第4話 帰り道

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「あなたって本当に愚かよね。

あなたのせいで、こっちまで迷惑なのよ。

生命が幾つあっても足りないわ。」

   ダンジョンを引き返して街への帰り道、エレスが言った。

  「だって、あんな強力な魔物がいるなんて思わなかったのよ。

  レッドドラゴンって、あんなに強かったのね。」

   「魔物にも、私達エルフや人間などの冒険者たちと同じように強さのレベルがあるの。

   特にドラゴンなど知性を持つ魔物はね」

  なるほど。

   当然である。

人間が戦闘や鍛錬で強くなれるなら、魔物だって成長するだろう。

 「街に帰ったら、あなた、どうするつもり?ナーディラスには最近来たばかりのようだけど、どこの宿屋に泊まっているの? 」

「実はまだ探しているところ。街の近郊にある農家の馬小屋に泊めてもらってるわ」

  「どうして?お金がないの?」

「あるけど使いたくないの。軍資金は少しでも節約したいから。 」

  大量のアイテムを買うには幾ら資金があっても足りないのだ。

  ふうっ

 エレスは深く溜め息をつく。

 少しあきれているようだった。

  「しょうがないわね。今日は、一緒の宿屋に泊めてあげるわ。 」

  「いいの?同じ部屋に泊めてくれるの?」

  「本当は嫌だけど。嫌だっていっても、勝手についてくるんだから、仕方ないでしょう。

   それに、あなたは、無鉄砲だから。」

  「やったーっ!!エレスちゃん、大好き。」

  私は大喜びして、エレスに抱きつく。

  まさかエレスのほうから一緒の宿屋の、同じ部屋に泊めてくれるとは。

   意外だった。まさに願ったり叶ったりだ。

   嬉しい。

  「辞めなさい、その呼び方、嫌だって言ったでしょう!!

   それから、馴れ馴れしくしないで。

  もう人前では私に話しかけないで。」

  エレス、結構厳しい。

  優しいのか冷たいのか、よくわからない娘だわ。 

  

  宿屋についた。宿屋の中は食堂になっている。

   「いらっしゃい。おや?エレス、あんたが仲間を連れてるなんて珍しいね。」

   食堂のおばちゃんが話しかけてきた。

   「仲間じゃないです。勘違いしないで下さい。

    それから、さっきもいったけど、マリー、私の側の半径3メートル内には入らないで。

   私たちは、別に一緒のパーティーメンバーじゃないんだから。」

   「何言ってんのよ、エレス。私たち、

ナーディラスの街じゃあ、もうすでに最強美少女冒険者コンビとして有名なのよ。

   同類相憐れむだとか、同属嫌悪だとか、みんなに言われたわ。」

    エレスがギロリと睨みつける。

    

   それにしても、そんなに怒らなくても。

 「何私と同じ席についてんのよ。

あっち行ってよ。」

   エレスが露骨に渋い顔をして、虫を追い払うようにして私を遠ざけようとする。

   一緒の部屋には泊めてくれるのに、どうして?

   「何怒ってんの?別に私が何かした訳じゃないでしょう?一緒にご飯食べるくらいいいでしょう」

   「あなたは自分が問題児だって自覚はないの?」

   しばらくして、注文した料理が運ばれてくる。

   

   

   「ねえ、エレスはお肉とか食べないのね?」

  テーブルの上にあるお皿の上の料理を見て、私は言った。

    野菜と果物、それに魚料理が1品だけだ。

   一方私のテーブルには、お肉もある。

   同じ物を注文したはずなのに。

   

   「だって、何のお肉使ってるかなんてわからないじゃない?

   そう思うと気持ち悪いわ。」

  「人聞きの悪い事言わないで欲しいね。

  ウチのお肉は生きのいい天然のブルーフロッグの取れたてのピチピチだよ。」

   

  野菜をフォークに突き刺しながらエレスが言うと、おばちゃんが口を挟む。

   ブルーフロッグは、例のあの青い巨大ガエルの事だ。

ウウッ

 そう言われるとなんか気持ち悪くなってきた。

   「エレスってナイフとフォークの使い方上手だわよね。

    お行儀がいいって言うか、礼儀作法が上手なのよ。」

   エレスのテーブルマナーを見ながら私が言う。

  ナイフとフォークで丁寧にお魚を切り分けている。

お上品だ。

   「そう、あなたのほうがお育ちが悪すぎるのよ。

   何なのその木の棒は?」

  「これは、お箸っていうのよ。

  日本の魂よ。」

  私は自分でナイフで切って作った細い木の棒を差し出して、そう言った。

  「そうー」

   この世界に存在しないはずの日本については気にせず、エレスが相づちを打つ。

  「エレスちゃんは街に帰った後、どうするの?

