第二話 知りたいと探りのはざま
食事を終え、メイリンと部屋に戻ると、部屋の前に誰かいた。
「……ライド卿? 」
メイリンが訝しげに見詰めていた。
言われなければ分からなかっただろう。
片眼鏡でタレ目の青年がにこやかにこちらに向き直り、会釈をした。
「姫さま、お初にお目に掛かります。エヴァン・ライドと申します」
ツカツカとこちらに向かってくる。
「……本当に瓜二つ。あ、今のは聞かなかったことに♪ 」
それから事ある毎に私の前に現れては、メイリンを見て挨拶だけして去っていく。
「……あからさまに接触を計って来ますね。あの人はよく分からなくて苦手です」
ライド卿に露骨な顔をするあたり、あまり快く思っていないようだ。
「そうですね。女王に聞かれたら問題になりそうな事も言っていましたから」
「まあ、聞かれたところでウヤムヤにして、女王を悪戯にイライラさせるでしょうね」
「度々機嫌が悪くなるのは……」
「ライド卿が謁見した時は大体ご機嫌が悪くなります」
顔立ちは悪くないのに張りついた笑顔が怒らせてしまうのだろうか。
☆。.:*・゜
「メイリン、気になることがあります」
「はい、何でしょう」
私は女王の聞いた行動と私を見つめる瞳に違和感を感じたことを告げた。
「……そうですね。それは不思議に思っても仕方ないでしょう」
メイリンは少し考えているのが首を傾げている。
「私の行動はバレていないとしても、姫さまを手引きした者の人数は把握されていました。そこも不思議なんですよね。女王陛下がブランシュ様を恨んでいることは確かです。しかし、娘である姫さままで恨むほど狭量な方とは思えないのです」
「ミス・カサンドラが言っていました。人の感情は複雑だと」
「女王陛下はイリスロア様と言いますが、ブランシュ様を何故恨んでいたかという確信的な理由はわかりません。一般的に国王陛下に恋をしたからと言われているだけです。相当な美青年でらっしゃいますから。ブランシュ様の継母王妃は支配欲の強いグリムヒルデ様でしたね」
「国王陛下……お父様……。あ、お父様には会えませんか? 」
「それは……無理でしょう。戦で怪我をされた後遺症で寝たきりだと女王陛下が仰っていますから。真意か調べるには難易度が高すぎました」
調べようとはしたらしい。
「……一か八か、頼んでみても勘ぐられはしない気がします」
「心配です……」
「私は私の物語を紡ぐのでしょう? 」
ハッとした顔をする。
「……そう、ですね。あなたの物語です。私の固定概念を押し付けるような真似をしてすみません」
「謝らないでください。ひとりで決めなければ行けないとミス・カサンドラは言っていましたが、私にはメイリンがいて助かっています。情報や知識を何も知らずに無謀な行動に至らないで済むことは幸せなことです。けれど、前に進まなければ物語は進みません。まずは出来そうなことを精査すべきでしょう」
メイリンは目を見開きました。
「そう、ですね……。これは……くすっ、お見逸れしました。私の話を鵜呑みにせず、しっかりとした観察眼をお持ちですね」
「ありがとうございます。私は何も知らないからこそ、純粋に矛盾を無くしたいだけだと思います。ひとりで決めなければ行けないということは、最後は自分で納得出来る答えを見つけることだと思うからです。ミス・エリアはあまり会話がありませんでしたが、ミス・カサンドラは私の問いにいつも簡潔に、短くではありましたが受け応えをしてくれていましたから」
メイリンは目を細めて微笑んだ。
「……性格が出ますね。エリアは元々口数が少なかったです。最低限以下の会話で意思の疎通をしなければなりませんでした。カサンドラは必要なことはハッキリと言ってくれる真面目を絵に描いたような人でしたね。まあ正直、私たちは特別仲が良かった訳では無かったからバレてないんでしょうね」
「え? では……」
「私たちの馴れ初めはいつかお話しますよ」
ニッコリと微笑んだ。
今は聞けそうにない。
「……今あまり話せばバレてしまう可能性があります。彼が彷徨いてますから」
あ、ライド卿……。
「あの、このまま私まで避け続けては怪しまれませんか? 」
流石に渋い顔をされる。
「それも一理ありますけど、私が彼を気に入りません。だって、お父上の後も継がずに魔導師になったような人ですよ? 」
確かに狩人というなりではなかった。
「時代の流れ? 」
甲冑を来ている人よりも軽装とはいえ、ローブを纏った人の方が多い気がした。
会話を好まないような雰囲気で、矢張り彼は浮いている。
「確かに剣よりも魔法が主流になってはいますが……」
本当に個人的に馬が合わないのだろう。
「目上を少しでも労って欲しいですよ」
問題は別の、根本的な態度にあるようだ。
「気を使っていないのなら───無理矢理話を進めていてもおかしくないと思います。どんな方かわからないので擁護する訳では無いんですけど……」
「んー……。あ……そうですね。あの胡散臭さで彼が何を考えているか分からないからと決めつけていました。個人的な感情で先入観を押しつけてしまうところでした」
「警戒は必要だと思います。そのメイリンの直感を軽視せずに行きましょう」
☆。.:*・゜
「こんにちは。今日はおひとりなんですね」
糸目をニコニコしながら近づいてくる。
「こんにちは。私に御用かと思い、メイリンには待機をお願いしました」
「……へぇ。私が悪い人だったらどうするんですか? 」
糸目から薄ら瞳を覗かせながら態度は軽い調子のままだ。
「母やメイリンによく思われていないということは聞いています。だからと言って聞いた話だけで決めてしまうのは狭量だと思いませんか? 」
「……ふ、あなたは純粋なのか堅実なのかわからないですね」
「私は何も知らないからこそ、自分の目や耳で知りたいと思っているだけです。人の感情は複雑で、相手を知るには時間が必要だとおもいます。真意を悟れるか否かは自分でもわかりません」
「あなたの今の状況は誰かに頼りきりであっても咎める人はいないはずなんですけどね」
「それに甘んじたくはありません」
「甘えたら喜ぶ人はたくさんいると思いますがね」
「あなたも喜ぶんですか? 」
「お? 私に興味をお持ちですか? 」
「あなたが思われているような興味かはわかりません」
「妥当なご返答ですね。皆仲良くなんて夢物語。ゆっくり判断なさるといい。まあ、ゆっくりする時間があれば、ですが」
意味ありげに口角を上げる。
好意的にも悪意にも取れるけれど、癇に障る人の方が多いのだろう。
「……それで、私へのお話は何ですか? 」
白雪姫は毒林檎を食べない 姫宮未調 @idumi34
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