勇者の子供を産んでくれ 邪神と相討ちになった勇者は子作りをしろと女神に復活させられる

レオナールD

第1章 勇者復活編

第1話 童貞勇者には辛い使命


「子供を作ってくれ。百人ほどで良いから」


「…………」


 神々しくも美麗な女性の口から放たれた言葉に、その青年――リオン・ローランは言葉を失った。


 リオンがいるのは、雲の中にいるような真っ白な空間である。

 気がつけばこの場所にいて、目の前には玉座にふんぞり返っている美女の姿があったのだ。


「あの、俺はいったい……」


「戸惑うことはない……勇者リオン・ローラン。邪神殺しの英雄よ」


「…………!」


 邪神殺し。

 その言葉を受けて、リオンはわずかに目を見開いた。


 確かに、リオンは勇者だった。

 生まれた時から女神の加護を授かっており、世界を脅かす人類の大敵――『邪神オクタヴナーヴァ』に勝利することができるただ一人の人間として、人々の期待を一身に背負っていた。


「『邪神殺し』……俺のことをそう称するのなら、俺はオクタヴナーヴァに勝利したということで良いのかな?」


「フム? 記憶がないのか?」


「……戦いの前のことは覚えている。仲間が死んでいったことも。ただ……オクタヴナーヴァと剣を交えてからのことは曖昧になっている」


 リオンは自分の最後の記憶を探りつつ、答えた。


 その日、リオンは仲間達と一緒に最後の決戦に臨んでいた。

 背後に続くのは信頼するべき仲間と、『神聖連合』の各国に派遣された軍勢。

 目の前に立ちふさがるのは見上げるほどの巨体を有した邪神オクタヴナーヴァ、かの者によって生み出された万の眷属。


 戦いの中で多くの戦士が命を落とした。

 共に未来を語り合った友が、酒を酌み交わして勝利を誓った仲間が、次々と目の前で斃れていく。

 仲間の屍を踏みつけて前に進んでいき……最終的には、リオンとオクタヴナーヴァの一騎討ちに持ち込まれた。


 リオンの記憶はそこまで。

 そこから先のことは、ほとんど思い出すことはできなかった。


「その通りだ……勇者リオン・ローランよ。貴方は勝った。邪神を打ち滅ぼして人類を救った」


 玉座に座る女性が朗々と語る。

 金糸を編み込んだような髪をかき上げ、アメジストのように輝く瞳でリオンを見据えた。


「褒めてつかわす……貴殿に加護を与えて、勇者として地上に産み落としたのは間違いではなかった。心からの称賛を与えよう」


「……なるほど、貴女の正体がわかった」


 褒めると言いながらもどこまでも尊大そうな女性の語り口調に、リオンは彼女の正体を悟る。


「世界の創造主……女神オーディーヌ。貴女なのですね?」


 確信を込めて訊ねると……その女性は純白の衣装で衣擦れの音を奏でながら、脚を組み替える。


「その通り……我こそが女神。世界の創造主である」


 どこまでも偉そうな口ぶりであったが……彼女が神であるならば納得だった。

 リオンは改めて膝をついて、頭を下げる。


御拝謁ごはいえつにあずかり、光栄でございます。それで……今日はいったい如何なる用向きで、俺……ではなく、私をここに呼んだのでしょう?」


「理由の一つはすでに済ませた。貴殿の労と働きを労うため。もう一つは……これも先ほども口にした通り。貴殿に新たな使命を与えるためだ」


「新たな使命といいますと、その……」


 先ほど、開口一番に放たれた言葉を思い出す。


 子供を作れ。

 それも……百人も。


 子供というのは当然ながら一人では作れない。

 まさかとは思うが……相手の女性は目の前の女神なのだろうか?


「当然だが、相手は我ではない。不敬なことは考えていないだろうな?」


「も、もちろんです。少しも、欠片も!」


「ならば良し」


 まるで考えを見抜かれたように指摘され、リオンは慌てて両手を振った。

 だったら、どういうことなのだろう……視線で問いかけると、女神は椅子の肘掛けに頬杖をつきながら説明を始める。


「貴殿の活躍により、邪神オクタヴナーヴァは倒された。しかし……非常に厄介なことに、奴は神だ。たとえ女神の加護を与えられた勇者であったとしても、魂を打ち砕いて永遠に滅ぼすことは叶わない。奴はいずれ復活して戻ってくることになるだろう」


