80話

 浮かび上がるように目が覚めて、また抱き合いながら寝ているのに気付いた。温かさよりも先にみっちりとくっついた柔らかい感触が広がって、つい強めに抱きついてしまう。


「どしたー、今日はかわいいことするねー?」

「んぇっ!? あ、えっと」


 いいよ、と姉は抱き返してきた。


「なんかね、わかんないんだけど。こうやってぎゅーってするの、すごい気持ちいいんだよねー。男の子はあんましやらない気がするけど」

「あるなぁ。理由とかないんだけど、やらないかも」


 男らしくないとかカッコ悪いとか、そんな理由さえなくて、別に何もないのにやらなかった。何かあっただろうかと考えても、特になにも思い浮かばない。そういうことって男女それぞれにあるのかな、となんとなく思考が回ってくる。


「ちょっと寝汗かいたかなー。肌着替えとこ」

「ん、たしかに」


 洗濯物がもうちょっとで乾くときのような感じで、寝間着にしているシャツと肌着がわずかに湿っていた。今日も一日ゲームをしているんだろうけど、まだまだ朝は肌寒い。せっかく毛布をかけてもらえるんだから、自分でも体調は気遣っておいた方がいいだろう。そんなことを考えつつ、姉が占領しているタンスの横に行く。


「えーと。どれにしようかなー、っと」

「でっかいね」

「でかいよー。ブラ貸せるくらいだし、おんなじくらいなんだよね」

「片方で手のひらよりおっきくない?」


 かもね、と姉はブラを広げた。


「なんかで聞いたんだけど、Eカップの人で、片方一キログラムあるんだって。揺れとか型崩れとかしないように支える強さって、このくらいでっかくないと出せないんだろうね」

「そうなんだ……」


 基本的に、大きい方がパワーはあるらしい。そういうパワーのために、巨乳の人のためのブラも大きいのだろう。なんかあほっぽいことを考えつつ、一段下の引き出しを開ける。


「どうしよう。家にいるし、スポブラも試してみようかな?」

「あ、いいかも。感覚慣らしといた方が、のちのち着る機会多そうだしね」


 タンクトップの上だけ切り取ったような形をしているけど、カップが入っていて、ふつうに下着としての役割も果たせるものらしい。自分を男だと思っていたころは想像もしなかったことだけど、そういうアレンジはごく普通にあるのだそうだ。


「体育ある日はこっちだねー。ふつうのやつ、下手したら壊れるし」

「弱いの?」

「想定してない使い方なの。高いから、ちゃんと着替えるんだよ?」

「そうなんだ……?」


 どちらかというと繊細な形をしているけど、スポーツ用といわれるとなんでも頑丈になるものなのだろうか。なんとなく首をかしげている俺の前で、シャツと肌着をするっと脱いだ姉の背中は、とてもきれいだった。


「背中きれいだね」

「カリナも変わんないと思うけど。見せて見せて」

「うん」

「ちょっと待った、あたしが着てからだよー?」


 ふたりで裸になってどうすんの、と姉は笑った。


「うんうん、すごいきれい。いつも見てるけど」

「洗ってくれて、ありがと」

「いいの、いいの。こういうのが当たり前になるようにしたいなー、って思うし」

「やっぱり、そういう仕事に?」


 ブラのホックを止めた姉は、薄く微笑んだ。


「それはまだわかんないけどね。夏くらいまでには決めたいかな」

「さすが……」


 ものすごくなんとなくで生きている自分を思い返して、俺はちょっとへこんだ。


「さー、降りよっか。もう朝ごはんできてるはずだし」

「……うん」


 ほんのわずかだけ未来を思いながら、俺はリビングに降りた。

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