?消費量が多いと早く使えなくなるっていう感じじゃないのかな?
うーん、わかんないことだらけだ。とりあえず、耳を澄ませると、かすかな音が壺から聞こえているからこの音を目安にしよう。
成功したら、冷蔵庫は無理でも、真空パックができるんだもん。へっへっへー。レトルト食品万歳だね!
と、なんやかんや席を立ったり座ったり落ち着きのない朝食が終わりました。
本当は、後にしてください、ちゃんと座って食べましょうと、言うべきだったのかもしれないけれど。あとにしてくださいと言えないでしょ。
だって、もうすぐ二人は小屋を出発するんだから。あとなんてないもの。
そう、ご飯が終わったら、あっという間だった。
荷車が小屋の前に出ている。
ローファスさんは慣れた様子で荷物をまとめた。
ブライス君も背負い袋一つ持って小屋の外に出ている。
「じゃぁ、キリカ、カーツ、ユーリお姉ちゃんにダンジョンルールをしっかり教えてあげるんだよ」
「任せとけ」
「うん。キリカね、ダンジョンルールをお姉ちゃんに教えてあげて、料理を教えてもらうの。がんばるんだ」
ブライスくんがキリカちゃんとカーツくんの頭を順に撫でた。
ずっと一緒に過ごしてきたんだもん。分かれは辛いよね。
「ユーリさん……二人をお願いします」
もちろんと、頷く。
この世界では非常識でレベルもみんなよりも低いけど、年の功だけはあるはずなので……。頼りになるかならないかはまた別の話だけど……。ううう。
「忘れ物はないですか?」
ハンカチはもった?はなかみは?
と、思わず日本では定番の言葉を口に出しそうになって言葉を飲み込む。
だって、人を送り出すのには慣れてないの。何を言っていいのか分からなくて……。
「あ、忘れてた!買い物リスト、作ってくれたかユーリ?」
え?
「あ!はい!」
忘れ物ないかと尋ねて、忘れてたのは私の方とか!
は、恥ずかしすぎる。
でも、よかった。思い出してくれて。
■66
「街で買って持ってくるからなー」
手渡した紙を広げて、ローファスさんが見た。
日本語で書いてあるのに、本当に読めるのかな?
「鑑定」
鑑定?
何それ!
「なになに?塩、塩、塩、塩……ん?そんなに大量に塩が欲しいのか?」
え?
何て書いたんだっけ?
そうだ。
塩、しお、シオ、shio、soltって、本当に読めるかどうか分からなったからいろいろな書き方をしたんだ。
「で、これは何のことだ?鑑定じゃ意味が分からないんだが」
と、ローファスさんがsoltを指さした。
まさか、日本語は通じるのに英語はダメ?
あっ、あっ、あーーーーーーっ!
「こ、これ、間違い、あの、間違いですっ!意味はないのっ!」
そうだ、そうだよっ!思い出した!
やらかしたー!
塩は英語で「ソルト」だけどつづりは「salt」だった。
こんな簡単な英語もできないんじゃ、お前が外で働くなんて無理だろう――って主人に言われたんだ。
「本当ですか?ユーリさんの故郷にはあって、こちらにないだけとか?鑑定」
ブライス君がじぃーっと紙をのぞき込んだ。
「人の名前ですか……誰なんです?ソルトって」
「え?なんだよ、ブライス、俺よりすでに鑑定魔法レベル上かよっ!」
鑑定って、鑑定魔法?
言葉の意味がそれで分かるなんて便利!駅前留学とか必要ないじゃんっ!
「ユーリさん、思わず紙に書いてしまうほど、心を占めている人がいるんですか?このソルトっていう人物が……」
誰よ、誰なの、ソルトって!
ブライス君が悲しそうな顔をして聞いてくる。
「違います、あの、ちょっと、書き間違えたんですっ、ほんとうはこう書こうと思ったんですっ!」
うわーん。
結局みんなの前で恥をさらしてしまいました。
顔を赤くしながら紙の文字を二本線で消して隣に書き直す。
「塩……そんなに塩が欲しかったのか。たくさん持ってくるからな!」
ローファスさんがどーんと胸を叩いた。
いや、違う、そうじゃなくてっ!
「ユーリさん……よかった。僕の知らない誰かを思っているのかと思ったら……ごめんなさい。冷静さを欠きました。だめですね。まだまだ僕も子供のようです……」
いや、子供だよ、子供。どこからどう見ても!
