第28話 雪女の姉妹

 『人間の嫁』は魔界でブームらしい。

 他の人達は、どうしてるんだろう。


 魔界は、人間には厳しい環境だ。特に、焔摩の月は。


「………………」


 白い。水色。

 魔力の糸がぼんやりと見えた。


 …………暑くない。寧ろひんやりと冷たい空気に包まれて……。


「……しかし、正直この先が思いやられますな。こんな調子で、丈夫な御子を授かるかどうか」

「まるで赤子のように常に監視と世話が必要なようですな。『人間の嫁』とはコストが掛かる。今のヴァケット領の財政状況を鑑みるに、些か『高級品』だったのでは?」

「しかしあのゴートさまが見立てを誤るとは思えませんが」


 意識と視界はまだぼやけてる。耳だけ。何故か。部屋の外の会話だけがはっきりと聞こえる。


 私は、役人さん達に疎まれている。

 実家に居た時と、同じように。






★★★






「愛歌」

「…………ん……」


 冷たい。

 額と、首と、腕と、脚と。氷嚢かな。それと、冷風。これは、魔法だ。


「ゴートさま……」

「気が付いたか」


 一度目が覚めて、また寝ていたらしい。あの役人さん達の声はもうしない。目を開けると、ゴートさまの綺麗なお顔。


「気分はどうだ? まず水分と塩分を補給しなければならんらしいな。用意がある」

「……はい。いただきます……」


 私は布団の上に居た。上体を起こしてもらう。力強い腕。安心して身を委ねられる。


「…………え」


 下着姿だった。実家から持ってきた、レースの。


「…………」

「……また、謝らねばならない。俺達はまだ、『人間』というものを知らなかった。いや、知らないということは分かっていたのに。想像が及ばなかった。『魔力による環境調節ができない』ことと、それによる『人間という人体への影響』を。……ここまで、キツいのだな。魔界は」

「…………」


 誰も、悪くないのにね。


 ゴートさまから、湯呑みを受け取る。


「荒沙羅ばかり飲んでいただろう。これでは塩分を充分に補給できないらしい。都から取り寄せた専用の薬水だ」

「……ありがとうございます」


 飲む。

 不味い。

 けど、飲む。味の無い運動用清涼飲料水のような感じ。なんだか懐かしい気もする。


 その間。ずっとゴートさまが、肩を抱いて支えてくれている。嬉しい。優しい。


 今下着姿でめちゃんこ、恥ずかしいけど。ゴートさまなら良いや。


「この風は」

「ああ。これも都からだ。実は先月から依頼していたのだが、間に合わなかったな。他の『人間の嫁』が皆依頼するらしい。この季節は」

「……?」


 風の出ている方を見る。ゴートさまの反対側。


 白い着物に赤の帯をした若い女性がふたり、並んで正座していた。

 氷の色の髪をハーフアップにしたロングヘアの人と。ひとつ結びのポニーテールにした人。

 雪のように白い肌と、宝石のような碧眼。


 ふたりが、扇子を持って私達に風を送っていた。


 それが、涼しくて気持ち良い。久しく忘れてた、正にエアコンの冷房だった。人力……いや。魔法的なエアコンサービス。


「彼女達は『ユキジョロウ』という種族だ。キュービと同じく、極東列島諸国からやってきたらしい。出稼ぎだそうだ。扱う魔法は温度操作。冷風の他に温風も出せるらしい」

「…………初めまして」


 ユキジョロウ。

 雪女……ってことかな。日の下にも伝説がある。列島諸国って、日の下と昔はよく繋がってたのかな。

 ぺこりと頭を下げると、ふたりはにこりと穏やかに微笑んでくれた。


「初めましてヴァケット領の魔妃さま。私はリッカ・セツゲツカ。この子は妹のミズカ。ゴート魔王さまとの契約で、羅刹の月の終わりまで、このヴァケット城でお仕えさせていただきます」


 ハーフアップの人が、透き通るような綺麗な声で説明してくれた。姉妹なんだ……。美人姉妹だ。


「宵宮愛歌です」

「愛歌魔妃さま。私達は他の現場で人間の花嫁さまにお仕えしたことがあります。充分に注意を払って風を起こしますが、寒すぎる、温すぎるなどありましたらすぐにお申し付けください」

「……はい。ありがとうございます」


 心地良い。

 そうだ。風鈴を思い出した。あの音のような声で。ゴートさまに抱かれながら。丁度良い涼しさの優しい風に包まれて。


「愛歌?」


 また、眠くなっちゃった……。

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