第7話 スパルタ教育

PTJO5

 私がそう言うと8匹のスライムが現れた。

「そう、それじゃあ、まかせるわ。」

 そう言って私はフィルの背後に回り込み、彼女の後方へ下がる。

「頑張って」

「えっ!?」

 フィルが驚く。

「あの、先程説明した通り、私は後方支援担当の、修道女でして。」

「ええ、わかってるわ。」

「それじゃあ、いったいどういうことですか。」

「そんなの決まってるわよ。

 あなたが1人で戦うの。」

「そ、そんな。無茶言わないで。」


「何言ってるの?もしも前衛が突破されたらどうするの?」

 魔物が接近してきた時の対処法も覚えないと。

「えっ、ええー。」

 さあ、速くしなさい。来るわよ。   


 少し冷や汗をかきながら、フィルは慌てて杖でスライムを叩く。

 3匹のスライムを跳ね除けると、杖を掲げて魔法を唱える。

「プチフレイム。」

 えいっ!!

 杖の先端に光がやどる瞬間、私はアイテムボックスからムチを取り出すと、彼女の杖に巻き付けて奪いとる。

「えっ!?今度は何ですか?」

 再びフィルは驚く。

「ズルは駄目よ。

 遠隔魔法を使ったら接近戦の練習にならないでしょう。」

「で、でも。これじゃあ武器がない!!」

「何言ってんの。戦いの最中武器が壊れることもあるでしょう。

 素手で戦いなさい。素手で。」

「そ、そんなぁぁああああ!!」

 フィルは悲鳴をあげる。

 スライムが飛び跳ねながらフィルに飛びついてくる。

「エレスさん、助けてください。」 

「頑張れー」

 エレスがボソッと呟いた。

「エ、エレスさぁぁぁーん。」

 エレスにまで見放されたフィルは涙目になる。

 しょうがない、冒険とはそれくらい過酷なものなのだ。

 あんま考えたくないけど、彼女が次に所属するパーティーで、例えば前衛が全滅する可能性だってある。

 そうなれば、結局戦うのは彼女一人になるのだ。

 フィルは慌ててスライムを殴りつける。

 フィルのパンチが3匹のスライムを弾き飛ばす。 

「おお、中々スジがいいわね。

 でも、これはどうかしら。」

 そう言って、私は側にいたスライムを素手で捕まえると、必死に戦っているフィルの背後から思い切り投げつける。

「ふぎゃあああ」

 フィルの後頭部にスライムが直撃し、フィルは情けない声をあげて前に倒れる。

「痛たたたーっ」

 起き上がろうとするフィルだが、フィルが真っ青になる。

 両手をついて頭をあげると、スライムが一斉に飛びかかってきた。

「いやぁぁあああー」

 フィルの悲鳴とともに、フィルはスライムにまとわりつかれる。

 おお、なんて、無様なんだろう。

 けれどもそれもしょうがない。

 彼女のためなんだ。


「ひっく、ひっく。」

 フィルは地面に座り込んだまま、大泣きしている。

「マリーさん、酷すぎます。

 こんなの新人研修じゃありません。

 たんなるいじめです。

 スライムを後ろから投げるなんて、どうしてそんな酷い事したんですか?」

「バカね。そんなの決まってるじゃない。魔物が後ろから襲ってくる事もあるからじゃない。」

 そう、当然だ。後衛の彼女には、当然前に誰かがいても後ろには誰もいないのだ。

 敵がゆっくり忍び寄ってきたり、魔法などで狙撃して来た時は、自分自身で対処しなければならない。

 ギロリ   フィルが私を睨みつける。

 おお、いい瞳だ。これでこそ冒険者の瞳だ。         

 エレスさんもエレスさんです。

 どうして助けてくれないんですか!?

