第9話 魔窟へ
「それじゃあ、俺は薬草の採取に行ってくるよ。夜までには戻るから待っていてくれ」
リオンはそう言って、村から出て森に向かおうとした。
紅蓮草を入手するためには『魔窟』と呼ばれる場所に入らなければいけない。
魔窟は魔力が噴き出すポイントであり、その形は様々である。
森や湖、砂漠、荒野、海……強力な魔窟の中には、地形を作りかえて『ダンジョン』と呼ばれる亜空間を生み出している場合もあった。
リオンが向かおうとしているのは森の奥深くにある魔窟であり、ダンジョン化まではしていない。歩いて半日ほどの距離にある場所だった。
(子供の頃、面白半分で遊びに行って死にかけたよな……)
大人には絶対に近づくなと言われていたのに、リオンは好奇心から魔窟に探検に向かったことがあった。
リオンの後を二人の幼馴染がつけてきたせいで彼女達まで危険にさらしてしまい、後から両親に死ぬほど叱られたものである。
(……思えば、あれが俺の勇者としての始まりだった)
幼馴染を守るために魔窟に棲みついた魔物に立ち向かい、そこでリオンは初めて勇者としての力を解放することになった。
リオンにとっては最初の冒険。神殿に勇者としての素質を見出され、村を出るきっかけにもなった事件である。
(あの時、無謀な冒険をしなければこの村で一生を終えていただろうか? それとも、邪神の侵略で国ごと消されていたのかな?)
「待ってください、リオンさん!」
「ん? どうかしたのかい?」
物思いにふけりながら村を出ようとするリオンを、慌てた様子でメイナとアルティが追いかけてきた。
「私達もお供させてください! 微力ですけど、お手伝いをします!」
「そうだよ! リオンさんだけを危険な場所には行かせられないもん! 私も手伝う!」
「おいおい……冗談だろう? どこに行くのか説明したじゃないか」
呆れた様子でリオンは溜息をついた。
二人は冒険者の真似事をしているようだったが、ハッキリ言って、素人に毛が生えた程度の実力しかない。
才能がないとは言わないが……少なくとも、現時点で彼女達にできることはないだろう。
「俺一人で十分だよ。村で吉報を待っていてくれ」
「そんなことできません! 恩人を一人で危険な場所に向かわせるだなんて……!」
「お姉ちゃんの言うとおりだよ! 私達にだって盾になるくらいはできるから、連れていってよ!」
「うーん……弱ったな」
二人を連れていけば、もしかすると危険な目に遭わせてしまうかもしれない。
もちろん、全力で守るつもりだ。今のリオンであれば傷一つ付けることなく村に帰す自信はあるが……驕りや油断は禁物である。
そもそも、彼女達を連れていくメリットがないのだ。
薬草を採ってくるくらいならばリオン一人で十分だし、荷物持ちや手伝いは必要ない。
移動速度も遅くなってしまう。孤児院の院長先生はすぐにどうなるという状態ではなさそうだったが、それでも早く行くに越したことはないだろう。
「リオンさん、これは私達自身のために言っていることなんです」
「ん? どういうことかな?」
メイナが落ち着いた口調で訴える。
「この村は小さな村です。冒険者ギルドの支部もありません。町のギルドに依頼を出すことはできますけど、酷いときには依頼してから冒険者がやってくるまで半年以上も待たされることがあります。いざということになれば、自分達でどうにかしなくてはいけないのです」
「…………」
「今回はリオンさんの助けを得ることができましたが、次があるという保証はありません。院長先生が、孤児院の子供達が、私達が病気になって薬草が必要になった時……自分達でどうにかしなくてはいけない場面はこれからも起こるでしょう」
「だから……その時のために経験を積ませてくれ、そう言いたいわけか。理屈はわからないでもないけどね……」
メイナの言わんとしていることを察して、リオンは腕を組んで考え込む。
彼女達の言い分はある意味では正しい。
かつてこの村に暮らしていたリオンだからこそ、わかる。
いざという時に誰かが助けてくれる保証なんてない。狼や魔物が村を襲ってきたとき、流行り病が蔓延したとき、飢饉で食料が足りなくなったとき……村人は自分達の力でそれを乗り越えなくてはいけない。
そのために強くなりたい、リオンと一緒に危険な場所に行って経験を積みたい……その考えには共感できるものがある。
(仮に僕が村人だった頃、同じような場面に出くわしたとしても、同じような選択をしていただろうね……)
「……わかったよ。君達を連れていく。付いてくると良い」
「やった!」
「……ありがとうございます。ご迷惑をおかけします」
アルティがバンザイをして喜び、メイナが申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
この二人はすでに薬草のために森の奥に入り、オークに襲われてしまっている。元から無謀な性格なのだ。
(どっちにしても危険に飛び込んでしまうのならば、せめて生き残る術を教えてあげよう。メープルとアリアへの手向けとしてね)
二人とよく似た幼馴染の顔を思い浮かべて、リオンは苦々しく笑うのであった。
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