第18話 友との決別
王太子の姿をしたリズベッドの身体が変容する。
人間と蜘蛛を強引に融合させたような、醜悪な怪物が目の前に出現した。
異形の肉体が膨れ上がり、三メートル近い体長に肥大化する。
「リオン!」
「王女殿下を連れて逃げてくれ!」
アルフィラに叫んで、リオンは炎の剣を片手にリズベッドに向き合った。
「随分と凶々しい姿になったものだね……それも呪いの力か!?」
『呪印を刻み込んだ令嬢達が持っていた負の情念だ……女というのは怖い生き物だよね?』
「それを君が言うのかよ……!」
リオンが炎の魔法剣……『
炎を纏った斬撃がリズベッドの異形の肉体を斬り裂き、身体を内側から焼いていく。
『無駄だよ!』
「ッ……!」
しかし、焼いた身体が瞬時に再生する。
リズベッドが節足の長い脚を振り、先端の爪で攻撃してきた。
「これは……!」
リオンが咄嗟に回避すると、テーブルと地面がまとめて切断される。
恐ろしい切れ味だ。
岩盤だってバターのように斬ることができるだろう。
『王太子として活動してきた五年間。多くの人間の悪意を呪いとして収集してきた。王族というのは業深いよね。百年前、私が二十年かけて集めた以上の力を、たった五年間で得ることができた!』
「その呪いの結集体……『蟲毒』がそれというわけかい?」
『後宮が完成していたら、国を単独で滅ぼせるくらいの呪いが集まったのにね! こんなことになってしまって、とても残念だよ!』
「…………!」
リズベッドが口から息を吐き出した。
大量の糸が周囲に撒き散らされ、木々を斬り裂き、建物を崩落させる。
リオンは炎の剣で糸を切断するが、攻撃範囲が広い。
庭園を中心とした王宮の一部が破壊されていく。
『さあ、このままだと王宮そのものが無くなってしまうよ! どうする、僕らの勇者よ!?』
「させません……!」
『ンンッ……!?』
応えたのは……リオンではなく、避難しているはずの王女シュエットだった。
「貴方の事情はわかりましたが……それでも、お兄様の仇です! 『
『オオッ……!?』
空から降りそそぐ光の柱がリズベッドを貫いた。
罪を犯した人間を裁く刃。
神の怒りであるところの光線に、リズベッドが動きを止める。
「今だ……!」
『ッ……!』
続いて飛び出してきたのは、アルフィラとミランダ。
剣を持った二人は息が合った動きで、光に貫かれて停止したリズベッドを十字に斬る。
「『
そして、トドメにティアの一撃。
リズベッドの足元から爆炎が生じて、異形の肉体を包み込んだ。
「やった……!」
「これなら……!」
アルフィラとシュミットが会心の手応えに頷き合うが、それは敗北への
『オオオオオオオオオオオオオオオッ……!』
直後、爆炎と煙の中から無数の糸が飛び出してきた。
切断性のある糸が無作為に撒き散らされ、周囲を容赦なく蹂躙する。
「危ない……!」
「お嬢様!」
アルフィラがミランダの腕を引いて引き寄せ、飛んできた十数本の糸を剣で迎撃する。
邪神を殺したリオンですら認めた才能。
卓越した剣技によって、致命傷を避けて糸の攻撃を受け切った。
「グッ……!」
しかし、アルフィラが膝をつく。
その身体にはいくつもの切り傷がついていた。
「ああっ……お嬢様! 申し訳ございません……私のせいでこのような傷を……!」
ミランダが半泣きで叫びながら、アルフィラの身体を支える。
致命傷だけはどうにか避けたアルフィラであったが、捌ききれなかった斬撃により全身血塗れになっていた。
一つ一つの傷は浅いが、とにかく数が多い。
もしもミランダを庇わなければ、ここまで傷つくことはなかっただろうに。
「私は大丈夫だ、そんなことよりもティアと王女殿下は……!」
アルフィラが二人のいる方向に目をやると……そこには燃えさかる灼熱の炎を手にしたリオンが立っている。
リオンの後ろにはシュミットとティアが身体を寄せ合い、座り込んでいた。
先ほどよりも遥かに勢いを増した炎剣により、リオンは二人のことを守ったのである。
「流石だ……」
その威風堂々たる姿を見て、アルフィラはようやく確信する。
リオンは本当に勇者だったのだ。
伝説の、邪神殺しの勇者。
かつて世界を救った英雄。
そうでなければ……自分と同じように無数の糸による斬撃から仲間を守っておいて、掠り傷一つ無いなんて不可能である。
『アハハハハハッ、悪くなかったよ! この時代の温い剣士と魔法使いにしては上出来だったと、褒めるべきかな!?』
