一日目:「はじめましてさん」 その3。
「――――他所物はね、基本「過激なこと」ばかりしかやらない。なんで、そんなことされると、この学校の子供達は元より、この学校の七不思議側からしても、はた迷惑な悪影響を受けちゃうんよ」
翌日。放課後、小夜は、自分の席に座る私の後ろから、ぎゅっと被さるように抱きつきながら、約束通り七不思議のことを教えてくれた。
「七不思議もなの?」
今日は、こんな姿勢で小夜の話を聞いている。本日の小夜はいつもより距離が近い。教室に残って彼女を待っていたら、後ろから幽霊らしく突然現れて、抱きしめてきたのだった。
「そう、この学校の七不思議は、私も含めて、人を襲うものじゃない。良い子が困ってたら助けるし、悪い子が横着やってたら懲らしめるためにひょいと驚かしたり、そして本当に悪いモノが現れたら、それをぶっ潰すような仕事してるんだけど」
なんとこの学校の七不思議とは、まさかの治安維持部隊であった。学校の七不思議とはホラーでしかない印象だったので、こういった現実もあるのかと驚いた。仕事をしてるとか言ってたが、まさか本当に仕事していた。彼女は、いや彼女達は、この学校の平和と秩序を守るもの。良い幽霊がいるのは知ってはいたが、しかしいやはや、この学校全体の怪異が、そういった存在だったとは。
「そんで此処に入り込んでくる他所者はね、さっき言った「本当に悪いモノ」ってのが大体なんよ。ギャーギャーと我が儘に騒ぎを起こしては、いつも厄介事ばかり振りまいていく。そういう霊的な騒ぎには波長があって、私らはそれに当てられて、形が悪化しちゃう可能性がある。もちろん、子供達の心身にもかなりの悪影響が出てしまう。大人の先生だってそうさ。だもんで私は、あんにゃろうをどうにかせんと動いてたんだけどねぇ」
そうだったのか。それなら私としても、その他所物のせいでこの学校の誰かが不幸になるのは嫌だ。生徒も、先生も、怪談達も、そして小夜も。
あの日、私もあの怪異と遠巻きに対面して感じたことだが、確かにあれは放ってはおけないモノだと不安を覚えた。なので今日、私は及ばずながらでも、少しでも小夜の手伝いになればと思い、この「はじめましてさん」に関する噂や情報、手掛かりを、一日中ずっと調べていたのだが。
その結果といえば。
「……あの、だからそんな落ち込まなくて良いよ、ほんと」
小夜は、私の机の上に開かれたノートを見て、慰めてくれた。
「い、いやさ、しょうがいないんだって。あいつの情報なんて、現状、掴めないのが当たり前なんだから。そんな真っ白けっけなノートになっちゃうのは、別に瑠衣が悪いわけじゃないんだよ」
はじめましてさんに関しての情報は、なんも見つかりませんでした。あっけらかんとするほど、空振りだった。びっくりするくらい、何もない。朝っぱらから頑張って、一応ノートとペンを片手に、休憩時間中は色々と校舎内を調査していたのだが、何一つも掴むことができなかった。しかもそんな光景を同じく朝っぱらから小夜が遠巻きに見ていたらしい。
「昨日、一晩中ずっと学校の中をうろついてた私でさえ、あいつの僅かな痕跡すら見つけられなかったんだよ? 他の七不思議も同様に目を光らせてたけど、それでもダメだったんよ。そんなら、こんな私らプロ怪談が発見できないんじゃ、他の誰もが見つけられんさ」
よしよし、と小夜は気の毒そうに頭を撫でてくれる。友達の手助けになりたくて、でも何も出来なかった自分の無力さが本当に申し訳ない。小夜はもっと親身に包み込むように身体を寄せてきた。
それにしても、プロ怪談。怪談にプロもアマもあるのかとする前に、その道に通ずるモノ達が一晩中探しても見つけられなかった存在。あんなにもはっきりと現れたものが、なぜこんなにも見つからないのだろう。
やはりそれは、あの消え方が関係しているのだろうか。もしも逃げるために消えたというなら、ただ消えるだけで良いのに。今でも記憶の抜け落ちがよく分かる。一秒くらいの記憶喪失が今もずっと続いている。抜け落ちているからこそ、消えたということが、逆にこうも印象深い。もしかして、普通に消えても小夜にバレるから、消えることに変化球を入れてるとかなのだろうか。でもそれだったらこんなやり方じゃ意味がない。一体あの怪異は、なぜそんな消え方をしているのか。
それに、あの怪異からは、凄い嫌な予感がした。だからこそ小夜も最大限の警戒をしていたし、守ってくれていた。なんだろう、全体的に、何かが引っかかる。なんとも言えぬ違和感だ。色んな事が、どうしても頭の中で結びつかない。てっきり怖い事をしてくるかと思ったら、あっさりと消え去った。それっきり何の音沙汰もない。他所物は、過激なことしかしないんじゃないのか? いや、現在進行形で、世界の裏側で怖い事を進めているんだろうか? など、その引っかかりや違和感には想像の余地が沢山あり、色んな疑問を頭の中に