「ははは、ユーリもまだまだ子供だからな。間違えなんて気にすることはないよっ。大人だってろくに文字が書けないものなんてたくさんいるんだ。ギルドの依頼書だって間違いだらけだぞ?」
ぐりぐりとローファスさんい頭を撫でられる。
うー、大人だから恥ずかしいんです!しかも、書かなくてもいい英語をわざわざ書き加えてそれが間違ってたとか……。
うううっ。
「じゃ、カーツもキリカもユーリも、一週間くらいでまた来るからな」
「え?いつもひと月に1回なのに?どうして?」
キリカちゃんが首を傾げた。
「頼まれた食材運ばないといけないからな。それから、ポーションを保存するための箱とか持ってこないとダメだろ?これからどんどん増えるだろうからな」
それを聞いてカーツ君が手を打った。
「そっか!うん、そうだよな。俺、ユーリ姉ちゃんに会いたくて来るのかと思った」
え?
私に会いたい?
びっくりしてローファスさんの顔を見る。
「私、確かにレベルが低いですけど、そこまでだめな人間だと……思われてますか?」
お前に何ができる、お前に働けるわけがないだろう、家のことしかできないくせに、外に出ても周りに迷惑をかけるだけだ。
働きたいと言った時の主人の言葉が頭に押し寄せてきて心臓がバクバクして来た。
「いっ、いや、違う、違う、ユーリ、そんな泣きそうな顔をするなっ!」
私、泣きそう?
「そうですよ、ユーリさん。どうせローファスさんのことだから、食材を持ってきたついでにユーリさんの料理を食べられるっていう下心があってのことなんですよ」
ローファスさんがうっと言葉を詰まらせた。
■67
「そっか、ユーリ姉ちゃんの料理食べにくるのか」
「本当ですか?私が、ここでちゃんとできるか心配しているわけじゃなくて?」
ローファスさんがぽんっと私の両肩を叩く。
「むしろ、ユーリがいて安心してるぞ。カーツもキリカもブライスも、今までよりも楽しそうだ。一人前の冒険者になるために必死にレベル上げを日々してたときの張りつめた感じが抜けて、いい感じだ。ユーリが来てからの変化だろう?」
ローファスさんの言葉にブライス君が力強く頷く。
「ええ。ユーリさんの料理は確かにおいしいですが、もしユーリさんが料理を作れなくても、それでも僕もカーツもキリカも、前よりずっと幸せな気持ちになれていると思いますよ」
キリカちゃんが私の右腕にしがみついた。
「うん。キリカね、ユーリお姉ちゃん大好きっ!優しくてね、いい匂いがするのっ!」
へ?いい匂い……?
むしろ、えっと、お風呂に入れてないし、レンコン取るのに池に突っ込んだりしてるし、大量に肉を料理したりしてるし、いろいろすごい匂いになってると思うんだけど……。
思わず左腕を持ち上げて匂いを嗅ぐ……う、分からない。
「キリカが言うなら間違いないな。悪い人間は臭いんだろ?」
「うん。そうだよ」
ええええっ。く、臭くならないように風呂に、風呂に入りたいですっ!
そ、そうだ、猪の皮をはぐのに火の魔法石と水の魔法石でお湯が作れた!
火の魔法石や水の魔法石はポーションで買えるんだよね?あと必要なのは……。
「【契約 風呂桶がほしいです 幕の内弁当】」
「【契約成立】」
とっさに言ってみたら、すぐにローファスさんが答えた。
「で、風呂桶ってなんだ?」
は?
「えっと、何か分からないのに契約成立とか言っても大丈夫なんですか?」
「もちろんだ。だって、弁当が貰えるんだろう?幕の内弁当ってなんだ?弁当は他にも種類があるのか?楽しみだなぁ」
えーっと、風呂桶って、手桶の方じゃなくて浴槽の方なんだけどな、いいのかな?
