レーベ強襲
レーベの街
「ごめん…ジュード…もう限界かもしんねぇ…」
「いや…気にするな…お前の謝ることじゃない…。」
ジュードと俺の旅が始まって既に一ヶ月近くが経過していたが、予めジュードが発見していた三つの記憶の結晶を確認して以降、俺達の旅は全く進展しなくなってしまってる。
情報が少なすぎる…。そもそも他に記憶の結晶が存在するかどうかも怪しくなってきた今日この頃、俺とジュードはほぼ歩きっぱなしで運が悪ければ魔物との戦闘を余儀なくされ、挙句の果てに宿が見つからなければ野宿を強いられていた事で疲労がピークを迎えていた。
早く帰らなければならないのに。そういう思いが俺の焦燥を煽った。
ここが夢の世界だとすれば、現実の俺の体はどうなっているのだろう。眠ったままなのか、眠ったままだとしたらもうどれくらい眠ってしまっているのか。
一週間以上が経過している以上、自分の体が心配でならなかった。
焦りと疲れが心と体を蝕んでいたが、状況的にも限界が近くなっていた俺達は、苦渋の決断で一度旅を中断する事にした。
─1─
「ようこそ!レーベの街一の温泉宿へ!!」
俺達は休息と情報収集の為にレーベの街という宿場町にやって来た。
ジュードの所持している地図によると北西部に位置しているこの場所は、近くにある山から湧き出す温泉を麓にあるこの街まで引っ張ってきている為、天然温泉の街としても有名らしい。
「ひ、一人一万七千ゴールドか…。」
旅の資金も減っている中、この街で最も大きいと思われるこの宿の宿泊料金にジュードは少々青ざめていた。もちろん、この世界に来てから一文無しの俺が泊まれるような所では無いだろう。
ただ、俺はジュードのお陰で彼と合流してからはお金の心配を一切せずに過ごす事が出来ているのだが…。資金面は完全に頼りきりなので流石に俺も恐縮してしまう。
「あの、別の宿でもいいぜ…?俺…」
しかし、ジュードの意思は頑なだった。
「いや、ここは出そう。この街に来てこの宿以外に泊まる選択肢など無いんだ。この宿の温泉はレーベの中でも特に上質だと有名らしくてな、前に訪れた町の宿で聞いたんだが───」
そう、ジュードは根っからのセレブ気質なのである。しかもこだわりが強いので中途半端な選択を許さない。
(いつも思うけど、ジュードはどこでこんな大金を稼いできたんだ…。)
ジュードが吹っ切れたように大金を支払うと、受付の女性は俺達の今後の不安を吹き飛ばすような笑顔で俺達を歓迎してくれた。
「お二人様、二泊ですね!当宿自慢のおもてなしと温泉を心ゆくまでご堪能下さいね!!」
綺麗な人だなぁと思った。165cmの俺の身長よりも頭一つ分くらい大きい彼女は、茶色で長い髪を肩の辺りでおさげのように縛っている。思わず下げてしまった目線の先にある胸部の膨らみは、思春期の俺には少し刺激が強い。同年代には無い年上の女性の魅力を感じさせられる。
(このお姉さん、一銭も出してない俺の事どう思ってんのかなぁ。金ねぇのに来んなよとか思うよな。)
現世で色々あって卑屈気味になりつつもお姉さんに見とれている俺をジュードが無理やり引き戻す。
「おい、何を惚けている。早く部屋に向かうぞ。僕は一刻も早く寛ぎたいんだ。」
「あ、お、おう、はい。今行く…!」
男の性を完全に見透かされている気がする。なんだがちょっと気まずい。
フロントで鍵を貰った俺達は、自室のある宿屋の三階へ向かった。
─2─
硫黄の香りと温泉の温かさが俺達を包み込む。
「っあぁぁ〜〜…」
この一ヶ月間、どこかの町に寄ることはあったが、こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは初めてだ。移動、戦闘、野宿、その他諸々で完全に疲れ切っている俺たちの体には、この温泉の温かさは染みすぎる位だった。
辺りには鈴虫の鳴く声が響いている。
露天の湯と夜風の涼しさのコントラストが堪らない。
体から汗が吹き出してきたが、もう少しだけ浸かっていたいと思ってしまう。
静かだ。
絶望的に会話が無い。
そう、俺はジュードと旅をしていて、やはりこの時間が一番苦痛だった。とにかく適当な会話が無い。これまで初対面の相手であっても基本的には自分から会話を振っていたし、何より人との会話で困った事なんてほぼ無かった。ジュードは元々寡黙で近寄り難い雰囲気があるのは確かだが、一ヶ月も一緒にいれば彼に対する恐怖心なんてものはほぼ無くなっていた。好きな物はとことん語る意外な一面もあるし。
(違う…ジュードが怖いんじゃない…。)
俺は自分に起こっている事態に一つだけ心当たりがあった。
(俺は…人が怖いんだ…)
俺は人間に対して無意識のうちに恐怖心を抱くようになってしまっていた。相手は俺の事をどう思っているのだろう。俺の一挙手一投足は相手に不快感を抱かせないだろうか、相手の気を悪くしていないだろうか。人と会話する時はそんな事ばかりが頭の中を埋め尽くすようになっていた。
「どうした?逆上せそうなら早めに上がっておけよ。明日は情報収集の為に街中を歩き回ることになるからな。」
ジュードの思わぬ助け舟に、俺は有難く乗らせてもらった。
「そ、そうだな。そろそろ上がっとくわ…!」
俺はその場からそそくさと逃げるようにして一足先に三階にある自室へと戻った。
────────────────────
一人になったジュードはしばらく落ち着いた時間を湯の中で過ごした後、服を着替えてから備え付けのベンチでショウマの事を考えていた。
「対人恐怖症か。記憶を見る限りそれだけの体験をしたのかもしれないが、あまりにも…。」
ジュードは今後の事についても思考を巡らせる。
「この先、記憶の結晶を巡り続ければあいつ自身が思い出したくないような記憶まで見る事になるかもしれない。そうなった時、今のあいつは耐えられるのだろうか。」
「そうですね。ですが、今後の事について考えるのは時期尚早、いや、無意味な事かと存じますよ。」
ジュードの後ろで聞き覚えの無い声が話しかけてきている。
「時期尚早だと思うなら理由を答えてもらおうか。少なくとも僕は今後あいつと旅を続ける上で必要な事だと思うが。」
男はやや語気を強めてジュードに反論する。
「それが、無意味だと申しています。あなたと彼の今後について考える事が。」
─3─
自室に戻った俺は、寛ぎながら先程の出来事を振り返っていた。
「さっきの俺変じゃなかったかな。あまりにも慌てて出てき過ぎたかな、ジュードはどう思っただろ…。」
先程の自分の言動を振り返って恥ずかしさと苦しさが入り混じったような感覚が襲ってきて胸を締め付ける。
───俺が羞恥と後悔で体を硬直させていた、その時だった。
窓の外で見覚えのある紫色の光が一瞬強く発光した。
「なんだ…?」
光は突然こちらに向かって猛スピードで突撃し、そのまま自室の窓を破って侵入する。
大きな音を立てて窓ガラスを割りながら飛び込んできたものの正体を確認した俺は驚愕した。
大きな音を立てて窓ガラスを割りながら侵入してきたのは、ボロボロになって動かなくなったジュードだった。
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