第33話 現実 ―HellOlleH―

主な変更点 


初稿。冒頭のアカネとユキの会話丸々書き直しています。玄咲の1人称独白の終わり方、そして最後の現実地獄連打への入り方も違います。最後の入り方の部分は後付けで、必要ないと判断して削除しました。作品の一番重要な部分でここをしくじったら作品が終わるので物凄く神経を使って集中して極限まで精神を追い詰めて書きました。この話から34,35話、そして36話の途中まで一夜で書きました。間違いなくこの一連のエピソードが一番力を入れて書いた話です。あまりに力を入れ過ぎてその後神経症を発症して未だに治っていません。時々神経がざわついて止まらなくなります。つらいです。


 最初はただ服を破いて背中を露出させるだけのつもりでした。その次は上半身裸にするかと思ってそれはまぁないなと、性的被害には絶対合わせるつもりはなかったのですぐ思い改めて、腕1本だけ折って背中を露出、腕1本脚1本背中、いや少しやり過ぎかもしれないけど腕2本折って背中で行くかと決定して、いざ書くとなったらなぜか四肢が砕けて青痣晒して背中が裂かれて血塗れになっていました。それが最善だと感覚が判断したのでしょう。僕は頭が悪く感覚でしか文章が書けない人間なので、精神状態と文章が直結するタイプの感覚派なので、いざ文章を書く段階になると手が勝手にプロットから逸れたシーンや描写をすることがよくあります。代表例でいえば実はヒロインは最初黒髪黒目でした。のちの展開を考えると自分でも信じられません。


ちなみにこのHellOlleHというサブタイトル、なんか日和って最初はHello Hellとしていました。スマホ読みとか書式とかいろいろ考えて文字が崩れるのを恐れたんですね。こんにちは地獄、そしてO、英語のSVOで言うところの対象を示すOが地獄に挟み込まれている意図を籠めています。そして天地がひっくり返るような惑乱の様を表現しています。こうして解説しないとまず伝わりませんね。





「私が思うにあいつは薬で頭がおかしくなってるんだわ」


 水野ユキが目を丸くして私を見る。


「薬?」


「ええ。不幸にもあいつと隣の部屋になったんだけど、あんまり叫んでうるさいから、怒鳴り込みに行ったら、なんらかの禁断症状に苦しんでいる最中だったのよ。異常な様子だった。絶対、薬やってるんだと思う。なんか私には見えてないものが見えてる感じだったもん。そもそも初めて見た時から、ここじゃないどこかをずっと見てるような気がしてならなかったわ」


「ここじゃないどこかって?」


「例えば、地獄とか?」


「地獄?」


「の、幻覚でも見てるんじゃない。だってそうでもないと説明つかなくない」


「合わせただけで地獄を覗いたような錯覚を覚える目なんて、地獄を見てるとしか思えないじゃない」


「う、うん。そ、そうだね。あ、あいつの目、怖かった。見つめられると、まるでこれから地獄に落とされるんじゃないか、こいつは地獄から這いずり出てきた悪魔なんじゃないかって、そんな気分にさせられた。こ、怖かった。昨夜、思い出しただけで、その、ちびった」


「……あいつも、なんか可哀そうな人生送ってきたのかもしれないわね。まともな人生送ってたらあんな目にはならないわ。薬に逃げてたのもそのせいかも。そう思えば少しだけ同情しちゃうな」


「優しいんだね」


「私は普通よ。普通にそう思っただけ。……とんとことん饅頭をくれたし、もし話す機会があれば、もう一度くらいしっかり話してみてもいいかもね。なんか誤解してるのかもしれないし――ん?」


 階下を見る。なにかすごい勢いで階段を駆け上がってくる奴がいる。手すりのU字を握ってキレッキレのUターンをかまし、階段を爆走してくるその男はよく知っている顔をしていた先ほどまで会話の種にあげていた男だった。


