第63話 最凶のブラックボックス!

 ────3年前。


「ねえ、さん? 姉さん? 姉さん!」


 やってしまった。

 水でぐしゃぐしゃになった床を侵食していく血。


 周囲にはいけられていた花々と分厚い破片。

 その中心で彼女は息絶えていた。


「あ、あ、僕は、僕が……!」


 罪の意識で頭が破裂しそうになった。

 激しい雨音の合間から響く蓄音機から美しいピアノの音色はより脳に影を落としていく。

 

 姉といつも聴いていた『亡き王女のためのパヴァーヌ』だ。

 仲が良かった、はずだった。

 

「姉さん、ごめん。ねえ、ごめんってば……僕、カッなって、だから……ねえ起きてよ。ごめんってば! 僕が悪かったよ! こんなつもりじゃ……」


 ひざまずき、ひたすら死体に祈る。

 だが無情にも、もうすぐ両親が返ってくる時刻を、振り子時計が告げていた。


 バレる。

 罪によって日常は崩壊し、後戻りはできない。


「なんで、なんでだよ! なんで僕だけがこんな目にあうんだ!! いつも、いつも、いつも、いつも僕が悪者で……っ! 僕だけこんな。もとはと言えば姉さんがいつも、うわあああ、うわあああああああ!!」

 

 少年はついに発狂する。


「クソ! なんなんだよ! 僕ばっかりこんな目に。僕は、僕は悪くない! 全部全部全部僕におっかぶせてるだけじゃないか! 僕が悪者になれば、それでいいって! うわあああああああああ!」



 ────そのとおり、君は悪くない。


「……え?」


 突然脳に響くような声。

 雨音にかき消されない、クリアな声質。


『君は常に正しくあろうとした。結果、誰もが君の立場に甘え、嫌な思いをさせても知らんぷり』


「だ、誰……?」


『こっちだよ』


「え、う、うわぁあああああ! バ、バ、バケモノ!」


『驚かせてしまったね。ワタシが怖いかな? ならば少し距離を開けよう、君の安心のために』


 雷鳴と稲妻。

 陰から現れる異形の存在。


 やたらフレンドリーなのが余計に不気味だ。


「あ、アナタは一体……」


『ワタシかい? ワタシは"天使"さ』


「天使?」


『ワタシは君の味方さぁ。君の頑張りを天からずっと見守っていたんだよ』


「僕を?」


『そうだよ。今回の件、君はなにひとつとして悪くない。これはなるべくしてなった報いなんだ』


 いつの間にか、彼の言葉に食い入るように目を見開き、ひざまずくようにして彼を見上げていた。


『君は正しい。だからお姉さんも君の善意に甘え続けることができた。ご両親もね。でも、そんな生活とはもうおさらばだ。今日、その日が来たんだよ。これは運命なんだ』


「僕は、悪くない、んですか? 僕は救われるんですか?」


『あぁ、そうだとも。そのためには、これを使うんだ』


 手渡した黒いキューブ。

 少年を魅了する黒の逸物は神秘的な闇色を放ちながら、徐々に彼を包んでいく。


「あ、うわ! な、なにこれ! 怖いよ!」


『大丈夫だよ。すぐに終わる。早く慣れることだ。そうすれば、もう誰も君を傷つけることはできないだろう』


「わぁあああ! わああああああああ!!」


『ありゃりゃ、パニック起こしちゃったねえ。ま、子供だから仕方ないか』


 異形ことナーガ=ネガは鼻歌まじりに屋敷を出る。

 いつしか闇色のオーラはトグロを巻くように屋敷を包み込んでいた。


『おお、順応が早いね。では、最後の仕上げだ』


 巨大な次元の裂け目を生み出し、そこへ屋敷を引きずり込む。


『生まれたばかりのアウター・ダンジョンがあってね。まだまだ不安定なんだ。君にはそこに組み込まれてほしいんだよ。好きにカスタマイズしてくれていいよお! あ、だけどエッチなのはご法度だぞ☆ 少年らしく、健全第一! なぁんてね。フハハハハハハハハ!』


 風背山市のとある山で起こった怪事件。

 両親が戻ったときには屋敷はなく、今なお姉弟は行方不明。

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