第10話 二度目の失恋


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 リオンの口から放たれた言葉に、その場の空気が凍りつく。


 誰もが言葉を失っている。

 リオンの言葉の内容を理解できずに、固まっていた。


「…………申し訳ありません。私としたことが呆けていたようです」


 かなり長い沈黙の後、アルフィラ・スノーウィンドがようやく口を開く。

 美しく整った顔立ちが引きつらせて、リオンに掴まれている手をゆっくりと剥がす。


「失礼。どうやら貴方の言葉を聞き逃してしまったようです。先ほど、何と仰いましたか?」


勇者の子供を産んでくれと言った。お願いできないだろうか?」


 リオンはまっすぐにアルフィラを見つめたまま、もう一度、言い放つ。


 あまりにも直接的。

 プロポーズとしては情緒がなく、原始人のような告白である。

 一度、それで手酷く失敗しているというのに……そんな理性的な判断を吹き飛ばすほど、リオンは理想の『母』との出会いに興奮していたのだ。


 彼女だ。

 彼女こそが、次代の勇者の母親だ。

 彼女を孕ませられないのなら、自分が何のために地上に戻ってきたのかわからなくなる。


「そうですか……子供を。なるほど、そうですか……」


 アルフィラは瞳を閉じて、深く、長い溜息を吐いた。

 いったい、その悩ましそうな表情で何を思っているのだろう……再び、碧眼の瞳を開いた瞬間、彼女もまたまっすぐに叫ぶ。


「控えなさい、不埒者ふらちもの!」


 アルフィラが腰に提げた剣に手をかけ、目にも止まらぬ早業で閃かす。

 白銀の剣が線を描き、リオンの首めがけて駆け抜ける。


「ッ……!」


 リオンは咄嗟に頭を避けて、首を薙ごうとする斬撃を避けた。


「危なっ……!」


 危なかった。髪の毛を数本持っていかれたが、どうにか攻撃を回避することができた。


「ん……?」


 よくよく見れば、アルフィラが振り抜いた剣は鞘に収まったままになっている。

 どうやら、本気で首を斬ろうとしたわけではなく、鞘に入れたまま殴ろうとしていたようだ。


「それでも頸骨が折れていたかもしれないけど……情けをかけてくれたのかな?」


「私の剣を……避けた?」


 リオンが首を擦りながら訊ねるが、アルフィラは瞳を見開いたまま固まっていた。

 どうしたのだろうとリオンが首を傾げるが……直後、予想外の方向からさらなる攻撃が仕掛けられた。


「死ね!」


「死になさい」


 アルフィラが引き連れていた二人の仲間である。

 青銀色のショートカットの少女、赤銅色のセミロングの女性がそれぞれ、手に持った武器でリオンに攻撃を仕掛けてきた。


「ちょ……わっ! わあっ!?」


 銀髪少女の剣と赤髪女性のメイスが振り下ろされ、リオンは慌てて逃げ回る。


「な、何するんだ!? 俺が何をしたと……!?」


「ウチの姫にとんでもない無礼を働いたでしょうが!」


「お嬢様の手を握りしめ、あまつさえ子作りを迫るなど……万死に値します。地獄に落ちなさい」


「うわあっ!」


 二人の攻撃はアルフィラの斬撃に比べると、かなり遅くて弱いものである。

 それでも二人がかりで追い回されるとかなり大変だ。リオンはギルドの壁際に追い詰められてしまう。


「えーと……俺が悪かったのは何となくわかったから、とりあえず話し合わないか?」


「問答無用です」


「懺悔しなさい。地獄でもマシなところに行きたいでしょう?」


 追い詰められたリオンに、二人が怒りの表情のまま武器を掲げた。


(これは……ちょっと不味いか?)


 仮に二人を倒しても良いのであれば、この場を脱することなど容易である。

 しかし、いくら何でも初対面の女性……しかも、これから自分の子供を産んでくれるかもしれない相手の仲間を傷つけるのは如何なものだろう。


(多分だけど……心証が悪くなるよね?)


 多分ではなく、確実に嫌われることだろう。

 リオンは仕方がなく、二人の攻撃を受けて耐える覚悟を決めた。


「やめなさいっ!」


 だが……彼女達の武器が振り下ろされる寸前、アルフィラが鋭く叫んだ。

 二人が動きを止め、アルフィラの方を振り向く。


「姫……?」


「お嬢様?」


「ミランダ、ティア……二人とも矛を収めなさい。無抵抗な相手に武器を持って追いかけ回すなどという恥ずべき真似は許しません」


「「…………!」」


 アルフィラがきっぱりと言うと、二人が慌てて武器をしまう。


「も、申し訳ありません……」


「下がりなさい。その方とは私が話します」


「ですが……」


「三度は言わせないで頂戴……下がりなさい」


 アルフィラが重ねて命じると、二人がリオンを睨みつけてから渋々といったふうに下がっていく。

 先ほどの態度から三人の上下関係がわかる。

 どうやら、この三人組はアルフィラが頂点に立っていて、二人は彼女に仕えている従者か何かなのだろう。


「二人が迷惑をおかけしました。謝罪いたします」


 アルフィラがギルドの壁にへばりつくリオンに、小さく頭を下げた。


「彼女達は私の護衛役ですので、ついつい身体が動いてしまったのでしょう。許してあげてください」


「それは別に気にしてないけど……」


「それと、先ほどのプロポーズ……なのかどうかはわかりませんが、そちらのご要望に対する返答です」


 アルフィラは背筋を伸ばして、リオンの顔をしっかりと見据える。


「私はスノーウィンド公爵家に連なる者です。如何に家督を継ぐことなく自由な立場を許されているとはいえ、父の許可なく婚姻をすることも……ましてや、誰かの子を産むことなど許されてはいません」


「あ……」


「『子を産め』というご要望、お断りいたします」


 断言して、アルフィラはリオンに背を向けて去っていく。

 残されたリオンはフラれたショックからその場に座り込み、肩を落として脱力するのであった。

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