第4話踊りましょう!

「皆様、今晩は。

マジシャンの××と申します。

今宵、ここにお集まりの皆様に、日頃の疲れを癒してもらう為、とっておきの魔法をご用意致しました」


 そんな自己紹介をした彼は、舞台下にいる様々な背格好の客達を、まるで品物でも選ぶかのように、品定めをし始めた。


 客達は客達で“自分が選ばれたりしたらどうしよう!?”と、ドキドキしながら、その実彼の目に留まる事に期待を寄せている。


 やがて彼は、品定めをやめて1人の若い女性に向かい

「そこの貴方!

私のサポートをお願いしたいのですが?」

と、右手を差し出しながら誘い文句を投げかけた。


 彼女は、“何だか恥ずかしいわ”と照れながら、辺りにはにかんで、遠慮がちに舞台へと上がっていく。


「ようこそ、僕の舞台へ!」


 決して広くも大きくもない木製の舞台を、彼は誉めまくり

「いやぁ、綺麗な方だ……」

と、彼女の少々赤くなった肌を見て

「選んだかいがあったな」

と、素直な感想を述べた。


 それから、彼は差し支えない程度に、彼女の個人情報を引き出していく。


「そうなんだ……

会社で嫌な事があったんだね。

それなら、とっておきの魔法がある。

ただ、それを教えるのには、ここで踊らなくちゃいけないんだ」


「踊るんですか!?

私、ハイヒールを履いているから、上手く踊れるか……」


 女性らしいピンクのワンピースを身に付けた彼女は、困惑した表情でマジシャンに上目遣いで訴えた。


 明らかに手助けしてほしいという気持ちが、ひしひしと伝わってくる。


 気持ちを汲んだマジシャンは、片目を瞑り

「大丈夫、そこは僕がリードするから!」

と、胸を張って言った。


 すると、何処からともなく音楽が流れてきて、彼女はおろか会場にいる人みんな、楽しそうに左右に体を揺らし始める。


 マジシャンは、リズムをとるのに夢中な彼女に

「踊ろう!」

と誘い、自分の体へと引き寄せた。


 彼女は抵抗する暇もなく、マジシャンのとるリードに合わせて踊り始める。


 それに合わせてスカートの裾がひらひらと閉じたり開いたりして、更にダンスの楽しさを伝えていた。


「おい、何だか面白そうだぜ」

「俺らも踊ろう!」


 その光景を見ていた他の客も、楽しさを味わおうと、座っていた椅子を片付け、ワルツの旋律に合わせて踊り出す。


 正式なタップを踏む者達は勿論、好き勝手に踊る輩も皆、今まで固かった表情が笑いに溢れ返った。


 その光景を目にしたマジシャンは、彼女から1回離れて、パチンと指を鳴らす。


 すると、曲調がガラリと変わり、タンゴの激しいリズムになった。


 突然の出来事に皆踊りを止めるのかと思いきや、引き続き踊り続ける。


「どうだい、この光景」


 舞台上で夢中になって踊っていた彼女に、小声だが自信たっぷりに訊ねるマジシャン。


 突然の声かけに、“えっ?”と驚きの声を上げた女性の瞳に映ったのは、会場に集まる人全てが、何の躊躇いもなく楽しく踊っている、まさに圧巻と言える風景だった。


「うわー、素敵!」


“皆、踊ってるわ!!”と、彼女は満面の笑みを浮かべて瞳を輝かせ、暫しその場から離れない。


「どうです?

嫌な事、忘れられましたか?」

「!?」


 彼女は自信に満ちた笑みを浮かべて問うたマジシャンを、驚いた表情で見つめた。


 それもそのはず、彼女は踊る楽しさに仕事の事など忘れてしまっていたのである。


「これが、貴方にかけたとっておきの魔法です」


 マジシャンはそう言ってニコリと笑い

「皆さんも楽しんで頂けましたでしょうか?」

と、声を張り上げた。


 それが合図となって、タンゴのリズムがパッと消える。


 何が起こったのか分からないが、心に残る高揚をひしひしと感じた観客は、マジシャンに向かって熱い声援と拍手を送った。


「喜んでくれて、そして楽しんでくれて有難う!

最後に僕から、お礼にこんなプレゼントを用意したよ」


 マジシャンはそう言って、まるで“受け取って”と言わんばかりに、右手を高く上げて、指をパチンと鳴らす。


 その途端、天井から桜の花びらがひらひらと舞い降りた。


 客も女性も開いた口が塞がらないほど驚いて、暫くの間その場に立ち尽くす。


「皆様、今日はお忙しい中、来てくれて有難う!

また機会がありましたら、宜しくお願い致します!!」


 マジシャンはごく普通の挨拶をして、舞台から颯爽と姿を消した。


 最後に会場に残ったのは、夢と希望のスポットライトだった。


令和3(2021)年4月1日22:20~4月20日23:00作成






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る