告白してきたあの子はあまりにも口下手
白ノ光
告白
──放課後、校舎裏。
人気のない夕暮れにて。気温は少し、肌寒い。
「それで、僕を呼び出して何の話? 高根さん」
「う、うん。清水君、あのね……」
制服を着た少年と少女が、向かい合っていた。
少女は恥ずかしいのか、顔を赤らめる。
「私、あなたのことが……」
「え……!?」
「その、ずっと前から……」
「マジかこれ、告白ってやつ!?」
思わず飛び出した少年の呟きは、少女に聞こえていない。
「クラスでも随一の美少女かつ、生徒会の副会長も務めてる彼女に、告白されてる!? まさかこんな日が来るなんて……」
少年は心を沸き立たせながら、少女の次の言葉を待つ。
「はぁ、ずっと……ふぅ……ずっと前から……」
少女の顔はさらに赤みを増し、息も荒くなってきた。
やがて少女は決心したのか、大きく息を飲み、
「ずっと前から、清水君のことが────嫌いでした! 早く目の前から消えてください!!」
「ええええええええぇぇぇぇぇぇっっっ!?」
予想と正反対の言葉に、少年はつい、背中を校舎の壁に打ちつける。
「そ、そんな……。まさか高根さんが、生徒会の仕事の合間を縫って、僕をわざわざ校舎裏に呼び出した挙句、変に期待を持たせた上で、奈落に突き落とすような人だったなんて……。がっくり」
「あああああっ! ち、ちがっ、違うんですこれは!」
少女は汗をかきながら必死に弁明しようと、両手を振る。
「いやいや、さっき目の前で、はっきりと大声で嫌いって宣言されて、何が違うって言うんだよ高根さん! うわああぁぁん弄ばれたああぁぁ!」
「待って、行かないで! ちょっとだけでいいから話を聞いて! 本心じゃない、嘘なのこれは!」
「なんだ嘘か。怖い冗談ですね高根さん」
「急にすまし顔になっちゃって、き、切り替え早いなぁ……」
「嘘なんですよね? じゃあ本当の話をしてくださいよ、ほら」
「うん、もちろん。すー、はー……」
少女は、ゆっくりと深呼吸した。
「もう一度行きます」
「どうぞ」
「私、ずっと前からあなたのことが……」
「うんうん」
「あなたの、ことが……」
「うん?」
「大っ嫌い! とっとと死んで校庭の花壇の肥料になった方が有意義な人生だと思います!!」
「うわああああぁぁぁん! 高根さんが僕の人生丸ごと罵倒してくるうううぅ!」
「ああーっ! これは違うのーっ!」
この場から走り去ろうとする少年の襟首を、少女が後ろから掴んで止める。
「離してください高根さん! おっしゃる通り高根さんの目障りになるぐらいなら、今すぐ校庭の花壇に半身埋めて肥料になってきますから!」
「違う違うんですー! 肥料になんてならないでください! 私は清水君のこと、そんな風に思ってません!」
「じゃあなんでそういうこと言うんですか!? それも二回も!」
「私、緊張すると変なこと言っちゃって……。心にもない言葉が、勝手に口から出ちゃうんです!」
「心にもない言葉が……? それって──」
「はい。本当は、嫌いとか死んでほしいとか、全く思ってないんですよ? でも、ああ、恥ずかしさのあまり、つい……」
「じゃあ、照れ隠しで悪口を言うってことは、僕のこと、好きって思ってる……んですか?」
「そんなわけないじゃないですか。自意識過剰も甚だしいですね清水君」
「うわあああああああ!」
「ごめんなさぁい!」
──仕切り直し。
「難儀なクセを持ってるんですね、高根さん」
「うう、ごめんなさい……。緊張しちゃうとどうしても、ああなってしまって……」
「高根さんって、完璧な人だと思ってましたけど。こんな弱点があったなんて意外でしたよ」
「そんな、完璧だなんてとんでもない。大勢の前で話したりすることも難しいので、私、生徒会長じゃなくて副会長に立候補したんですよ。会長より、そういう機会も少ないから」
