第11話 昇格
オーガの討伐を終えたリオン一行は、捕まっていた女性と子供を保護してから、王都に帰還することになった。
大変だったのは、むしろここからのこと。
暴れる女性を宥めて、洞窟から連れ出すことの方に時間がかかった。
彼女達はオーガに捕まって攫われ、オーガの食料として洞窟に連れてこられた。
同じように捕らえられた人間がオーガに食べられる場面も見てしまっており、半狂乱になってしまうのも無理もないことである。
かなり長い時間をかけて、ようやく王都に帰ってくることができた。
「この女性、子供達はどうなるんだ? 彼らの村や故郷に連れていくのか?」
「それは私達の仕事ではない。ギルドに任せればいいだろう」
王都に到着して、冒険者ギルドに向かう途中でミランダが答える。
「彼らは別に捕虜や奴隷というわけではない。行きたい場所にいけばいいし、帰るのならば自力で帰ればいい。金を出すのであれば、ギルドも馬車を手配してくれるだろう」
「……金が無かったら、歩いて帰るっていうのか? それは酷いような……」
「冒険者ギルドとて、慈善事業ではない。悲しくとも仕方がないな」
ミランダがわずかに同情したような顔で、自分達の後ろに続いている女性と子供を見やる。
「彼らの中には、オーガに滅ぼされた集落の生き残りもいるだろう。これから先、どうするかは彼女達の人生だ」
「是非もなし」
ティアが締めて、この話は終わりとなった。
リオンとて、仕方がないということはわかっている。
かつて、大戦期にも邪神によって変える場所を失ってしまった人間は大勢いた。
彼らに救いの手を差し伸べられたかと聞かれると……残念ながら、そうではない。
リオンにできることは邪神を倒して、死んでいった者達の仇を取ることくらいだった。
「はい、それでは依頼達成を確認いたしました」
そのままギルドに到着したリオン達は、受付嬢に依頼の報告をした。
捕まっていた人達は別室に通されて、休んでいる。
十分に休息を取ってから、彼らはギルドとの間でこれからどうするか話し合うことになるだろう。
「さて……今回の依頼達成により、リオンさんはBランクに昇格することになりました」
「え、Bランク?」
リオンが目を丸くした。
リオンはギルドに登録してから、一週間と経っていない新人である。
達成した依頼も十に満たないため、ランク昇格に必要な条件を満たしていない。
「元々、冒険者ギルドには飛び級で昇格する制度があるんですよ。無茶なことをしないよう、冒険者の方々にはあまり周知させていないんですけど……」
飛び級でランクを上げられることを知ったら、無理をして危険を冒す者達が出かねない……つまりは、そういうことである。
「リオンさんの場合、Aランク冒険者であるアルフィラ・スノーウィンド様から推薦を受けています。そして、今回のAランク依頼が試験としての扱いとなり、それを見事達成したことで、一つ下のBランクまでは昇格することができます。よりハイレベルで高報酬の依頼を受けられるようになりますので、今後ともよろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
「それでは、ギルドカードの書き換えと報酬の用意をいたします。しばし、お待ちください」
受付嬢がカウンターの奥に消えていく。
残されたリオンは彼女が帰ってくるのを待ティアがら、思案する。
(Bランク冒険者か……まあ、悪くない肩書かな?)
無理をしてランクを上げる必要などない……これまで、そう考えてきた。
どうせ、リオンは一年間で死ぬ人間。肩書や名声など手に入れたところで意味のないことである。
(だけど……よく考えて見ると、意外と役に立つのかもしれないな。金を稼ぎやすくなるのは助かるし、人からの信用も得やすくなる)
アルフィラと親しくなり、ミランダらの暴走による賠償金を受けとりはした。
それでも、これから百人の子供を作っていくとなると、出産費用や育児費用はいくらあっても足りないはず。
(それに……女の人の側からしても、Eランク冒険者よりもBランク冒険者の子供の方が産みたいって考えがあるかもしれない)
リオンに女性心理はわからないが……強い男の子を産みたいというのが生物の本能であると、昔、誰かが言っていた気がする。
それを口にしていたのは誰だったか……。
(ああ……リズベッドだ)
リオンはかつて共に邪神と戦った仲間の顔を思い出す。
『
全身を呪印で覆った魔女であり、恐ろしげな容貌によって、邪神討伐軍の中でも浮いた存在だった。
しかし、恐ろしいのは外見だけ。
話してみると驚くほど社交的であり、博識で話しやすい女性だった。
(リズベッドもあの戦いで命を落とした……彼女が生きていれば、二人の呪いだってどうにかできたのに)
リズベッドは当時最高の魔女だった。
呪いに関して、彼女の右に出る者は誰一人としていない。
フェリエラやサフィナ・スノーウィンドにかけられた呪いだって、軽々と解除してみせたに違いない。
(まあ、いない人のことを言っても仕方がない。どんな形であれ、俺は生きているんだ。生きてる奴かどうにかするしかない)
「お待たせいたしました。こちらがギルドカードと報酬になります」
受付嬢がトレイに入ったカードと布袋を差し出してきた。
新調されたギルドカードには『B』の文字が刻まれており、三つに分けられた袋にはそれぞれ金貨が詰まっている。
三人で分けても、一人当たり三十枚以上はあった。
「さすがはAランクの依頼……すごい報酬だな」
「まあ、Aランクだからな。ほら、受け取れ」
袋の中身を確認したリオンに、ミランダが自分の分の報酬を渡してくる。
「おいおい、これは君の分だろう?」
「私はあくまでも、お前に対する贖罪のために仕事を手伝っている。だから、これはお前のものだ」
「右に同じ」
ティアも同様。
リオンに金貨の袋を押しつけてくる。
「むしろ、受け取ってくれた方が罪滅ぼしが早く終わって、アルフィラ様の怒りが解けるだろう。貰ってもらわないと困る」
「同意。激しく同意」
「そうか……そういうことだったら、有り難く頂戴しようかな」
リオンは受け取った二人の報酬を受付嬢に差し出した。
「え?」
「これを被害に遭った人達の救済に使ってもらいたい。彼女達の治療費と宿泊費用、食費、それに新しい人生を踏み出すための資金として」
「えっと……それは構いませんけど、本当によろしいのですか?」
受付嬢が瞳を瞬かせながら、金貨の袋とリオンの顔を交互に見やる。
「いいよ……どうせ、あぶく銭だからね」
資金はいくらあっても足りないことはない。
そう考えているリオンであったが、だからといって、がめつく稼ごうとは思わない。
意図せず手に入れた金を放り出して、それで救える命がいるのならば、そうしたい。
(きっと、共に戦った仲間達だって同じようにしたはず)
「……畏まりました。それでは、そのようにさせていただきます」
受付嬢が尊敬を込めた眼差しでリオンを見つめている。
彼女の名前は……確か、イーリスといっただろうか?
一人の女性からの信頼と尊敬を得ることができたのなら、やはりリオンがしたことは間違っていなかったようである。
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