第14話 娼館、二度目の朝
「……朝か」
目を覚ましたリオンは壁に掛けてある時計に目を向けた。
すでに昼近い時間になっている。どうやら、熟睡してしまったようだ。
「んっ……」
身体を起こして布団をのけると、隣に寄り添うようにして眠る女性の姿があった。フェリエラだ。
長いまつ毛を生やした瞳を閉ざして、スヤスヤと安らかな寝息を立てている。
(そういえば……疲れていると言っていたな。俺のせいで)
一昨日の夜に無理をさせてしまったせいで、フェリエラは憔悴しているようだった。
こうしてリオンが目覚めても起きる様子がないのも、そのためだろう。
「悪かったな……ゆっくり休んでくれ」
リオンは苦笑しながらベッドから出て、出来るだけ音を立てないように衣服を直す。
そして、枕元にチップとして金貨一枚を置いてから部屋を出る。
一階の受付カウンターまで降りてくると、男の店員がリオンに気がついて皮肉そうな笑みを浮かべた。
「おっと……昨晩もお楽しみだったみたいだな。こんな時間まで寝こけちまって」
「……別に楽しんでないが」
「照れるなよ。良い気分のところを申し訳ないが、時間を過ぎているから延長料金を貰えるかい?」
「そういうのもあるのか……」
どうやら、寝すぎたようである。
リオンは提示された金額よりも少し多めのコインをカウンターに置く。
「フェリエラに精の付くものでも食べさせてやってくれ」
「おお……金払いの良い客は嫌いじゃないぜ」
「それは良かった」
「待ちなよ……フェリエラはもう何ヵ月もまともな客がついていない」
そのまま立ち去ろうとするリオンに、店員が不穏な話を始めた。
「アンタが買ってくれなきゃ、呪いに侵された貴重なサンプルとしてどこぞの研究機関に引き取られていただろうな」
「…………」
「睨むなよ。金にならない女をウチの店も置いておけないって話さ」
わずかに殺意を漏らしたリオンに、店員が降参するように両手を上げる。
「もちろん、俺達にだって情はある。無残な末路を迎えるとわかっている場所に店の女を追いやりたくはない……だから、アンタが来てくれて助かったよ。礼を言う」
「…………そうか、それは良かった」
「また来てくれよ。フェリエラも待ってるだろうよ」
「…………」
そんな店員の言葉には答えず、リオンは娼館から外に出た。
すでに太陽は頭上まで昇っている。
街はすでに目を覚ましており、大通りに出ると多くの人々が行き交っていた。
「さて……今日はどうしようかな」
引き続き、冒険者ギルドで資金稼ぎをするか。
それとも……別のやり方で勇者の母親になってくれる女性を探すか。
相変わらず道先は暗く沈んでおり、希望は見えていない。
しかし……不思議と気分は悪くはなかった。
『些細なきっかけで道が開けることもあるでしょうし、悩むのは明日からでも遅くはないと思いますよ?』
(これもフェリエラのおかげだな。彼女に感謝しないと)
悩んでいるよりも、我武者羅にでも前に進んだ方が良い。
小さなきっかけで問題が解決することもあるだろうし、今はできることから始めるとしよう。
(冒険者ギルドだな……どうせやるべきことは定まっていないんだ。これからのことを考えて金だけでも稼いでおこう)
リオンは昨日よりも軽くなった足取りを冒険者ギルドへと向けた。
「そこの男! 待ちなさい!」
「待つです……」
「ん……?」
しかし、そんなリオンの出足を払う声があった。
振り返ると、そこには二人組の女性がリオンに向けて敵意の眼差しを向けている。
(誰だ? どこかで見たような……?)
リオンが怪訝に目を細めると、二人は聞いてもいないのに勝手に名乗りを上げてくる。
「『北風の調べ』――ミランダ・アイス!」
「同じく、『北風の調べ』――ティア・アックア……」
「アルフィラ様に不埒な目を向ける不届き者め!」
「成敗するです……」
「…………はあ?」
突如として謎の宣言をしてくる二人に、リオンは大きな疑問符を浮かべた。
『北風の調べ』……それはリオンが口説いてフラれたばかりの女性、アルフィラ・スノーウィンドが所属している冒険者パーティーの名前。
そして……彼女達はリオンがフラれた現場にも居合わせた、アルフィラのパーティーメンバーであった。
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