爆炎が消えて、そこからリズベッドが現れる。
神の裁きを受け、二人の剣士に斬られ、さらに爆炎の魔法を浴びせられたというのに、リズベッドに目立った怪我はない。
『ただ……準備と勉強が足りないね! 『天罰覿面』の魔法は悪人にしか効かない。僕のように魔物化している状態では効果は薄いんだ。そっちの二人の剣士は武器が悪い。オリハルコンとは言わないまでも、せめてミスリル製の武器だったら違っていたのにね! そっちの魔法使いは練度不足。相手が単体であるなら、炎はできるだけ圧縮した方が威力が強い……百年前だったら、戦力外通告を受けていたよ!?』
「「「…………!」」」
三人が揃って表情を歪める。
平和な時代に生きてきた自分達と、大戦を勝ち抜いた英雄の力の差を見せつけられたような気分だった。
『さあ、そっちのお嬢さん達じゃ僕は殺せない! 結局はこうなるよね……リオンと僕の一騎討ち……』
「……もう、いい。静かにしてくれ」
『になって……!?』
リズベッドが大きく跳躍して、リオンから距離を取る。
『リオン君、君は……!』
「正直、昔の友達だからって舐めてたよ……悪かった。これから、本気で闘るよ」
『…………!』
リオンの表情には何の感情も浮かんでいない。
怒りも悲しみもない。何を考えているのかわからない顔である。
だが……そんな能面のような顔に、リズベッドが複眼を並べた形相を歪める。
『どうやら……僕は、勇者を怒らせてしまったようだね……』
百年前、一緒に冒険をした仲間だからこそ知っている。
リオンはこうなった時がもっとも恐ろしいのだと。
本気で怒ったリオンは、こうやって表情を無くしてしまうのだ。
「これは、もういいや」
リオンが手にしていた炎剣を投げ捨てた。
もはや、それはリオンにとって必要のないものである。
「聖剣召喚」
代わりに、別の剣を呼び寄せた。
リオンの右手にオーロラのような七色の光が凝っていき、やがてそれは一本の剣の形状へと変化する。
「来い……『デュランダル』!」
リオンは七色の聖剣を取り出し、妖しく輝く切っ先をかつての戦友へと向けた。
「友よ、言い残すことはあるかい?」
穏やかだが、有無を言わせぬ声。
そこには「必ず殺す」という覚悟が宿っている。
『リオン君……』
虫の複眼にかつての戦友の姿を映して、リズベッドは震える声でその名を呼ばう。
こうなることはわかっていた。戦うことになったときから。
それでも、譲れないものはある。
いくら友人が相手であろうと、引けない時もある。
『良かったよ……僕を討つのがこの時代のどこかの英雄様じゃなくて』
「…………」
『それじゃあ……いくよ!』
リズベッドが大量の糸を吐きながら、六本の節足でリオンに襲いかかる。
無数の斬撃を回避しきることは、かつて大戦時に活躍した英雄達でさえ至難なことだった。
「ああ、いこう」
しかし、リオンは気負うこともなく地面を蹴った。
一瞬のうちにリズベッドに肉薄して、右手に握りしめたデュランダルを振るう。
『ッ……!』
次の瞬間、リズベッドの胴体が真横に
身体だけではない。吐きつけた糸も、六本の節足も……残らず斬られて、地面に落ちる。
『流石……!』
リズベッドの上半身が滑り落ち、地面に落ちた。
真紫色の体液が切断面から流れ出て、庭園の地面に広がって大きなシミを作る。
「…………」
両断された戦友に背を向けたリオンは無傷。
リズベッドの爪も、糸も、リオンを傷つけることは叶わなかった。
これこそが絶対なる聖剣……デュランダルの能力。
対象の硬度も防御も一切を無視して、必中必殺の斬撃を浴びせかける。
邪神オクタナーヴァのように因果を捻じ曲げる力でも持っていない限り、回避不可能の即死攻撃である。
『あーあ……やっぱり勝てないか……』
光を無くしていく複眼。
リズベッドが残念そうに
「悪かったね……こんなことになっちゃって」
『いや……いいよ。こちらこそ、面倒かけて悪かったよ』
殺す者と、殺された者。
そんな殺伐とした関係でありながら、二人の間に険悪な空気は一切ない。
この状況になっても、彼らはまだ友人なのだから。
『それじゃ……またね』
「ああ……また会おう。俺もすぐにそっちに逝くよ」
リズベッドの死骸が黒い砂となって消える。
呪いに侵された身体は形見の品一つ残すことはなく、地面に還っていった。
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