19話

 巨大な盾を装備していた誰かが、大きく吹き飛んだ。強さとしては、ケンタウルスよりははるかに上だが、イカにはやや劣るくらいだろうか。攻撃をまともに受け止めるには、まだまだステータスが足りない。パワードスーツを着たテンプレ勢がビームを撃ちこみ続けているが、そこまで効いている様子はなかった。


「思ったより強いわね。ダメージカットは積んでるんでしょうけど」

「回復もしてるみたいですね……」


 浮かべた〈符術〉で見る限り、恒常的なステータスアップと自動回復、それにモードチェンジまで発動している。紙装甲の俺が突っ込んでいったところで、できそうなことはなにひとつない。


「ちょっと実験してみます」

「街も近いし、頭数がいるときは無茶しても大丈夫よ。本気の戦いじゃないんだし」


 ライヴギアのセットふたつめ、〈割鉈の型〉に続く〈調弦の型〉を実体化する――ばらばらと紙が出現し、紅梅の色をした琵琶ができあがった。弦楽器を演奏した経験はほとんどないが、出現した特技で動作アシストもしてもらえるらしい。


「あら素敵。新しいセットね?」

「ええ。まだ先かなって思ってたんですけど、ここですね」


 特技〈啾々たる結び〉を放つと、べん、とひとつ鳴らした音が紅の一閃を飛ばす。ほんの一瞬のクールタイムを経てもう一度、さらに二度三度と重ねていく。武器から波及していた若葉色の光が弱まり、前衛で戦っていたパワードスーツな面々が驚きの声を漏らす。


「なんだ、急に弱くなったぞ」「防御が剥がれてる、今の隙に叩き込め!」「バフもデバフも山ほど積もっている、畳みかけるぞ!」「っしゃジャスガ成功!」


「あらあら……何をしたのかしら?」

「装備補正を四分の一まで下げる効果です。あの敵、武器の持ち替えでモードチェンジしてるみたいですし……特効ですよ」


 サラさんのライヴギアは骨のようだが、そこまで熱心に攻撃に参加してはいない。こちらもまともに受けたら終わるので、デバフに集中することにした。


「対人用かしら」

「持続が短いので、なんとも。っと、かけ直し……」


 被覆に使ったあの結界テープ「簡易符術・空糸抽象」は、特技ひとつを確実に止められるかなり優秀なバリアだ――が、攻撃能力は皆無である。あくまで防御に使うものなので、どう改造したところで特技みたいなダメージを出すことはできないだろう。


 ところが、それ以外の用途ならある。「自分が張ったバリアに触れた敵に対し、装備補正を半減する」という効果を持つ絵語「名捨大扉なとりのかなと」との組み合わせだ。監獄の門を描いたそれは、持続時間も短いし攻撃能力も保証しない。何より、モンスターは装備補正を持った上等な武具なんて持っていない。


 火力が低くてもなんとかなる状況かつ、相手が装備まできっちり揃えている状態。ふつうに考えればあるはずのない事態は、なぜか訪れた。


『sutiyrh kknrnhugmstitk nrb sksnnskmstyuz』


鎧武者は、何かを言ったかと思うと、二本の剣を同時に地面から抜いた。そして、鞘を実体化させて腰に差す。


「装備が増えた!?」

「よろしくない兆候ね。初日からこんなに飛ばすなんて」


 たくさんの攻撃が飛んでいるが、HPはまだ半分も減っていない。前衛はかなり粘っているし、後衛からの攻撃もかなり激しいのだが、防御も回復も充実しているようだった。しかし、一度使った装備はどんどんと耐久値が削れていくのか、最後っ屁と言わんばかりに投げて攻撃に変えている。


「思ったより、強い人も多いんですね」

「ベータから引き継いだ人も多いのよね。レベルが低くても、セットの組み方とアイテムさえ揃っていればなんとかなるもの」


 ものすごい太さのビームを撃っている人や大きな盾で殴っている人など、間違いなくトップ層であろう人たちが最前線に出ている。ものすごい勢いで攻撃がヒットして、すさまじい勢いで切り結んでは火花を散らしていた。もうちょっと装備が整えば飛び込んでいっても生き残れそうだが、今のところドロップ品の防具すら装備していない、紙装甲以下の状態だ。


「見てるだけでも、すごいメンツね。スズコにさわんにラパットに、あなたまで」

「私ですか」

「野次馬、多かったでしょう? 掲示板はかなり盛り上がってると思うわ」

「そ、そういうものなんですね……」


 弦を弾いてデバフを入れる。そしてまた、敵は光を薄れさせた。


『erbbkhkknrtsdmt wgintwububkh [BRAVE]nerbrsmnnm』

「わっ、わぁあ!?」


 敵が何かを言ってすぐ、俺は敵のすぐそばまで引き寄せられた。すぐにライヴギアを組み替えて〈割鉈の型〉に戻し、がらがらと組み上がっていく剣の舞台へ着地する。


「ヘイト稼ぎすぎたかな……」

「君も上位陣の一人だからじゃないかな?」

「え、――っと、あなたは」

「僕は錫児。この姿は、ちょっとした自己アピールといったところかな」


 サラさんの言っていた、なぜか「部品」みたいなアクセントだった「スズコ」さんは、この人だったらしい。すごいメンツとは言っていたが、見た目が衝撃的すぎて、強いのかどうかという考えに行く前に思考がフリーズした。


「そういうのもあるんですね……?」

「いちおう水着のフィルムだね」


 よく日焼けした細マッチョがほぼ全裸で、顔には麻袋、股間にはマンモスの牙みたいなものを生やしている。いちおうレーティングには引っかかっていないと思うけど、こんな見た目を選ぶ人がいるなどとは思ってもみなかった。


「これは「ペニスケース」というんだ。局部をアピールするために使う、オセアニアあたりで見られる装身具だね」

「あの、……はい」


 言いながら、股間の牙がぐぐっと持ち上がる。どうやら戦闘態勢がそれらしく、先端に何かのエネルギーが集まっていくのが分かった。分かりたくないが。


『srtk nrbhjmyu tkynmtdn hncrssaiw』


 足元には剣を組んで作った足場が完成し、敵はそれをさらに一段階盛り上げる。


「僕は火力職でね……ほかの人への気遣いは、あまりできない」

「私もですよ。なんとかやってみます」


 ステージ外からの攻撃もデバフも、フィルターを通したように透明にはなっているものの、当たってはいるようだった。ならば、俺が倒れて街から戻ってきても、そこまで問題は起こらないだろう。


『ykz』


 鎧武者は、そう言って剣を振るった。

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