弁当1つじゃとてもわりに合わないと思うんだけど……。
浴槽の説明をすると、ローファスさんが「ああ、大きな酒樽みたいなものか?だったらすぐに用意できるぞ」と言ってくれたので、わざわざ浴槽を作るわけじゃないなら大丈夫かと胸をなでおろす。
「ずるいー。キリカも幕の内弁当食べたいよー」
「キリカちゃんとカーツくんは、一緒に作る側だよ?もちろん、作った人は食べる権利があるからね?」
ぎゅっと、両手を広げて泣きそうになっていたキリカちゃんとついでにカーツ君を抱きしめた。
あー、子供のいい匂い。ちょっと汗臭いけど。
うん、風呂ができたらみんなで入ろう。汗を流そう。
あ、ブライス君が寂しそうな顔をしている。
「【契約 風呂桶に付与魔法で42度のお湯を満たすようにして 幕の内弁当】」
「【契約成立】」
ブライス君が早口で答える。
「契約なんてしなくても、いつだってユーリさんのために魔法を使うのに……」
「ありがとう、ブライスくん。私もいつだってブライス君にお弁当作ってあげたいけれど……ダンジョンルールではそういうわけにはいかないんだよね?」
子供たちをめっちゃ甘やかしたいけど、甘やかしてはいけないって……。
「そうでした」
ブライス君がふっと綺麗な笑顔を見せる。
「どうも、僕はユーリさん相手だと冷静さを欠きすぎるようです」
あああ、もう!ブライス君、見た目は子供なんだよ!私、子供を甘やかしたくてうずうずしてるんだからっ!
そんな風に反省してますって顔されたら、いい子ね!って頭撫でてぎゅってしたくなっちゃうから……。
「ユーリ、お前本当にいい子だなぁ。ブライスにも幕の内弁当食べさせてあげたかったからわざわざ契約魔法を頼んだんだろう?」
ぐりぐりぐりっと、ローファスさんに頭を撫でられる。
あうっ、ち、畜生!分かってしまった!私が子供を甘やかしたいのと同じだ!
ローファスさんも、私のように、子供がかわいくて仕方がないタイプだ!
子供の成長に泣くタイプだっ!
でも、待って、私、こんな高い高いされるほど子供じゃないから!やーめーてー!
ローファスさん、もう、さっさとどっかへ行っちゃって!
火じゃなくて血だよ。吐血みたいな感じ。
……二人の姿が見えなくなるまで、3人で見送った。
「さぁ、がんばってポーション収穫しよう!」
カーツ君が一番初めに動き出した。
「うん。キリカがんばるよ。レベルもがんばってあげる!」
次に声を上げたのがキリカちゃん。
「うん。がんばりましょう!次にローファスさんが来る時までにいっぱいいっぱいポーションとってびっくりさせようね!」
■68
……。
うぎゃーっ!いやぁーっ!
ぴゃーーーーっ!
ダンジョンでゴキスラ退治は、慣れません。
なんだろう、このG的動き……。害があるわけではないのに、見るだけで背筋が凍りつくようなこの感覚は……。
ずっと慣れる気がしない!
「せーのっ!」
といいつつ、醤油がこの世に広がってほしいので頑張るしかない。
玉ねぎおいて、板をかぶせて踏みつける。
ブライス君がいなくなった分、少し取れる量が減ってしまったが、仕方がない。
それでも、1匹づつやっつけるよりはずいぶんたくさん取れる。回数を増やすことで収穫量は確保できそうだ。
午前中いっぱい、その方法で収穫を続ける。昼食をはさんで午後からは収穫ではなく冒険者としての訓練目的で個々にゴキスラに対峙する……予定。
「じゃぁ、お昼ご飯にしましょう!いろいろと確認しながらだから、ちょっと時間がかかるけどいいかな?」
「うん、いいよ!確認も大事だってキリカ知ってる」
「ステータスオープン、何を確認すればいいんだ?」
何をというと、まずは角煮干し肉単体だよね。
一夜干しして、朝は10から8まで効果が落ちていた。今はどうなったか。
「じゃぁ、カーツ君、これ食べてみて?朝は8だったよね。お昼の今はどうなったかな?」
「もぐもぐ、あー、7になってる。また効果が低くなったみたいだ」
ふむ。
紙にメモする。
夜作りたては10、朝になったら8、昼は7か。
作ってから朝までおよそ12時間。朝から昼の今までおよそ6時間と考えると……6時間で効果が1割減るってことかな?とすると、24時間で4減る。48時間で8減って、丸二日と半日で効果がゼロになるのか。
「じゃぁ、次は、ポーション効果のある角煮干し肉を使った料理を食べるとどうなるかな?」
パンにレタスと角煮干し肉を挟んでキリカちゃんに食べてもらう。
「ステータスオープン。ふあわ、おいしい。焼いたパンがサクサクでレタスがシャキシャキ言ってる。お肉の味が合うの。あれ?補正値がプラス10になってるよ?お肉はプラス8じゃなかった?」
「本当?どうしてだろう?……もしかして、干した時点で、料理ではなく料理の材料として存在が変化しちゃったのかなぁ?もう一度料理に使ったから料理という存在になった?そういえば、ポーション類を使って料理してても、完成前の味見の段階では効果がなかったよね……」
カーツ君がそっかぁと納得したように頷いた。
「やっぱり、薬の調合に近いんだよ。薬草を組み合わせて薬にすると、効果が高まる。それから」
カーツ君がパンに角煮干し肉を挟んで私に渡した。
「ユーリねーちゃんステータス確かめてみて」
「う、うん。ステータスオープン」
えっと、角煮干し肉単体だと8上がって、パンにはさんだら10の補正効果が付いたでしょ?
