あーん


 目が覚めたら自分の部屋だった。


 多分パパかシャドウが運んでくれたのだろう。

 私の目覚めを待っていたのか、ベッドの側に立つ侍女にご挨拶。ニッコリ挨拶を返してくれたあと、パチンとその侍女は指を鳴らした。

 瞬間、扉のノックと共に入ってくるディリア達侍女の皆さん。その手にはドレスとかクシとかエトセトラ。

 何事ですのん。


「本日、陛下に夕食をご一緒にとお呼ばれがあったとの事で、起きて早々申し訳ございませんが準備をさせていただきます」


 ディリアが目を擦ってフラフラする私を抱え、サッと服を脱がせた。一瞬で全裸である。

 別の侍女がお湯の入った木製のタライを床に置く。幼児の私にはピッタリ。って、そうじゃない。おしりも綺麗だし、ヨダレも今日はなし。何より、夕飯食べてないのになぜお風呂?


「パシャパシャ?」

「はい、パシャパシャしますね」

「どーちて?」

「おめかしをするためですよ」


 嫌だからなんで。パパとご飯食べるだけなんだけど。というか、私はまだきちんと食事をするほど食べられない。それに食べ方だって汚い。

 ……とは言えず、されるがまま。


 ただの幼児のおめかしとやらに一時間も費やすのはどうかと思う。


 おめかしの準備中にディリアとお喋りして初知り情報をゲット。

 クマの獣人であるわんちゃんは38歳で、リス族の奥さんとの間に2人の男児を授かっているようだ。

 皇宮を守る近衛騎士団って所の団長さんをしているんだって。

 貴族だけど、身分関係なく接する人で慕われているそうだ。

 うさぎの獣人であるオクトは、魔道具や魔法などを研究する研究施設団の室長さん。今日は何か報告があってパパの所にいたのかな。

 オクトはエルフとうさぎ獣人とのハーフで、長寿なエルフの血を濃く引いているため、あの見た目で50歳を超えているらしい。ちなみに独身。

 研究大好きで、基本的には研究室にこもっているみたい。


「まあ、リフレシア様なんて可愛らしい!」


 椅子にちょこんと座って、よく分からないぬいぐるみを手に持つ私を見てきゃあきゃあと盛り上がる侍女達。

 このぬいぐるみは無理やり持たされました。自分からあざとい真似は今回はしていません。


 着せられたのは、ピンクと赤のお花が可愛いドレス。ドレスとお揃いのカチューシャと靴。

 よく見たらドレスに宝石が散りばめられていた。2個ほど盗んで前世の自分にあげたい。


「さあ、向かいましょうね」


 ディリアがぬいぐるみをサッと退かして私を抱き上げる。さよなら、名も知らぬぬいぐるみ。

 いつもは自分で歩くように促すのに、今日は歩くの禁止ってくらい下ろす気配がない。


「パパは?」

「リフレシア様が起きたことは直ぐに報告致しましたので、部屋でお待ちかと思います」


 その答えに首を傾げると、詳しく説明してくれた。

 どうやら、私が自然と目を覚ますまで起こさずに待っていてくれたようで、私が起きた瞬間、報告と食事の用意がされたらしい。

 私のおめかしタイム中に準備は整ったようだ。

 絶対おめかしに一時間も要らないから。


 今回食事をする場所は、かしこまった席ではなく、パパが普段食事を摂っているこじんまりとしたプライベートな空間とのこと。


 現在の時刻は8時半。遅めの夕飯だ。


 ディリアはスタスタと歩いた先の扉の前で立ち止まると、私をそっと下ろした。

 程なくして開く扉。煌びやか。こじんまりとは。

 部屋の中にはパパと優しそうな執事っぽい人、食事の奉仕をする侍従と侍女が数人いた。私はディリアに手伝ってもらう。


「パパっ」


 とてとてと足が絡みそうになりながらパパの元へ駆ける。ぽすっと足に抱きつくと、持ち上げて膝に乗せてくれた。

 奉仕の人達がギョッとこちらを見ている。おじいちゃん位の年齢の執事っぽい人だけは動揺せずにこにこしている。


「お腹ぺこぺこ」

「……準備しろ」


 パパは執事っぽい人にそう言うと、私をディリアに渡した。ディリアによって、子供椅子に着席。

 料理が目の前に運ばれ並び終わると、食べろとパパが声をかけてくれた。


 私はくるくるなるお腹を抑えながら、大きくパカッと口を開けた。

 後ろに控えるディリアが、いつもの癖が、とこの世の終わりの様な声で呟いた。


「何をしている」

「うー?」


 問いかけに首を傾げた私を見たあと、答えを求めるようにディリアを見やる。


「は、はい。り、リフレシア様はフォークで刺せるものはご自身で可愛らしくお召し上がりになるのですが、フォークで刺せない、例えばそちらにある丸いおにぎりなどは私たちがスプーンで細かくしてお口に運んでいました。

 いつものようにお口に運ばれるのを待っているのだと思われます」


 ええ、口に運んでくれないの? 確かにスプーンあるけど、何度やっても中身全部こぼすから大惨事になるんだよね。


「……手伝ってやれ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 パパの許可が降りたため、再度口をパカンと開ける。

 ディリアが1口サイズに削ったおにぎりを口に運んでくれたので、あむっと食べた。


「あーん、むぐむぐ。あー」


 あー、のタイミングで再度おにぎり投入。


「むぐむぐ、ん、んー」


 んーっていうのは頑張って飲み込もうとしている声だ。

 飲み込む時まで声を出して、行儀が悪いのは承知。

 でも幼児だから仕方ない。


 ディリアと仲良くあーんをしていると、パパから待ったの声が掛かった。

 あ、もしかして行儀が悪すぎて一緒に食べたく無くなったのかな。

 しょんぼりしながらパパを見上げると、少し不機嫌な顔。


「俺がやる」


 耳を疑った。


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