第38話 説得2 ―Devil Style―

主な変更点

こちらも前話程ではないけど全体的に書き直してます。あとは終盤のワードチョイスです。





 マギサは狂気的な負けず嫌いだ。


 その理由はCMA世界における最強キャラクターという設定と密接にかかわっている。


 マギサはCMA世界における最強キャラクターだ。


 生まれた時から最強。ストーリー上で幾度も語られるその設定は、ステータスの面から

 も裏付けされている。素質値というステータスの伸びしろを決定づける値の最大値が通常

 10のところ、マギサは軒並み10を超えており、特に魔力関連のステータスに至っては素質値が1000という小学生が1秒で考えたような値となっている。素質値とステータスの計算式は単純でレベルが1上がるごとに素質値の数値分ステータスが上がる。素質値が1ならステータスも1,10なら10、そして1000なら1000上がる。つまりマギサは1レベルが上がるごとに、素質値10の人間の100レベル分ステータスがアップするのだ。通常戦闘に一切参加しないからこそのバランスを無視したインパクト重視の数値。ほとんどフレーバーの域だ。


 生まれた時からレベル100。1レベル上がればレベル200相当。でたらめだ。そんなの最強に決まっている。


 生涯を通しての無敗。

 ある一敗を除いては。


 それがマギサ対策で各国総合意の下に個人背からチーム戦にルール変更された第4回天下壱符闘会での敗北。対戦相手国は奇しくもエルロード聖国だった。


 チーム戦とはいえ、敗北は敗北。その破綻した性格故に敵も多かったマギサは世界各国の人が集まった巨大会場中から罵倒を浴びせられた。生まれて初めての敗北、竜巻のような嘲笑、遠慮呵責なき見下す視線、全ての反論が負け惜しみ、敗北のショックから立ち直る間もないまま敗者ゆえの無惨に全く耐性のないまま突如として晒されたマギサは自分でも訳が分からないほど動揺し、惑乱し、悪意の坩堝でぐちゃぐちゃにされた精神は見栄もプライドも壊されて。


 結果、マギサは泣きに泣いた。

 号泣という言葉すら生温いほどに狂い泣いた。

 そしてその様を嘲笑われていよいよ子供のように泣きじゃくり、嘔吐までした。


 ヒロユキに肩を支えられて泣きながら退場するマギサはその形が歪むほどの傷を心に負った。


 その傷は生涯に渡るトラウマとなった。

 敗北への病的な拒否反応の原因となった。

 天下壱符闘会への異常な情熱の燃料源となった。


 そして竜の逆鱗となった。






 空気が凍った。

 玄咲の負け犬、という言葉を引き金に。

 ヒロユキとクララが、「触れるな、その話題に」そう言いたげな視線を玄咲に送った。シャルナは事情の分からぬまま、しかし空気の変化だけは如実に感じ取って、膝の上で拳を震わせた。玄咲はその手の震えを見てさらに覚悟を固めた。


「――あんだって?」


 空気がへしゃげた。

 そんな錯覚を覚えるほどの魔力圧オーラをマギサが発した。

 魔力圧というのは要するに物理的現象に結びつかない無意味な魔力の垂れ流しだ。魔力はカードに魔力を流して物理現象を起こして初めて意味を持つ。魔力圧をいくら発しようとコップ一つ割れはしない。精々威圧に使える程度。そうと理解していても息を飲まずにいられないほどの迫力。ヒロユキとは比べ物にならない。シャルナとも比べ物にならない。シャルナの天使圧エンジェリックオーラに比べたら塵芥。そよ風。何するものでもない。玄咲はそう自分を鼓舞した。


(――まだ、だな)


 もう少し冷静さを失ってもらわないと困る。マギサの方から仕掛けてもらわないと。言い訳のしようがないように。


「聞き間違いかねぇ」


 マギサがカードケースから取り出したカードを人差し指と中指で挟んだ。


「私にはあんたが私を負け犬、と呼んだように聞こえたんだけど」


 わざと露悪的にせせら笑う。キャラではないのでやりたくないが、必要なことだった。怒りに火を注ぐべくさらに煽る。


「聞き間違いじゃない」


 大事なのは信じること。


「ボケた頭でも聞き間違えないよう、今度はもっとはっきり、具体的に言ってやろうか」


 この世界はゲームじゃない。だからゲームの道理など蹴飛ばせる。


「エルロード聖国に3度も負けてすっかり負け犬根性が染みついたな? マギサ・オロロージオ。既に次の大会も負ける前提で話を進めているじゃないか。全く、前回、前々回と2大会連続でエルロード聖国に敗れて1回戦負けを喫する訳だ。トップがこれじゃな。下も勝てるはずがない。負け犬根性がこれ以上伝染する前に辞職したらどうだ? この負け犬が」


