絆創膏

カフか

絆創膏


香水の甘ったるい匂いと血の匂いが混じる。


渋谷駅の周りにあるトイレはお酒の缶やストッキングの空フィルムが個室を彩っていて、私が黒タイツの隙間から膝をむき出しにして血液を洗い流していても誰も何とも思わなかった。

膝からとめどなく溢れてくる血は水と混ざって水彩絵の具のように広がっていった。

人を待たせていたので急いでハンカチを探すが見当たらない。

肩に下げた白のエナメルの鞄を見て思い出す。

この鞄は先週新調したばかりで今日が初お披露目だった。

寝坊して慌てて前の鞄のものを詰め込んだものだから色々忘れてしまったのだろう。

よく探すとアトマイザーもない。

辺りを見渡した。人はいない。

羞恥心を振り切ってミニポーチを取り出しナプキンを一つ開けた。

膝にあてがって血も水道水も吸収させると幾分か外に出られる状態になった。

洗面台にのせていた脚をおろしヒールに収めた。

役目を終えたナプキンはCMでよく見る嘘っぱちのような色の広がり方をしていた。

これまたパンパンなゴミ箱の隙間を探し丸めたそれを捨てた。


トイレからでて地下の階段を上がっていくとさっきまで飲んでいた米田がコンビニの袋をぶら下げて待っていた。

「ごめんね、お待たせ。」

「全然。血止まった?

 これ絆創膏と黒いタイツ。デニールとかあんまり知らなくて。」

私がナプキンと葛藤していた時間はコンビニにあてがわれた様だ。

ありがとう、と受け取り絆創膏だけその場で貼らせてもらった。

「タイツはもう一回お手洗い行かないとだから今度使わせてもらうね」

そういうと米田は目を動かなくさせて

「そっか。よければ履かせてあげるよ」

と口元だけ表情をつけた。

なにかの冗談かと思い

「いやいやそこまで酔っぱらってないよ」

と笑って返した。

絆創膏はサイズが小さいのか液で滑って上手く貼れなかった。

米田は傷の方は一つも見ずに私の首元を見て言った。

「桂奈仔ちゃん今帰したらまた転んじゃうかもしれ     ないじゃん。俺がいれば薬とか買いに行けるし、手当してあげられるよ。

だから酔いが冷めるまで二人で落ち着くとこ行こうよ。」


茶色の開襟シャツを少し開けて黒い布地に白のインクを乱暴に振りかけたデザインのバンドTシャツ、シルバーのチェーンのネックレスとリングピアスの統一感、足首は見えるようにハイカットな丈のパンツを履き、こ洒落た靴を履いている米田は世界に100人位いそうで100人とも同じ事を言っていそうだった。

ごめんねそういうつもりで来たんじゃないんだ、頭の中で100人の米田に言ってみた。

ようやく目を動かした米田たちは顎の下のニキビがよく似合う口ぶりで

「「そっか。じゃあ絆創膏とタイツ代返してもらっていい?」」

というのだ。

今日はくそ映画を一緒に観て居酒屋でお酒と共に批評をげらげら笑いながら交わし、映画中の低予算丸見えなシーンをふざけて真似たら坂道で転んでしまい、馬鹿になるには気持ちのいい日だった。

結局どいつもこいつもセックスか。

私にとって一日の終わりはスタバの抹茶ティーラテがあれば十分だけど、手に入れるものの理想が高すぎて男は大変そうだなと頭の中で憐れむ。

うだうだ考えてもしょうがないや、1人の米田に言おう。

今日のためにわざわざそんな重たい鎖首から下げさせてごめんね。

「ごめんねそういうつもりで来たんじゃないんだ。」


「そっか。じゃあ絆創膏代とタイツ代、あとさっきの飲み代返してもらっていい?

映画代は奢ってあげるよ。」


がちゃん、と音をたてて緑の扉が閉まった。

ヒールを脱ぎ捨て冷蔵庫を開ける。

ホットチリトマトのカップヌードルが入っている。

テーブルには帰りに寄ったスタバの抹茶ティーラテが水滴をまとって鎮座している。

先ほどのコンビニの袋は使いさしで悪いけど米田に返してやった。

これから会う女の子が怪我してるかもしれないでしょ?ってね。

男のくせにデニールなんて言葉でてくる時点でくそだったかも、今日は映画も男も酷評だわと独り言ちてお湯を沸かしはじめた。

辛いヌードルと甘い抹茶ラテを飲み食いしたいま、今日を丁寧に終わらせられた気がする。

体育座りで麺を貪っていると左足のフィットしない絆創膏に気づいた。

べりっとはがしこれも返せばよかったかな、なんて考えながら余裕のあるごみ箱に放り捨てた。

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