   ずっと今まで通り、あの街で冒険者を続けるの?」

  「続けるわ。ただし、別の大陸へ移動するわ。

   西のエリザムへ行くつもりよ。

  でもその為にはテングレムの森を抜けなければならない。」

   「だけど、あそこは?」

   「そう、高いレベルが必要だわ。

でももう少しできっと行けるはずだわ。」

  「だけど、かなり危険だわ。別にあそこを通らなくったって。」

  「そういうあなたこそ、どうするつもりなのよ?」

   心配する私を無視して、エレスが聞いてきた。


   「私は今よりずっと強くなるわ。

  そして強くなって、きっと魔王を倒してみせるわ。」

  「フフッ  魔王ってなんなのよ。

  そんな物、本当にいるの?

   仮にいたとして、そんなヤツ倒して何になるって言うの?」

  エレスが口元を抑えて冷笑する。

  「えっ!?

  いや、魔王が魔物たちを統率していて、それを伝説の勇者が倒すってー

   テレビゲームの定番っていうか、お約束っていうのか?」

   「いったい何の話してるのよ?

あなたってたまに意味分からない事言うわよね。」

   あれ?何か話が噛み合っていないような?

  魔王とか伝説についてのテンションが違うっていうか?

   さて、そろそろ寝るわ。

  おやすみなさい。

  「あっ、ちょっと待ってよ。エレス。 」

  2階の部屋の1室にエレスの部屋はあった。

   エレスは部屋の鍵を開けると、月明かりの漏れる部屋の中へ入っていく。

  蠟燭の炎が揺らめいている。

  その後に私も続く。

   エレスは魔導服を脱ぐと、鏡の前でパジャマに着替え始める。

   

  私も同じく、冒険者の衣服を脱いでパジャマに着替える。

   「おやすみなさい。あなたは、そこのベッドを使ってくれてもいいわよ。

     最近馬小屋で寝てたから、あまり眠気もとれてないでしょう。」

   こちらに振り向いて、エレスは言った。

   「エレスは?」

   「私は、床の上でいいわ。

  毛布も持ってきて貰っているし。」

  そう、本来エレスは純粋で、誰よりも優しい娘なのだ。

   それゆえに、脆くて壊れやすい。

  「えーっ、嫌だよ。私、エレスと一緒に寝たい。

   女の子同士、2人で同じベッドで寝るのって、こういうの、お約束だもん。

エレスが床で寝るのなら、私も床で寝るわ。」

   私はそう言って駄々をこねる。

  

    「何のお約束なの?しょうがないわね。今日だけよ。」

   そう言って、エレスはベットの中に先に入ると、毛布をめくって手招きする。

    「わーい

  私は笑みを浮かべると、エレスの隣に転がり込む。

   エレスは風の魔法を使うと、蠟燭の炎を消す。

   私は暗闇に乗じて、毛布に潜り込んでエレスに接近する。

そして、エレスの胸に顔をうずめる。

   エレスの身体から香水の甘い香りがする。

   「きやっ!!」

 思わずエレスは声を出した。

  

  「ちょっと、もう。くすぐったいでしょう?

   蹴り落とすわよ。」

   何そんな嫌なふりして。

照れちゃって可愛い。

   

   待って、今顔をだすから。

  そう言って私はゴソゴソと首を振りながら毛布から顔を出す。

   そして、エレスの両手を握って彼女の瞳を見つめる。

   心臓がドキドキする。

  いつ以来だろうか、こんな幸福感は。

  安らぎは。

  彼女の体温と血液の流れが、伝わってくる。

   「な、何よ。」

エレスが照れて瞳をそらす。

   「エレスって可愛い。」

「なっ、何言ってるのよ

    エレスって、変わってるよね。

どうしてこんなに優しいのに、仲間を作らないの?

    どうして?」

「スリープ」

   私が次の質問をした瞬間、エレスは睡眠魔法で私を眠らせる。

   「そんなに興奮してたら、眠れないでしょう。

   今日はもう疲れたでしょう。ゆっくり眠りなさい。

    それに、私が1人で戦ってきた理由は言えないの。」

    そうして、エレスは瞳を閉じて眠りにつく。

    私はしばらくして、瞳を開けた。

   対ステータス異常の耐久力をあげる魔法具で、スリープの効果を打ち消したのだ。

   いや、ただ単に私の精神力の強さのせいもあるだろうけど。

    私はそっとエレスの頬に口漬けして、まどろみの中へと溶けていった。   

  

   

 

    

   

   

   

         

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