第3話 魔法具

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 私は1人で、バルト山を越えた場所にあるダンジョンに向かっていた。

 ギルドで引き受けた仕事、レッドドラゴンを討伐するためだ。

 そして思う。

 彼女の事が気になって仕方ない。

 怖いもの知らずで、負けず嫌いで、まるで1年前の私のよう。

 でも彼女は、私とパーティーは組めない。

 もし私とパーティーを組めば、彼女を危険に巻き込んでしまう。

 彼女は無謀だが頭はいい。

 数秒間の短い戦いだったが、それでも充分力の差はわかっただろう。

 レベルの違いを、そして、魔法が使えないと言うその意味をー

 きっともう諦めるはずだ。

 なんて事、どうせ考えているんでしょう。

「はあっ、はあっ―

 やっと追いついたわ。

 あなた、歩くの、速いのよ。」

「えっ!!」

 私は、息を切らしながら、杖を付いて歩いている。

 ようやくエレスに追いついた。

「マリー!!

 あなた、どうしてここに!!」

「お金を払ってギルドの人間に聞いたのよ。

 あなたの行く先を。」

「あなたのレベルと、進む速度や体力じゃ、私には追いつけないはず。」

 私はポーションを取り出すと、一気に飲み干す。

 ふうっ、これで、200本目のポーションよ。

「ここまで来るのに、全速力で走ってきて、倒れそうになる度にポーションを飲んだのよ。」

 私はそう言ってボックスから大量の空き瓶を落下させる。

 滅茶苦茶だ。

 エレスは怪訝そうな顔をする。

「帰りなさい!!ここはあなたのような娘が来るところではないわ!!」

「嫌よ。あなたが駄目だと言ってもついて行くわ!!」

 エレスはこれ以上話しても無駄だと悟ったのか、振り返って走っていく。

 その後、私も走って追いかけた。

 バルト山は険しい山道だ。

 途中で何度も転んで、ケガをした。

 体力を失って呼吸困難になったり、心臓麻痺で倒れそうになったりしたが、その度事にポーションを使って回復した。

 吊り橋では落ちそうになった。

 崖からも落ちそうになった。

 断崖絶壁ではエレスが魔法陣と見えない足場を出現させて、その上を跳躍を繰り返してあっという間に登った。

 私はボックスから、引っ掛ける金属の先端付きのロープを投げて、頂上にそれを引っ掛けた。

 そしてそのロープを両手で掴んでよじ登って行く。


 それからしばらくして、ようやくダンジョンの見える場所に到着した。

 はあっ はあっ はあっ

 エレスもさすがに少し息切れしていた。

 彼女も自前のポーションを飲む。

「わかったわ!!私の負けだわ!!

 もう今日は帰りましょう。」

「帰る?何言ってるの。これからダンジョンを攻略するのよ。

 あなたが帰っても、私は1人でもダンジョンを攻略するわよ。」

「な、あなた、何言ってるの!?

