71話
三人で食べる夕飯は珍しくないけど、父さんが先に寝てしまっていると、いつもよりかなり寂しい気がした。慣れているし、いつもこんな感じだったはずなのに、どうしてだか一人分の空白が大きく感じられる。
「お仕事もひと段落ついたし、もうちょっとしたら毎日でも帰ってこられると思うわ。そんな顔しないの」
「ん、顔に出てたんだ……」
気分でご飯がおいしくない、なんて経験はしたことがないけど、顔はしっかりそういう感じになっているらしかった。
「カリナはお父さんっ子だものね。趣味も似たし」
「そうだよねー。まあ、けっこう男の子っぽかったし」
「それはそっか……」
「じゃなきゃ、女の子になって動揺なんてしないでしょ?」
性徴顕化よりも前から「トランスジェンダー」という概念はあるし、そういう人は今もいる。だからなのか、
「でも、楽しめることが増えてお得だなーって思ったりもしてるよ」
「うんうん、それでこそって感じ。お父さんそっくりだねー」
「そうなの?」
「そうよ。あの人も同じこと言うと思う」
そうなんだ、と首をかしげながら、夕食を終えた。
入浴ともろもろを最速で終えて、姉に苦笑されながらログインした。
いつもの噴水のベンチ前に降り立った瞬間、クエスト受信の音が鳴る。
「来てる、チュートリアル……!」
ハイレグのレオタードに目隠しという変態ファッションを今さら思い出して自分にドン引きしつつ、
『志願者番号125836「ザクロ」。君たち
「いつでも」
承諾した瞬間に、周囲の風景が奇妙なものに変わった。
「これは……?」
『情報体系を整理するため、我々は情報にある程度の半実体的形状を与えている。君たち
湖に封じ込められた、逆さまの森――「ステラノード」と呼ばれる場所は、ファンタジーとSFの中間のような風景だった。木々の一本一本は青く透き通る情報のかたまりらしく、ときおり不可思議な光がこずえから根っこ、水中にまで走っている。
『まず始めに。かれら
「うん、なんとなくわかってます」
昔の戦争なんかを舞台にした作品があると、だいたい原典と違うものが出てくる。織田信長が女性になるなんて日常茶飯事で、神様が機械やゾンビになることもあるそうだ。大昔からの伝統芸だから、現代っ子が突っ込むところではない。
『また、かれらは現段階において単なる保存情報にすぎない。実体化処置を行うことで命が生まれ、そして情報に基づいた意識と思考が芽生える。伝承において裏切りや殺戮を行ったものは、実体を得ることでそれら危険行為を実行するおそれがある……』
声だけのAIは、ひどく重々しく言った。
実際に怪物の情報があったとして、原典通りの能力ではなくても、同じようなことをし出したら大問題だ。フェンリルやヨルムンガンド、テュポーンやヘカトンケイルなど、神話には神に匹敵する力を持つ怪物なんていくらでもいる。いちおう味方サイドだしほぼ神様のヘカトンケイルはいいとしても、神様でさえ一目散に逃げだすテュポーンなんて出てきたら、ゲームそのものが終わってしまうだろう。
『活動を補助するため、強力な力を持った
「おぉ……! それらしくなってきた!」
自分の手で最強を作り出すのは、ある種のロマンだ。モノづくりでもいいし、育成でもいい……ゲーマーのツボをよく押さえている、とてもいいシステムに思えた。
『四種類の中からひとつの
「ありがとう。ちょっと時間かかるかも……」
『君の主観時間は、君自身の意識体が所有する規定クロックに由来する』
「えっと、つまり……?」
『迷う時間が長いほど、君は君自身の時間を浪費することになるだろう』
「あっはい」
ドラゴンの幼体らしい「ウィルム」に、ギリシャ神話に登場する泉や草花の精霊「ニンフ」、あと実体化しても情報に戻れる「ノイス」と、実体がなさそうな影のサメ「シャアク」。
どれにしても、これからの探索はやりやすくなりそうだが……心はすでに決まっていた。声だけのAIにダメ出しされることもなく、俺はすぐ噴水前に戻ってきた。
「これからよろしくね」
手の中にある小箱からは、何の音もしなかった。
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