君と、わたしと。
城門有美
最悪の日、知らない表情
第1話
ひどい頭痛だった。偏頭痛持ちである
起き上がれないほどの痛みで瞼を上げることすらできない。目を閉じていても視界が揺れているような感覚に吐き気すら覚える。
――せい。大丈夫?
少女の声が聞こえる。
透き通った、綺麗な声。
誰だろう。
「ん……」
なんとか力を振り絞って目を開けると視界に影が降りてきた。そしてひやりとした感覚が額に広がる。
「先生ってば、ほんと大丈夫?」
一度瞬きをしてから、その声の主を探す。すると横から心配そうな表情でこちらを覗き込んでいる少女の顔があった。見覚えのある顔だ。
「んー」
サチはなんとか思考を働かせようと唸るが、頭痛がそれを邪魔する。
「まったく。お酒に弱いならそう言ってくださいよ。なんで呑んだんですか。二缶も。しかも零すし」
呆れたような声。その声に思わず「ふへへ」と笑ってしまう。彼女は不愉快そうに眉を寄せて「何がおかしいんですか」とサチの額に乗せたタオルをペンッと叩いた。
この少女は誰だっただろう。見たことがあるのは確かだ。その声にも覚えがある。しかし、まともに働かない思考の中では名前が思い浮かばない。
「――えーと、誰だっけ?」
深いため息が聞こえた。
「ボケてるんですか? この酔っ払い」
「酔っ払いですがボケてませーん。で、どなたでしたっけ?」
へらへらと笑いながらサチはぼんやりと少女を見ながら言った。
上下ともスウェット姿の少女は深くため息を吐くと、サチの隣で両足を抱えるようにして座りながら「
「あー、そっかそっか。御影さんだ。遅刻が多くて成績イマイチだけどクールビューティな御影さん」
「ケンカ売ってんですか、この酔っ払い教師」
ピシッと額の上のタオルが叩かれ、水しぶきが顔にかかる。その水しぶきすらも気持ちよく感じながらサチは、なぜここに彼女がいるのだろうかと考えた。
なぜ彼女と一緒の部屋で自分は酔いつぶれているのか。そもそもここはどこだ。畳の部屋。それはサチの家にはないはずだ。
「あー、頭痛い。吐きそう」
「さっきからそればっか。吐きそうって言うから構えてんのに吐かないし。吐くならさっさと吐いてください」
「んー。無理。吐けない」
「まったく……。もう勝手にしてください。わたし、寝ますから」
立ち上がろうと畳に手をついた美桜の服の袖を、サチは思わず掴んでいた。
「なんですか。伸びるからやめてください」
「ねー、もう少しいてよ」
「なんで? 吐きそう?」
「ちがーう。ちがうけど、だって――」
ぼんやりする意識の中、美桜が覗き込んでくるのがわかる。彼女が何か言っている。
――だって?
――だって、寂しいじゃん。
誰が? 自分が? それとも彼女だろうか。
頬に心地よい温もりを感じてサチは一度瞬きをする。瞼が重い。
閉じていく視界の中で、柔らかく微笑む美桜が見えた。
――こんな顔で笑う子だったんだ。
サチは遠のく意識の中で思った。あんな顔、学校では見たことなかったのに。彼女があんな笑顔を向けているのを見たのは、つい数時間前が初めてだった。
なんだっけ。彼女は誰にあんな優しい表情を向けていたんだっけ。
あれは――。
サチは記憶を思い返しながら、その心地よい温もりに身を任せて意識を手放した。
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