 本当に死ぬわよ!!」

「安心して、私は1度死んでるの。

 この程度の試練は、この数年間の地獄の猛特訓にくらべたら遊園地のジェットコースターにもならないわ。」

 そう言って、私はエレスの前を通り過ぎていく。

 エレスは意味がわからず困惑する。


 エレスは私を止めようと手を伸ばすが、彼女も精神的にかなり疲れてるのか、

 私の彼女を手に入れようとする執念深さに

 根負けしたのか、私を止められなかった。

 今度はダンジョンの入口に向かう私を彼女が追いかけて来る。


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 ダンジョンは魔界とつながっている。

 魔界とは、次元の狭間にある世界の事である。

 次元の狭間には無数の魔界が存在している。

 その無数の魔界は中央の巨大な魔界に向かって通路のように直結していて、階層のように奥に行くほど強力な魔物やモンスターが存在する。

 洞窟をしばらく歩くと、魔界に到着した。

 突然、虹色の大空が広がり、草原や山脈が出現した。

 虹色の大空は、絵の具を塗りたくったような銀の光沢を持つ不思議な色をしている。  

 この世界の物とは思えないほどの美しさをしている。

 そしてそれが逆に不自然さを際立たせている。

 背後には、洞窟とつながる次元の扉が存在する。

 この場所を忘れると迷子になる。

 「ダンジョンと言っても、別段普通の世界と変わらないわね」

「あなたって人は、本当にー」

 エレスがあきれて、何かを言いかけると、魔物が現れた。

 ブルーワームが4匹である。

 ブルーワームは巨大なイモムシだ。

「エレス、私に任せて」

 そう言って私は、剣を持って走りだす。

 エレスちゃんにいいとこ魅せるのだ。

 左右の袈裟斬りでワームを3匹切りつける。

 体液が飛び散る。

 ううっ、気持ち悪い。

 最後の一匹が大量の糸を吐く。

 剣に糸が絡みつく。

 ワームは絡み付いた糸を引っ張り、私の剣を奪い取ろうとする。

 私はわざと意識して手を離す。  

 その剣をくれてやる。

 そして、アイテムボックスから新しい剣を取り出す。

 1本目の剣を糸ごと飲み込んだワームの頭に、2本目の剣を突き刺す。

 ブルーワームがさらに8匹現れた。

 今度は少し数が多い。

 8匹のワームたちは一斉に糸を吐き出した。

 大量の糸が私の体を包み込むように舞い降りてくる。

 盾では範囲が狭くて防げない。

 私はボックスからもう1本剣を取り出して、2刀流となる。

 そして、大量の糸を斬りつけるのではない。

 2本の剣をグルグルと回転させて、綿飴のように巻き付ける。


 

 虚弱体質の私は基本2本の剣で敵を斬れないが、糸を絡めとるくらいならできる。

 そして手を離して剣を捨てると、ボックスから火炎瓶を取り出して投げつける。



 ちなみに、この火炎瓶は私の自家製だ。

 草原が燃えて、イモムシたちが炎に包まれる。


「あなた、どこでそんな変な技覚えたのよ。

 あなたって本当に、小手先のくだらない技が得意なのね。」

「もっとほかの言い方ないかな、エリスちゃん。」

 その呼び方、辞めて。

 エリスが機嫌を悪くする。


 それから2人は、ダンジョンを突き進んでいく。

 私は相変わらず剣やナイフ、盾や火炎瓶やポーションなどの様々なアイテムを駆使して敵を倒していく。

 そして、エレスも参戦する。

 彼女の得意な武器は、細身の長剣、レイピアである。

 レイピアに様々な魔法を付与する。

 そして、華麗な舞いのような剣術で敵を切り刻む。

 最後に出会ったレッドリザードを、氷の魔法剣で高速20回転して斬りつける。

 そしてさらに、最後に回し蹴りの連続技で突き放す。

 ちなみに彼女の両足には、氷の魔法で作った靴が履いてある。

 その氷の靴が慣性の法則で、彼女の動きを加速させる。

 フィギア・スケートのアクセル・

 スピンの原理である。

 彼女の靴は、まるで童話に出てくる

 シンデレラのガラスの靴である。

 透明で、純粋で、美しく、

 そして今にも壊れてしまいそうな。

 童話のお姫様の靴である。

 いつも冷静で、誰にも心を開かない、

 孤独で、クールビューティーな、

「アイスプリンセスね」

「えっ!?」

 最後に心の中の声を思わず声に出してしまった。

 その言葉を聞いて、エレスが青ざめて、はっと息を飲む。

「どうしたの?エレス」

「何でもないわ。」

 ピコーン

 レッドリザードが魔法の粒子に変わり、消滅する。

 すると、虹色の魔導力で輝く銀の腕輪が落下する。

 私はそれを拾う。

「これは何?」

「魔法具よ。知らないの?

 要するに魔導力や魔法効果が付与されたアイテムよ。

 それを装備すると、何か特定の魔法が1つだけ使えるようになるの。

 回数制限があるけど誰でも魔法が使えるようになるわ。

 例え、魔導力がなくてもね。」

「それって?」

「そうよ、あなたでも、魔法が使えるようになるわ。」

「う、嘘。」


「嘘じゃないわ。」

「やっ、やったーエレス!!」

 そう言って、私はエレスに抱きつく。

「ちょっ、ちょっと、離してよ。

 抱き付いてこないで。」

「だって、私でも魔法が使えるのよ。

 これで私達、パーティー・メンバーだよね」

「別にまだ、あなたの事を認めた訳じゃないわ。

 魔法が使えるって言ったって、たった1つだけでしょう。

 しかも回数制限があるから、よっぽど重要な場面でしか使えないし。

 第1級レベルの冒険者は、数十から百数十種類の魔法を無制限に近いくらいに使いこなせるわ。

 魔法具で1つや2つ魔法が覚えられてみた所で、焼け石に水でしょう。」

 それでも、それでもかなり大きな前進だ。

 「装備できる魔法具は多くて2つか3つ。

 装備してからその魔法具と精神を接続するのに数十秒から数分かかるから、魔法具を幾つボックスに収納していても、実質使えるのは装備しているアイテムだけよ。」

 エレスはさらに追い打ちをかける。

 それでも私は、未来への希望で興奮していた。

 ワクワクしていた。

 最高の冒険者になれる道が見えてきた。

 現実味を帯びてきた。   


 tmjx 

 それからさらに私たちは、何十体、いや、百数十体もの魔物たちを倒していく。

 そして、手に入れた魔法具もすでに20個を超えていた。

 魔法具の種類と組み合わせによって、使える個数は違う。 

 だが、初心者の私には慣れてないせいもあり1個使うのが限界だった。

魔法具を使いこなすのも自動車の運転やパソコンの操作と同じである。

 そして、使える魔法はだいたい1個の魔法具につき1つだけ。

 

 なら、そのうちの1つはどれにするか?