でもカーツくんは昨日の焼きおにぎりでは補正効果1しかつかなかったから、えーっと、どうなるんだろう?
ぱくん。もぐもぐ。
「あれ?」
首をかしげる。
「どうなった?俺の予想だと補正効果は1」
「う、うん。カーツ君のいう通りだよ」
「やっぱりね。どんなに効果のある薬草使っても、調合に失敗すると薬としての効果は全くないものができるって言うもんな。調合に成功しても薬師のレベルによって出来上がりに差があるっていうし」
えーっと、それって……?
「食べれないほどまずい料理じゃないから、一応料理としては成功。だけど、俺の作る料理は補正値が1しかつかない。俺の場合はむしろ料理せずにそのまま食べた方が効果がある」
「でも、時間がたつと、そのまま食べても効果が全然なくなっちゃうんだよね?だったら、キリカは料理して食べるようにするよっ!」
えーっと、なんだかよく分からない上に、さらに分からないけど……。
醤油ポーションとか使って作った加工食材は、時間がたつと補正効果がなくなるけれど、それを使った料理には補正効果がまた復活するってこと?
ん?えーっと……。
それって、醤油ポーションが大量に世の中に出回らなくても、角煮干し肉という形で世の中に出回ればいいって話なのでは?それなら醤油ポーション一瓶で結構な数の角煮干し肉作れるんじゃないかな?
それとも、角煮干し肉を料理に使って効果がある時間も決まってたりするのかな?消費期限や賞味期限みたいなの。
そもそもポーションの賞味期限ってどうなってるんだろう?醤油はペットボトルに入っているより瓶に入っている方が賞味期限が長いっていうのは知ってるけれど……それで、お酒は瓶入りのものは賞味期限がないって言うけど……。
うーん。
「ユーリおねえちゃん。はい。キリカが作ったのも食べて」
いつの間にか、キリカちゃんがパンに角煮干し肉とレタスを挟んだものを作ってくれていた。ちゃんとトーストしたパンだ。
■69
「ありがとう。もぐ。うん、カーツくんの作ってくれたのもおいしかったけれど、キリカちゃんが作ってくれたのもおいしい」
キリカちゃんが嬉しそうに笑った。
「え?俺の作ったのおいしかった?」
カーツ君が驚いた顔をする。
「うん。もちろんだよ。だって、私のために作ってくれたってそれだけでも最高のごちそうだもの」
違う?って小さく首を傾けると、カーツ君がきりっと表情を引き締めた。
「今度はもっとうまいの作るよ!ユーリ姉ちゃんのために、もっとうまいの作るからな!」
「キリカも!いっぱい料理して上手になって、おいしいものユーリお姉ちゃんに作ってあげるの!」
「じゃぁ、私も!もっといろいろおいしいものをカーツ君とキリカちゃんに作ってあげられるように、レシピの研究がんばるね!」
仲良くお互いに角煮干し肉サンドを作って食べた後、パンの丸い端っこを焼いてスパイスグミジャムをたっぷりぬって挟んだ。
「はい、どうぞ、これみんなで積んだグミで作ったジャムよ。MPポーションが入っているからちょっと色は黒くなっちゃってるけど……」
私たちは3人とも魔法は使えないからMPポーションの効果でMPが回復する様子をステータスで見ることはできない。なのでもうメモは必要ない。
ぱくん。
はー。やっぱりおいしい。スパイスのすっきりした風味と濃厚な甘み。火を通したグミの果糖の甘さとMPポーションの甘さが煮詰められて濃厚。
おいしいなぁ。他の果物でも作ってみたいな。リンゴにこのジャム塗って焼いたらおいしそう。
キリカちゃんがパクンとパンをかじる。
「あ、ごめんね、ちょっとたくさん塗りすぎちゃったかな」
パンからジャムがはみ出して、キリカちゃんの口の周りにべっとりとジャムが付いてしまった。
「ユーリお姉ちゃんっ」
