砂漠の亡霊


 ─1─


「は……はかっ……墓…お墓………あ、あはははは………。」



 俺は先入観からケイトがビビって声を出すものとばかり思っていたが、恐怖のあまり笑い始めたのは彼女ではなく、ルイーザだった。



「あは〜あはははは……。」



「ルイーザはここで待っていろ、僕達で少し調べてくる。」


「待っっってッッッ!!!!」


 ものすごい速さでルイーザが前に進もうとしたジュードの腕を掴む。


「ヒトリノガ………コワインデスヨネ………。」



「はぁ……上に戻っておくか…?」


「イ、イエ……イキマス…ヒトリデウゴキタクナイデス………。」



 珍しくブルブルと震えているルイーザを俺達三人が囲むようにして、ゆっくりと目の前の棺桶へと進んでいく。


「確かに…目の前にすると結構…怖いな…。」


 目の前の棺桶には十字架が掘られていて、周囲のスペースは正四角形を形作るように少しだけ浮き出ている。四隅には俺の身長よりも少しだけ高い燭台が設置されているが、そこに火は灯っていない。


 俺とケイトがルイーザの前に出て護るように立っていると、ジュードはなんの躊躇もなく棺桶に手をかけて中を確認し始めた。



「ジュード!!それは墓荒らしにならないか…!?」


 俺は咄嗟に彼を止めようとしたが、ジュードは手を動かしながらそれに反論した。


「ざっと見渡したがこの遺跡にはこの広大な空間以外に部屋が見当たらない。となれば不自然な程に堂々と置かれているこの棺桶以外に手がかりがないだろう。」


 ジュードが棺桶の蓋を半分ほど開いたところで、俺達は冷や汗をかきながら中を確認した。


「ほらな、やはりここにあった。」



 中には緑色に輝く、目当ての結晶が入っていた。結晶の光が確認できたところで十分と踏んだ俺達はその細部まで目を配ること無く、一旦目を逸らした。理由は明確…普通に怖いからだ。


「呪われませんように呪われませんように呪われませんように。」


 ルイーザの顔がどんどん青くなっていく。こんなに弱った彼女を見るのは初めてで、なんだかこちらまで不安になってくる。


「は、はやく用済ませちゃいましょ…。ちょっと気味悪いわ───」



 ───ケイトが一歩踏み出そうとした、その時だった。



 バキ───バキバキバキ



「なんだ!?」


 俺は咄嗟に音の鳴る方───自分が立っている地面を確認した。



 ───バキバキバキバキバキ



 割れている、地面が。



「やっべえ…一旦引こうぜ!!!」


「あぁぁぁわわわわ!!ほーら言わんこっちゃない!!!!!祟りだってェェェ!!!!」


 ルイーザがものすごい勢いで入口の方へダッシュし、俺達も彼女を追いかけるようにして逃げ出した。地面はどんどん割れていくが、崩壊に巻き込まれる一歩手前で何とか全員が入口まで到着し、そのまま一気に階段を駆け上がった。



 全員が無言で必死に階段を駆け上がる。しかし俺を含め全員が気がついていた。崩壊の原因は俺達を追いかけてきている。



「抜けた!!!」


 徒競走でゴールテープを切るような感覚を覚えながら、何とか遺跡の外へ脱出したが、その直後に遺跡の内部からは姿を現した。


 ───グォォォォォォォォォォォォ……



「全員武器を取れ………適度に距離を取って連携するぞ…!」


 ジュードの指示で全員が各々の得物を取り出す。


 目の前に姿を現したそれは、狼の様な顔を持ち、クジラの様な巨体を透明な皮膚が覆い、骨が透けて見えている巨大な亡霊───そう表現するのが最も適切だった。




 ─2─



 砂漠の亡霊デザートゴーストが巨大な尾ひれを思い切り地面に叩きつけ、その衝撃で砂漠の砂が津波のように俺達に襲いかかる。


「ぐっ……!うぉぉッ…!?」


 俺は何とか左手に握った長剣で防御したが、巨大な体から繰り出された衝撃波によって葉っぱの如く吹き飛ばされる。


 空中を舞った俺はそのまま体勢を立て直し、すぐさま地面に着地する。


「氷牙槍!!八連!!!」


 ケイトが自身の背後に円を描くようにして氷の槍を発生させ、時計回りにそれを射出した。


 巨体を持つ標的は宙に浮いてこそいるが、やはり動きは鈍い。ケイトの放った氷の槍は冷気を纏い、弾道を急速に冷やしながら猛スピードで亡霊へと突撃する。のろのろと体を動かすだけの標的に槍が全弾命中した事で、一瞬動きが止まった。


(今だ…!)


 俺は隙を逃さないように咄嗟に剣を左後ろに構え、地面を蹴って突進した。砂のせいで上手く力が伝わらず、途中で何度か地面を蹴り直しながら標的の間合いに入る。



「うぉぉぉぉぉッ!!!!」


 両手で握った剣を左下から右上に切り上げる。



 グォォォォ………ァァァ……


 切った感触がハッキリ伝わってこないが、巨体は少しだけ後ろに仰け反った。



(よし、イマイチだけどとりあえず効いてる…!)


 ォォォォン……?


(やべっ!)