 マギサは無表情だ。しかし顔が赤い。カードを持つ手が震えている。そこかしこに怒りの兆候が現れている。そしてオーラがまるでもう一つの重力であるかのようにその場にいるもの全ての精神に重く圧し掛かっていた。ヒロユキも、クララも、シャルナも、顔面蒼白だ。大丈夫。地獄の底はこんなものではない。シャルナへの愛もこんなものではない。その思いを握りしめ精神を弓のように引き絞り、マギサに最後の加圧を加える言葉を玄咲は放った。


「全く。いつまで44年前の負けを引きずっているんだか」


「――――」


 マギサの額から血が一本ピューっと噴き出した。


「武装――」





 人間の脳にはリミッターがある。


 自傷自壊を防ぐためのリミッターだ。


 100パーセントの力を発揮した人間の体は壊れる。脆弱な欠陥製品に少しでも長く地獄を這いずり回って欲しいというありがたい神の思し召しの現れだ。リミッターなど設けずその分人間を丈夫に作ればいいだけの話なのだが神はサディストなのでとかく尽くノーリスクを嫌う。そのため人間が全力を発揮するにはそれ自体のために非情なまでの努力を要する。


 中国拳法にはこのリミッターを外す技術がある。今日ではありとあらゆる武術で応用されている発頸という技術の応用ながら似ても似つかぬ超精神的な人間の本能を利用した技術だ。


 人間の本能には落下の恐怖が刻まれている。例えば1万メートルの高空、雲の上からの落下に恐怖を覚えない人間はいない。この恐怖を利用するのだ。


 一本の糸にぶら下がっている自分をイメージする。


 本当はその糸が切れた瞬間の落下の恐怖でリミッターを外すらしいが玄咲の場合は違う。


 玄咲のイメージではこの糸は蜘蛛の糸だ。真下には奈落地獄が広がっている。


 意識を天に伸ばす。天に、天使のいる楽園に、天国に、どこまでも、どこまでも、自分を純化して、意識を純化して、自分を天国に行く資格を有した善人だと仮定して、天国に近づいていく。どこまでもどこまでも登っていく。やがて光が見える。自分を包み込む光が。天国の光が。そして天使が見える。聖書に描かれる筋肉ムキムキのキモ男ではない。日本の創作物に描かれる全き美の化身。美少女の姿をした天使たちが、慈雨のように天から降り注ぎ、自分を迎えに、手をパタパタして、手を振って、手を広げて、一様に邪気のない透き通った純粋な笑みを浮かべて、シャルナが、自分を地獄から救いに、天から降り注ぐ。救われたくて、心と心で繋がりたくて、その手を掴もうと、自分は手を伸ばす。そしたら、シャルナはニコッと笑顔を浮かべて、自分に手を――。


 ぶ厚い紙一重はいつも永遠に埋まらない。


 残り1mm。


 糸が切れる。


 手は空ぶる。


 急速に遠ざかっていく光が、天使が、天国が、反転し、急速に近づいていく闇に、悪魔に、


 地獄になる。


 焦がれ憧れ焼け爛れた絶望が脳を焼く。頭の中が焦熱地獄になる。口の中が叫喚地獄になる。体の中が黒縄地獄になる。心の中が飢餓地獄になる。魂の中が無間地獄になる。本物の地獄が足元に迫る。そして自分は悪魔にその身を押し沈められながら地獄に呑み込まれて――。


 悪魔が誕生する。

 天之玄咲という名の醜悪な悪魔が。


 悪魔は代償を求める。力を振るう代償を。人間の血肉を。そして自分は悪魔人間人間悪魔だ。だから自分の血肉を代償に支払える。だから自分の体のその無事を一顧だにせず力を振るえる。


 だから――。




「あ、あがっ――!」


 割れ砕けた机を踏み越えて。

 骨折、筋肉断裂、血管破裂の痛みなど意に関せず。

 マギサの首をギリギリと握り締めながら。

 握り壊した手首の先の指に挟まれたデバイス・カードを取り上げて、


「なんだ」


 ゲームと違って。


「ちゃんと殺せるじゃないか」


 玄咲はカードをマギサ目掛けて振るった。

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