 フィルが苦情を言う。

「別に、だって私は、あなたの教育係じゃないですもの。

 そんなに嫌だったら、冒険者、辞めれば。」

「エ、エレスさん。

 だ、駄目だ。この女性たちには、一般人の常識は通じない。」

 フィルがボソッと呟いく。

 当たり前だろう。冒険者は一般人ではないのだから。

「フィル、厳しいようだけど、私たちが選んだ世界とは、そういう世界なの。

 この程度で音をあげるようだったら、エレスの言うとおり、辞めといた方がいいわ。」

「うううっ」

 フィルはうめき声をあげて口籠る。彼女は言い返せない。

 そうだろう、私が言ってることは正論なのだから。

「で、どうするの?やるの?ヤラないの?」

 エレスが冷たく催促する。

 エレス、誰に対してもこうなのね。

「わかったわよ。やりますよ。やればいいんでしょ。」


 エレスが、怪訝そうな瞳でフィルを見る。

 いや、別にやりたくなければ辞めてくれてもいいのよ。そのほうが、こちらも楽だから。

 エレスの心の声が聞こえてくるかのようだ。


 そのあと、まる1日以上かけて、スライムやブルーフロックなどの比較的低級の魔物を百匹以上フィルに狩らせた。

 ポーションは腐る程あるので、多少怪我をしても何度でも回復させられる。

 ちなみに魔物は、低級の魔物を引き寄せる魔法具や香水などを使っておびき寄せた。

 それから、少しずつ戦う魔物のレベルを、低級から中級へと引き上げていった。

「スキあり!!」


 私は戦っているフィルの背後にスライムを3連続で投げつける。

 ちなみに、スライムは眠らせてアイテムボックスに収納しておいた。

 するとフィルは一匹をかわすと、さっき教えた日本の伝統武術、空手の回し蹴りと、正拳突きでスライムを迎撃する。

 はあっ  はあっ  はあっ

 フィルは息も絶え絶えだ。

 肉体的にではなく、精神的なダメージが大きいのだろう。

 だが、それでもよく頑張った。

 もしかしたらすぐに根をあげて帰るとかいいだすかもとか思っていたけど、以外に根性がある。

「もう夜だわ。そろそろ休むわよ。」

 腕をくんで1日中私たちを監視していたエレスが言った。

 いや、私を監視していたのだろう。

 私が教育係として適任かどうかを、判断するために。

 あまりフィルに優しくしすぎるようなら、私と教育係を変わるために。

「イエッサー」

 私はベテラン冒険者にして影のボスであるエレスに敬礼した。

 アイテムボックスからテントや炊き木や食料、そのほか諸々のものを取り出した。

「凄いですね。

 こんなにアイテムボックスにイロイロ詰め込んでる人はじめて見ました。」

 そうだろう、魔法を捨てて、いや、魔法が使えない私は全ての時間と労力をアイテムボックスのスキルアップのみに捧げてきたのだから。

 アイテムボックスから取り出したのは、皮袋で包装された私特製のレトルト食品だ。

 アイテムボックスには、空気を入れておく方法と、空気を抜いて真空状態にしておく2種類の方法がある。

 アイテムボックスの中身は異次元空間なので、真空状態にしておくとかなりの長期間食料を保存できる。

 しかもブリザードなどの魔法で生み出された冷気をボックスに流し込んで置くと、

 簡易的な冷蔵庫が作れる。

 皮袋の中には、野菜とお魚を煮込んだスープが入っていた。

 更にお鍋を取り出して、その中にスープを流し込む。

 火のついた炊き木の上において温めると、お皿に移してスプーンといっしょに2人に手渡す。

 宿屋ヤドカリのおばさんが作ってくれた特製スープだ。

「どうしたの?食べないの?

 それじゃあ、もっと食べやすい物、果物とかどう?リンゴにする。それとも、パイナップルとかどう?」

 フィルの手が止まっている。

「なんか、私、あんまり食欲出ないんです。その、ポーション飲みすぎて。」

「そうね、今日1日だけで100本以上飲んだんだもんね。」

 普通の人が一生かかっても到底飲まない量だ。

 フィルが怪訝そうな表情をする。

 何かしら副作用とかねえだろうな?

 とか言いたげな表情だ。

 私も今日のフィルと同じ方法でレベル上げをした時も、1日に300本くらい飲んだけど何もなかったんだ。

 心配ないだろう。

「ねえ、フィルはどうして冒険者になろうと思ったの?

 普通に教会かどこかで専属のヒーラーにでもなったらよかったのに?」

「そんな事聞いてどうするんですか?

 あなたが、私の願いをかなえてくれるのですか?」

 フィルが答えるのを拒絶した。

 今日1日しごかれたせいで、だいぶ機嫌が悪いみたいだ。

「それは、聞いてみないとわからないわね。」

「そう言うお姉様がたはどうして冒険者なんかなさっているんですか?」

「私は、魔王を倒して世界を救うため。

 それと、エレスの護衛のために。」

「護衛じゃなくて、ストーカーでしょ。」

「魔王って?」

 フィルが少し考え込んだが、私のことについて深く突っ込んで追求してもしょうがないと思ったのか、その事はスルーした。

「じゃあ、エレスさんは?」

「私は、私は大切な物を取り戻すためよ。そして、自分の運命に打ち勝って、過去の因縁と決着をつけるためよ。」

「ふーん、なんか、よくわからないですね。」

 確かに、私も以前から、エレスの目的と願いには興味があった、というか、疑問に思っていたが、何度聞いてもはぐらかされた。

 その目的と、他者を拒絶することとは何か関係があるのだろうか?

 過去の因縁と決着をつける為。

 それは、私にも言える事だった。

 私の過去とは、以前の世界の出来事。

 もう、けして取り戻すことのできない、一人目の親友。

「私たちは、いや、エレスはともかく、私は言ったわよ。」

 今度は、あなたの番よ。さあ、言いなさい。フィルに対して遠巻きに私は圧力をかけた。

「私は、孤児院の弟や妹たちの為です。

 私たちの孤児院は、とても貧しく、食事もマトモに取れません。

 そのお金を少しでも稼ぐために、冒険者になるんです。

 多少危ない橋を渡らなければ、とても養ってなどいけませんから。

 お姉様たちのように、魔王とか運命とか訳わかんない理由で冒険者を始めた訳じゃないんです。」 

 エレスがうつむく。

 少し傷ついたのか、それとも、本当は言いたいのに言えない葛藤と理不尽さに苦しんでいるのか。

「そう、それじゃあ、これだけで足りるかどうかわからないけど。」

 そう言って、私はアイテムボックスから無数の金貨や魔法具、それに貴金属類を山のように取り出す。

 そしてそれらを、地面にばらまく。

「な、なんですか?

 どうしてこんなに持っているんですか?」

「私と、エレスで、この1、2ヶ月の間に手に入れたのよ。

 これ、あなたに全部あげるわ。

 これで足りる?」


「た、足りるも何も、城がたちますよ。

 こ、こんなの、貰え」

 そういってフィルは口籠る。

 貰えませんとは言えないのだろう。

「その、孤児院のみんなのために、受け取りなさい。

 後でギルドに頼んで、送金してもらいましょう。」  

「そ、その、何て言っていいのか。

 本当に、ありがとうございます。」

「いいのよ、気にしないで。

 私たち、こう見えて、割とセレブなのよ。」

 そう言って、私はウインクした。

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