 デザートゴーストはすぐさま体勢を立て直し、俺の方を見た。そのまま尾ひれを俺に向かってゆっくりと勢いよく伸ばしてくる。


「させないよォ!!!!」


 ルイーザの放った炎を纏う矢が轟音と共に三連続で尾ひれに突き刺さり、攻撃が中断された事で俺は後方へ距離を取る事に成功した。


「ジュード!!こいつ、効いてんのかな!?」


 俺は少し離れたところにいるジュードに叫んだ。俺達の攻撃によって確かにヤツは動きを止めるが、一向に弱る気配が無い。こいつにダメージが入っている気が全くしなかった。


「残念だがほとんど効いていないだろうな!」


「クッソォ!!!こっち来んな!!!さっさとくたばれェ!!!!あぁ!?もうくたばってんのか!!!!大人しく成仏しろよォ!!!」


 ルイーザが泣きそうな顔で叫びながら、ひたすら炎を宿した矢を何発も放ち続けている。まるで横向きに火の雨が降り注ぐような光景だ。


 彼女の抵抗も虚しく、デザートゴーストは仰け反って動きを止めながらも少しずつ彼女の元へと侵攻している。


「水縛陣!!!!!」



 ケイトの魔法によって水の柱がデザートゴーストの周囲を取り囲むように六角形を形作り、動きを止めた。


 オォォォォン………ォオオオオオン!!!



「効いてる…?動き止まったぜ!?」


 デザートゴーストは作り出された結界を破壊しようとして、ゆっくりと何度も体当たりを繰り返すが、結界はビクともしない。


「私の魔法学校時代の集大成!!!簡単に壊せると思わないでよね!!」


 ケイトが構えを崩さずに自信満々に叫び、そのまま次の魔法の詠唱を始めた。


「水縛陣で作り出した水の結界は衝撃を吸収する性質があるの…しかも私のは吸収した衝撃を魔力に変換する術式まで組んでるからね!!これで終わんないわよ!!!!」


 巨体が結界を攻撃する度に、青白い結界は白く発光してはその上空に光を集束させている。



「反転!!!!」


 右手に持つ棍棒を地面に突き立て、上に向けた左手の親指、人差し指、中指の方向を下に向けながらケイトが叫んだ瞬間、上空の一点に溜まっていった水の魔力はそのまま下方向に巨大な柱を作るようにし、勢い良く射出された。


 耳に突き刺さるような破裂音と共に放たれた水の光線は、デザートゴーストの背中を巨大な円状に抉りながら貫通しようと、巨大な滝から高速で水が落下していくような衝撃音を立てて攻撃を続けている。



 しかし、ケイトの渾身の一撃も残念ながら奴には効果が無かった。


 オォォォォン!!グォォォォォン!!!!!


 ケイトの攻撃が終わり結界が解除されたところで、デザートゴーストが上空を見上げて静止した。奴はそのまま動かなくなったが、次第にそれが奴の攻撃準備である事がわかった。


 奴の口元に、周囲の砂が渦を巻いて集まり始めている。


(あいつなんかしようとしてやがんな!)


 俺は静止するデザートゴーストに向かって突進した。突進の勢いをそのまま活かすようにして斜め上に思い切り飛び上がり、標的の頭上まで高度を上げた所でジュードから模倣した剣技を放った。


「雷閃剣!!!!」


 両手で握った剣に雷撃を纏わせ、バチバチと破裂するような音を鳴らしながら、標的を一刀両断するように上空から地面まで剣を叩きつけた。


 上空から地面までの剣の振り下ろしの後、一歩遅れて落雷の追い打ちがデザートゴーストを襲った。一瞬砂の集束が止まったように見えたが、その後何事も無かったかのように数秒で攻撃準備は再開される。



「クッソ!!ダメだ!埒あかねぇ!!!」




 自分を含めた一連の攻撃の経過を見たケイトは正攻法を諦め、一つの仮説を立てて叫んだ。


「あぁ…やっぱおかしいわこいつ───ショウマ!!ジュード!!!!」


 突然名前を叫ばれた俺たちは反射的にケイトの方を見た。


「こいつ!!!本体が別にいる!!!!間違いない!!!!!」



「本体が別って!!どういうこと!!?」


 俺はケイトに叫び返した。周囲は巻き上がる砂のせいでかなり視界が悪くなり始めている。



「霊体の魔物は二パターンいるのよ!!!魂の核と一体化してる奴と!!!!遠隔操作されてて本体の核は別にいる奴!!!!こいつは多分後者だわ!!!」


 ケイトは学生時代に習った魔物の知識を思い出し、その攻略法を二人に伝えた。



「場所的にさっきの遺跡内部!!やっぱりあの棺桶が怪しいわ!!!さっきちゃんと確認しとくんだった!!!!」


 俺は咄嗟に獲物から距離を取り、一方で俺に近づくようにしてジュードがこちらへ前進してきた。


「ショウマ、こいつは僕達が抑えておく、本体を頼めるか?」


 俺は彼の言葉に鳥肌が立った。背中を預けられているような、そんな感覚に高揚した。


「わかった!!!!」


 俺は攻撃準備を続けるデザートゴーストに背を向けて、先程の遺跡内部へ走った。



「本体は…俺が叩く!!!!!」





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