ゆるして


 現在、パパの膝上で雛鳥宜しく口をパクパク。


「あーん、むぐっ、んーっ」


 飲み込んだ瞬間次の料理。


「あむっ、むぐむぐ、んー」


 おにぎりだけじゃなくて、フォークで食べられる他の料理までパパに食べさせてもらっている。

 パパは私が咀嚼している間に自分の食事は済ませていた。

 そろそろお腹いっぱいだし、喉も渇いてきた。ずいっと差し出されるご飯から顔を背け要らないアピール。

 パパは追いかけるようにスプーンをうろちょろと動かす。


「陛下、お腹が膨れたのかと」

「……これだけで?」


 私とパパの追いかけっこを見兼ねて、執事っぽい人が停止の声をパパに掛けてくれた。

 無表情の顔を少しぴくりとさせて、もう要らないのかと驚いたように聞いてくる。私はお腹を叩いて、満腹とジェスチャー。

 執事っぽい人が、パパに私用の小さなコップを差し出した。

 この世界にはストローという便利な道具は存在しない。幼児用のカトラリーやお皿もない。

 小さなコップと言っても、幼児用に作られたものでは無いので飲み口は普通のコップと変わらず広い作り。

 自分で口をつけてちびちび飲む分には3回に1回の確率で溢さなくなったが、今みたいに他人に飲ませられると、バシャッ。


 パパがゆっくりと私の口にコップを付け傾けたが、私の飲むスピードよりもパパが傾けるスピードの方が上回り、顎から首、そして服までミルクが溢れてしまった。

 火傷をしないように、いつもぬるめの温度で渡してくれているため、怪我の心配は無いが、パパには衝撃だったらしい。


 バッと離されたコップを、乱暴にテーブルへ置く。中身が跳ねて溢れたが、パパは気にも止めない。

 キョトンとしながら成り行きを見守っていると、パパが私の服に手をかけ脱がそうとしてきた。

 これには私だけでなく、周りも、執事っぽい人もギョッとしている。


「へ、陛下! 何をなさっているのですか!」

「脱がせている」

「なんてことを! ミルクは熱くないので大丈夫です。タオルをお持ちしますので今すぐにやめてください!」


 執事っぽい人が侍従から受け取ったタオルで、優しくポンポンとミルクを拭いてくれる。

 そこまで大量には溢れなかったので、すぐに目に見える汚れは綺麗になった。


「ありあと」

「とんでもございません。………ところで陛下」


 私に笑顔で返事をしたあと、パパを見て更に笑みを深める執事っぽい人。

 笑顔のはずなのに、後ろに般若が見えるのはなぜ。

 校則違反をした生徒を叱る、生徒指導の先生のような怖さがある。悟った。この人怒らせちゃ行けない人だと。


「………」

「なぜ目を逸らすのですか」

「……つい」

「つい、ですと? そもそも最初から配慮が足りませんでした。お食事中に自分もやりたいからと、リフレシア様の許可も貰わず膝に乗せて、おにぎりだけでなくフォークで刺せるものまでお与えになって。

 リフレシア様が何度か喉を詰まらせかけておりました。同じものばかりあげるのではなく、満遍なく、飲み物も挟みつつお与えになるべきでした。

 温かい飲み物を受けとったら、まずは熱くないか、ご自身の手で確かめる必要がありました。陛下が傾けて飲ませるのではなく、リフレシア様と一緒にコップを傾けるべきでした。

 あまつさえ、火傷を心配して人の前で服を脱がそうなど言語道断! このじいやはショックで心臓が止まりそうです」


 あとから聞いた話だが、パパに説教しているこのおじいちゃんは、パパの祖父の時代から城で働いている、立派な執事。パパが赤ちゃんだった頃から知っており、唯一パパに説教が出来る人なんだって。

 普段はとても優しい執事さんだが、怒らせると震え上がるほど怖いらしい。


「ううっ、えと、じ、じいや?」


 自分をじいやと言っといたので、ついそう呼んでしまった。

 じいやは言葉を止めて私を見つめる。オロオロとしている私を見て、さっきまでの雰囲気は一変、優しく微笑んでくれた。


「はい、じいやでございます」

「パパを、ゆるして?」

「いえいえ、最初から怒っていませんよ」


 パパがじいやを見て嘘だって顔をしている。


「……グレイ」

「さっ、陛下。リフレシア様はお着替えをしなければならないので、ディリアさんにお預け下さい」

「いや、まだデザートが……」

「お着替えが先です。陛下と違い、リフレシア様はとてもか弱いのですよ」

「……うむ」


 パパが素直に私をディリアに渡した。否を言わせない笑顔のじいやと、少し気まずそうなパパ。

 自然体なパパの姿に、なんだか嬉しくなっちゃう。じいやとパパには幼い頃からの絆があるのだろう。

 私は、パパの心のありどころになれるかな。


「パパ!」


 部屋から出る前、ディリアの肩越しに叫ぶ。


「ご飯、ありがと!」


 パパはまた後でと返事を返してくれた。


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