第13話 娼婦の癒し

「すまない……気がつかずに、君に酷いことをしてしまったようだ。許してくれ」


「い、いえ……別に良いのです。さすがに連続では困るというだけで、私も可愛がっていただいて嬉しかったですし、その……ええっと……」


 フェリエラは頬を紅潮させたまま「コホン」と咳払いをする。


「……ともかく、私は昨晩の疲れが抜けておらず、今日は旦那様を楽しませることができそうもありません。指名していただいて恐縮なのですが、今夜は他の女性を選んでいただけないでしょうか?」


「んー……いいや、君が良い」


「……はい?」


「別にどうしてもそういう行為がしたくて来たわけでもないからね……ちょっと嫌なことがあって、慰めてもらいたかっただけだ」


 リオンはベッドの隣をポンポンと叩いて、手招きをする。


「何もしなくてもいい。嫌でなければ、隣にいてもらえないか?」


「し、しかし、今の私では料金分のサービスを提供することはできませんし……」


「構わない。君にいてもらいたい」


「ッ…………承知いたしました。それでは、失礼させていただきます」


 フェリエラがおずおずとした様子で隣に座ってきた。

 すぐ隣に女性が座っている。柔らかな体温が伝わってくる。


「ハア……」


 そばにある温もり。寄り添ってくれる誰かの感触に思わずため息が出てしまう。


 なるほど。

 落ち込んでいる時は女が効くというのはこういうことか。

 今になって、ジェイルが言っていた言葉の正しさを理解することができた。


「……随分とお疲れのようですね。何か嫌な事でもありましたか?」


「まあ……色々とな」


「私で良ければ話を聞きましょうか? もちろん、無理にとは言いませんけど」


「…………」


 いくら何でも、「別の女性にフラれたので慰めてもらいに来ました」とは言えない。

 女性経験の薄いリオンであっても、他の女性の話題を出すことが無神経なことであることくらいは想像がついた。


「……やらなくてはいけないことがあるんだ。とても大切な使命なんだけど、それが上手くいかなくてね」


「使命、ですか?」


「ああ……不慣れなことばかりでどうしたら良いかわからなくて、追い詰められている気分だよ」


「それはそれは……悩んでおられるのですね」


 フェリエラは少しだけ考えるような素振りをして、場所を移動させる。

 ベッドの頭側に座って、ポンポンと膝を叩く。


「でしたら……どうぞこちらへ」


「ん……?」


「膝枕です。どうぞお使いください」


 照れ臭そうに言ってくるフェリエラに、リオンはポカンと口を開けてしまう。

 膝枕だなんて、子供の頃に母親にしてもらって以来だ。

 まさかこの年になって……おまけに娼館という特殊な場所で、女性から誘われるだなんて思わなかった。


「そ、それじゃあ……失礼して」


 不思議な魅力に惹かれて、リオンは遠慮がちに頭を下ろす。

 フェリエラの太腿の上に頭を載せると……柔らかくも芯のある感触が後頭部を受け止める。


「…………」


「どうでしょう? ご不快ではないですか?」


「いや……」


 リオンは妙に落ち着かない気持ちになりながら、どうにか答える。


「よくわからないが…………悪くはない、気がする」


「そうですか、それは何よりです」


 フェリエラの指先がリオンの髪を優しく撫でつける。

 壊れ物でも扱うような繊細な手つきだ。

 自分が目の前の女性から大切に思われているのではないかと、錯覚してしまうような。


(落ち着け……これはあくまでも娼館のサービスだ。彼女は俺が支払った対価に応えようとして、こんなことをしているんだ)


 リオンは唇を噛み、心地良い感触に必死に耐える。

 油断をすれば、目の前の女性に心を奪われてしまいそうだ。

 リオンが背負っている使命など諸々の事情を鑑みると、それは色々と都合が良くないだろう。


「大変なことも多いと思いますけど、今日だけはしっかりと休んでください。些細なきっかけで道が開けることもあるでしょうし、悩むのは明日からでも遅くはないと思いますよ?」


「…………そう、だな」


 リオンはその穏やかな声に誘われるがまま、瞳を閉じた。


 冒険者として一日働いたことで突かれていたのだろう。

 目を閉じると、途端に眠気がやってくる。


「おやすみなさい……リオン様」


「…………」


 意識が遠ざかっていき、リオンはそのまま眠りについた。

 女神から与えられた使命も忘れて寝息を立てるリオンの表情は、ここ数日でもっとも安らいだものだったのである。

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