 天之玄咲だった。


「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいい!」


 水野ユキが悲鳴を上げて腰を抜かす。昨日のトラウマが再発したようだ。神楽坂アカネは水野ユキの前に立ちはだかり啖呵を切った。


「な、なに!? またなんかするつもり!?」


 すさまじい勢いで、階段を駆け上がってくる天之玄咲。僅か2,3秒で階段を駆け上がってきた。目の前に迫る。一瞬、正面に顔がきた。


 死を目前にした人間のように、いや、それよりも尚切迫した顔をしていた。


 こちらを見もしなかった。存在にすら気づいていなかったかもしれない。一瞬で天之玄咲は階上へと駆け上り、G組の教室の方を見て一瞬止まった。


 そして、階段を駆け上ってきた時以上の速度でG組の教室へと向かって行った。


「? なんか、あったのかしら」


 天之玄咲の昨日以上に異常な様子が気になって、神楽坂アカネもまたG組の教室へと向かった。










 走る。走る。走る。早くシャルに会いたかった。


 冷静に考えれば朝数分数十分遅れた程度で何か致命的なことが起こるとは思えない。気にしすぎ。考えすぎ。心配しすぎ。よくある強迫性障害。極大化した不安強迫観念を取り除くための強迫行為を行わざるを得ない。そういう精神状態。それに違いないと思う。だが、不安で不安で仕方ない。だから仕方ない。自分は常に不安で不安で仕方ないのだ。シャルが、愛する天使が、脅威に晒されている。その考えは自分を決して落ち着かせてくれない。何かせずにはいられない。もしかしたら昨日夜遅く郊外まで遠出しにいったのもそのせいだったのかもしれない。何か、シャルのための行動をせずにはいられなかったのだろう。不安を取り除くために。シャルのために。自分のために。そう、自分の不安を取り除くために。一連の行動は自分から不安がる心の余裕を奪ってくれて、結構落ち着いた。それでよかった。そう思った。だがそのせいで今さらなる不安に陥っている。結局不安の種がシャルのもとにある以上シャルと会わなければこの不安の種は消えないだろう。シャルさえ見れば不安は消えるはずだ。ずっと一緒にいて守れば一生安心だ。そうだ。自分はシャルを一生守るべきだ。玄咲は今新たな真理に目覚めた。生まれる前から授かった大事な使命。俺はそう信じ込んだ。


 シャルと会いたい。シャルと会いたい。シャルと会いたい。シャルと会いたい。不安など抜きにしてもシャルと会いたい。天使を目にしたい。天使と会話したい。天使と触れ合いたい。そんな巫山戯た考えは起こすな。天使は触れられざる光輝だ。自分のような穢れた存在が触れてはいけない。ただ、見るだけでいい。それだけで満足だ。慈愛の欠片を目にすれば満足だ。アガペーを授かれたら天にも昇る。天使は天使で天使は天使だから天使を天使しなければいけない。つまり自分が天使を守らなければいけない。綻び一つない。完璧な理論だった。俺は満足した。


 守りたい。愛したい。一緒にいたい。もしも天使が幸せならその傍に自分がいなくたっていい。ずっとそうだった、俺はずっとそうだった。俺が傍にいなくてもいい。それでも天使は笑う。だからなんだってできる、天使のためならなんだってできる。手だって穢せる。人だって殺せる。目ん玉だって繰り抜ける。地獄だって泳げる。化け物にだってなれる。なんだってなれるんだ――天使させ傍にいればなんにだって。だって、天使さえ傍にれば俺は俺でいられるんだ。俺のままで。昔から続く俺のままでいられるんだ。俺のままでいるべきなんだ。


 それにしても胃の淵にわだかまる焦燥が消えない。なぜだ。それだけ天使に会いたいのか。天使を希求する心を不安と勘違いしているだけなのか? 分からない。分からない。分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない。俺には何も分からない。もう何も分からない。俺はいつだって間違えてる。俺はいつだって失敗する。だから何も分からない。何もかも失敗するから何も分からない。何が正しい答えなのかまるで分からない。天使を愛する心だけは間違えない。だから愛するんだ。心のままに間違えないんだ。心のままに天使を求めるんだ。俺は天使の元へと愛するんだ。天使の元へと、走る――ん……だ……。


























 G組の前に人だかりができていた。


 思考が真っ白になった。なぜ? そんなイベントはない。起こるはずない。起こっちゃいけない。こんなこと現実の訳がない。こんなイベント、怒っちゃいけない。だってこんなタイミングで、そんなことがあったら、それじゃ、まるで、まるで――。


 シャルになにかあったみたいじゃないか。


「シャル!」


 叫んだ。真っすぐ、走った。G組の教室へ、人込みを振り払い、入り口へ――――。







 シャルが、壊れていた。







 ぷらぷらと揺れる右腕、拘束されてうなだれた血塗れのシャル。玩具のように折れ曲がった四肢。右肘が青い。左ひじが蒼い。みぎひざが青い。ひだりひざがあおい。そして、あらぬほうこうへとまげられてい          た。


