幼馴染兼今カノが義妹になった結果、私達の関係性は370度変わってしまった……あれ?

燈外町 猶

第1話・結婚するんだって。

×


 離れていく。

 まずは、唇が離れていく。

 そして、私の首元から花乃かのの手のひらが離れていく。

 零時を指して美しく佇んでいた針が下へ下へと沈むように、私達の関係性が傾いていく。

 密やかに培われていた幸せは芽吹く前に枯れ、やがて、180度変わってしまった。

 かに、見えた。


×


「それじゃ、行ってくるね」

 義母美樹さんがそう言って玄関のドアを開くと、生ぬるい春風が静かに流れ込み素足を撫でた。

「「いってらっしゃーい」」

 青空と桜並木が両親を出迎え、私と花乃はそこそこの熱量で二人を見送る。

「なんかあったらすぐ連絡すること」

「「はーい」」

「なんもなくても一日に一回は絶対連絡すること」

「「はいはい」」

 生来の心配性が発動しているのか、父はあーだのこーだの言いながらしきりに振り返っていたが、妻に手を引かれようやく外へ一歩踏み出した。

「よし。じゃあ行こうか吉野よしのさん……じゃなくて、美樹みき

「いい加減慣れてよね、カ・ズ・ヤさん!」

 私の父シングルファザー花乃のお母さんシングルマザーがひとり親向けのイベントで出会ってから五年経ち、芽生えた友情は愛情に昇華され、二人一組だった二つの家族は、四人一組で一つの家族になった。

 二週間後、私は高校三年生になり花乃は私と同じ高校に入学する。タイミングがいいのか悪いのか、今はまだ、わからない。

「行っちゃったね。有紗ありさ……じゃなくて、おねえちゃん」

「だね。どうする? 今日から三日間二人っきりだよ」

 お父さんとお義母美樹さんは結婚式を挙げない代わりに今日から三日間、夫婦水入らずで新婚旅行へと出向く。ウェディングフォトを撮るために活き活きとダイエットに励んでいた美樹さんは、それだけで美しくて可愛らしかった。

「っ……。どうもしないよ。だって私達――」

 春休みという退屈な時期に大好きな花乃かのと二人きり。嬉しくないわけがない。だけど今はその嬉しさが、鬱陶しくて仕方がない。

「――家族、なんだから」

 なぜなら私達はもう、恋人らしいことができないのだから。

「……どうしても、ダメ?」

「…………ダメ。家族だから」

 花乃は繰り返し、宥めるように言い聞かせる。

 家族。なんて、なんて邪魔な記号なんだろう。

 甘えたがりで、独占欲が強くて、私が他人と話してるだけでも火がついたように嫉妬する花乃が、まさか私と距離を置こうとするなんて思ってもみなかった。

 あの苛烈な温度に触れられないことが、寂しくてたまらない。


×


「結婚するんだって。お母さんと、カズヤさん」

 去年の夏が終わる頃、花乃は複雑そうに、それでも嬉しそうに切り出した。

 団地の前に置いてあるさびれたベンチに二人で隣り合って座り、さっきまで青かった空が橙になり、紫になり、真っ暗になっても、繋いだ手は離さなかった。シャンプーと虫除けスプレーの香りの中に、汗の匂いが混ざっていく。

「結局?」

「結局。もっと早くにすれば良かったのにね」

「たぶんお父さんがゴネたんだろうね。それを美樹さんが押し切った」

「はは、想像できる」

「でしょ」

「……」

「……」

「つまりあれだね、有紗、私のおねえちゃんになるんだね」

「花乃が義妹いもうとかー。まぁでもそんなに変わらないんじゃない? 私達は私達でさ、今まで通り――「ダメ」

 嫌な予感は、ずっとしていた。

 映画を観終わった後やドラマを見ている最中、貸し借りした漫画の感想からでさえ、花乃は『普通の家族』への執着を度々滲ませていたから。

 お父さんがいて、お母さんがいて、姉がいて、自分がいて、世間が謳う『普通の家族』を、彼女はようやく手にするのだから。

「家族になったら、恋人は……おしまい」

「……そっか。……幼馴染は?」

「幼馴染は終わるものじゃないでしょ」

 花乃は冗談を受け流すように笑った。それから、私達のこれからについて一方的に申し付ける。

 手を繋ぐの、なし。

 ハグするの、なし

 キスするの、当然、なし。

 何故なら、普通の家族ならしないから。普通の姉妹ならしないから。

 今まで私に幸せを与えてくれていた行為の多くは、そうして禁忌となった。

「そっか。……恋人は、終わるものかぁ……」

 告白してきたのは花乃の方じゃん。

 私を惚れさせたのも、人を好きになるって感覚を教えたのも……全部、全部。

「……でもさ、それでも私は……花乃のことが好きだよ、きっと、ずっと」

「うん。私も有紗が……おねえちゃんが大好きだよ」

 そう言って彼女が浮かべた優しい笑みのせいで、花乃が好きの意味を変える気だと、わかってしまった。

 なんてずるいんだろう。

「……」

 そっちがそう来るなら、私も……少しくらいはずるい手を使ってもいいよね。

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