3話

 軌道エレベーターを移動するポッドの中で、壁面にオープニングっぽい文字が流れていく。いくつもの宇宙の座標が同一地点に存在することが確認され、回避不能な衝突が起きたその瞬間――しかし、すべての世界が静寂の中にあった。


「何が起きたのか、何も起きなかったのか、……調査するのが俺たち「志願者ソルド」か。なるほど」


 プレイヤーがどの宇宙に属するのかは明記されていない。漁夫の利を狙った第六陣営か、あるいはどこへ肩入れしようと自由ということか。セーブポイントが「出力ポイント」だったり、武器が生体認証と紐づけられていたりと、かなりSF成分が強い。


 そうこうしているうちにオープニングは終わり、墓場かダストシュートかというほど機能的で月面めいて寂れた場所へ、ポッドが降り立つ。入り口から出ると、ポッドの扉はすぐ閉まって上昇していった。


「おつかれー……武器ごとの人口、どうなんだろう」


 惑星探査という目的なら機械がいいだろうし、現地での補充を考えると骨や石の方がやりやすそうだ。どれも一長一短だろうから、偏っても見かけないことはないだろうと思ったのだが……初期位置から出た広場にいるプレイヤーは、ほとんどがぴっちりスーツに簡易的な機械装甲という出で立ちだった。


 ベータテスト時代の情報が出回るなんて当然だし、何をやるといいスタートダッシュを切れるかの動画も、たぶん出ているのだろう。事前に配信する予定を報告していたストリーマーもいたはずなので、その結果がこれらしい。


 死ぬほど服装が浮いている広場から離れて、川べりの階段に座る。ちょうどいい観光スポットだと思うのだが、あまり人がいなかった。NPCが少ない場所だと、クエストも始まりにくい傾向にあるからだろうか。


「組み換えはできたけど、詳細は確認してないんだよな……」


 ステータスウィンドウを開いてみると、ライヴギアの基本形態は工具セットだった。そこからおすすめの形に組み替えるか、自力で形を整えるかの二択になるようだ。今のところ入っているのはパーツごとに一種類の素材のみ、作り出せる形は大鉈だけだ。


「最初に作れる形は決まってて、買い足したりドロップさせたりで発展形が増える。そんでもって、別のデフォルトも再現できるようになる、か」


 やって強いかはともかく、紙でパワードスーツを作れるのはまだまだ先らしい。さっと作れてさっと強い、それ自体は歓迎すべきことだ。だからこその、そこから外れたスタイルもやってみたくなるわけで……開拓せざるを得ない状況は、なかなか愉しい。


 紙のライヴギア〈割鉈の型〉の内訳は、「完全破壊されない」「種族・属性特攻なし」という特性で構成されていた。


「ガワだけ入れ替えれば、高レベルでも強そうなんだけどな……」


 強すぎるアイテムは、ストーリーの都合で没収されるか、レベルが高くなると使えなくなるものだ。この初期配布のアイテムも、かなり早いタイミングで使用不可になるか、一定以上の強さにならないよう設定されているに違いない。


「ひとまず、街の外に――じゃなかった、資材の買い足しからだ」


 紙の耐久値は低い、と明言されていたが……「費用がかさむ」と言われていたのは機械の方で、紙ではない。ライヴギア専用の品があるわけではなく、そこらへんにいくらでもある量販品を使えるようだ。トータルの費用はちょっと考える必要があるが、補充がしやすいのは明確な利点だろう。


 地図を開いてマーケットに向かうと、SFにもエキゾチックにも見える場所だった。コンセプトがよく分からないが、並んでいる品々はゲームに関係あるものとないものがごちゃ混ぜになっているようだ。


「こんにちは。これが紙ですか」

「おう、ソルドの。そっちは売り物じゃねえぞ」


 かごに並んでいるものをあれこれと見ていると、妙なことを言われた。


「そいつは「仕損粗紙」って言ってな、ちり紙やら掃除に使うゴミみてえなもんだ。文字の練習をしただの包み紙の破れたやつだの、使い終わった廃品だな」

「これ、私が今まさに必要としてるものなんですけど……値段を付けるとしたら、いくらくらいにしますか?」


 妙なこと言いやがるなぁ、と筋骨隆々のおっさんは眉をひん曲げた。


「束でようやっと一メテラってとこかね……繰り返すようだが、価値のある紙じゃねえからなあ。なんに使うんだ」

「この通り、私の武器が紙なので。資材が必要なんです」

「ほお……そいつが噂のライヴギアか。たしかに、上等な紙じゃなさそうだが」


 見た目にも藁半紙のように粗雑で、とても武器にするのに向いているようには見えない。しかし、ライヴギアというゲームシステムの根幹にかかわる以上、まさか本当に現実準拠の強度しかないティッシュを棒状にして戦うはずもない。「割鉈」の質感もだいたい同じで被覆材の名前も同じなので、これでいいのだろう。


「じゃあ、二メテラにします。なくなるまで持っていって「無料だから」、なんて言いたくないので」

「あとから値上げするってよりはマシかもな。そいじゃあ、お前さん以外にも紙を買うやつが出てきたら、品揃えをちょいと増やしてやるよ」

「ありがとうございます」

「いいってことよ。買うやつから儲け話が転がり込んできたんだからな」


 初期金額千メテラの中から、初期投資はたったの十メテラ……これでどれほど戦えるかが、今後の決め手になる。俺は、ありったけの資材を持って街の外へ出た。

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