第三十七話 山田オリガくん、やる気をみせる!



『ここにいらしたのは以前最深部で神殿を作る仕事でご一緒していただいた方々で……』

「なんだと?!」


 山田オリガの言葉はこの探索者協会が用意した会場の全域にもよく聞こえる。

 言葉の意味を察知して坂浦長官は、己の対面や経歴、社会的な信頼などに火が回り始めていることに気づきだした。まずい、と思った時には会場の外に逃げる判断をするあたり、さすがに保身にも長けていたのだろう。彼はそのまま近くのドアを開けて――周囲に広がるカメラのフラッシュに気付いた。

 同時に……ドアから出たばかりなのだろう。スーツに身を包んだ十数名の男女が非友好的な視線で坂浦長官を見ている。

 いや、眼光より憎悪と殺気を滲ませる視線ははっきりと敵対的だと言っていい。

 どこだ、ここは、どうしてこんなところに――そう罵声を挙げそうになった会長へ、山田オリガが言う。


「職員の大陸系術師さんにお願いしましてね。奇門遁甲でドアを開けようとしたらここに繋がるように細工していただきました」


 空間を捻じれさせて適当なドアと会場を繋げたのだろう。

 坂浦長官は冷静さを懸命に装おうとする。ここで冷静さを失いもう一度ドアを開けようとしても、脱出不可能な可能性が高い。それよりも、この場から逃げようとする姿をカメラに収められるほうがよほど危険だった。そんなことをすれば、後ろめたいことがあると自分で喧伝するようなものだからだ。



 彼が脱出の機会を失い、何とか冷静さを保とうとしている姿を横目にしながら……山田オリガはいう。


「ぼくはアメリカで、アリアドネ・ライフロープの一員として、魔力糸を使い、先ほど述べたメリットを現実のものにすべく研究を手伝っていましたが。

 すると、ある時、アメリカのダンジョン探索者協会経由で、日本政府から連絡を受けました」


”連絡?”

”ちょっと話が大きくなってきた”

”KWSK”


 次第に本来ならば表沙汰にならない裏事情が出てきていると周りも察してきたのだろう。次第にオリガを見る視線に驚きと興味が強まっていく。


「日本ダンジョン探索者協会の、ここ数年の大きな変質です。

 アリーナの隆盛により、探索者同士が一対一で戦うイベントのショーマッチ化。それに伴い……ダンジョン探索に欠かせない後衛を志望する方々が年々減っているということでした。

 またアメリカでは禁止の『制約』のマジックスクロールが裏市場で大量に日本に流れているという情報も掴んでいたんです」


 そこでオリガはいったん言葉を打ち切って続けた。


「ぼくは、鳳の婆様の弟子で、容姿は日本人の男性です。……え? ほんとに男性って? そこは重要じゃないでしょ。

 またぼく自身一流の糸使いであり、アリアドネ・ライフロープでも支援活動に従事していました。神殿作成を支援する探索者として実力十分、そして日本国内での活動経験がないことから目立たない……ゆえに、内偵調査を依頼されたのです」


 どよどよと周囲に驚きの声が満ち溢れる。

 ナターシャはシスターテレジアと初遭遇したあの後で鳳陽菜から事情を説明されていた訳だが、改めて聞いても驚くべき話だ。

 なんとなく配信端末のコメントを見る。


”山田オリガくんが博士で内偵のエージェント……” 

”誰か教えてほしい”

”おう”

”なんぞ”

”ナチュラルボーンドスケベ博士か、ナチュラルボーンドスケベエージェントか、どっちがイイと思う?”

