第11話 失恋からのまた女
その後、ようやく失恋のショックから立ち直ったリオンがその場を去ろうとした。
しかし、何故かギルドの受付嬢であるイーリスに声をかけられ、呼び止められてしまった。
「明日、絶対にギルドに来てください! ギルドマスターから大切な用事がありますので、絶対にですよ!」
「…………わかった」
言い含めるような言葉に流されて頷き、リオンは夜の街をぼんやりとした足取りで歩いていく。
「いやー、残念だったすねえ。兄貴」
(失敗した……また、失敗した……)
「今回ばっかりは相手が悪かったすよ。何たって、Aランク冒険者にして、この都を収めている領主……アルフィラ・スノーウィンドが相手っすから。フラれちまうのも無理はねっすよー」
(何が悪かったんだ……もしかして、『子供を産んでくれ』というセリフが良くないのか?)
「彼女は『北風の調べ』という冒険者パーティーのリーダーをしていて、メンバーの二人も優秀な剣士と神官。何人もの男達が彼女達を口説こうとして、無残にも撃退されたそうすから。いやー、兄貴だったらもしかしてと思ったんすけど……やっぱダメだったみたいすね」
(いや……でも、俺は百人の子供を作らないといけない。双子や三つ子が生まれる可能性もあるけど……死産したり、早逝したりして、邪神との戦いに参加できない可能性もあるよな。となると、百人どころかじゃない女性と子作りをしなくちゃいけないわけだし。ストレートな口説き方になってしまうのは仕方がないよな)
「こうなったら、今日も娼館に行くっすよ! 女に袖にされたときは酒と別の女で忘れるのが一番っす!」
「……あのさ、さっきから何でついてくるんだ?」
いつの間にか隣にいて、歩きながら話しかけてくるジェイルに半眼で訊ねた。
「いやいやいや……ギルドで決闘してた時からいたっすよ? 兄貴の戦いぶり、しっかりと見学させていただきました!」
「見てたのか……全然、気がつかなかったよ」
あの場には大勢の冒険者がいた。ついでに通行人も。
彼らの間に誰がいたとしても、気がつくことはなかっただろう。
「ひょっとして、お前も冒険者なのか?」
「まさか……俺っちはしがない太鼓持ちっすよ。ヤクザな連中の使いっぱしりをしたり、日雇いの仕事をしたりしてるガキっす」
ジェイルが自嘲気味に笑う。
「冒険者をしていたこともあったすけど……どうやら、俺っちに戦いの才能はないみたいっす。すぐに怪我をして引退することになったすよ」
ジェイルが左側の袖をまくると、腕に大きな傷跡があった。
「生活に不自由になるほどじゃねっすけど、握力がガキ並で武器とか持てねえんすよ」
「…………」
「だから、無茶苦茶に強い兄貴のことはマジでリスペクトしてるっす」
「…………そうか」
リオンは短く答えて、話題を変える。
「ところで……アルフィラ・スノーウィンドだったか? 彼女について知っていることがあったら、教えてもらえないか?」
「あれ? もしかして、兄貴はまだ諦めてねえんすか?」
「そりゃあ、ね……簡単に諦められるような女性じゃないだろ」
アルフィラはこの時代で出会った誰よりも強く、煌めくような才能を感じさせる女性だった。
未練たらしいとは思っているが……アルフィラが勇者の子供を産んでくれたら、邪神との戦いで生じる被害がかなり少なくなることだろう。
(彼女だけに拘るのは良くない……アルフィラを口説く方法を考えつつ、他の女性にもアプローチをかけていくのがベストかな?)
などと思案するリオンであったが。
本命の女性を狙いながら別の女性も口説いていこうという、最悪な行為を考えていることを自覚して暗い気持ちになった。
「アレだけきっぱりフラれてもまだ折れねえとか、マジパないすよ。さすがは兄貴っす!」
「…………」
ジェイルが瞳を輝かせるが、リオンは暗澹とした気持ちで首を振る。
「……そういうのはいらない。さっさと知っていることを教えてくれ」
「そっすねえ……まず、アルフィラ嬢はこの町を治めている領主であるスノーウィンド公爵の娘、三姉妹の次女っす。公爵家には男子がいないので、姉が婿を取っていて次期当主になる予定らしいすね。家督と関係ない立場だからわりと自由にさせてもらえているらしくて、冒険者として活動しているのもそのためみたいっす」
「公爵家か……手ごわそうだな」
「冒険者としても手強いっすよ? Aランク冒険者で『北風の調べ』のリーダー。剣と魔法の両方を使うことができる魔法剣士で、最高位のSランクにも迫る勢いみたいすから。一緒に行動している二人の仲間はいずれも女性。公爵家に仕える家臣の娘だという話っす」
「随分と詳しいんだな。ひょっとして、面識があったりするのか?」
「いやいやいや……アルフィラ嬢は有名人っすからね。ウチも一応は貴族だったけど、公爵家とは雲泥の差。交流なんて欠片もねえっすよ」
ジェイルが両手を広げて、おどけたように言う。
「アルフィラ嬢はお堅い女性ではありますけど、身分で人を差別したりはしない方です。父親である公爵様さえ認めさせることができたのなら、仮に平民が相手だって結婚してくれると思いますよ?」
「…………なるほど、わかったよ」
かなり困難であることがわかった。
リオンの目的はアルフィラと結婚することではなく、勇者の子供を産んでもらうこと。
ただでさえ難攻不落の要塞だというのに、「結婚はしない、子供だけ産んでくれ」などと口に出そうものなら、公爵家が全力を挙げて殺しにかかってくる可能性もある。
「厳しいな……かなり、相当に厳しい」
「諦めるのが一番っすけど……もしも兄貴が本気だったら、公爵家に認められるような功績を挙げることをお勧めするっすよ。具体的な例とかはないっすけどね」
「功績ね……功績か……」
リオンが難しい顔で唸っていると、「さて!」と気を取り直した様子でジェイルが両手を叩いて鳴らす。
「難しい話はこれくらいにしておくとして……兄貴は今晩、どうするつもりっすか?」
「どうするって……宿屋を探して泊まるつもりだが?」
「ハハッ、わかってねっすねえ! 女にフラれた時は、別の女に慰めてもらうのが効くんすよ?」
ジェイルがずずいっと無遠慮に距離を詰めてきて、親指を立てる。
「知ってるっすよ……随分と儲けたんすよね? 懐に余裕ができたのなら、今晩もいくしかないっすよ!」
「…………」
「昨晩は奢ってやったんだから、今日も姉貴のところに行ってくれるっすよね? 兄貴ほどの御方が不義理はしねえっすよね?」
「お前は……まあいいか、何でも」
詰め寄ってくるジェイルを押しのけながら、リオンはゆっくりと首を振る。
どうせ、今晩の宿はまだ見つけていなかったのだ。
ギルドで多額の報酬を受け取ったばかりで、かなり懐に余裕がある。
「二日連続で娼館通いか……俺も随分な男になったものだな」
清廉潔白。
邪神と戦うことしか考えていないストイックな勇者はどこに行ってしまったのだろうか?
リオンは引きつった笑みを浮かべながら、路地裏へと足を向けるのであった。
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