 炎か? 氷か? 雷か? 

 それとも回復治癒か? 

 私の答えは、すでに決まっていた。


「何か、様子がおかしい。」

「えっ?」

 岩山と草原の続く地形を歩きながら、

 不意にエレスがポツリと呟いた。

「出てくる魔物の数が多い、そして、レベルが高すぎる。」

「そうなの?」

「ええ、そもそも、こんな浅い階層でレッドドラゴンが出没すること自体おかしいのよ。

 ダンジョンの内部の景色も今までとは全然違う。

 変化の速度が速すぎる。

 どういう事?」

 エレスが困惑している。

 私はダンジョンに来るのは始めてだが、

 本から得た知識で知っている。

 ダンジョンは自動生成されて刻一刻と変化して行く。

 正確にはダンジョンから次元転位した先の魔界の構造に変化があるのだが。

 基本的にはそれ程大きく変化する事なく、微妙に山や森などの地理が少しずつ変化して行く程度なのらしい。

 出没する魔物の種類もそれほど急激に増えたり強くなったりしないはずである。

 これが、転生前に女神に教えてもらったこの世界の真実。

 魔王復活による世界滅亡の兆しなのかもしれない。

 だとするのなら、もしかしたら、この辺で引き返してもいいかもしれない。

「エレスちゃん、あの?」

 この事を彼女に伝えようかと思った瞬間。

「しぃーっ、黙って、マリー」

 エレスがいつになく真剣な表情で、凛とした視線を前方に向けて言った。

 そんなに「ちゃん」付けを嫌がらなくても?

 だが、エレスはその言葉に対して微動だにせず、沈黙し続けた。

 キシャアアー

 魔物の咆哮が聞こえる。

 はっ?!

 どうやら、エレスが私に黙れと言ったのは、馴れ馴れしくしたのが原因じゃないらしい。

 岩山が崩れ落ち、地割れがした。

 そして、前方の地割れの中から、赤い古竜、レッドドラゴンが飛び出してきた。

 レッドドラゴンが口から3発ファイアーボールを発射する。

「逃げなさい、マリー」

 そう言ってエレスは前へと踏み出すと、

 アイスリンクソード、氷冷の魔法剣のレイピアによる剣撃でファイアーボールを斬りつける。

 ファイアーボールはそれぞれ冷気の剣で蒸発する。

「逃げるですって、冗談。」


 左手に装着した腕輪が魔法の輝きで虹色に輝く。

「スピリトゥス 」

 私はそう魔法詠唱すると、ドラゴンに向かって駆け出していく。

「マリー!!」

 エレスが私を制止するが、私は止まらない。

 スピリトゥスは、肉体強化と身体能力強化の魔法である。 

 パワーとスピード、それに防御力をバランスよく高める事ができる。  


 ドラゴンが前足の爪を振り下ろして来た。

 私はボックスから剣を取り出すと、ドラゴンの爪を弾き飛ばす。

 身体能力強化の魔法でパワーアップした私は、巨体を持つドラゴンに対しても力負けしていない。

  2回目のドラゴンの長爪の攻撃を剣で弾いて払いのけると、私はドラゴンの胸を鱗の上から切り裂く。

 さらに2発、3発と斬りつけるとー

 キィィイイーン

 火花が散り、剣が折れてしまった。

 武器を失った無防備の私にドラゴンが再び爪を振り下ろして来る。

「 危ない!!マリー!! 」


 エレスが雷の魔法、サンダーボルトを発射する。

 雷撃がドラゴンに命中し、その巨体が痙攣して悲鳴をあげる。

 そのスキに私は折れた剣を捨てると、ボックスからさらに2本の剣を取り出す。

  肉体強化スピリトゥスの魔法で、私はパワーアップしてるので、2本の剣でも一時的に持つ事ができる。

  

   私はドラゴンが連続して振り下ろす長爪の攻撃を、片方の剣で弾いて、受け流して、素早い動きでわかす。

  そしてスキを見つけると、片方の剣でドラゴンに斬りつける。

  さらに再び剣が折れると、ボックスから新しい剣を取り出した。

  