「小夜、今もまだ、あれがどこにいるか分からない?」
今は放課後。はじめましてさんが出現する時刻。
「うん、わからん。あんな怪異とも人間とも言えんよく分からんやつ、中々見つからんね」
はじめましてさん。小夜ですら知らなかった、ここ最近、たまに聞く怪異。
そういえば、小夜は幽霊かどうかも分からないと言っていた。「こっち側」の話と言っていたから、一応、怪異側ではある。まぁ、あんな奇っ怪なやつが、人間なわけがないが。
昨日見た限り、あいつは噂通りのことしかやらなかった。ずっと遠巻きにニヤついていただけ。そして昨日は何処かへと消えていった。その後、あいつを探しても、小夜達ですら見つけられない。その消え方は、「一秒間だけの記憶喪失」を私たちに残して、消えていく手法。今でも自覚できるほど、消えた瞬間の記憶に、穴がある。
そして。他所物は、過激なことしかやらない。その悪影響は、小夜達も受ける。
「――――」
うん。
やっぱり、やってみるしかないか。
私は筆箱からボールペンを取り出し、目の前に開かれたノートに、文字を書いていく。
「ところで、小夜は大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
「さっき言ってた、霊的な波長が、小夜達を悪化させるってやつ。体調とか大丈夫?」
「うん、今のところ平気だよ?」
これは、直感だ。
昨日と同じ。なんとなしに、予感がした。
昨日の廊下のように。予感がしたからこそ、私たちは、はじめましてさんと出遭えた。
だったら今日も、この予感、そして予想は当たっているだろう。
もしもこれが正解だったなら、あぁ、これは焦るくらいに、かなり急ぎな話だな。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください」
というわけで。
必殺。質問すれば何でも答えてくれるだろう、こっくりさんをやってみる。
なにが今のところ平気だよ、だ。何にも平気じゃないっぽいじゃないか。
さっきから開いていたノートには「ひらがなの五十音表の途中書き」が書いてあった。それを、ずっと小夜に見せていたというのに。
でも小夜には、これは、真っ白けっけなノートにしか見えなかったようだ。
そして、今、その全てを書き終えた。左上には「はい」、右上には「いいえ」の文字を、大きく書いて。その真ん中に、鳥居を書いて。最後、五十音表の下に、一から十までの数字を付け加えた。
というか、十円玉だって用意して、ノートの上にまざまざと置いてあったというのに、それすらも見えていなかったのか。
「もしおいで下さったなら、「はい」へお進みください」
こっくりさん。
誰もが知っている、降霊術。この儀式を始めて「おいで下さった方」に質問をすれば、それに答えてくれるというもの。
今、私が人差し指で押さえている十円玉が、「はい」へ動く。私の意思じゃない。十円玉が、勝手に動いた。どうやら、儀式は成功。無事、始まったようだ。
その証拠に。
さっきまで後ろにいた、小夜がいない。
先ほどまで背中に抱きついていた彼女が、跡形も無く消えている。幽霊に体重なんてないとは思うが、でも、私が背中に感じていた彼女の重みが、綺麗さっぱりなくなっていた。あぁ、これはヤバい。小夜が何も言わずに跡形も無く引っ込んでいくなんて、彼女らしくない、あり得ない。
そして、もう一つ。
私の目の前に、見知らぬ人差し指が一本、私と同じく十円玉を押さえていた。
こっくりさんは、一人でも出来ないことはないが、基本は二人か、三人くらいでやる。だから、今日は二人でやることにした。
誰かも知らぬ人差し指の先を辿る。顔を上げていけば、見慣れた学生服の袖が見えた。男子の制服だ。「彼」は右腕の人差し指で、私の指の上に乗せていた。
「うん。来てくれると思ってた」
そして私は、その指の主の顔を見た。思った通りだ。彼なら、ここに来てくれると信じてた。だって、今は放課後だから。彼が現れる時間帯だから。
だから、私は心から頼み込んだ。
「――――昨日ぶり、はじめましてさん。たぶん、私の友達が結構ピンチかもしれない。ちょっと、手を貸してくれない?」
ニヤニヤと、首をぐにゃりと曲げて笑う、男子学生。
はじめましてさんが、私の目の前に、現れた。
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