第19話 アルフィラの謝罪


(これって……もしかすると、かなり不味いんじゃないか?)


 アルフィラの姿を前にして、リオンは背筋に汗を流した。


 ミランダとティアは、リオンにとって突如として襲ってきた暴漢のような存在である。

 しかし……アルフィラにとっては大切な従者。信頼すべき家臣のはず。


(場合によっては、こっちが加害者だと受け取られかねない……まさかの連戦か?)


 ここでアルフィラと戦うことになってしまうのか。

 アルフィラの実力は正確には知らないが……身に纏っている気配は大戦期の強者のオーラ。

 リオンであっても無傷で勝利できるという保証はなかった。


「君は昨日の……リオン君だったか?」


「…………!」


 アルフィラがリオンに目を向けてきて、キッとまなじりを吊り上げた。


「これは君がやったのか? 新人冒険者である君が二人を倒したというのか?」


「…………ああ、その通りだ」


「…………そうか」


 アルフィラが唇を噛み、さらに目元の険を強くさせる。


「そうか、君が彼女達を……!」


「ッ……!」


 ズンズンとした足取りで距離を詰めてくるアルフィラに、リオンは思わず身構えた。


「――すまなかった!」


 しかし、アルフィラの口から飛び出てきたのは予想外の言葉だった。

 プラチナの美しい髪が地面につきそうになるほど頭を下げて、リオンに向けて謝罪する。


「またしても、この子達が暴走してしまったのだろう? 前々からやめるように言っていたのだが……まさか、ここまでのことを仕出かすとは思わなかった!」


 周囲には魔法によってつけられた破壊痕が色濃く残されていた。

 特に爆破魔法によるものが酷い。平原の一帯が焼け焦げており、今も残り火が黒い煙を上げている。


「えっと……アルフィラさん、君はどうしてここに来たんだ?」


「城門の警護をしていた衛兵に連絡を貰ったのだ。この二人が男性に武器を突きつけて、都の外へ出ていったと。それで慌てて追いかけてきたのだ」


「ああ……なるほど」


 どうやら、見て見ぬふりをしていた門番も最低限の仕事はしていたらしい。

 自分達ではどうにもできないので、暴走する狂犬の飼い主……アルフィラに知らせに行ってくれたようだ。


「本当にすまなかった……お詫びに慰謝料や賠償金は支払う。この二人にも償いはさせる。だから……どうか、命だけは見逃してあげて欲しい」


「命だけは……ね。牢屋に押し込むのは問題ないってことか?」


「……当然だ。この子達はそれだけのことをした。私におかしな告白をしたことくらいで相手を襲うだなんて、許されない」


 アルフィラは頭を上げて、周囲の破壊痕を見回した。


「これまでにも何度か騒動を起こしてはいたのだが、いずれもケンカで済まされるレベルだったし、相手の男性にも非があったので見逃していた。だが……さすがにこれを罰しないわけにはいかない」


 アルフィラは辛そうに表情を歪めて、もう一度頭を下げる。


「それでも……この子達は私にとってかけがえのない友人なんだ。幼い頃から一緒にいる幼馴染だ。どうか命だけは奪わないでくれ。お願いだ」


「…………」


 勝者であるリオンには倒れている二人の生殺与奪の権利がある。

 二人はおかしな言いがかりをつけて、リオンの命までも奪おうとした。リオンが彼女らを殺したとしても、何ら咎められることはないだろう。


「……最初から殺すつもりはないよ」


 だが……リオンは肩をすくめて、アルフィラの謝罪を受け入れた。


「結果論ではあるけれど、俺もこうして無傷でいる。もちろん、加害者二人にはペナルティを受けてもらうが……命まで寄こせというつもりはない」


「ありがとう……本当に、何とお礼を言って良いか……!」


「ム……」


 アルフィラが頭を上げて、リオンの掌を両手で握ってきた。


「この御礼と謝罪は必ずしよう……何か要望があるようだったら言ってくれ。可能な限り叶えさせてもらう!」


「あ、ああ……そうか」


 リオンは掌を包み込んでくる感触にわずかに動揺した。

 剣術を習い、冒険者として活動しているわりに、思いのほか柔らかな手だった。


(Aランク冒険者といえど女性ということか……もしかして、これって千載一遇のチャンスなのか?)


 今回の一件でアルフィラに対して大きな『貸し』ができた。

 これを盾にすれば、多少の無茶は聞いてくれそうである。


(二人を許すから勇者の子供を産んでくれ……は無理だな。いくらなんでも、要求が大きすぎる)


 家臣が暴走したからといって、主である公爵令嬢に子を孕めというのは荷が勝ち過ぎだろう。

 間違いなく拒絶されるだろうし、アルフィラが受け入れたとしてもスノーウィンド公爵家の人間が許すまい。


(シンプルに金銭で済ませても構わないが……せっかく公爵家の令嬢でAランク冒険者と渡りが付けられたんだ。もっと他に良い頼み事が……)


 そこでふと、リオンの頭に天啓が下りてきた。


(そうだ、この方法なら……!)


「……それじゃあ、お願いがあるんだけど構わないか?」


「もちろんだ、言ってみてくれ」


 アルフィラが快く了承すると、リオンは「コホン」と咳払いをしてから問いかける。


「アルフィラさん……君は女神の存在を信じるかい?」


「女神……?」


 リオンの言葉にアルフィラが瞳を瞬かせる。

 どうして、急にそんなことを口にしたのだろう……端正な表情には疑問符が浮かんでいた。


「もしも……もしも、俺が邪神を倒した勇者だと言ったら、貴女は信じるだろうか?」


 リオンは一つの覚悟を決めて、核心に迫る情報を開示したのであった。

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