”この圧倒的心配して損した感”

”いや……俺には分かる、どっちも魅力だがここは……”


 いつも通りの変態なコメントだったことに飽きれればいいのか、逆に感心すればいいのか。ナターシャは考えるのをやめてコメントを閉じた。

 山田オリガはそのまま壇上のほうへと近寄ってくる一流探索者たちを手招きした。

 全員が一列に並び、目に強烈な怒りの炎を宿して……横目で坂浦長官を睨んでいる。もしカメラが彼を追うのを止めれば長官はすぐさま逃げ出しただろうが、彼の長年培ってきた名誉や体面が彼自身を縛り付けていて、逃げ出せないでいる。


「そこでぼくは、神殿制作の際に重大な……ぐ、ぐぅっ……!」

「オリガ博士?! どうしましたカ!」


 ……視聴者に対するわかりやすいアピールとして、制約のマジックスクロールで縛られている姿をカメラの前で見せる……というのも打ち合わせ通り。目に見えない力がオリガの首に纏わりついて発言を禁じるように締め上げる。一般人には、いきなり苦しみだしたように見えるが、ある程度魔力の流れを感知できる大勢の探索者たちには、その首を締め上げる禍々しい力に気づけた。


「あの反応に苦しみ方……制約のマジックスクロールによるものじゃないか!」


 一人の記者が叫ぶ。探索者でなかろうとも知識があれば看破するのは難しくない。

 そこでシスターテレジアがオリガのもとに駆け寄り……その視線で、同じく壇上にいた精鋭探索者たちに視線を向けた。


「オリガ博士、助けてホシイいいましタ。ここにいる全員、デスね?」


 オリガが無言で頷けば……観客や視聴者の驚きと狼狽はさらに強まる。

 それはつまり……ダンジョン最深部で神殿を作る困難な作戦に従事する彼ら全員が制約に縛られているという意味に外ならない。ざわめく声は強くなり、顔を蒼ざめさせている坂浦長官はどんどんと具合が悪そうな表情だった。ざまぁみろ、とナターシャは舌を出す。


「それでは、すべて祓ってみせマス」


 シスターテレジアが目を閉じ、厳かに聖句を唱え始める。まるで普通の建築物であるこの建物の内部の空気が荘厳な聖域の如き空気に満たされていく。次の瞬間には青白い霊光が周囲に広がり……オリガ、そして神殿建築に関わった精鋭探索者たちの首に架せられていた忌むべき力が砕け散る音が響き渡ったのだ。

 ……オリガの髪からにょろにょろが顔を出し「ひさびさヤバイかんじ」「なかなかやるやん」と言ってからまた引っ込んでいく。


 山田オリガは、シスターテレジアに手を貸してもらいながらゆっくりと起き上がり。

 ようやく忌々しい枷から解き放たれた感覚に言いようのない満足感を覚えながら……坂浦長官へと視線を向けた。他の精鋭探索者たちも同様に、殺しそうな視線を向ける。


「……事件当時、都知事戦に出馬して勝つためにインパクトのある実績が欲しかった。

 アリーナ設営の成功で人気はあったけどまだまだ実弾賄賂には足りない。

 どこか余剰資金を捻りだそうとしたあなたは――よりによって。一番安全に配慮しなければならない神殿の設営という事業に、期間と金を重視する代わりに、安全を無視する暴挙に出た。


 ……聞こえているでしょう、坂浦長官! 

 あなたの事ですよ!」

「う、ぐううううぅっ?!」


 長年権力の座に君臨していた老醜を光の当たる舞台に引きずりだし、断罪まで持ってきたのだ。此処で殺すつもりの気迫で睨みつける。

 まるで陽光に焼かれる吸血鬼のような邪悪な苦悶の声をあげながら、坂浦長官は憎々し気な視線を自分以外のすべてになおも向けてくる。

 だがその眼光を正面からねじ伏せるようにオリガは叫んだ。


「資金を捻出するために、ここにいる探索者全員の命を大きく危険にさらす契約を騙して結ばせ!

 それを口外することを禁じる契約を強いた! あんたは金のために我々が死んでも構わないと……そう思った!」


 指先が、視線が、老醜を射抜く。

 放たれる言葉はこの国ではめったに使われず、それゆえ単純で強烈な、このうえない弾劾の言葉であった。


「……人殺し!!

 あんたは、恥知らずの人殺しだ!!」

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