キリカちゃんの目が驚いた猫みたいにまん丸になった。ん?本当に猫みたいな目だね。
「すんごく甘いの。甘くて甘くて、幸せな味なの。キリカね、お姫様になったみたい」
「ふふ、そう。よかった」
「うわー、マジでこりゃすごいやっ!甘い。これ、金持ちしか食べられない甘いお菓子ってやつだよな?すげー。グミとMPポーションからできるんだっ!」
そうか。砂糖が貴重品だから、ここまで甘いものって二人は口にしたことないんだね。
お菓子というか、日本の基準で言えば、ジャムを塗っただけのパンは、お菓子じゃなくてパンだよ。
菓子パンというほどでもなく、ジャムトーストというか……。
いつか、ちゃんとお菓子を作ってあげたいなぁ。
午後は、スリッパのような武器を片手にゴキスラをひたすら叩きまくる。
鍛えないとなので、魔法が使えるようになるのが夢なので、夢のために……。
「いやぁーーーっ、来ないで!ひぃーっ!にゃぁーっ!」
びしっ、ばしっ、ばばばばばっ!
「すげーよなユーリ姉ちゃん」
「うん。すごいの。かっこいい。キリカもがんばるのっ!」
「俺だってまけねーよ!」
ダンジョンルール、無理しない。
はぁ、はぁ。
息が上がったのでいったん外へ。
「ステータスオープン」
レベルは2のまま。うーん、レベル1から2へはすぐに上がったけど、2から3へは上がりにくいのかな?
そりゃそうか。そんなに簡単に上がっていくなら何年も小屋にいる必要ないもんね。
うー、先は長い。10年とかかかったらどうしよう……。もう40になっちゃうよ。せめて5年で何とかしたい。がんばろうっ!
角煮干し肉をかじる。補正値がプラス7つくから、HPの回復スピードも7割程度。何もしないよりはかなり早い。というか、私の場合は15しかないので1分もせずに全回復。
便利なのは、効果が切れるまで回復し続けるってことなんだよね。
さてと。魔のゴキスラと再び会いまみえましょうか……ううう。
適当な時間で切りあえて、夕飯作りスタートです。
料理を覚えたいという二人と一緒に楽しく作ります。へへへ。毎日こんなに楽しく料理ができるなんて夢のようだ。
日本にいるときは、正直毎日3食きっちり作るのは苦痛で、自分ひとりのときは、朝の残りか夜の残りで済ますことが多かった。
「何を作るんだ?」
猪肉を取り出す。
ブライス君に氷を作ってもらって冷やしてあった肉です。
それから、畑から取ってきたニラ。
「今日は餃子を作ります!」
ニンニクはないけれど、ニラがあるので入れなくてもいいよね。
カーツ君もキリカちゃんも、獣の解体を手伝えるくらいだから実は刃物の扱いができると言うことに気が付いた。
日本だと子供に包丁を持たせるなんて、怖くてできない!って思っちゃうところだけど……。
「まずは、お肉をミンチにします」
「ミンチ?」
ああ、ミンチってこっちではしないのかな?
「えーと、細かく切ることよ。こうして、こうして、トントントン」
「分かった!」
「手を切らないように注意してね」
キリカちゃんとカーツ君が肉をミンチにしている間に、他の材料の準備。
味付けは、いろいろなレシピを見ていろいろ作ってみたけれど、ここではあるものを使うしかない。
具は猪肉とニラとキャベツ。塩はないので少量の醤油を使おう。
ニンニク生姜はあきらめ、ごま油も諦め、あとは酒。
食べるときはラー油はあきらめ、酢醤油。
うん、あっさり餃子。野菜多めにしてヘルシーにしようかな。
あとは、餃子の皮なんだけど……。
強力粉で作るんだよね。小麦粉って、強力粉かな?薄力粉かな?
倉庫に小麦粉を取りに行く。
……。
まずい麦……米の入った袋はある。
うん、ないです。
麦の入った袋が無いです……。小麦粉、ないですっ!
