絵奈の真実


 ─1─


「はぁ…はぁ……はぁ………!!」


 地上の戦闘を仲間達に任せ、俺は先程来た道を引き返して遺跡内部へと侵入し直していた。辺りは崩壊の影響でかなり足場が悪くなっており、なんとか躓かないように慎重に急いだ。


「くっそ…ケイトに輝晶灯あかり借りてくりゃ良かった…よく見えねぇ…。」


 足場の悪さに加えて辺りは相変わらず薄暗い。最深部の燭台がまだ機能しているのか、奥はうっすらと明るく見えるが、それでも視界を十分に確保するには心許なかった。



 途中何度か転びそうになりながらもなんとかボロボロの階段を下りきり、俺は最深部に到着した。




「はぁ…はぁ…。よかった…棺桶は無事だな…。」


 床は先程の砂漠の亡霊による破壊によって砕けてはいるが、割れて下から姿を現した砂と混じってなんとか足場の体裁は保っている。


 ゆっくりと棺桶に近づいていく。体から湧き出るアドレナリンと事態に対する焦りによって先程の恐怖は完全になりを潜めていた。


 棺桶の目の前に到着し、俺は大きく息を吸ってからその蓋に手をかけた。


「おっ……おっも……ぅおおおおッ!!」


 歯を食いしばりながら思い切り蓋を他所へ投げ飛ばすと、中からは緑色の光が溢れ出した。


 光の眩しさに目をやられないよう、目を細めながら棺桶の中に視線を這わせていく。よく見ると結晶は棺桶の中で若干浮いており、その下の空間は想像よりも深くなっている。


 そして、その奥には確かに目を背けたくなるような光景が広がっていた。


 それはグルグルに包帯で巻かれているが、隙間には黒くなった皮膚がちらりと見えてしまっている。更に奥へと視線を移すと、人間で言えば丁度みぞおちにあたる部分の包帯が少しだけ盛り上がっていた。


 歯を食いしばって、できるだけ目を細め───俺は腰を落とし、両手で剣を持って、それを胸の高さで後ろに引く。目の前にある物体を突き刺す為の構えだ。


「あっちに帰ったら…沢山善行を積ませて頂きますんで…。」


 俺は許しを乞うように心の中でその言葉を繰り返し唱えながら、目の前の物体の核を両手に握った剣で思い切り突き刺した。



 ───ザクッ、と乾いた物を刺した感触が伝わってくる。どうやら急所は確実に捉えたようだ。


「ふぅ……。」


 ここに来るまでの旅路の疲れ、巨大な魔物との戦闘、この場所の異様な恐怖…あらゆる物が俺を蝕んでいたのだろうか。俺はできるだけゆっくりと剣を抜いたつもりだったのだが、不意に膝がガクンと崩れかけ、そのまま体勢を崩した。


「おわっ…!?」


 まるで体がスローモーションで動くような感覚を覚えた。


(やっべぇ…まだ皆来てないのに…!)



 ───よろけた俺は、不本意にもそのまま記憶の結晶に触れてしまった───




 ─2─


(やっちまった……)


 もう後悔しても仕方が無い。本体の核は確実に破壊したはずなので、じきに皆もこちらへ来るだろう。


 ───ゆっくりと目を開ける。


 そして、目の前に飛び込んできた光景は───




「コート裏か…。」


 学校のテニスコートの外側、道路沿いに立っている垣根に隠れるようにして、俺はその場に座り込んでいた。



「いやー、あいつ居ないとマジで居心地良いわぁ〜。」


 鈴木の声だ。そう、今俺がいるのは2010年12月20日───俺が全ての真相を確かめようとして、落合を問いただした後にテニスコートの外で隠れて部員の話を聞きに来たその日。


 全てが始まった、あの日の出来事だ。



 俺はしばらく聞き覚えのある話を聞いた。二回目だろうとメンタルに来る。俺は耳を塞ぎたくなる気持ちを歯を食いしばる顎の力に変えて耐えた。



「あぁ、俺が部長になるのはほぼ分かってたから、前部長にお願いした。副部長は菅生にしてくださいって。」


 俺が副部長に選ばれた理由を都田が話している。この話も二度目だ。



(もう少しだ……俺は、この後の話を聞き漏らしたんだ…。)


 この記憶の中に入った時すぐに分かった。ここで俺が知るべき事は何か。



 そして、俺が待ち望んでいた瞬間が訪れる。


(俺はもう逃げない……向き合うって決めたんだ…!!!)



「しかも、極めつけは佐藤かよ…。都田くん人の心ないべ!」


 齋藤の面白がるような声に都田が答える。


「あぁ、佐藤ね。あれは───」


 彼らの声は、しっかりと俺に届いている。



知ったのよ。佐藤が菅生と付き合うことになったって。」


「あぁもう…思い出すだけでイライラしてきた…。だから齋藤おまえに大嘘流してもらった。」


「菅生にも、佐藤にも、ってな。」


 ───(佐藤にも、だと…?)