 現実の認識に溜めを要した。地獄の釜湯はそうそう飲み込めない。だから飲み干した時、気が狂うかと思った。もう狂っているのかもしれなかった。これ以上何も見たくなかった。飲みたくなかった。でも、一度認識した現実はアイスピックの先端よりも鋭く脳を抉った。脳の中身が零れ出た。正気と一緒に間違いなく零れ出た。口から零れ出なかったのは単なる慣れの問題でしかなかった。この程度の肉体の損壊など、いくらも作り上げてきた。だから、悲しいことに、泣けなかった。吐けなかった。凛然とした正気のままあるがままの現実を受け止めざるを得なかった。その事実にこそ玄咲は自分という殻の中身を全て何もかもぶちまけたくなった。


 背中が鮮烈な赤に染まっていた。一直線に切り裂かれた制服のあとは地獄模様が渦巻いていた。渦巻いているのは自分の脳内か。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。ぐるぐるする。腹の中がぐるぐるする。赤くて、黒い、蛇が、糞が、斑が、栓が、水が、蛙が、蛆が、蛭が、蛇が、虫が、虫が! 地獄の虫が体中に散布される。不快感と、気持ち悪さと、気持ち悪さと、気持ち悪さ、と、怒り、と。怒りが赤く体を燃え上がらせる。


 切り開かれた背中。それは隠されたものを暴く過程の付随に過ぎない。堕天使の翼を暴く過程の。双肩の下に血塗れた黒い痣が二つある。翼を切り取った跡が。切って尚いかなる手段によっても取り除けぬ絶対的なる堕天使の――浄滅指定種族の証。それを曝け出す過程の。シャルを殺す過程の。付随。にも拘わらず深々と切り裂かれた背中はただの趣味だろう。シャルを嗜虐したのは、サンダージョーの、シャルの右手を持ち上げ吊し上げ晒上げている人間の、ただの趣味。悪魔の悪趣味。


「聞け! この女は堕天使族! アマルティアンだ! この穢れた黒翼の跡がその証拠だ!」


 悪魔が人語を発す。人の振りをして、人を傷つけるための言葉を。


「この女はエルロード聖国へと煉送し浄滅する! これは国宝により定められた義務である! 歯向かうもの逆らうものは死罪だ! いいな」


 殺す。


 俺が間違っていた。


 こんな屑は最初から殺すべきだった。


 そうだ、俺はいつも間違える。俺はいつも失う。俺はいつも手遅れになる。 

 クロスケのときもそうだった。友達を判断ミスで永遠に失ったことだってある。家族の死体だって新鮮だった。もう少し急げば会うことくらいできた。俺が、間違えなければ。

 あの時もそう。あの時だって あの時、あの時、あの時、あの時、全て俺が間違えてた。何もかも俺のせいだ。もし俺が餌をやらなければもし俺が会いに行かなければもし俺が毎日遊ばなければもし俺が友達になろうなんて思わなければもし俺が間違わなければもし俺が生まれてこなければあいつを信用していればあいつに忠告していればあいつと同じ場所にいればあいつが俺の友達じゃなければあいつが間違わなければあいつが生まれてこなければ家族がいれば安心があれば家族のために平和のために家族として一員として家族だったな大昔は人を殺す前はいつから家族は家族じゃなくなったおれは家族をへへへ平和をこ殺してきき記憶すら消して何もかも俺にとってかか家族はゴミで不要でざざ罪悪感以外のなにものでもなくか家族にとっての俺も不要ゴミで人殺しと泣きながら殴られ蹴られ部屋に押し込められてゴミ捨て場に無造作に置かれたももも燃えるゴミ袋を見ながらあいつもすすすすすすすす捨てられたらと言っていてああ思い出した。俺のせいか。お前のせいだ。

 帰りたかった。帰ってくるな。


 愛が欲しい。人殺しが。


 俺が間違ってるのか? 


 お前なんて生まなきゃよかった。



 私たちが地獄を味わったのは全部お前のせいだ。



 そうだ。俺のせいだ。


 シャルが地獄を味わっているのは全て俺のせいだ。俺は自分の罪深さをようやく思い出した。



 そして悟った。天使の癒しも安らぎも安息も休息も永遠も女神も理想も追憶も愛情も母性も天国も楽園も平和も破壊されたこの世界はゲームの世界なんかじゃない。最初から悟ってしかるべきだった。俺が落ちる場所なんていつだって一つに決まっていた。


「この世界はゲームの世界(天国)なんかじゃない」


 

 この世界は現実だ。


 この世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だこの世界は現実だ。つまり、


「この世界は地獄だ」


 この世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だこの世界は地獄だ。


(あなたの本質を発揮すればきっと何もかも上手くいくわ)


 バエルの言葉が脳裏によみがえる。そうだ。その通りだ。俺はいつもそうしてきた。


 この世界は地獄だ。


 ならば。




 自分の地獄で塗り潰すだけだ。




 視界が赤く染まった。

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