ドラゴン
結局、お昼寝までには決まらなかった。本のページ数が多くて、半分も見れていない。
マドにーには笑顔で明日ねって言って帰って行った。もうどれも一緒に見えるようになったあの宝石目録を、また見なければならない。
まあ私のためだろうし、頑張ろう。
翌日、宝石目録本が2冊に増えていた。オーマイガー。
「妥協は出来ないから、もう1冊用意してもらったんだ。遠慮なく見てね」
妥協してください。遠慮させてください。
顔を引き攣らせながらパラパラと本を捲ること1時間。そこに乗っているものを見た瞬間、ピタッと手が止まった。
図体はトカゲで、背に翼がある。手足に生える爪は鋭く、身体中にトゲトゲがあり、まさに王者の風格。
絵をよく見ると、目が宝石のようだ。
か、かっこいい。これ、欲しい。
「にーに!」
隣で読書中のマドにーにの腕を引っ張る。途中だろうに、嫌な顔一つせずこちらに視線を向けてくれた。
「これにする!」
ビシッとトカゲもどきを指さす。マドにーには、決まったんだねと嬉しそうに本へ視線を落とした。
その瞬間、ぴしりとフリーズ。
フリフリとにーにの顔の前で手を振る。しばらくして、壊れたロボットみたいな動きで私を見た。
「リ、リシア、え、これ? これがいいの?」
「うん! かっこいい、すき!」
「え、よく見て? 本当に、これが、いいの?」
「リシアこれ!」
「と、隣のこれはどう? リスのぬいぐるみだよ。目が大きいから宝石も大きいよ」
「ううん、リシアこれがいい!」
ちなみに、トカゲもどきはマドにーにが新たに持ってきてくれたもう一冊の本に載っていた。妥協せず持ってきてくれてありがとう。
「これ、ちょっと厳つくないかな。男の子でも実物みたらびっくりしちゃうかも」
爪や牙を指さして、ほら怖いでしょうと言いたげにチラチラとこちらを見てくる。
そうかな、別に怖くないけど。隣に載ってるリスがきゃるるんと可愛いから、さらにかっこよく見える。
「これ、ほちい」
あ、黙ってしまった。好きなものを選んでと言った手前、駄目だと拒否できないのだろう。
ちょっと可哀想だが、どうせ貰うなら好きな物がいい。譲れません。
「リシア……」
「……これ、ダメなの? リシア、がまん?」
「ち、違うよ。ただ、予想外の斜め上を行ったから戸惑っちゃって。これね、ドラゴンって言う凶暴な生き物なんだ。見た目も、その、可愛くないでしょう?」
えっ、この世界ドラゴンいるの!? すごい、ファンタジーだ! いや、魔法がある時点で既にファンタジーだけど!
驚きとかっこよさが相まって、なんだか可愛く思えてきた。
腕を後ろにまわし、モジモジと体をくねらせる。口を尖らせ上目遣い。うっ、とマドにーにがダメージを受ける。
「リシアほちいなぁー」
わなわなとマドにーにの唇が震えている。
「おねがい」
コテっと首を傾げた瞬間、勝利を確信した。頬をうっすら染め、口を手で覆うマドにーにの姿に。
にーにはゆっくりとした動作で私に近づくと、隙間ないくらいひしっと密着した。
いつもとは逆で、グリグリ攻撃がマドにーにによって繰り出される。ちょっと痛い。
「にーに?」
「うん? なあに、リシア」
あ、甘い。甘すぎる。10歳の子供が出す声じゃない。パパの片鱗が見えた。危険だ。
「え、えっと、ドラゴン……」
「ああ、もちろん贈るよ。僕なりに工夫することにしたから。安心して、きっと可愛くしてみせるからね」
「くふう?」
「ふふ、当日楽しみにしていてね。……それより」
マドにーにが軽々と私を抱き上げる。結構大きくなったはずなのに、鍛えているからなのか、腕がしっかりとしてきている。出会った時の不安定さはない。
スタスタと歩き出したにーには、私のベッドの前で立ち止まると、ぽすん。
「え?」
私を抱いたまま、一緒にベッドに横になった。
「そこの君、急用ができたから、剣の稽古を遅らせるように伝えてきてくれるかい?」
私の侍女に伝言を頼むと、いそいそと布団を被り出す。……急用?
「さ、一緒にお昼寝しようね」
えーと、急用は?
にこにこと楽しげな様子に何も言えず、ディリア達はリフレシア様があんなことするからと、仕方なさそうに笑っていた。
その日、寝つきは悪かったとだけ言っておこう。
10歳児の色気のせいなんて、口が裂けても言えない。
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