第17話 アルティ

 一方、姉妹の妹であるアルティは自室のベッドで悶絶していた。


「うー……ドキドキするよう。何なの、これ……!」


 ベッドに横になって枕を抱きしめ、両脚をバタバタと激しく上下させた。

 いくら悶絶して振り払おうとしても、アルティの脳裏に一人の男性の顔が浮かんでくる。

 もちろん、命の恩人であるリオンの顔だった。


「お兄さん……今頃、何やってるのかな?」


 リオンはアルティの周りにはいないタイプの男子だ。

 アルティがこれまで知り合った男性は、田舎の村育ちの素朴で垢抜けない男達か、あるいは粗暴で野蛮な男達だった。

 リオンはそのどちらにも該当しない。

 優しく、落ち着いた雰囲気でありながら素朴とは違う。まるで天を衝く大樹のようにどっしりとした余裕の態度。

 社交的でこちらを気遣ってくれているのだが、それなのに一定の範囲から内側には決して踏み込ませない鋭さ。


 ただ者ではない。

 自分達とは住む世界が違う。

 それを出会ってから一日で、否が応でも理解させられる。

 まるで物語の主人公が本から飛び出してきたようであった。


(お兄さんは明日になったら村から出ていってしまう……多分、もう二度と会うことはない……)


 引き留めたい。

 あるいは、縋りついて連れていって欲しい。

 だけど……それは許されない。

 自分ではリオンについていくことはできない。


 リオンは吹き抜ける風のような存在だ。

 どれほど手を伸ばそうとも掴むことはできないし、アルティの脚ではとても追いつけない。


「お兄さん……お兄さん……お兄さん……」


 アルティはひたすらつぶやきながら、ゴロゴロとベッドの上で転がる。


「ふえ?」


 しかし、そこでふと部屋の中に気配を感じた。

 自分と姉が使っている部屋に……誰もいないはずの部屋に、自分以外の誰かがいる。

 そんなふうに直感的に思ったのだ。


「え、誰? お姉ちゃん?」


 悶絶していた恥ずかしさもあって慌てて身体を起こすが……そこには誰もいない。

 やはり部屋にいるのは自分だけだった。


「……気のせいかな? 誰かいると思ったんだけど」


 首を傾げるアルティであったが、ふと衣装タンスが開いているのが目についた。

 観音開きの扉がいつの間にか開いており、風もないのに前後に揺れている。


「…………?」


 古い衣装タンスである。立て付けが悪くなったのかもしれない。

 アルティはベッドから立ち上がり、扉を閉めようとする。


「あ……」


 そこで中に入っていた一着の服が目に留まった。

 それはかつて孤児院の院長であるリーベルが買い与えてくれた服。

 いずれ素敵な男性と出会ったら使いなさいと言われていた服……シースルーのネグリジェだった。

 姉のものと色違い、ピンク色のネグリジェはいかにも扇情的なデザインをしており、初心なアルティは見ているだけで赤面してしまうものである。


「これだ……!」


 だが……いつもであれば衣装タンスの奥に突っ込むその服の存在が、今のアルティには天啓のように感じられた。


 たとえ色仕掛けをしたとしても、リオンを引き留めることは叶わないだろう。

 それでも、構わない。

 たとえ一晩の恋であったとしても……エッチな服を着てリオンと会えば、高鳴り続ける胸の鼓動に答えが出るかもしれない。


「いこう! やろう! 頑張るっ!」


 女は度胸。勢いが大切である。

 アルティは猛然と服を脱ぎ捨てて、裸の上にシースルーのネグリジェを纏った。

 姉と比べると細身ではあるものの、膨らむところはしっかりと膨らみ、締まるところはしっかりと締まったバランスの良いボディが露わになる。


「いくよっ、お兄さん! 覚悟しておいてねっ!」


 アルティは勢いに突き動かされて、部屋から飛び出した。

 もしも今の彼女の姿を孤児院の子供達に見られでもしたら結構な事件であったが……幸い、そんな事態に見舞われることなくリオンの部屋まで到着する。


「ふえ?」


 しかし、部屋の中から人の話し声がする。何やら妖しい物音も。


 どうやら、先客がいるようだ。

 アルティが扉を薄く開いて、そっと中を覗く。


「ふあっ!」


 そこにあったのは……姉のメイナがリオンに迫っており、自分の胸を触らせている光景であった。

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