「うーん、でも、容姿端麗かつ成績優秀、非の打ち所がないという言葉を体現した、実在性の女神にしか見えないんですけどね、高根さん」
「……………………」
少女は口を閉じ、何も言わない。
「どうしました?」
「また……大変なことを言ってしまいそうなので、私は黙秘します」
「そうですか。褒められて恥ずかしかったんですね」
「そんなことばかり言うなら、もう帰ります私」
「ごめんなさい。帰らないで」
「そういえば私、清水君に言いたいことがあって呼び出したんでした。まだ、きちんと言えてませんね」
「落ち着いて、ゆっくり言ってみてくださいよ。緊張をほぐしてから声に出せば、思った通りのことが言えるでしょ」
「はい……。清水君は、いつごろ退学して、クラスから、いなくなってくれますか……?」
「ゆっくり罵倒されました。これは重症ですね」
「ああ、また……」
「そうだ、逆に、僕のことを最初から罵るつもりで、何か言ってみてくださいよ。そしたら、言いたいことと逆になるんじゃ?」
「何言ってるんですか。最初から罵るつもりなら、緊張もしませんから。それに、何もしてない清水君のことを、冗談でも悪く言えません」
「なんていい人なんだ高根さん……。じゃあ、僕が今から高根さんに嫌われるようなことをするので、存分に罵倒してみてください」
「人の話聞いてました?」
少年は校舎の壁に少女を押し付け、自分の片腕を少女の顔の横につく。
「きゃっ」
「高根さん……」
少女の顎に添えた指で、少年は、少女の顔を自分に向けさせる。
「わ、わ、わ……」
互いの瞳と瞳、唇と唇が近づいていく。
少女は、抵抗しない。
「いやいや、抵抗してくださいよそこは」
「へ?」
「今から嫌われるようなことをするのでって、言いましたけど。ここは僕を突き飛ばして唾を吐きかけ、聞くに堪えない罵声が僕への愛の言葉に変わる感動のシーンなんですが」
「あ、これ嫌われるようなこと、だったんですね……」
「高根さん? もしかして、無理矢理キスされるようなシチュエーションを嫌ってない……?」
「んんっ……」
少女は言葉を詰まらせ、途端に顔を赤くする。
「清水君の馬鹿! 死んじゃえ!」
「ごふっ」
至近距離で頭突きを受け、少年は大きくよろめく。
「大丈夫!?」
「すいません、思ったことは全て口に出すべきではないですね」
「もう。私で遊んでない? 清水君」
「とんでもない。それより今度、僕とお出かけしませんか?」
「急にどうしたの。お出かけって、そんな……いいけど、でも、私の話がまだ終わってないわ」
「いいんです。高根さんの言いたいことは、僕に伝わりましたから。僕と話して緊張するというのなら、緊張しない関係になればいいんです」
「なにそれ?」
「高根さんは、家族と話していても、そういう喋りになるんですか? 友達と話していて、いきなり暴言を吐いたりします?」
「しない。だって、緊張してないもの」
「どうして?」
「ええっと……」
「長い間一緒にいるから、いちいち緊張したりしないんですよ、きっと。そうでしょう?」
「確かに、そうかもしれないわね」
「だから僕らも、もっと一緒にいるべきです。付き合うのなら、一緒に出掛けてもいいですよね?」
「は? 付き合ってませんけど私たち。妄言止めてください」
「……友達なら、一緒に出掛けてもいいですよね?」
「もちろんです。詳しいお話は、メッセージアプリでいいですか? 私、そろそろ帰らないといけない時間なので」
「やった! 高根さんと連絡先の交換だ!」
少年と少女は互いに携帯端末を突き合わせ、これ以上は恥ずかしくて一緒にいられないという少女の提案で、別々の道を帰った。
二人が普段出会うことのない休日に顔を合わせたのは、それから三日後のことである。
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