青春ラブコメがファムファタールを許さない!!
岩咲ゼゼ
Chapter1『進撃するラブコメ領域』
1-1
早朝の曇天模様が窓の外に広がっている。
薄暗い空を見ていると気持ちが落ち着く。学校をサボる日は、このくらいの悪天候がちょうどいい。
投げやりな気分でいることを、なんだか許されているように思えるから。
この投げやりな思いの先には何があるのだろうか。
こういう感情に対し、ただ流される人と必死でもがく人がいる。
自分はどっちになるだろうか。
「ねぇ、また難しいこと考えてるの?」
その声を聴いてハッとしてしまう。
向かいの席に座る黒髪少女がそっと微笑む。
――あぁ、しまった。
せっかく彼女とこうして会えているのに。俺は彼女以外のことを考えてしまっていた。
なんて、もったいないことをしてしまったんだ!
「ご、ごめん。真野ッ……」
「別にいいんだけどね。そうやって、難しいことを考えている時の柴野くんもかっこいいって思うし。せっかくこうして会えているんだから、君の色んな表情を覚えておきたいんだ。楽しそうな顔だったり、考えている顔だったり、焦ってる顔だったり」
そんなことをニコニコと笑いながら話してくれるどこか幼さのある少女。ショートカットの黒髪に、大きな瞳。地味な無地のパーカーに真っ白な細い腕。
――
俺が恋した不登校の女の子の名前だ。
ちなみに彼女は俺と同級生だ。学校に来てないけど、一応同じ高校の2年生。だから、決してここは犯罪の現場とかじゃない。
まぁ、お互い学校をサボってるわけだから社会のルールは守れてないんだけど。でも、ルールを破ってでも真野に会いたくなってしまう。
彼女の瞳の奥にはとても暗い世界が広がっていて、そこに不登校という状況が重なることで、日常から離れた特別な存在であるかのような深みがでている。
真野という暗闇の世界は魅力に満ちているんだ!
「私、柴野くんが学校をサボってまで会いに来てくれるのは本当に嬉しいんだ。でも、君が学校をサボるのは良くて週に一回だし、やっぱり会えない時間のほうが沢山。そういう時に、私は君の顔を思い出すの。今こうやってボーっと見つめている顔が、後になって鮮明になって頭に浮かんでくるんだ」
「真野ッ!」
思わず、テーブルに置かれた彼女の手の甲に自分の手を重ねてしまう。
あぁ、そんなことを言われたら心が張り裂けそうになってしまうじゃないか!
「俺も同じだ。退屈な授業中とか、ついつい真野のことを考えてしまう」
でも、俺が思い出すのは笑顔の真野ばかり。だからこうやって会う時には少しでも多く、君の笑顔を記憶のファイルに保存していたいのに。
「柴野くん……」
まだ、早朝。しかも開店したばかりの喫茶店のテーブルの上で俺達は互いに熱い視線を交わす。
もういっそ、俺も不登校になってしまおうかな。そんな簡単なことじゃないけど、一個一個の問題を片付けていったらその自由が手に入るような気がする。
今の俺ならその自由のためなら……その堕落のためならどこまでも本気になれる!
この
「あぁーっ! いたいた。みんなー、柴野君いたよ!」
喫茶店の中に広がるどこかしっとりとした俺と真野だけの空気が、そんなハツラツとした場違いな女の声で壊された。
しかも、このハリのある声……。
普通の女子の声じゃない。
学校でのカーストが高くて、昼休みに周りにいる有象無象に構わず教室の中心で華咲くようなこの声は――。
振り返り、その姿を確認して俺は呆然としてしまう。
揺れるブロンドの髪に、健康的で豊満なボディ。それを強調し更に引き立てる我が高校の学生服。そして、何より印象的な一度見たら忘れられないくっきりと開いた力強い瞳。
この絵に描いた様な美少女を俺は知っていた。
「なんで、軽井さんがここに……?」
「ねぇ、柴野くん。アレだれ?」
喫茶店の入り口は一つ、逃げ場はない。
軽井さんが援軍を呼んでこっちに近づいてくるそのわずかな時間で、俺は言い訳するように真野へ彼女について説明した。
「あの人は、
「えっと……。ねぇ、柴野君。なんか説明の仕方、他人行儀過ぎない? 私達ってそんなに知らない間柄だっけ?」
「うわっ」
しゃべりすぎたせいで、軽井さんはテーブルの横で俺の説明をしっかりと聞いていた。
真野は横に立つ軽井さんを見上げて声をかける。
「ねぇ、軽井さん。どうしても柴野君を連れて行かなきゃダメなの?」
「……」
だが、軽井さんはまるで真野に気づいていないように無視をした。真野の方向すら見ない。
あの軽井さんが!?
「じゃあ、サボり魔の柴野君。学校に行こっか!」
軽井さんが合図をすると、入り口の方からガタイのいい男が二人現れた。タンクトップ姿で下は制服のものだ。
あんな筋肉ダルマ学校にいたっけ!?
なんの抵抗もできずに俺はその男二人に担ぎ上げられ、そのまま運ばれていく。
目の前にいた真野がどんどん離れていく。
「「えっさ、ほいさ。えっさ、ほいさ」」
「真野おおおおおおおお!」
手を前に差し出して叫ぶが、意外と真野は落ち着いていた様子で、余裕そうに手を振ってくる。
「柴野くんバイバイ! また会おうねー」
真野がそういった一瞬、無視を貫いていた軽井さんが冷たい視線を真野に飛ばしたように見えた。ジャックナイフな視線だった。
さすがに気のせいだと思うけど……。
「「えっさ、ほいさ。えっさ、ほいさ」」
男たちは店を出てドンドン学校へ俺を運んでいく。
その周りに軽井さんと一緒に探しに出ていたクラスメイトがいる。
みんなが口々に「柴野は仕方がないなー」とか「軽井さんに迷惑かけちゃだめだよ」とか勝手なことを言ってくる。
別に、構って欲しくてサボってるわけじゃないし。軽井さんに迷惑かけたいわけでもないんだけどな。
そして後から追いかけた北軽井さんも最後尾に合流して、謎の集団が完成した。
「お金は私が払っておいたから! これで貸が一だね、柴野君!」
財布を振りながら軽井さんは俺に微笑んだ。
「その貸、法外な利子とかついてないよね!? あとから身ぐるみ剝がされたりしないよね!」
「えーっ、そんなのないよ。でも、そうだなぁ。学校サボらないなら返さなくていいよ」
そんな会話をしている間にも通学路を謎の学生集団は進行していき、多くの視線が担がれている俺へと注がれている。
「……いや、普通に不登校になるよ。これじゃあ」
人生で一番恥ずかしい遅刻を経験した朝だった。
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