私の愛する眠り姫
白鷺雨月
第1話 帰宅する
申し送り用の報告書をプリントアウトし、作成者の欄に
それを夜勤の責任者である吉村係長に渡す。
「双葉主任、お疲れ様です。屋外駐車場の軽自動車、持ち主が来たようですね」
吉村係長は報告書を読みながら言う。
「はい。軽自動車の所有者には日をまたいでの駐車は遠慮していただくように説明しました」
私は答える。
本当にあれは面倒な役目だった。
ショッピングモールに車で来て、電車でかえるなんて、何を考えているのだろうか。
そういうわけのわからない人たちを相手にするのが、私の仕事であるのだか……。
「ご苦労様でした。それでは引き継ぎます」
報告書をファイルに挟み、吉村係長は閉店準備をしている施設巡回に向かう。
私は会釈し、ロッカーに行く。
制服のベストに消臭スプレーをふりかけ、ハンガーにかけてロッカーに入れる。パンプスにも消臭スプレーをかけ、スニーカーに履き替える。大きめのパーカーを制服の白シャツの上に着る。首もとまでチャックをしめ、私は事務所をあとにした。
自宅のマンションに帰って来た。
エレベーターの前で上のボタンを押す。
エレベーターが降りるのを待っていると隣のお嬢さんがトコトコと駆け寄ってくる。
「こんばんは」
私は挨拶する。
「こんばんは」
隣のお嬢さんは手にコンビニの袋を持っていた。私がこのマンションを買ったときは高校生ぐらいだったのに、もうすっかり大人になっていた。
エレベーターが到着したので、私たちは乗り込む。無言の微妙な時間が十秒ほど過ぎたあと、エレベーターを降りる。
私たちはほぼ同時にさようならと言い、マンションのドアの鍵穴に鍵をいれる。ダブルロックのドアを開け、マンションの中に入る。
キッチンに向かうとラップにつつまれた大皿が置かれている。どうやら今日のメニューは私の好物のしょうが焼きのようだ。
いつも夕ごはんは同棲相手の三園菜那がつくってくれる。
フルタイムでしかも不規則な勤務の私にはありがたい話だ。
ご飯もたかれている。
炊飯器のご飯をお茶碗にもり、さらにお弁当箱にももりつける。さらさらとお弁当のご飯にのりたまをかけ、小さなカップにしょうが焼きをもりつける。余ったおかずのスペースには冷凍食品の焼売をレンチンしてそこにいれる。これで明日のお昼ごはんは出来上がり。一人暮らしのときはコンビニ弁当ばかりだったのでコスパが悪かった。
この後、大皿のしょうが焼きをレンジで温める。
しょうが焼きがレンジに入っている間にインスタント味噌汁をつくる。
さらに冷蔵庫から菜那が作り置きしてくれたもやしのナムルを小皿にもる。
それらをリビングのテーブルに並べて、私は一人食事をとる。
しょうが焼きは蜂蜜で味つけされていて、甘くて美味しかった。
壁の時計を見るともう夜の九時。
こんな時間にご飯を食べるとまたふとっちゃうかもしれないな。
不規則な仕事をするものの宿命かもしれない。
食事を済ませたあと、洗い物をし、あら熱のとれたお弁当を冷蔵庫にいれる。
熱いシャワーを浴びて、体をふき、髪をかわかす。けっこうのびてきたので、美容院に行きたい。けど、美容院ってけっこう苦手。あそこは陽の気が持つものが行くところだと思うから。菜那に頼んでついてきてもらおうかな。
寝室に向かうと菜那がすやすやと眠っていた。虚弱体質の菜那は一日の約半分は眠っている。睡眠時間が長いと歳をとらないのだろうか。菜那は出会ったころの高校生二年のときとそんなにかわらない。もうあれから、十二年もたっているのに。
私の愛する眠り姫は歳をとらないのだろうか。
私だけが年をとり、もうアラサーだ。
まあ、それもいいか。菜那が安心して寝ていられるスペースを確保できるのなら、私はこの不規則で長時間勤務の警備の仕事をやり続けることができる。
茹でたてのお餅のような菜那の頬にキスをして、私はその隣で眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます