58話
数体のワームを倒して分かったのは、今の状態だとパーティーを組めない、ということだった。ダメージが余らないように努力はしたし、とどめを譲る方法はじっさい有効だった。しかし、火力職が手加減するのはそんなにいいことではない。
「ごめん、ピュリィ。二人だけどパーティー組めなくなっちゃったね」
「仕方ありません。地下シェルターの攻略は、組まないコンビでやりましょう」
さまざまな施設が併設され、あちこちへ枝分かれする「地下シェルター入り口」は、かなり大型のダンジョンだ。手近なところにあるからか、それなりに攻略されている。クエスト専用エリアもあるようで、そのあたりはまだ封鎖されたままだ。
「ここにいるのは……」
「あれです」
見上げるほど大きな体だったゾードよりも、さらに大きく見える羽織袴の立ち姿。足を止めたしゃらりという音が、その構成要素をはっきりと伝えてくる。手に持った槍はひどくシンプルだが、着物の袖を邪魔にならないよう払う動作、油断のない構えは、間違いなく老練の戦士のそれである。
「めちゃくちゃ強そうだな」
「ゾードさんでも手こずるみたいですよ」
ちりん、と鈴の音を鳴らすのは、どう見ても「符蛆」だった。
ライヴギアは、開発当時の先進国が持っていた技術の発展形だ。どうやら、五種類それぞれに対応した自動兵器も存在するようで、自動機械はあちこちに配置されている。機械に対応するものがいるなら、当然それ以外もいるわけで……〈符術〉から作られた「符蛆」が、紙に対応するモンスターらしかった。
「あどのむらおもときいさるぜまたらほとのむともわらきちじゃの」
「相変わらず何言ってるか分かんないな……」
声のトーンはどこか親しげなのだが、ちっとも文字として聞き取れないので、意味が入ってこない。
「ぅおらえったかたつかのとくすざはふずそのく」
「レアモンスターなので、手加減はいりません。こういうテクノロジー産のでも、純正品はものすごく強いみたいで」
「うん。さんざんやられたから、知ってる」
「なら、これ以上は言わなくてよさそうですね」
「あならかどななろこぬおびこやぬれさすつきあと」
思ったよりおしゃべりな敵は、相変わらず意味不明ながら楽しそうに言った。
ちりん、と鈴が鳴る。すぐそこまで肉薄していた敵は、なぜか打撃を見舞ってきた。振るったムチで止めようとしたものの、衝撃が強すぎて後ろに吹き飛ぶ。
「槍で殴るか普通!?」
「よく見てください、棒です!」
骨蛇に受け止めてもらいながら観察すると、確かに穂先がなかった。基本的に突き技が主体の槍と比べると、自由度は圧倒的に高い。マイナーなのでどのゲームにもあまり出てこないが、「よく分からない」ことはそれだけで脅威だ。
「あなかがきやぐおもおつおらあげらもひねかまひろゆこじりす」
「会話が成立してるていで話すのやめろって!」
煽り立てるような口調で言った敵は、そして棒を振るう。すさまじい膂力で放たれる技はとてつもなく早くて、恐ろしいまでに重かった。放たれる骨蛇のブレスや打撃も、ただ耐えるだけでほぼ効果が見えない状態だ。
「どうせ他が使えないなら……!」
ゴガンッ、と衝撃音が轟いた。
コアレベルが足りないので、いま〈調弦の型〉は崩してある。大量に使う結界テープは、ばらで大量にストックしている――あとで泣く羽目になろうが、数がある限りは使い放題だ。
「〈サイドワインダー〉!」
さっと防御に回った棒をぬるりとすり抜けて、ムチは敵を打った。
独特の足跡を残す毒ヘビになぞらえた、パリィをかいくぐってダメージを与えるトンデモ技だ。クールタイムは十秒とかなり長いが、そのぶんの効果はある。
「一度もクリティカルが出てませんね。受け方が上手すぎます」
「体術まで一流なのか、こいつ」
「あがづおいあのむこゆちあがのず」
ムチでは当て方を気にする必要はないが、ダメージが少なければ戦闘時間は伸びる。もとが紙だとは思えないほど、敵は頑丈だった。かすり傷ひとつない侍は、そしてまた攻勢に出る。
突きに打撃、薙ぎ払いと絡め取り、攻防一体となった体捌き。少しずつ見えてくる速度に、しかしまともに適応できずに攻撃を受け続ける。ポーションを使う隙もなく、ピュリィもほとんど戦えていなかった。
「すみませんっ……」
「ぐぅっ……!」
腹の中心をまっすぐに突いた一撃で、ピュリィは砕け散った。くるりと返した棒が、ムチを貫通したかのような軌道を描いて、肩口を打ち据える。わずかなディレイがムチを取り落として、喉元を貫くような一撃を迎えた。
「ならににさなはへづおゆねもよわざう」
完全な敗北だった。
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