「…………!」


「邪神が復活した時の備えが必要だ。具体的には、新たな勇者を生み出す必要がある」


「新たな勇者……」


此度こたびの戦いでは多くの被害が出た。貴殿が成長して邪神を倒せるまでの力を蓄え、仲間と共に奴を倒すまでに十の国が滅び、百万の人類が命を落とした……勘違いしてくれるな。責めているわけではない」


 表情を曇らせるリオンに、女神は尊大な態度を崩さないまま慰め(?)の言葉をかける。


「貴殿は良くやった。各地で邪神の眷属を倒しながら同志を集め、生き残った国々をまとめ上げて『神聖連合』を築いた。その手腕は、神である我の目から見ても卓越している。邪神と通じて足を引っ張った馬鹿共はともかくとして、貴殿が感じるべき責任は豆一粒もないと断言しよう」


「……ありがとうございます」


「もしも邪神への対処が遅れた原因があったとすれば……勇者が一人しかいなかったことだろうな」


 女神が物憂げに溜息をつきながら、長い金髪の一房を指に巻きつけて手遊びをする。


「もしも貴殿と同等の力を持った勇者が十人……否、五人でもいれば、ここまで大きな被害を出すことなく邪神を倒すことができたはず。されど、困ったことに女神の加護を持った『使徒』は同時に二人は生み出せない」


「…………」


「ならば、どうするか? 我は考えた。考えた末に結論を出した。一人しか使徒がいないのであれば、その使徒を繁殖させて増やせばよいのではないかと」


「は、はあ……?」


「ここで話がつながったようだな。貴殿には再び地上に戻って、女と交わって子供を作ってもらう。最低でも百人以上。できれば、剣や魔法に長けた女性を孕ませるのが望ましい。無論、全員が勇者の力を継ぐわけではないだろうが……百人もいれば、十か二十は適性のある者も生まれよう」


「それは、えっと……ええ?」


 リオンは混乱して言葉を噛んだ。

 女神からの命令に「否」と答えることは有り得ないが……内容が内容である。

「はい、かしこまりました」と断言できるようなことではない。


「その……あー、俺は、私は女を抱いたことがないのですが……」


 何故なら……リオンは童貞だから。

 女性と身体を重ねたこともなければ、口説いたり付き合ったりしたこともない。

 子供の頃に勇者の力を見出されてから、ひたすら邪神を倒すことだけを考えて、突き進んできたことの弊害である。


「女を知らぬ私が地上に戻って子供を作るよりも、別の勇者を生み出して子作りをしてもらった方が確実だと思いますが……」


「知らぬ。慣れろ。やれ」


 言外に無理だと告げるが、女神の言葉はにべもない。

 断ることなど許さない……どこまでも一方的な態度が、ハッキリとそれを告げてくる。


「新しく勇者を生み出すよりも、死んだ勇者に仮の命を与えて一時的に復活させた方が力の消耗を押さえられる。邪神によって荒廃した世界を癒すため、我は大きく力を削ってしまった。これ以上、力を使えば世界の管理に支障が出てしまう」


「そ、そうなのですか……?」


「そうなのだ。故に、貴殿がやれ。相手の意思などどうでも良いから女を犯せ。子を孕ませろ。勇者の血と力を次代に伝えよ」


「…………」


 必要だということはわかるのだが、もう少し言葉を選んでもらいたいものである。

 輝くような美貌の女神の口から『犯せ』だの『孕ませろ』だのと言われると、リオンが抱いていた信仰心も揺らいでしまう。


「言い忘れたが……貴殿が地上に生き返ることができるのは一年間だ。貴殿に与える仮初かりそめの命がそれ以上はたないからな。それから、貴殿が邪神を倒してから地上では百年が経過している。慣れないことも多いだろうが、どうにか適応するが良い」


「は? え? ええっ!?」


 情報量が多すぎる。

 一年しか生きられないということも、地上で百年が経過していることも。

 リオンが頭の中で情報を整理するよりも先に……女神が勝手に話を進めていってしまう。


「わかったな? わかったのならば、さっさと行ってこい。使命を果たせ、応援してやる」


「ちょ、話はまだ……わああああああああああああっ!?」


 女神がサッと手を振ると、リオンの足元に丸い穴が出現した。

 突如として開いた穴に、跪いていたリオンは回避もできずに飲み込まれてしまう。


 雲に囲まれたような純白の世界から、一転して黒い穴の中へ。

 リオンは右手を伸ばして何かを掴もうとするが……結局、何も掴み取ることができずに闇の中に沈んでいったのである。

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