■70
「えー、なんでぇ!っていうか、私、何であると思いこんじゃったんだっけ?パンがあったからかな?あれは自動販売機から出てきたから、誰かが作ってるわけじゃないんだよね……。っていうか、誰も作れる人いなかったんだから、小麦粉を置いておく意味ないじゃないっ!」
あああ!
あると思い込んでいたから、ローファスさんに渡した買い物リストに小麦粉って書いてないよっ!
うわー、失敗。っていうか、まぁ、別にご飯があるしパンもあるから小麦粉が無くてもそんなに困ることはないんだけど、ないんだけど……ないんだけど、今日はどうしよう……。
餃子……作れません。
とぼとぼと食糧庫からキッチンに戻る。
「あ、ユーリ姉ちゃんこんな感じでいいのか?」
カーツ君がニコニコしています。
「キリカもできたよー」
キリカちゃんも楽しそうです。
今更、餃子できませんなんて言えない。
ひき肉……うん。そうだ。
「ごめんね、ちょっと材料が足りなくて、餃子じゃなくて餃子とハンバーグの中間みたいなもの作ろうか」
と、申し訳なさそうに言うと、キリカちゃんもカーツ君もニコニコ笑って答えてくれた。
「中間ってことは、両方楽しめるってことか!」
「うわー、お得だね!」
いや、うん。そっか。そういう考え方もありか!
パンをおろし金で下してパン粉にする。ニラとキャベツとひき肉と醤油と料理酒とパン粉を混ぜ混ぜ。
3人で混ぜ混ぜ。
餃子の具より少し大きめ。ハンバーグよりは小さめに形作って、オーブンで焼きます。
あとは朝食の残り物で作ったレタス角煮サラダと、ご飯です。
ちょっと組み合わせがいまいち。
「焼けたね。この酢醤油をつけて食べるんだよ。でも酸っぱいのが苦手だったら、そのまま食べてもいいからね?では。いただきます」
「ステータスオープン」
あ、そうでした。いただきますの挨拶代わりに、ステータスチェックですね。記録を取らなくちゃね。
もぐもぐ。
それぞれ自分で形にした餃子ハンバーグを食べます。補正値は私が10。カーツ君1、キリカちゃん2と、変化なし。確認した後は、ゆっくりいただきまーす。
「おいしいね。角煮と同じ猪で作ったの信じられないね。キリカ、角煮も好きだけど、これも好き」
「うめぇ。野菜なんて食べたいなんて思ったことなかったけど、これ、ニラとキャベツがなきゃおいしくないんだよな?野菜ってすげーなぁ」
うん。よかった。
すっかり食べ終わり、片付けもみんなでする。それから寝る支度を済ませてそれぞれの部屋に戻った。
ベッドに入って明日のことを考える。
冷蔵庫が無いから大量に作って何日か食べ続けることもできない。
今のところストックされてるのは干し肉、燻製肉、角煮干し肉、グミジャムだけだ。
さっき使った猪肉で生肉は最後。明日は何を作ろうかなぁ。
ローファスさんが来るの、一週間後って言ってたよね。塩の他にもいろいろ頼んだけれど、どれだけの物が手に入るのかなぁ。小麦粉は今度忘れずに頼まなくちゃ。強力粉とか薄力粉とか細かい注文できるのかな?
鑑定魔法だっけ?使えば大丈夫なのかな?
そういえば、MPポーションはコーラだったけど、ハズレMPポーションって何なのかな?
カーツ君は知ってるかな?
ローファスさんとブライス君、今頃どこで何してるのかなぁ……。
「ユーリさん、起きていますか?」
へ?
ドアの外からブライス君の声が?
空耳?
ドンドン。
ドアが激しく叩かれた。
「ユーリ、緊急事態だ!悪い、入るぞ」
ローファスさんの声もする。
ええ?ど、どういうこと?
「ローファスさん、いくら小屋の所有者だからって、勝手に女性の部屋に入るのはっ!」
「時間がないのはお前も分かっているだろうっ!」
時間がない?ローファスさんとブライス君の声は必死だ。
急いでベッドから降りて靴を履いてドアを開ける。
「ああ、起きてたか」
「どうしたんですか?二人は街へ行ったんじゃ……忘れも……」
忘れ物ですかと声をかけようとして言葉を飲み込む。
そんな雰囲気じゃない。
ピリピリとして、まるで今から戦争に行くみたいな顔をしている。
「スタンピードだ」
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