第8話 スケベな薬師
メイナとアルティ。二人が世話になった孤児院の院長のため、リオンは森の深部に行って貴重な薬草を採取することにした。
リオンがそのことを伝えるとメイナは感極まったような顔をして喜び、すぐに妹のアルティを呼び出した。
まだ薬草を採ってきていないというのに何度も頭を下げてくる二人に苦笑しつつ、リオンは重要なことについて確認する。
「紅蓮草を採ってくるのは良いとして……この村に薬を調合できる人間はいるのかな?」
いくら材料があったとしても、薬を調合できる人間がいなければ宝の持ち腐れである。
もちろん、リオンにそんな技能はない。勇者として戦うことしかできなかった。
「うん、大丈夫だよ。村外れに住んでいる薬師のお爺ちゃんが調合できるよ」
リオンの確認にアルティが頷き、メイナも補足して説明する。
「薬師のお爺さんはお年を召していますけど、腕は確かな方です。たまに夜中に村の中を徘徊していたりはしますけど……」
「そうそう、道に迷ったとか言ってお風呂を覗いてくるんだよ! すっっっっっごくエッチなんだから!」
「すごくエッチな薬師……?」
苦々しく笑うメイナに、プリプリと怒るメルティ。
二人の説明にふと思い当たることがあり、リオンは眉をひそめる。
(スケベな薬師……まさか、あの人なんじゃ……)
「……良かったら、その薬師のところに案内してくれないかい?」
「はい、もちろんです。材料を集める前に薬を調合してくれるかどうかを確認しないといけませんし」
「がめつい人だからねー。お金、足りるかな?」
どこか不安そうなメイナとアルティに連れられて、リオンは村はずれの小さな丸太小屋へと連れていかれた。
アルティがノックもせずに扉を開くと、途端に小屋の中から薬草とアルコールの匂いが混じった悪臭が匂ってくる。
匂いを堪えて小屋を覗くと、ずんぐりむっくりとした体格の男性が小屋の床で横になって眠っていた。
男は酒瓶を片手に握りしめており、「グガー、グガー」と熊の唸り声のような寝息を立てている。
「あ、また酔いつぶれて寝てる! 昼間なのに悪いんだから!」
「うあー……? 誰かと思ったら、アリアちゃんじゃねーか……」
「私の名前はアリアじゃなくてアルティだよ! ほら、メイナお姉ちゃんもいるよ!」
「メイナ……誰だあ、そりゃあ。メープルちゃんなら知ってるけどなー……」
アリアに怒鳴られ、床から起き上がったのはヒゲを生やしたドワーフの男だった。
成人男性の腰ほどのずんぐりむっくりの体格だったが、腕や足は太く、いかにも屈強そうである。
それでも、かなり年をとっているのか顔は白いヒゲに覆われており、肌には深い皺が刻まれていた。
「貴方は……!」
その男の姿を見て、リオンが息を呑んだ。
ドワーフの男はリオンが知っている人物だった。
リオンが村に住んでいた頃からこの丸太小屋で暮らしており、鍛冶が得意なドワーフにしては珍しく薬師として薬草を扱っているロンザという名前の男である。
リオンの記憶よりもかなり老いていたが……ドワーフは人間よりも寿命が長いため、今日まで生きながらえていたのだろう。
「……お久しぶりですね、俺のことを覚えていますか」
「あー……?」
リオンは百年の時を越えて知り合いに巡り合った興奮を抑え、ロンザに訊ねる。
ロンザは酒で寝ぼけた眼をリオンに向け……やがて大きく目を見開いた。
「お前さんは……!」
「はい……!」
「武器やのせがれのマーロン君だったかあ? 大きくなったのお!」
「…………」
リオンがガクッと肩を落とす。
もしかしたら自分のことを覚えているかもしれないと期待したが、完全に的外れだったようである。
「……違います。マーロンさんではありません」
「んー? どこかであったかのー。ワシャ、男の顔と名前は覚えれんからのー」
「女の名前も覚えてないけどね! 私とお姉ちゃんの名前も間違えているし!」
「おっとっと、酔いで足が滑ったわい」
「キャアッ!?」
ロンザがふらりとバランスを崩し、アルティに抱き着いた。
酒でふらついたように見えたが……顔に貼りついたスケベ顔を見る限り、わざと転んだのだろう。
アルティの胸に顔を押しつけ、両手で尻を鷲掴みにする。
「こ、このエロ爺!」
「ふぎゃっ」
アルティがロンザの頬をはたいた。
「パチン」と大きな音が鳴ったが、その割に強く叩いたように見えないのは手加減しているからだろう。
「おー、痛いのう。最近の若い者は年寄りをいたわることを知らんわい」
「ちゃんと尊敬する人はしてますー! セクハラするエロ爺にかける情けなんてないだけよーだ!」