「あぁ、そういえばちゃんと言った?感情バカの菅生アイツはともかく、佐藤にはもう少しキツめに言っとかないと信じないべ?」


 都田の言葉に齋藤はハッキリと答えた。


「そっちは土屋くんがちゃんと言ったと思うよ!菅生の遊び癖の話だべ!?女テニ物色しまくってるってちゃんと言っといてもらったわ!」


(おいおいおい…ふっざけんなよあのハゲゴリラ…。)


 坊主頭で図体の大きい土屋を心の中で思い切り罵倒した。確かに向かいのコートで練習している女子ソフトテニス部の事は気になるし、何かと仲良くなろうとはしていたけれど、それは佐藤と付き合う前の話だ。彼女と付き合ってからは誓って何もしていない。


「いや軽いだろ…もっとあったろうよ、菅生が別のやつと付き合ってるとか適当にでっち上げとけや…。やり方が温いんだわ…。」


「あぁ…ごめん…。」


 齋藤が少し苛立ちを覚えたのか、納得がいかなそうな声で謝罪した。


「え、じゃあ何?佐藤と付き合ったのはマジ話だったって事…?あいつホントに菅生の事好きだったのぉ…?」


 鈴木が核心をついた。都田はなんと返すのか。俺は目に力を入れた。


「そうだよ。俺があいつに振られたのも、佐藤の気持ちがアイツに行ったからだってよ。あぁ…あぁ〜……。マジでイライラしてきた…。」


 都田は綺麗に伸びたサラサラの髪を思い切り掻き乱して立ち上がる。それとタイミングを同じくして、顧問から集合の合図がかかった。


(なるほど、そういう事か。)


 立ち上がった都田は鈴木と齋藤から一歩遅れて足を動かし、ゆっくりと歩きながら垣根の外に身を隠している俺に声をかけてくる。



「お前さ、もうここに来んな。邪魔なんだわ。」


 俺はその言葉をしっかり受け止めた。ここはあくまで記憶の中だ。体を自由に動かすことは出来ないが、その分心の中でその言葉に強烈なレシーブを返してやった。


(あぁ、でもまずはお前とサシでやり合ってからだ…。ここにまた来るかどうかはその後決めてやる…。)



(じゃあな、都田。またそっちで会おうや…。)




 ────────────────────


 記憶の再生が終わり、吸い込まれるように意識が元の場所に戻っていく感覚が迫り来る。


 だが、俺はそれに身を任せる訳には行かなかった。


(おっと…まだ終わらせねえぞ…。)


 俺はイメージした。着物の女性と会ったあの場所を。


(あの場所には一度自分の意思で行ったことがあるはずだ…。リュウゲンに宿屋から落とされて、病院みたいな所に飛ばされた後、またレーベに戻ろうとした時に一瞬飛ばされた、真っ暗な場所…。だったら…!)


 ───こっちから接近できるかもしれねぇ…!



 一瞬意識が飛んだような感覚の後、俺は真っ暗な闇の中に佇み、赤い光を心臓のように鼓動させるその場所にたどり着いた。



「し、将真…!?」


突如、闇の中に光が集まって着物の女性の姿を形作る。


「良かった…やっぱこれた…。あんたにまだ聞きたいことがあって───」


「まさか……一度目は偶然だったのだろうが…明らかに君の意思によって私に接触してくるとは…信じられない…。君はそこまでその力を……。」


 着物の女性は見るからに取り乱しているが、すぐに平静を取り戻して話を続けた。


「すまない…私も少し立て込んでいてな…。核の外側にいる君に言葉を飛ばすのも多少労力を使うのだ…。だから時間は取れない……。」


「一つだけでいい!!封印のやり方だけ教えてもらえればそれでいい!頼む!」


 俺は焦りながら必死に言葉を飛ばした。


「封印なら……君たちは気にしなくていい…そちらの準備は私が今やっている………だから君は」



 ───ブツ




 ─3─


「はっ……。」


 目の前にあるのは棺桶と記憶の結晶。


「戻ってきたか…。」


「ショウマ!!!」


 声に反応して後ろを振り向くと、三人の仲間達がこちらへ走ってきていた。


「ケイト!そっちは大丈夫か!?」


「うん!弱り始めてからしばらく動いてたけど…もう大丈夫!消滅したわ!」


 俺の元まで到着した三人が息を整えると、ジュードが口を開いた。


「では本題だな、記憶の結晶を…。」



(記憶の結晶を…。)



 俺の心に、一瞬魔が差した。



(俺が見たものをそのまま伝えれば…)


 皆にあんな無様で情けない姿を見られる心配は無いんじゃないか…と。



 安心感から一瞬心が浮ついた感覚を覚えた。



「ショウマ…?」


 ルイーザが黙っている俺に異変を感じて様子を伺うが、俺の口はそれでも開かない。


「どうした、まさか…既に?」


 ジュードが何かを察して尋ねてくる。


(クッソ……。)



(あぁ……クソ野郎……!!)



「うん、もう見たよ。」



 意思を固めて、俺は正直に答えた。


「そうか、なら…。」


 ジュードの提案がだったのかはわからない。だが、俺は率先して彼らに意思を告げた。


「周囲は俺が見張ってる。だから、皆は結晶に触れてくれ。」


 ジュードが表情を変えずに、俺に尋ねる。


「…いいんだな。」


 当たり前だ、俺が決めたことなんだから。


「もちろん、ここまで皆で来たんだから。ちゃんと、最後まで見届けてくれよな…。」



 本心では、あのまま誤魔化して口頭で内容を伝えようと思っていた。だって辛いじゃないか、しんどいじゃないか。



 それでも俺は向き合うと決めた。そうじゃないと、自分に勝てないと、きっと都田には勝てない。そう思ったんだ。


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