 それから私はドラゴンとの熾烈な格闘を続ける。

 その間エレスはサンダーボルトやブリザードブレスなどの遠隔魔法で私を援護してくれる。

 私はすでに10本剣を折りながらも、30回の剣撃をドラゴンに命中させた。


 だが、剣で斬りつける攻撃は威力が弱く、

ドラゴンに致命的なダメージを与える事ができない。

 


 ヤツを仕留めるには、鱗の少ない横腹を突いて心臓に刃を突き刺す事だ。

 私はそう結論づけた。

 だが、剣での攻撃は斬りつけるのには向いているが、突き刺すのには向いてない。

 それならー

 私は、ボックスから長めの槍を取り出すと、ドラゴンの肋骨の隙間を狙って、槍を付き刺した。

 もう少しで心臓に到達しようかという所で。

 ポキリ 

 槍が折れてしまう。

 駄目だ。安物の槍を買ったのが失策だったのか?

 ドラゴンの肉体が予想以上に硬かったのか?

 ドラゴンが尾を振って私にぶつけて来た。

 私はボックスからベッド( 寝具 )を取り出して、そこに隠れた。

 ベッド( 寝具 )もろとも私は吹き飛ばされる。

 草原に落下した私は、慌てて立ち上がる。

 ドラゴンがひときわ燃え盛る炎の塊を発射した。

 上級魔法のファイラだ。

「どいて、マリー」

 エレスは私を突き飛ばし、魔法のシールドを張る。

 見えない魔法の防御壁がファイラを受け止め、爆発する。

「キャーッ」

 エレスは吹き飛ばされ、後方の草原に落下する。

 エレスは仰向けに倒れている。

「エレス!!」

 私は、エレスの名を呼ぶ。

 「ウウゥーッ」

 エレスは生きてはいるが、今のダメージで身体が動かないらしい。

 ドラゴンをこちらに惹き付けなければ。

 私は右方向へ回り込むと、ボックスからナイフを取り出しドラゴンに投げつける。

 ナイフがドラゴンの鱗に当って跳ね返る。

 エレスを狙っていたドラゴンは、こちらを振り向いた。

 そして、今度はこちらに向かってファイラを発射した。

 私はボックスからバスターソードと呼ばれる巨大な剣を取り出すと、ファイラを一刀両断した。

 ファイラが爆発する。

 バスターソード( 大剣 )を選択したのは、少しでもサイズの大きな剣を使うことで、距離を稼いで爆発によるダメージを最小限に抑える為だった。

 しかしー

 爆発で私はダメージを喰らい、吹き飛ばされる。

 私はすぐさま立ち上がる。

 熱いっ!!

 両手が少し火傷している。

 見ればバスターソード( 大剣 )がファイラの灼熱で少し溶解している。

 私は思わずバスターソード( 大剣 )を落としてしまう。

 キシャアア

 咆哮するドラゴンが、再び口腔に魔導力が充填されていく。

 トドメのファイラを放つきだ。

 駄目だ、次にファイラを喰らったらお終いだ。

 しかし、剣や盾であれを防ぐ事はできない。

 しかも、それだけではない。

 仮にあの灼熱の炎の一撃を凌いでも、

 あの硬い肉体を持つドラゴンを剣や槍などの武器で貫くことができない。

 どうする?

 ドラゴンがファイラを発射した。

 私は迫りくる灼熱の炎を前に、左手をかざした。

 アイテムボックスから滝のように大量の水が流れ出し、ファイラを飲み込んだ。

 ファイラの爆発で噴水のように水しぶきが舞い、水蒸気が霧のようにあたりを包み込む。

 用意周到な私は、ここに来る前街の地下水を汲んでアイテムボックスに収納しておいたのだ。

 私は水蒸気の霧から飛び出すと、ドラゴンに向かって一直線に駆け出して行った。

 ドラゴンがさらに第4撃目のファイラを撃つため、その両顎を開いた瞬間、私は火炎瓶をその口の中に放り投げる。

 ボウンッ!!

 大爆発が起きる。

 キシャアア

 ドラゴンの口から、黒煙が立ち上る。

 チャンスだ!!

 私は跳躍すると、ボックスからハンマーを取り出した。

 そして、そのハンマーをさっきドラゴンに突き刺した折れた槍めがけて叩きつける。

  グサァァアア

 突き刺さった槍はドラゴンの肉体のさらに奥深くへと食い込み、そして、遂に心臓に到達する。

 キシャーァァァアア

 ドラゴンは断末魔の咆哮をあげると、吐血してその場に倒れた。




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