「アリアちゃんは意地悪じゃのう。やはりワシにはメープルちゃんしかおらぬわい」
「あ、あははは……お元気そうで何よりです」
メイナが苦笑いをしながら、ロンザに両手を握られてスリスリと手のひらを撫でられている。
「その……ロンザさん、今日はお願いがあって来たのですが……」
「ん? なんじゃい、いくらメープルちゃんでも結婚はできぬぞ。ワシは婆さんに操を捧げておるからのう」
「そんなんじゃないって! 院長先生を治す薬を作って欲しいの!」
「んー? 院長先生の薬……?」
その言葉を聞いて、夢見心地だったロンザの目つきがわずかに変わる。
「悪いが……アレは簡単に治る病じゃない。治すとなれば、特別な薬草が必要だ」
「紅蓮草……ですよね?」
「そうとも。あの薬草はそこらの冒険者に採ってこれるような代物じゃない。ましてや、お前さん達みたいな素人なら尚更じゃ。悪い事は言わん、諦めるんじゃな」
突き放すような言い方をしたのは姉妹を思ってのことだろう。
下手に希望を与えるようなことをすれば、かえって彼女達の心を傷つけることになる……ロンザ老はそう考えたのだ。
「大丈夫だよ、この人が採って来てくれることになったから!」
「あ? この人って……道具屋のベッカムさんがか?」
「ベッカムではありませんが、俺がです」
疑わしげな目を向けられて、リオンは胸に手を当てて宣言する。
「紅蓮草は僕が採取してきます。ですから、どうか院長先生を治療する薬を作ってください」
リオンの言葉にロンザ老はしばし眉をひそめていたが、やがてシワクチャの顔を歪めて口を開いた。
「断る!」
「「ええっ!?」」
「断る! ワシは絶対に薬を作らん! 仮にベンジャミン君が紅蓮草を採ってきたとしても、絶対に作らんからな!」
曲がっていた腰を伸ばして怒鳴りつけてくるロンザ老にメイナとアルティがそろって唖然としている。
「そんな……どうしてですか、ロンザさん!」
「ちょ……ちょっとちょっと! どうして断るのよ!」
「ウルサい、ウルサい! 薬は作らぬと言っとるじゃろ! 他に用がないのならさっさと出ていけ!」
「「キャアッ!」」
ロンザ老がメイナとアルティの尻を掴んで小屋の外へと追い出した。
リオンも仕方がなしに小屋の外に出て、扉を閉めようとしているロンザに向けて口を開く。
「明日には戻りますから、薬を調合する準備をしておいてください」
「薬は作らぬと言っておるじゃろ! 無駄なことはするでない!」
「それでは、よろしくお願いします」
ロンザ老が「バタン!」と大きな音を鳴らして扉を閉める。
頑固で取り付く島もない様子に、リオンが苦々しく笑って肩をすくめた。
「まったく……本当にあの人は……」
変わらない。昔からそうだった。
スケベで、いい加減で、大酒飲みで、怒りっぽくて。
そのくせ薬師としての腕は一流。不思議と憎めない人だった。
「そんな……ロンザさんが薬を作ってくれないなんて……」
「あのエロ爺! 最低! 最っっっっっ低!」
ロンザ老に薬の生成を拒否されて、メイナが青ざめさせて身体を震わせ、アルティは怒りに顔を真っ赤にして拳を握りしめている。
リオンはそんな二人を安心させるため、ニッコリと穏やかな笑みを浮かべた。
「大丈夫。ロンザさんは薬を作ってくれるよ」
「え、でも……」
「断ったのは、俺達が危険を冒して薬草を採りにいかないようにするためだよ。危ない場所に行って怪我をしないように断るフリをしてくれたのさ」
紅蓮草は地脈から魔力が噴き出すポイント……『魔窟』にしか生えない薬草である。
魔窟には強力な魔物が生息しているため、足を踏み入れるだけでも命がけだ。
ロンザ老はリオン達がそんな危険地帯に行かないよう、あえて強い言葉で拒否をしたのである。
「心配しなくても、俺が薬草を採ってきたら薬を作ってくれるはずだ。そういう人なんだ……あの人は」
リオンが勇者に選定されて村を旅立つ時にも、ロンザは「このまま帰ってこなかったら、メープルちゃんとアリアちゃんを俺のものにできるな。ざまあみやがれ!」なんて悪態を吐いていた。
それが絶対に生きて帰って来いという彼なりのメッセージであることに気がついたのは、旅立ってから何年も経ってからだった。
(変わらないな……年をとっても、あの人は本当に優しい人だ)
年をとったとしても、根本的な部分は変わっていない。
リオンは旧知の知人の変わらない優しさに、胸が温かくなるのを感じたのだった。
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