少年を蝕む悪意の影
─1─
───タイナ山、中腹。
「はぁ……はぁ………ふぅーー……。」
ケイトが膝に両手をついて息を荒らげている。
「あ…あと半分か…気合いよ私……。」
俺達は目的地である石造りの洋館があるタイナ山の中腹まで歩を進めた。空は曇っていて、辺り一面は雪に覆われている。そして何よりかなり寒い。四人は予め用意してあった防寒着を着込んで耐えていた。
俺は青色のベンチコートのような服を羽織り、腰に備えていた水を口に流し込んだ。
「ふぅ…。下の皆、大丈夫かな…まぁ大丈夫か…あの騎士団長がついてれば…。」
ルイーザは俺を含めた他の三人と色違いの真っ赤なコートを羽織り、それに答える。
「あぁ、大丈夫だろ。さっきは走るので精一杯だったけど、正直やばすぎて腰抜かすかと思ったよ…。」
彼女が言っているのはフレデリカの放った大技の事だ。ジュードやルイーザの持つ上級魔法とは明らかに格が一つ違う。比べなくともハッキリわかる程に。
「さぁ、少し休んだら行こ───
う───?
その瞬間、周囲を覆ったのは言い表せない絶望感、恐怖心だった。
───大袈裟だな、辺りに黒いモヤがかかって暗くなっただけじゃないか。
そう思う人がいるなら一度俺の代わりにここに立ってみてほしい。今にも無様にその場に蹲って、鼻水を垂らしながら号泣する程に怖いのだ。
───それなら何が怖いの?
わからない。もしそんな事を聞かれたら俺は何も答えられないだろう。
だって、この恐怖には理由が無い。
ただただ、怖いという感情だけが流れ込んでくるのだから。
「ゼツボウ…ヨウコソ…」
いつの間にか目の前に居たそれは、かつて俺を苦しめた影だった。
影が俺にその手を伸ばす。手と呼んでいいのか分からないような、紙のように薄くペラペラの影が。
その手が俺の顔を掠めそうになった、その瞬間───
「させるか!!!!!!」
バキンッと鉄が固いものにぶつかったような音がした。
ジュードとケイト、そしてルイーザが三人がかりでその影の手を防いでいた。
「こいつにはその影一本足りとも触れさせはせん!!!」
「ええ!あんたの相手は───
私達なんだから!!!」
ケイトの言葉を掛け声にするようにして、三人が影の手を弾き飛ばした。
「皆…ありがとう…!」
「さぁ!ショウマ!作戦通り行くよ!」
ルイーザの声が顔の皮膚に刺さるようにして、俺の頭をクリアにした。
「ああ!!!!!」
─2─
「コチらへこイ……私にそレを、ちょうだァい!…」
影の手が五連続で俺に襲いかかる。
そのうち最初の二撃をジュードか力強く連続で捌き、次の一撃をケイトが思い切り叩く。
次の一撃はルイーザ。彼女の短剣がそれをすんでのところで弾き───
最後の一撃が俺に迫り来る。
「くっ…!」
俺はそれに触れること無く、左横に飛ぶ事で何とか躱した。
(クソ…攻撃の隙もねぇ…!)
俺以外の三人が上手く攻撃を捌き、隙が出来たところで俺がシャドウの核を突く作戦だが、当然そんなに上手くいくはずもない。
「なぁ!あいつ前よりハッキリ喋ってないかい!?」
ルイーザの言う通り、以前は言葉にもなっていない奇声を上げていただけのシャドウが、今回は比較的意味が伝わるレベルで言葉を発している。
「どうする!?このままじゃ消耗戦よ!?」
ケイトがジュードに指示を仰ぎながら迫り来るシャドウの連撃を上手く捌いていく。
俺以外の皆は攻撃を一切避けはしない。俺に僅かにでもシャドウの手が触れた場合、その時点でゲームオーバーだからだ。
「仕方がない…奥の手を使うぞ!」
ジュードに影の手が迫る。それを地上で三回弾いた後、空中に飛び上がって後退する彼を再度影の手が連続で伸びていくが、ジュードはそれを左右の剣で上手く空中で弾き切り、後方へ着地した。
「すまないショウマ、少しの間逃げ回れるか?」
ジュードの奥の手には少し時間がかかる。その間、ケイトとルイーザだけで攻撃を防ぎ続けるのは中々厳しいだろう。
そうなれば、後は俺が走り回って時間を稼ぐしかない。
「えーっ!?奥の手ぇ!?なんダよそレぇ…それハおもしロイ…タべてみたぁイ!」
───まるで複数の自我が混ざったような、気味の悪い喋り方だ。
「ショウマ!皆!頼む!」
ジュードが詠唱を始める。彼の足元には紫色の魔法陣が出現し、彼の詠唱に呼応するようにして光を発している。
「こっちこいよ!!テメェが欲しいのは俺だろ!?」
俺はあえてシャドウを煽り、奴を引き付けていく。
ジュードと逆方向───すなわちシャドウの方向へ走っていく。攻撃は二人が弾いてくれる。それを信じて俺はあえて前方へ駆けた。
「あーっ!待ってヨー!おい、待テよ…すゴー!!」
迫る影の手が何度も俺を襲うが、それらは全てケイトとルイーザが弾いていった。
恐怖に耐えながらシャドウの前方を駆け抜け、何とか奴の後方へ走り抜けた。俺とジュードの間にちょうどシャドウが位置するような立ち位置になり、俺はシャドウを挑発するように逃げ回った。
「くソうっゼぇなァァァァァァ!!!!!!」
シャドウがまるで取り乱すようにこちらへ向かってくる。まるで怒るように。
影の手が続々とシャドウの足元から発生する。その数はとても一瞬では数え切れない。少なくとも今までの比では無い数、それ位としか言いようが無い。
影の手が、まるで辺りを覆うようにしてアーチを掛けながら俺に向かう。
(やべぇ、アレ使うか…?)
