第5話 フェリエラの過去


「今日は随分とラフな格好なんだな」


「太陽が昇っている時間に来られましたからね。まだ、準備を始めていなかったんですよ」


 普段着らしきワンピースを身に付けたフェリエラは、仮面も付けておらず、呪印で覆われた顔をそのままに現れた。


「……やっぱり、似てるな」


 そんなフェリエラの顔を見つめて、リオンがつぶやく。


「え? 何の話ですか?」


「いや……ちょっと今日は話が聞きたくてね。もちろん、ちゃんとお金は払ったよ」


「…………」


 真剣な表情をしたリオンに、何かを察したのだろう。フェリエラが椅子に座る。


「最初に……君に失礼なことを聞くかもしれない無礼を許してくれ」


「……何でしょうか?」


「その呪印のことについて、話を聞きたい」


「…………!」


 フェリエラがわずかに目を見張る。

 そして、少しだけ不快そうに表情を歪めた。


「この呪印のことは気にしないと仰っていましたよね? 宗旨替えでもされましたか?」


「ちょっと事情があってね。誓って、君を傷つける意図はないんだが……」


 リオンはフェリエラに事情を説明する。

 公爵家の令嬢が呪いにかけられているという情報は勝手に明かせないので、人名をぼかしたうえで話をした。


「つまり……私以外にも、呪印に侵されている人がいるということですか?」


「ああ、そのようだ」


「しかし……私を呪っている人と、その方を呪っている人が、同一人物とは限らないのでは?」


「まあ、普通はそう考えるだろうけど……呪いの刻印、呪印というのはわりと特徴があるんだよ」


 リオンは正面からフェリエラの顔に刻まれた呪印を見つめつつ、目をすがめる。


「同じ流派の人間であれば同じ呪印を使っていることが多いし、高位の呪術師にはオリジナルの呪印を生み出す者もいる。誰も知らない自分だけの呪印であれば、他者に解除される可能性が減るからね」


 これはかつて共に邪神と戦った仲間の呪術師が、旅の道中で話してくれたことである。

 呪印に込められた意味を見抜くことは、その呪いを打ち破ることにつながる。

 だからこそ、優れた呪術師は誰にも読み解かれないように新たな呪印を生み出すのだ。


「俺が見たところ……君に刻まれた呪印は、寝たきりになっているその人物の身体に書かれていたものと同じものだ。ほぼ間違いなく、同じ術者が呪いをかけたと判断しても良い」


「なるほど……」


「だから、君に聞きたいんだ。呪いにかけられた時期、きっかけがあったのか。呪いをかけられる前後におかしなことがなかったのかを」


「…………」


 フェリエラが口元に指を添えて、考え込む仕草をする。

 しばし黙り込んでいたフェリエラであったが……やがて観念したように口を開く。


「……弟から聞いたかもしれませんが、私はかつて貴族の令嬢だったんです」


「…………?」


「父親が政争に巻き込まれて没落して、御覧の通りに娼婦に身を落としてしまいましたが……かつては王宮でメイドとして働いていました」


 フェリエラが自分の半生について話し始めた。


 下級貴族として生まれたこと。

 王宮のメイドとして、王妃や王太子とも面識があること。

 そこでのミスを付け込まれて、追放されたこと。

 フェリエラは娼婦に、弟のジェイルはギャングの下っ端になってしまったこと。

 かなり凄惨な、途中から聞くに堪えないような内容だった。


「娼婦となって数年。もはや自分が貴族という意識はなくなっていたのですが……半年ほど前、この店に来たんです。王太子殿下が」


「王太子って……あの王太子か?」


「はい。次期国王であらせられるレオバード・セントラル殿下です」


「…………!」


 王太子が一介の娼婦を訊ねてきたなど、尋常の事態ではない。

 いったい、どのような用事だったのだろう。


「レオバード殿下は仰っていました。城に戻ってくるつもりはないかと。自分の側妃になって欲しいと」


 フェリエラが困ったように眉尻を下げて溜息を吐く。


「どうやら、どこかで私が娼婦になったことを知ったようですね。レオバード殿下とは城でよく顔を合わせていましたから、同情で私を側妃として迎え入れようとしてくれたようです」


「それで……君は何て答えたのかな?」


「もちろん、断りました。すでに貴族ですらなくなった私が側妃として後宮に入ったとしても、良い未来には絶対になりませんから。狼の檻に進んで飛び込む愚か者がどこにいるというのですか」


 王族は一夫多妻制を取っている場合が多く、セントラル王国でも、国王や王太子は後宮で複数の妻を囲っているそうだ。

 後宮は女の戦場。ある種の魔窟である。

 そこでは日夜、多くの女性が王族の寵愛を巡って争いを繰り広げていた。

 後ろ盾のない平民の女が入ったとして、長生きはできないだろう。


「……王太子殿下が帰った数日後になります。私の顔に呪印が浮かんできたのは」


「まさか……王太子が君に呪いをかけたということか?」


「王太子殿下はお優しく、争いを好まない方でしたから……おそらく、それはないと思うのですが……」


 だからといって、無関係とは思えない。

 そう考えているからこそ、フェリエラはあえてこの話をしたのだろう。


「もしも、私とは別に呪印を刻まれている女性に、王太子殿下との関わりがあったのなら……」


「……調べてみよう」


 アルフィラに聞けば、すぐにわかるはず。

 リオンは暗い表情になって頭を抱える。


「……もしも、王太子が関わっているとすれば大ごとだな。とんでもないことになる」


「……くれぐれも、無理はなさらぬ方がよろしいかと。王族や貴族は時に驚くほど残酷なことをしますから」


 フェリエラが実感のこもった口調で言う。

 王宮でメイドとして働き、追放されて娼婦になった彼女は、権力者の薄汚い部分を嫌というほどに見てきたのだろう。


「ありがとう……話をしてくれて助かったよ」


 リオンは立ち上がり、チップとして金貨を置いて部屋を立ち去った。

 フェリエラが不安そうな表情で、リオンの背中を見送ってくれた。

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