一人じゃない
─1─
「待ちなよ!ショウマ!!」
再度ショウマの背中に向けて声を放つルイーザをジュードは諭した。
「待て…!今は一人にしてやろう…。」
「でも…、いいのかい…?」
「あの子は…自分の一番見られたくないハズの記憶を私達にも見られ続けてるのよ…。本当だったらあの子だってこんなの見たくないはず…。そういう自分でさえも目を背けたくなるような現実を、私達にも共有してるの…。」
ケイトは彼の気持ちを推し量ろうとする度に心が締め付けられた。自分達だって最初は拒否したのだ。だが、共に旅する仲間にも客観的に見て欲しいと意思を示したのは他でもないショウマだった。
「あいつは、仲間である僕達にも同じ視点を共有したかったんだ。自分だけが過去と向き合って、いざ僕達に所感を尋ねられた時に、きっと自分は都合の良い事だけを吐いてしまうと思ったから。そうやって都合の良い事だけを切り取るようになれば、結局何も変わらないと…そう思うからだと。」
ジュードはショウマを庇うように呟いた。
「覚悟を決めたとて、無条件に自分の恥部を他人に晒す事は相当な苦痛を伴うはずだ。僕もいずれこうなる事は分かっていた。だから今は良いんだ。」
ジュードはショウマが走り去っていった方向を真っ直ぐ見据えながら、二人にそう告げた。
今、彼の痛みを癒せるのは彼だけだ。自分達が支えてやるのはその後でいい。
────────────────────
「はぁ…。」
ひたすら走った。走って走って、気がついた時には街の門を出て、草木の少ない、土埃の目立つ街道に足を伸ばしていた。
「自分で決めたことなのにな、なのに…でもやっぱしんどいわ…。」
皆にシャドウの攻略法と禍津の対処法、この世界から脱出する方法を伝えなければならないのに、今はどうしても一人になりたかった。
せっかく出来た仲間なのに、あんな記憶を見続けられたらきっと、皆も失望するかもしれない。引くかもしれない。そうやっていつか、皆も俺の事を責めるようになるかもしれない。
築き上げてきた絆と信頼が、また崩れていくかもしれないという恐怖が、俺の心をどんどん支配していく。
「こうやって…俺はずっと支配されてくのかな…。人間不信って呪いに…。」
───俺はその場に座り込んだ。
───そのままずっとずっと、一人きりで考えた。
───俺にまだ足りないものはなんだろう。
───考えて、考えて…気がついた頃には辺りは真っ暗になっていた。
─2─
もくもくと煙が上がり、鉄を叩く音と職人達の声が響く日中とは違って、この街の夜は少し肌寒くて、寂しい。
自分で出ていった手前、俺は宿屋の入口を開けるのを躊躇していた。まるで見えない壁が俺と玄関の間を邪魔するように。
俯いてその場をゆっくりと小回りに歩く俺の心中を察したように、目の前のドアはゆっくりと開いた。
「ショウマ、おかえりなさい。」
ドアを開けてくれたのはケイトだった。
「う、うん…ただいま…。」
「お腹すいたでしょ?ルイーザが美味しそうなお肉買ってきてくれたのよ。」
「肉…。」
ケイトと目が合わないギリギリの所まで視線を上げた俺の躊躇いを、ケイトは期待に応えるように振り払ってくれた。俺の腹が元気よく音を鳴らしたからだ。
「あっはは!体は正直ね!ほーら!いじけてないで早く来なさいって!」
ケイトは俺の手を引っ張り、宿の中へ引きずり込んだ。
────────────────────
「おぉー!おかえりぃー!ショウマ坊!」
ルイーザがいつもと変わらないテンションで俺を迎え入れる。
「お前の分だ、食べられるか?」
ジュードは何も言わず、俺の分の肉を差し出してくれた。
「あぁー、ちょっと冷めてるね。オヤジに言って温め直してもらうか。」
皆、いつもと変わらない様子だ。情報共有して、一刻も早く次の方針を立てなきゃならないのに。勝手に逃げ出して丸一日時間を無駄にしたというのに。
あんな記憶を、見せられたというのに。
俺はルイーザ達の部屋の椅子に腰を下ろし、そのままじっと俯いていた。その間特に会話をする事は無く、ひたすら沈黙をつら抜いていたが、しばらくしてルイーザが暖かくなったステーキ肉を俺の元へ持ってきてくれた。
「うまそう…。」
「だろ〜?あたしもこっちに来てからこんなの久々に食ったよ。さ、アツいうちに食いな!」
ルイーザが背中をポンポンと叩き、俺は堪えていた空腹に応えるようにしてその肉に食らいついた。
ひたすら無言で肉にがっついた。噛まなすぎて途中何度も肉が喉につまり、コップの水でそれを流し込んでは、また肉を喉に詰まらせた。
「うめぇ…。」
「うめぇ……。」
初めてだ。飯を食って泣いたのなんて。
皆のいつもと変わらない温かさで俺の冷え切った体と心は暖まって、丸一日何も食べていなかったせいで苦しくなっていた胃袋が、用意してもらった料理で満たされて───
「ショウマ、忘れるな。」
ジュードが座ったまま俺に話しかける。
「僕達は、お前の仲間だ。」
「あたしらが知ってるアンタは、今のアンタだ。昔のことなんてどうだっていいのさ。アンタは今、ちゃ〜んと過去と向き合って、正しくあろうとしてる。あんたの歳でなかなか出来ることじゃないよ。」
ルイーザの言葉が俺の心に染み渡ってくる。それだけで、穴があきそうにへこんだ心の痛みはどんどん癒えていった。
(そっか。俺はもう、一人じゃないんだ。)
───ジュード、ケイト、ルイーザ
この三人の事を信じられなかった俺の心に喝を入れたい。
皆は俺から離れていったりしない。今までだってそうだ。俺が間違えそうになった時、決して突き放したりせず、俺を正そうとしてくれた。
「みんな……ありが……」
感情が込み上げてきて、上手く言葉が出てこなくなる。
「ありが…とう…。」
それでも、何とか頑張って皆に感謝の気持ちを伝えると、俺の心の憑き物は涙と共にすっかり落ちて、その晩は疲れと安心感でぐっすりと眠ってしまった。
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