俺は腰のポーチにしまってある宝石に手をかけるが、それをケイトは即座に制した。
「それはまだダメ!!言ったでしょ!!」
ケイトの足元に魔法陣が発生している。彼女は準備した魔法を既に作り上げていた。
「あんたを止めるのはショウマじゃない!!私よ!!!───
───水縛陣!!!!!!」
シャドウの足元に六角形の光───それが上部へと伸びていき、シャドウを囲むようにして結界を作り出す。
「さぁ…暴れたいなら暴れなさいよ!!!!」
ケイトが挑発した。そうだ、この魔法はカウンター付きだ。シャドウが暴れてくれればそれだけ奴にとっては脅威になる。
「アー!もウ!!やダ!!!何考えテンだ…っっっっっだせよォ!!!」
シャドウが影の手を何度も結界に叩きつけていく。その度に結界は青白く光を放ち、吸収した衝撃をエネルギーに変えて上空に昇っていく。
(まだよ……攻撃が目的じゃない……ジュードとタイミングを合わせるのよ……)
ケイトが必死に魔法を維持している。結界を維持するにも魔力が要るので、水縛陣発動中のケイトはどんどん魔力が減っていくのだ。
シャドウはまるでそれに気づいていて、あえて彼女を苦しめるように、勢いを増して暴れている。
「くぅ……ジュード!!まだぁ!!?」
彼女の問いかけにジュードは答えない。彼は奥の手に集中している。
シャドウは暴れる事を止めない。ただひたすらに結界に向けて影の手を乱打し、結界の上空に溜まった球体は以前砂漠の亡霊へ射出したエネルギー量の三倍近くまで膨れ上がっている。
───シャドウの連撃がしばらく続き、次第に結界は悲鳴を上げるように青白い光を強く発光させ───
(もうだめ……壊れちゃう…!)
タイムリミットだ。結界が壊れれば溜めたエネルギーも土台を失って消失する。であれば───
「───反転!!!!」
空から巨大な水球が弾け、猛烈な勢いで真下にいるシャドウの方向へ水のレーザーが発射される。流石のシャドウも己の攻撃全ての力を集束した水の破壊力には抗えず、カウンターに耐えるので精一杯のようだ。
「まだだよ!!!!」
───そこへ畳み掛けるのはルイーザから射出された矢のスコール。
「カラミティフレア!!!!!」
シャドウの頭上へ飛び上がったルイーザが上空から無数の矢を一度に放ち、巨大な火柱を作り上げる。
「サンキュ、ルイーザ!!」
ケイトは既に次の魔法の詠唱を終えている。魔力はもう底を尽きる。残念ながらこれが彼女にできる最後の一撃だ。
ケイトが右手に握った棍棒を天高くあげると、標的を中心に据えるようにして頭上に複数の氷の槍が円を描き、シャドウの方へ槍先を向ける。
───これが、私の
「氷天動地!!!!」
─3─
ケイトの叫びと共に氷の槍が一斉にシャドウへ射出され、勢い良く突き刺さる。
───辺りに爆発音に似た音が響く。
二つの上級魔法が標的を周囲の地面諸共焼き尽くし、氷槍が急激に周囲を冷やしていく。
そして、急激に冷やされた周囲の空気が水のスモークを作り出し、辺りを包み隠した。
「はぁ…はぁっ…あっ……。」
ケイトがよろけ、倒れそうになる───
「あぶねっ…。」
俺は咄嗟に彼女の体を支え、そして魔法の跡に目をやるが───
彼女らの全力も虚しく、シャドウはその影をうねうねとくねらせながら再び姿を現した。
「シャドウ………!」
俺は咄嗟に剣を構え直し、シャドウへの攻撃体勢を作る───
そして、それとほぼ同時にジュードの準備が整った。
「待たせたな…。」
───メアリー、君の言う通りだ。今の僕は…驚く程に魔力に満ち溢れている。
これなら使える…奴を食い止める
「
ジュードの魔法陣が紫色に光り、直後、シャドウを囲むように地面に魔法陣が出現した。
「一心呪葬。」
「ァ……ぁぁぁぁ…………アアアアアアアア!!!!!!!!!!」
シャドウがあげるのは、明らかな苦しみの声。
(当然だろう、これが
ジュードが放ったのは、魔力によって擬似的に再現された人の負の感情。
負の感情は同じ性質を持つそのエネルギーと結び付き、喰らいついていく。そうやって喰われていった後に残るのは…奴の場合は無のみだろう。
「ァアァァアァァアアアアァァァァァァァァ!!!!!!!!!」
シャドウの足元から湧き上がる、無数の口、くち、クチ………。
それが影を下から食い尽くしていくようにして、シャドウを追い詰めていく。だがそれでは不十分だ。恐らく奴の本体を叩かなければ、こんな術を使ったとて奴は息を吹き返すだろう。
───「さあショウマ、終わらせてやれ。」
「…あぁ。」
シャドウはしばらく動けまい。俺はゆっくりと呼吸を整え、確実に奴を仕留められるように構えを作りながらシャドウの元へ歩いていく。
影の存在に触れないように、気をつけながら。
腰を落とし、剣先が影の中心を見据える。
「じゃあな、テメェに怯えるのは、これでおしまいだ。」
剣先がシャドウの中心にある核を串刺しにする。
───パリン、そう音が鳴った気がした。
シャドウの核を突き刺した事で、徐々に影の存在が不安定になっていき、うねうねと
「やダ……やだヨぉ……すゴう………たすけ……………」
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